保カフ その他 

鳴カフ 『効果覿面』

 乱雑に物が置かれた彼の部屋。
 二人でその片付けをしている時だった。集中していたから、よく聞こえなかったのだ。だから、もう一度聞き返す。

 「だから……揉ませろって言ってるんだ、カフカ」

 この人は何を言ってるのだろう。
 そう思うと同時に、俺は咄嗟に両手を交差して胸を隠していた。

 「なぜ、胸を隠す? いいから早く、お前の肩をかせ」

 「えっ? 揉むって肩を?」

 「それ以外、どこを揉むんだ」

 「いやあ……まあ、そうっすよね」

 俺もなんで胸隠しちゃったんだろう。そんなことを考えながら、わきわきと指を動かしている鳴海隊長の前へと腰を下ろした。

 「俺、別に肩凝ってはいないっすよ。疲れましたけどね、とっても」

 今日中に部屋を片付けなければ床に落ちている物は何であろうと処分する、そう長谷川副隊長に言われてしまったのだ。だから、やる気のあまり感じられない隊長とふたりで部屋の床が見えるようにと奮闘していたのである。

 「何もお前のためにやってるわけじゃない。これは練習だ」

 何のための練習だろうかと首を傾げていると、彼はなぜかにやりと笑った。

 「明日ボク様は一攫千金を狙う」

 「……隊長、副業は駄目だってこっぴどく叱られたでしょう? 諦めてください」

 「何を言ってる。あの長谷川が行ってもいいと言ったんだぞ! 肩を揉んで揉みまくってやるんだ。お前にもたっぷり稼がせてやる」

 なんだ、そのいかがわしそうなバイトはとか、本当に副隊長の許可が出ているのだろうかとか。色々と気になる点はあったが、何より当然のように俺も行くことになっているのが一番の問題だろう。
 だが、この人をひとりで行かせるのは多分に不安があるため、結局同行する羽目になっただろうから、まあいいか。

 翌日、隊長とともに訪れたその先は郊外にぽつんと建てられたとある施設だった。見上げると、ふるさと――有明老人ホームと書かれていた。
 これはまさかの、ただの訪問なのではないだろうか。

 施設の職員に案内され中へ入っていくと、談話室のようなところにこのホームの入居者と思われる人たちが集まっていた。壁には手作りしたのだろう、ようこそ鳴海隊長と書かれた横断幕が飾られている。迎えてくれた人たちは皆小さなボンボンや隊長の名前が書かれた団扇を手にしていた。
 鳴海隊長って、この年代にも人気があったのか。
 そんなことを思っている場合ではなかった。まさかと思うが、ここで肩を揉んでお給金をもらおうなんて考えているのではなかろうか。

 「馬鹿かお前は。こういうのはボランティアと相場が決まっているだろう」

 良かった、この人にもちゃんと常識があった。
 ほっと胸を撫で下ろしたところに、次なる問題発言が飛び出す。

 「だが、チップはもらっていいことになっている。だから、カフカ……ここで一儲けするぞ!」

 鳴海隊長は楽しそうにご老人の肩を揉む。
 また、揉まれているほうも言葉を交わしつつ、気持ちよさそうな表情を浮かべている。そして、揉み終わると隊長の頭を撫で、服の胸ポケットにお金をそっと入れた。

 「ありがとね、肩が軽くなったわ。肩揉み上手ねえ……はい、お駄賃」

 「もっと褒めろ。そして、金はここに入れろ」

 チップを胸にと驚いたが、何のことはない。想像するようなお札を捩じ込むなどということはなく、皆まあるい硬貨を手にしているだけだ。
 この施設の職員が着ているポロシャツを俺と隊長も身に纏っているのだが、これには胸ポケットがついている。そこへお金を入れていっているのだ。

 「おい、ひとり500円までと決まってるんだぞ。入れすぎだ、ほら返してやる」

 お金の上限まであるらしい。
 バイトというより、彼らにとって隊長は遊びに来てくれた孫のような感じなのかもしれない。

 「おい、カフカ。何さぼってるんだ、ちゃんと働け。一生懸命揉むんだぞ。彼らはかつて防衛隊員として死線をくぐリ抜けてきたボクらの大先輩だ」

 そういう大事な情報はもっと早く伝えておいてほしかったなあ。
 俺も鳴海隊長同様に大先輩の肩を揉んでいく。時折、懐かしい当時の思い出話を聞きながら。

 全員の肩を揉み終えて、俺達はその施設を後にする。施設の前にはわらわらと人が集まってくる。
 皆に笑顔で見送ってくれ、中には涙を流して別れを惜しんでくれる人までいたくらいだ。俺たちはじゃらじゃらと音をたてながら、手を振り返した。帰る頃には胸ポケットだけでは飽き足らず、ズボンのポケットまで小銭で埋め尽くされていたからだ。

 「よおし、カフカ。この金、早速使いに行くぞ!」

 「え!? そのお金、何かの返済に充てるんじゃないんですか?」

 俺がもらった分の金まで巻き上げられて、一つの袋にまとめられた小銭。それを掲げて、あろうことかその足で豪遊するというのだ。
 いや、豪遊は語弊があるだろう。枚数はそれなりにあるが、全てが小銭である。

 「これは……お前とデートにいくための資金だ」

 先程までの勢いはどうしたのだろうかと思ってしまうほど、それは小さな声だった。
 どういう経緯で集まったお金なのかとか、その半分は俺の分じゃないかとか。細かいことはきっと気にしてはいけない。それよりもそうまでして、俺とデートに行きたいと思ってくれたことのほうが重要なのだ。

 「何でも奢ってやるぞ。何がいいか言ってみろ」

 「……じゃあ、いつものとこで」


 ここは有明基地にほど近い、とあるファミレスだ。
 隊長がよく会議をさぼって訪れる場所であり、第一部隊の隊員がよく利用する店である。因みに八号であることがバレてキコルや市川と密談したのもこのチェーン店だ。
 隊長とふたりでお出かけ、所謂デートでもあったりするのだが。万年金欠の彼氏を持つと休憩場所とデート場所が同じになるのだということを俺はこの年で知った。

 「何がいい? 何でも頼んでいいぞ」

 「じゃあ、ハンバーグセットにメロンソーダ、あとミニパフェで」

 「それじゃ、いつもと同じじゃないか」

 「それが良いんすよ」

 隊長は注文したものが運ばれてくるまでの間、今日の稼ぎの確認と言ってテーブルに小銭を並べだした。そのほとんどが100円硬貨であり、中には50円玉や10円玉もあった。その中でたった一つ、少し大きめの硬貨がきらりと光っている。

 「おっ500円玉もあるじゃないか」

 彼はそれを手にとり、嬉しそうにまじまじと眺めている。 

 「隊長、足りない分は俺が払いますから……それは今日のデートの記念に持って帰ってください。俺の分身だと思って、大事にしまっておいてくださいよ。ここぞっていう時にしか使っちゃだめですからね」

 「わかった……大事にする」

 そう言って彼はその硬貨を大切そうにポケットへと仕舞った。




 ――9月某日、同ファミレスにて。
 鳴海弦がこの硬貨をとあるテーブルの上へと置く様子が店内カメラへと映っていた、らしい。
 

 
 
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