保カフ その他 

保カフ 『巡る』〈カフカサイド〉

 「今日、キスの日だってよ。知ってたか、オッサン」

 昼休憩中に伊春と雑談していると、突然そんな話を振ってきた。飲んでいた缶ジュースの残りが少なくて、物足りないなと思っていた時である。

 「へえ、そんな日もあるんだな。俺は暦に載ってる日くらいしか分かんねぇわ」

 なんでキスの日なんだろう。そもそも、誰がそういうの決めてんのか。よく分からんと、さほど興味もなくてもう1本ジュースを飲むか否かと考えていた。そんな俺に良いこと教えてやるからと伊春が手招きする。彼の口元に耳を寄せるとこう言われた。

 「実はな、今日何の日か聞かれてキスの日だって知らなかった奴は······今日中に誰かとキスしないと不幸なことが起きるらしいぜ」

 「はあ? 何だそれ。ていうか、なんで俺にその話題振ったんだよ。知るわけねえだろ」

 「いやあ、この噂がホントかどうか確かめたくてさあ。まあ、頑張れよ、オッサン。後で結果だけ教えてくれればいいからさ」


 そんな噂、嘘に決まってる。そう思うけれど、何となく気になってしまうのが人の性なのか。だから、とりあえず彼を訪ねてみたのだけれど。

 「どないしたあ? カフカ、黙り込んで······なんや、僕に話があるんやなかったか?」

 そう言いながら、俺の顔を覗き込むその紅い瞳がとても優しい。普段部下に向けるようなそれとは全く違い、多分に甘さを含んでいる。どうして副隊長がそんな眼差しを俺に向けてくるのか。その答えは、どうして俺が彼のところへ来たのかという問いの答えと同じものになるだろう。

 これはここだけの話、俺日比野カフカは今······保科副隊長とお付き合いをしているのだ。そんな馬鹿なと疑いたくなるだろうが嘘じゃないぞ。夢まぼろしでもないんだな、これが。
 かくいう俺もいちばんびっくりしてるくらいだから、安心してくれ。それにしても、本当になぜお付き合いできているんだろうか。

 「そない言いづらいことか? それとも、僕には言われへんから黙ってるんか」

 「あ、いや、······そういうわけじゃ」

 言わなければ、もうこれは帰してもらえない感じだ。俺は覚悟を決めて、こう切り出した。

 「副隊長······今日はキスの日、らしい······です、よ?」

 1度、いや2度ほど彼が瞬きして、そして口を開く。

 「ほお〜それで?」

 「そ、それで? とは······」

 副隊長が俺の肩をがっしりと掴んで、答えるまで絶対に逃さないという雰囲気を醸し出している。

 「そやから、お前は······僕にキスされたいのか。それとも、僕にキスしたいのか。どっちやねん」

 まさかの問いに、俺は頭を抱える。
 そこまで詳しく考えていなかったからだ。キスしてもらう? 俺からキスする? どちらが正しいんだろう。伊春はそんなことまでは教えてくれなかったぞ。

 「あの、すみません。1本電話をしても良いでしょうか?」

 「今このタイミングでか? 因みに誰にかけるんや」

 「伊春、です」

 そう答えると、副隊長が手を差し出してくる。電話しようと思って取り出した端末を大人しくその手にのせた。すると、ベッドの方へと放り投げられてしまう。やっぱり、駄目だったか。

 「恋人の僕とおる時に他の男の話するな、て何遍言わせんねん。しかも電話? ありえへん」

 確かに、何回もやらかしている自覚はある。その度に叱られてしまうのだが。今回だけは大目に見てくれると有り難い。

 「電話はなしや、ええな。それより、決まったか? 僕の方はどっちでもかまわんで」

 究極の2択を迫られている気がする。どうする? 頼みの綱であった伊春の助言は見込めない今、どちらかに賭けるしかないのか。
 悩んだけれど、不慣れな恋についてはとことん優柔不断であるので、結局決められなかった。

