保カフ その他
保カフ 『花火 〜ふたりだけの秘密〜』
「……花火大会、ですか?」
仕事終わりの世間話で、突如出てきたその言葉に驚いて顔をあげた。
「それやったらふたりで夜に行けるしええやろ? たまには恋人らしいことせんと、お前付き合っとること忘れそうやしな」
いくらなんでもそんなことはないと抗議しようにも、唇を塞がれては無理というものだ。恋人らしいこと、結構してる気がするんだけどな。
「やべぇ、副隊長とはぐれちまった」
恋人らしいことをするためにふたりで花火大会へとやって来たのだが、人の多さと気の多さで彼を見失ってしまったのだ。
俺の幼い頃からずっと開催されているこの花火大会はとても有名で、他県からもわざわざ見に来る人も多いらしい。
会場近くには出店もずらりと並んでいて、久しぶりに訪れたためついあれもこれもと目移りしてしまってこの有様である。携帯で連絡しようにもできない。どうやら基地に忘れてきてしまったようなのだ。俺の浮かれ具合を誰か笑ってくれ。
「どうすっかなぁ……下手に動き回るより、ここにじっとしていたほうが見つけてもらえるかも、だよな」
自分のせいではぐれたのに、人頼みだなんてなんともお粗末である。
俺は賑わいから少し離れたところにあるベンチへと腰を下ろした。もはやため息しか出ない。花火があがり始めるまでには合流したいところだ。
「……お兄さん、おひとりですか? よかったら僕と花火、見に行きませんか?」
意気消沈して俯いている俺の目の前に、突然手が差し伸べられる。そして、ナンパのような誘い文句に思わず顔をあげた。
「ふくたいちょ〜〜良かったぁ〜〜」
探し求めていた恋人の出現であまりの嬉しさに、外であることも忘れ思いっきり彼に抱きついた。
「良かったあ、やあらへんわ。お前なぁ、迷子とかどこの子どもやねん。連絡しても繋がられへんし、ほんま焦ったわ」
携帯忘れてきましたと伝えると、そんなことだろうと思っとったと呆れられてしまった。
「会えたから、もうええわ。もうすぐ花火始まる時間やで。見えるところに移動しようか」
そう言って彼が俺の手をぎゅっと握りしめてくる。
「方向音痴やもんなあ? 迷子にならへんように手繋いだるわ。僕に任せとき」
(あれ……この感じ……前にもどこかで――)
「どうしよう。ミナ……どこ行っちゃったんだ!?」
あれはそう、確か俺が中学にあがる前の事だ。
近所で開催される花火大会に、幼馴染みのミナと二人で行ったことがあった。その時も美味しそうな食べ物に夢中で、ミナとはぐれてしまったのだ。
俺は慌てて駆け出した。大声で彼女の名前を呼びながら必死に走り回る。だけど見つからない。活気に溢れたこの場所では俺の叫び声なんてすぐにかき消されてしまう。どんどん不安になって、それを紛らわせるために俺は人でごった返しているにもかかわらず、気づけば全力疾走していた。すんでのところで人をかわしていたが、ついに見知らぬ人とぶつかってしまう。俺よりも幼い小さな男の子だった。
急いでいたから、ごめんなくらいですませて走り去ろうとした。だが、できなかったのだ。気になって振り返るとその子がその場に蹲って動かなかったから。もしかしたら怪我をさせてしまったのかもしれない。心配になって慌てて引き返すと、その子は地面に落ちたアイスクリームをじっと見つめていた。
「それ、おれのせいだよな? ごめんな」
声をかけると男の子は弾かれたように顔をあげ、こちらを振り返った。しかし、俺が何を言っているのか分からないようなそんな顔をしている。だが、ややあってにっこりと笑いながら返事をしてくれたのだ。
「ぼくもよそ見してたから、おたがいさまです。気にせんでください」
なんともまあ、利発な子だなと思った。それと、言葉のイントネーションからこのあたりの子ではないのだということも分かる。
「いや、でも……やっぱり悪いし。おれ、それとおんなじの買ってくるよ。どこで買ったか教えてくれる?」
