保カフ その他 

鳴カフ 『スタート地点』

 「よければ、それ俺が持っていきましょうか?」

 偶然通りがかった部屋から聞こえてきた長谷川副隊長の声。鳴海隊長に渡さなければいけないものがあるのに、今すぐ来てくれと電話越しにせっつかれているようだった。だから、でしゃばったことをしているのは百も承知でそう声をかけてみたのだ。

 「日比野、すまないがよろしく頼む。あいつはどうせ部屋でゲームでもしているだろう」

 長谷川副隊長に言付かった書類を手にし、隊長のところへと向う。辿り着いて隊長室の前でお伺いを立てるが、返事がない。寝ているのだろうか。失礼しますと言いながら、ゆっくり扉を開く。だが、彼の姿はどこにもなかった。

 「あれ……どこに行ったんだろう。隊長の行きそうな場所って、どこだ!?」

 高確率で部屋にいることが多いので、思い当たる所がない。
 もしこれが、第三部隊の保科副隊長であったならおおよその見当がつく。執務室かトレーニングルームのほぼ二択であるからだ。忙しい人だからいないことも多いけれど、無暗に探し回るよりどちらかで待ち構えていれば外出していない限りは必ず会えることだろう。
 だから、同じ理論として隊長室で待っていたほうがきっと会えるのだろうが、何となく気になってしまう。部屋にいない時、彼は主にどこにいるのだろうかと。出会って間もないのだから知らなくて当然だが、彼の行動パターンが読めないのだ。

 「うーん、やっぱりいないなあ」

 外は土砂降りの雨だ。わざわざこんな日に外出はしないだろう。
 だから、俺は基地内をうろうろと彷徨った。だが、彼は見つからない。おおよその見当をつけなければ、やはり見つけることは困難だろう。これ以上は時間の無駄だ。そう思って帰ろうとしたが、念のためトレーニングルームも確認しておくことにした。

 いくつかある内の一番奥にあるトレーニングルームに明かりが灯っているのが見えた。ゆっくり近づき、中の様子を窺う。すると、隊長がランニングマシンで一心不乱に走り込みをしていた。よく見ると、足には重りのようなものがつけられている。

 「え、何してるんだ…………いや、何してる、じゃないだろ。馬鹿か俺は」

 保科副隊長のように日々の鍛錬を怠らず努力を惜しまないような、そんな人だと思っていなかったのだ。どうしてそんな思い込みをしていたのだろう。俺はなんて浅はかなんだ。
 最強と謳われる部隊で、隊長として君臨し続けているのだ。天才として尊ばれている彼もまた、人の子である。才能は十二分にあるだろう。だけれど、努力しなければその先にはいけないのだ。
 保科副隊長の言葉を借りるならば、歩みを止めたら人はそこで終わりだ。それ以上の成長は見込めない。日々の鍛錬をけっして怠るな。肝に銘じた彼の言葉だ。それを今俺は紛うことなき真実としてまざまざと見せつけられている。
 こんなにも才能に溢れている人ですら、努力を惜しまないのだ。才能も何もない凡人の俺はどれ程の努力を要するのだろう。

 「誰だ、そこで何してる」

 つい夢中で見入っていたら、走り込みを終えた隊長にあっさり見つかってしまった。

 「すみません、隊長。お邪魔するつもりはなかったんですが」

 「日比野……カフカか。ボクに何か用でもあるのか」

 長谷川副隊長から預かってきた書類を手渡す。部屋にいなかったから探していたという旨も伝えながら。

 「こんなもの、部屋の隅にでも置いておけばいいだろう」

 「そうはいきませんよ。頼まれたんですから、きっちり隊長に手渡さないと」

 「まあ、いい。用が済んだならとっとと帰れ……なんだ、他にも何かあるのか」

 すぐにトレーニングルームを出ていこうとしたが、俺はもう一度鳴海隊長へと向き直る。

 「隊長って、やっぱすげえ人なんですね。こんな時間までトレーニングお疲れさまです」

 「おい、待て。違う、そうじゃないぞ、日比野カフカ。ボク様はゲームに飽きたから、ちょっと気分転換に体を動かしに来ただけだ。別にトレーニングしているわけじゃない」

 保科副隊長は鍛錬することが当然のことで、卑下することもなければ傲ることもなかった。けれど、この人は……何ていうか。

 「分かってます。秘密の特訓なんすよね。誰にも言いませんから、安心してください」

 「いや、だからトレーニングじゃないと言っているだろう! ボクは天才なんだぞ、そんなもの必要なわけがない」

 「はいはい、分かってますから。じゃあ、俺はお邪魔するのもあれなんで、退散しますね。なので、どうぞ続けてください」

 「お前は全然人の話を聞かないな!?」

 不器用で恥ずかしがり屋な天才様は日々の努力によって成り立っている。知れて良かったな。

 「あなたを見倣って、俺も精進します。それでは失礼します」

 「だから違うと言ってるだろう! 戻ってこい、日比野カフカ――!!」

 そんな彼の声を背に受けながら、俺は自室へと帰っていった。


 
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