 「副隊長、勘弁してください。そういう話じゃねえんですぅ〜」

 泣きつくように事のあらましを洗いざらい話した。そうしてどうなったかは、まあ······ご想像におまかせする。ただ、キスだけで済まなかったことだけは報告しておく。




 「なあ、レノ。今日の副隊長、なんかいつもと違わねえ?」

 「確かに伊春くんの言うとおり、今日はいつも以上に訓練が厳しかったですね」

 「だよなあ。誰か副隊長怒らせるようなこと、しちまったのかな〜何にせよ、今日は厄日だぜ」


 ◇◇◇  

 

 『幸か不幸か』 〈保科サイド〉


 「決められへんなら、聞き方変えたるわ。僕にキスしてもらうのと自分からキスするのと、お前はどっちが好きや?」

 僕よりも年上のくせにこういうのには慣れていないらしく、すぐに顔を朱に染め困ったように目が泳いでしまう。だが、真面目で律儀なので、きちんと考えありのままの気持ちを教えてくれる。

 「してもらうのが、好きです」

 そう言うと思っとった、と答えれば俯いていたカフカの顔が上がる。その瞳は雄弁に語っていて期待に満ちたように喜ぶので、仰せのままにと呟いて顔を近づける。
 恥ずかしがるくせに何故だか瞳を閉じず、近づいてくる僕の顔を凝視する癖がカフカにはある。
 初めてした時目くらいつぶれやと照れくさくて僕の言葉は文句のようになってしまったが、それに対して彼は見惚れてしまって忘れてましたと言ってのけた。それから幾度となくしてきたが、いつもじっと見つめているのでこちらの方が恥ずかしくなってその瞳を手で覆いながらキスすることが多い。

 「お前、ほんまに目つむらへんな」

 僕の指の隙間からエメラルドみたいな瞳が覗いていて、思わず笑ってしまう。

 「そんなに見たいなら、どうぞ? 存分に見たってや」

 自室のベッドにそのまま恋人の体を押し倒して、その上から跨ぐように伸し掛かる。見せつけるように服をわざとゆっくり脱ぎ、上半身を露わにする。見惚れるとはどういうことかという見本のような表情をしながら、食い入るようにカフカがこちらを見ていた。

 「僕の体、ほんまに好きやなぁ」

 「体、だけじゃなくて······ぜんぶ、好きです」

 カフカのシャツも脱がせようとたくし上げていると、そんな答えが返ってくる。

 「100点満点の答えやんか。そんなええ子には、ご褒美やらんとあかんな」

 耳元でそう甘く囁やけば、耳に息がかかって擽ったいのかふるりと震えた。副隊長、と微かにこちらを呼ぶ声がしたので、その口を少し強引に塞いでやる。間違いは正してやらなければ、気が済まない。

 「そうやないやろ? 僕の名前、呼んでくれへんの?」

 「······そう、しろう······さん」

 さん、なんかつけんでええのにと思うけれど、一度にたくさん要求しては彼も困るだろうから。それに、これから少しずつ僕色に染めていけば良いのだ。焦ることはない。

 「さっきの話やけど、キスせえへんかったら不幸になる言うなら、ほなキスしたらどうなるんかな」

 「もう、いっぱいいっぱいなので······できれば、お手柔らかにお願いします」
 
 普段はわりと声が大きいくせに、蚊の鳴くような声に涙目でそう訴えてくるので努めて優しくしようとは思う。できるかどうかはまた別問題であるけれど。

 「好きな子にはとびっきり優しくが僕の主義やから、大丈夫や。多分、な」

 目元に優しく口付ければ、多分って正直すぎるでしょと彼が少し笑うので。嘘言うよりええやんと付け足しておいた。
 先程放り投げたカフカの端末が午前0時を表示しており、キスの日の終わりを告げている。


 (キスの日なんて知らんかったけど、わりとええもんやな)

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