そう言うと、何故か困ったような表情をしながら何やら思案している。まさかこんな子どもが断り文句を考えているなんて、その時の俺は思いもしなかった。
「ああ、えっと……ぼく、知らない人からもらいもんしたらあかんて、おかんに言われてるので、お断りします」
ほなぼくはこれで、とその場を離れていこうとする手を俺は咄嗟に掴んでしまう。ミナを早く探さなければいけないのに、なぜこんなにも引き留めようとしてしまうのだろう。多分きっと、落ちたアイスを見つめるその背がとても寂しく感じられたからかもしれない。
「あ、おれな。今はぐれちゃった友だちさがしてて……だから、その……一緒にさがしてくんないかな? さがしてくれたら、お礼にアイスおごるからさ! あと、おれ、日比野カフカ! 名乗ったからもうこれで、知らない人じゃないよな!?」
目の前の男の子は紅い瞳をぱちくりさせながら、笑った。
楽しそうに笑う姿がなんとも可愛くて、こちらまでなんだか嬉しくなってしまう。
「おにいさん、それやと……本末転倒やない? さがしたお礼にアイスもろても、さっきのおわびにはならへんよ。それともアイス二つ買ってくれる気なん? それに名前聞いたからってすぐに知り合いにはなれへんとおもうねん」
そう言われればそうなのかも、と自分よりも明らかに年下の子に諭されもはやお手上げ状態である。
「でもな、おにいさんおもろいから、特別に手伝ってあげてもええよ」
「そ、そっか! よし、じゃあいこう」
そう言って俺が手を差し出すと、頬を膨らませてむっとしている。
「ぼく、そんな子どもとちゃうもん! 手なんか、つなぎとうない」
さらさらとした黒髪を揺らしながらぷいっとそっぽを向いてしまう。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。どうしたものかと対応に苦慮し、それならばと打開案を持ちかける。
「おれな、じつは方向オンチなんだ……だから、はぐれないように手をつないでくれるとうれしいんだけどなあ」
「……そうなん? それやったらええよ。ぼくにまかせとき! ぜったい手はなしたらあかんよ」
小さな手が俺の手をとり、ぎゅっと力強く握りしめてくれる。
この時、なんだかすごくほっとしたことを覚えている。なんだかんだでミナとはぐれ俺はひとりで心細かったのかもしれない。
「あ、そうだ! 先にアイス買いに行く? えっとー……名前何だっけ」
「……そうしろう。ぼく、そうしろう言うねん! よろしくな、カフカ」
「――ふか、おい、カフカ! 僕の話聞いてるか?」
綺麗な紅い瞳にさらさらとした艷やかな黒髪。俺の心をやんわりと包んでくれる、温かなその手。あの時ときっとほとんど変わっていないのに、どうして気づくことができなかったのだろう。
名前も話し方もその優しさも、俺はすでに知っていたんだ。
「あの、副隊長……俺たちこの花火大会に来たのって、これが初めてじゃない……です、よね?」
「…………やっとか。ほんまにあほやなあ、お前。こっちは待ちくたびれてもうたわ。もうこの手、絶対に離したりせえへんから……覚悟するんやな、カフカ」
「俺だって! ……その、つもりです」
その時見つめあう俺たちの後ろで、姿なき花火の打ち上がる音だけが聞こえ始める。
「お前がもたもたしとるから、もう始まってしもうたやんけ。走るで、カフカ」
あの時もミナを捜している途中で、花火が始まってしまったようだった。すごいきれいやと、瞳を輝かせながら空を眺める彼から俺は目が離せずにいて。その理由をこんなにも時を経て知るなんて、思いもしなかった。
「ところで、副隊長。なんであの時、こっちの花火大会にいたんですか?」
「ああ、それな……親戚の結婚式にお呼ばれして、親と一緒に観光も兼ねて前日からこっち来とって。その時ちょうど夜に花火大会があっただけや。まあ、そのおかげで、ええ拾いもんしたけどな」
