保カフ その他 

保カフ 〈保視点〉


 親戚の結婚式に出席する母親に連れられ、東へとやってきていたあの夜。花火大会で些細な落とし物をした結果、一生ものとなる宝ものを拾うこととなった。

 これは僕がまだ幼い頃の話である。

 父は仕事で欠席し兄は学校行事と重なったため、母親と僕の2人だけであった。折角行くのであれば観光もしたいという母のたっての希望により、結婚式の前日の朝から向かっている。お昼前には到着しそのままぶらりと見慣れぬ街を散策した後、夕方には泊まるホテルへと帰ってきていた。その帰りの道すがらもらった1枚のチラシ。そこには今日すぐ近くで花火大会が催されると書かれてあった。

 「宗四郎、これ行って来たら? すぐそこよ」

 「おかんも行くん?」

 私はええわと答えるのを聞いて、ほなぼくもええわと答えようとした。だが、それよりも先にあなたひとりで行ってきなさいと窓の外を指差し言うものだから、こちらは言えずじまいだ。
 
 「またいつ来られるか分からないのよ。もうこんな機会二度とないかもしれない」

 特段花火に興味があるわけでもなかった。むしろ、花火なんか見に行くくらいなら、木刀をふり稽古をしたい。だが、そんな僕の考えなど母にはお見通しなようで。

 「そんな暇があったら稽古したい、なんて思ってるんでしょ? ほんと、誰に似たんだか……宗四郎、あなたのそのひとつのことに打ちこむ熱心さはすごいと思うのよ。でもね、周りも見ずそればかりで狭い視野になってしまうのはもったいない。色んなものを見て聞いて学んで、たくさんの人と出会って。そこから得たものはあなたにとってかけがえのない宝物になるの。日々を大事にして、その時を生きなさい」

 この話は母が僕によくするもので所謂耳にたこができるという類のものだ。幼い頃はまたその話かとあまり気にも留めていなかったが、今なら解るその大切さが。そして、僕はそんな母に感謝してもしきれないとさえ思っている。そうでなければ、多くのものを取り落としていたのではないかと感じているからだ。

 父は保科家の男として生きるその真髄を叩き込んでくれた。だが、母は違う。家柄がどうとか武道の道どうとか一切関係なく、年相応の子どもが享受するものを大事にして、見聞きし経験し自分の糧になるようにと努めてくれた。
 おかげで僕は保科の家におんぶに抱っこというような、どうしようもないぼんくらにならずにすんだのだ。

 母に部屋を追い出され、仕方なく花火大会へと向かった。
 ホテルを出て道路を挟んだ向こう側にちらほらと出店が見えていて、コンビニに行くよりも近い距離ではあった。だがしかし、自分で言うのもなんだがこんな幼い子どもをひとりで行かせるのは如何なものか。母は時に放任主義というか親に頼らず自分で何とかしなさい精神の強い人だった。一方厳しそうに見えて、稽古以外では優しいのが父である。

 (おとんやったら、一緒についてきてくれたんかな)

 程なく行くと出店がずらりと立ち並び、多くの人で賑わっていた。
 皆友だちや家族、恋人など仲の良い人と来ていてとても楽しそうで。ひとりで来ているのは僕くらいではなかろうか、そんなことを思ってしまうほど孤独感を感じていた。

 「こんなところ、ひとりで来て何が楽しいねん……なんか甘いもんでも食べて金魚の一匹でもつかまえていけば、おかんもなっとくするやろ」

 そうと決まれば行動は早い。ソフトクリーム屋へ行き、チョコバニラを購入する。そして、次は金魚すくいの出店を探し、すぐに帰ろう。そう思っていた時だった。

 何やら叫びながら走ってきた人とぶつかってしまったのだ。その衝撃で手にしていたソフトクリームは地面へとぽとりと落ちた。それ程悲しくはなかった。特に食べたかったわけではないからだ。だが、何とも言えない虚しさがあった。
 地面へと落ち、ぐちゃりと元の形を失ったそれ。下のコーンの部分は綺麗に残っている状態だ。アイスの部分が溶けない限りはコーンだけなら何とか食べれるのかもしれない。だが、それはソフトクリームと言えるのだろうか。