「……花火大会、ですか?」
仕事終わりの世間話で、突如出てきたその言葉に驚いて顔をあげた。
「それやったらふたりで夜に行けるしええやろ? たまには恋人らしいことせんと、お前付き合っとること忘れそうやしな」
いくらなんでもそんなことはないと抗議しようにも、唇を塞がれては無理というものだ。恋人らしいこと、結構してる気がするんだけどな。
「やべぇ、副隊長とはぐれちまった」
恋人らしいことをするためにふたりで花火大会へとやって来たのだが、人の多さと気の多さで彼を見失ってしまったのだ。
俺の幼い頃からずっと開催されているこの花火大会はとても有名で、他県からもわざわざ見に来る人も多いらしい。
会場近くには出店もずらりと並んでいて、久しぶりに訪れたためついあれもこれもと目移りしてしまってこの有様である。携帯で連絡しようにもできない。どうやら基地に忘れてきてしまったようなのだ。俺の浮かれ具合を誰か笑ってくれ。
「どうすっかなぁ……下手に動き回るより、ここにじっとしていたほうが見つけてもらえるかも、だよな」
自分のせいではぐれたのに、人頼みだなんてなんともお粗末である。
俺は賑わいから少し離れたところにあるベンチへと腰を下ろした。もはやため息しか出ない。花火があがり始めるまでには合流したいところだ。
「……お兄さん、おひとりですか? よかったら僕と花火、見に行きませんか?」
意気消沈して俯いている俺の目の前に、突然手が差し伸べられる。そして、ナンパのような誘い文句に思わず顔をあげた。
「ふくたいちょ〜〜良かったぁ〜〜」
探し求めていた恋人の出現であまりの嬉しさに、外であることも忘れ思いっきり彼に抱きついた。
「良かったあ、やあらへんわ。お前なぁ、迷子とかどこの子どもやねん。連絡しても繋がられへんし、ほんま焦ったわ」
携帯忘れてきましたと伝えると、そんなことだろうと思っとったと呆れられてしまった。
「会えたから、もうええわ。もうすぐ花火始まる時間やで。見えるところに移動しようか」
そう言って彼が俺の手をぎゅっと握りしめてくる。
「方向音痴やもんなあ? 迷子にならへんように手繋いだるわ。僕に任せとき」
(あれ……この感じ……前にもどこかで――)
「どうしよう。ミナ……どこ行っちゃったんだ!?」
あれはそう、確か俺が中学にあがる前の事だ。
近所で開催される花火大会に、幼馴染みのミナと二人で行ったことがあった。その時も美味しそうな食べ物に夢中で、ミナとはぐれてしまったのだ。
俺は慌てて駆け出した。大声で彼女の名前を呼びながら必死に走り回る。だけど見つからない。活気に溢れたこの場所では俺の叫び声なんてすぐにかき消されてしまう。どんどん不安になって、それを紛らわせるために俺は人でごった返しているにもかかわらず、気づけば全力疾走していた。すんでのところで人をかわしていたが、ついに見知らぬ人とぶつかってしまう。俺よりも幼い小さな男の子だった。
急いでいたから、ごめんなくらいですませて走り去ろうとした。だが、できなかったのだ。気になって振り返るとその子がその場に蹲って動かなかったから。もしかしたら怪我をさせてしまったのかもしれない。心配になって慌てて引き返すと、その子は地面に落ちたアイスクリームをじっと見つめていた。
「それ、おれのせいだよな? ごめんな」
声をかけると男の子は弾かれたように顔をあげ、こちらを振り返った。しかし、俺が何を言っているのか分からないようなそんな顔をしている。だが、ややあってにっこりと笑いながら返事をしてくれたのだ。
「ぼくもよそ見してたから、おたがいさまです。気にせんでください」
なんともまあ、利発な子だなと思った。それと、言葉のイントネーションからこのあたりの子ではないのだということも分かる。
「いや、でも……やっぱり悪いし。おれ、それとおんなじの買ってくるよ。どこで買ったか教えてくれる?」
そう言うと、何故か困ったような表情をしながら何やら思案している。まさかこんな子どもが断り文句を考えているなんて、その時の俺は思いもしなかった。
「ああ、えっと……ぼく、知らない人からもらいもんしたらあかんて、おかんに言われてるので、お断りします」
ほなぼくはこれで、とその場を離れていこうとする手を俺は咄嗟に掴んでしまう。ミナを早く探さなければいけないのに、なぜこんなにも引き留めようとしてしまうのだろう。多分きっと、落ちたアイスを見つめるその背がとても寂しく感じられたからかもしれない。
「あ、おれな。今はぐれちゃった友だちさがしてて……だから、その……一緒にさがしてくんないかな? さがしてくれたら、お礼にアイスおごるからさ! あと、おれ、日比野カフカ! 名乗ったからもうこれで、知らない人じゃないよな!?」
目の前の男の子は紅い瞳をぱちくりさせながら、笑った。
楽しそうに笑う姿がなんとも可愛くて、こちらまでなんだか嬉しくなってしまう。
「おにいさん、それやと……本末転倒やない? さがしたお礼にアイスもろても、さっきのおわびにはならへんよ。それともアイス二つ買ってくれる気なん? それに名前聞いたからってすぐに知り合いにはなれへんとおもうねん」
そう言われればそうなのかも、と自分よりも明らかに年下の子に諭されもはやお手上げ状態である。
「でもな、おにいさんおもろいから、特別に手伝ってあげてもええよ」
「そ、そっか! よし、じゃあいこう」
そう言って俺が手を差し出すと、頬を膨らませてむっとしている。
「ぼく、そんな子どもとちゃうもん! 手なんか、つなぎとうない」
さらさらとした黒髪を揺らしながらぷいっとそっぽを向いてしまう。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。どうしたものかと対応に苦慮し、それならばと打開案を持ちかける。
「おれな、じつは方向オンチなんだ……だから、はぐれないように手をつないでくれるとうれしいんだけどなあ」
「……そうなん? それやったらええよ。ぼくにまかせとき! ぜったい手はなしたらあかんよ」
小さな手が俺の手をとり、ぎゅっと力強く握りしめてくれる。
この時、なんだかすごくほっとしたことを覚えている。なんだかんだでミナとはぐれ俺はひとりで心細かったのかもしれない。
「あ、そうだ! 先にアイス買いに行く? えっとー……名前何だっけ」
「……そうしろう。ぼく、そうしろう言うねん! よろしくな、カフカ」
「――ふか、おい、カフカ! 僕の話聞いてるか?」
綺麗な紅い瞳にさらさらとした艷やかな黒髪。俺の心をやんわりと包んでくれる、温かなその手。あの時ときっとほとんど変わっていないのに、どうして気づくことができなかったのだろう。
名前も話し方もその優しさも、俺はすでに知っていたんだ。
「あの、副隊長……俺たちこの花火大会に来たのって、これが初めてじゃない……です、よね?」
「…………やっとか。ほんまにあほやなあ、お前。こっちは待ちくたびれてもうたわ。もうこの手、絶対に離したりせえへんから……覚悟するんやな、カフカ」
「俺だって! ……その、つもりです」
その時見つめあう俺たちの後ろで、姿なき花火の打ち上がる音だけが聞こえ始める。
「お前がもたもたしとるから、もう始まってしもうたやんけ。走るで、カフカ」
あの時もミナを捜している途中で、花火が始まってしまったようだった。すごいきれいやと、瞳を輝かせながら空を眺める彼から俺は目が離せずにいて。その理由をこんなにも時を経て知るなんて、思いもしなかった。
「ところで、副隊長。なんであの時、こっちの花火大会にいたんですか?」
「ああ、それな……親戚の結婚式にお呼ばれして、親と一緒に観光も兼ねて前日からこっち来とって。その時ちょうど夜に花火大会があっただけや。まあ、そのおかげで、ええ拾いもんしたけどな」