 「なんや、かわいそうなやつやな」

 その場にしゃがみこんで、じっとその様子を見つめていた。集中すると、周りが見えなくなる性質である。だから気がつかなかったのだ。こちらに必死に話しかけようとしている存在に。
 そもそもこちらの地に知り合いなどおらず、声をかけられるということ自体想定していない。

 「それ、おれのせいだよな? ごめんな」

 最初何のことを言われているのか分からなかった。たけれど、『それ』と地面を指差すのを見て、漸く合点がいったのだ。
 それにしてもこの少年は、なんだかすごくしょんぼりしていて悪さをして怒られた犬のようである。家の近所に大きいけれどおとなしい犬が飼われているのだが、いつも待てができなくて飼い主に怒られていた。何となくだけれどその犬に似ている気がする。
 そんな顔をするようなことではない。それほど食べたかったものでもないのだし、ここはどちらかに非があるなどとせず穏便に済ませようとした。けれど、見てくれに反して彼は結構頑固であるようだ。それでは良しとしないようで、これは困ったと頭を捻り子どもであることを最大限活用して最もらしい口上で断ってみた。だが、それでもだめで食い下がってくる。どうしようかと思ったが何のことはない。彼の理論が支離滅裂なのだ。思わず可笑しくて笑ってしまう。

 「おにいさん、それやと……本末転倒やない? さがしたお礼にアイスもろても、さっきのおわびにはならへんよ。それともアイス二つ買ってくれる気なん? それに名前聞いたからってすぐに知り合いにはなれへんとおもうねん」

 でもおもしろい人は嫌いじゃない。いや、寧ろ好きだった。
 その子の提案にのり、人捜しが始まった。
 端的に言えば、楽しかったのだ。ずっとこんな時間が続けばいいのにと思うくらいには。
 母親が口酸っぱくして言っていたことがほんの少しだが理解できた気がして。花火大会に来ていなければ、彼と出会えていない。こんなにも楽しい時間を過ごすことはなかっただろう。

 「あ、やべっ……もう花火始まっちゃったじゃん!」

 こんな間近で花火を見たことがなく、きれいやなあと思ったままを述べればきらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳がこちらを捉えた。

 「だよな! すげえ、きれいだよなあ」

 その時即座に綺麗なものの順位が入れ替わってしまった。今日見た花火が今まで生きてきた中で1番きれいやったと母に報告しようと思ったのに。

 「そのみどりがいちばん、きれいや」

 「え? 緑の花火あがった? どこだ!?」



 始めあるものは必ず終わりありというもので。
 彼の捜し人が漸く見つかり、お別れの時がやってくる。
 不覚にも泣きそうで、目元をごしごしとこすって誤魔化した。

 「今日はありがとな! そうしろうくんと一緒で楽しかったよ、おれ」

 「ぼくも……ぼくも、たのしかった」

 「それじゃあ、またな」

 そう言って彼は友だちのところへと戻っていった。
 またの機会なんて、あるはずがない。こういうのを一期一会と言うのだろう。この日のことは楽しかった思い出として、かけがえのない僕の宝物として大事に大事にしまっておこう。


 だが、人生とは分からないもので。
 何の因果か、また彼と再会を果たしてしまったのだ。
 あの日僕は誓っていた。
 またもし彼と出会うことがあるならば、この胸の高鳴りが何なのか解明しようと――

 まさかこんなにも、年月を経て解明されようとは誰が思うだろうか。

 あんな昔の事忘れていて当然、覚えているはずがない。ほんの少し道を交えた子どものことなんて。ずっと自分にそう言い聞かせてきた。


 「あの、副隊長……俺たちこの花火大会に来たのって、これが初めてじゃない……です、よね?」


 (こいつ、覚えとったんか! 思い出すの遅いわ······)

 嬉しさがこみ上げてきて、泣きそうになる。
 また出会えたのは、きっと奇跡に近いだろう。

 生きていく中でその日々を大事にし、見聞を広げ武道を極めそうして努力してきたつもりだ。どうや、ええ男になったやろ? お前に見合う男に。そう自慢したいけれど、時期尚早。まだまだ道半ばである。
 これからも鍛錬を怠らず1日1日を大切に、自身を磨き続けていくつもりだ。彼との時間を惜しみ守り、今をこれからを共に生きていく――

 そう、彼の笑顔に新たなる誓いを僕は立てたのだ。




                        その時を生きる

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