保カフ その他 NEW

 保カフ  『はつ恋』


 「ーーだから、別れてほしい」

 日比野カフカの恋は長続きしない。
 主にカフカ自身に原因があるのだが、それでいいと思って生きてきた。

 幼い頃からなぜか年下の、特に同性に好かれる体質だった。
 相手のその好きは最初ただの憧れのようなものだが、年齢が上がるにつれ次第に恋愛的要素を含みそこに性的欲求が加味されていく。また、カフカの面倒見の良さもあいまって、年を追うごとにそれは顕著になっている。
 カフカとしても年下に好かれるというのは満更でもないため、断ることができず押し切られることが多い。女性との経験はないのだが、男性経験は豊富だったりする。つけ加えて言うなら、初めてお付き合いしたのも年下男性だし、初めてキスやそれ以上をしたのも、勿論年下男性である。

 だが、そんなカフカにはもう1つ注目すべき体質があって、それは自身が惚れっぽいということだ。
 良いなって思う年下の男に、当然のように懐かれ、惚れられ好きだと告白される。カフカは喜んでお付き合いするのだが、出会いはそこら中に落ちてるもので。時が経つとまた別の男から告白される。そうなると心移りしてしまって、付き合っていた恋人とはお別れするということになる。

 こんな調子で、意外と恋多き人生をカフカは歩んできた。
 そして、そんな彼が防衛隊の入隊試験にやって来て何をやらかしたかというと、試験官に一目惚れである。
 そのため、それまでお付き合いしていた人とお別れをし、身綺麗にして入隊している。二股などはもってのほかだ。
 惚れっぽい体質はもはやどうにもならないので、せめて不義理なことはしないときめている。だから、恋人がいながら他に好きな人ができてしまった場合は、なるべく相手を傷つけないように何かと理由をつけて迅速にお別れするのだ。

 そんなこんなで準備万端なカフカだが、今回好きになった相手というのが、まさかの上官で。こんなこと初めてだとカフカは少しばかり動揺していた。なんせ今まで付き合ってきた人は皆年下。年上どころか同い年とも経験がない。今度の恋はきっと上手くいかないだろうと思っていたのだが。

 「え? 保科副隊長って、俺より年下なんですか!?」

 「なんや、僕が年下やったらなんか都合が悪いんか?」

 「いえ、別に······しっかりしてらっしゃるので、てっきり年上なのかと」

 自分が好きになった人が実は年下だったとわかり、なぜかカフカはほっとしてしまう。この年になって異例の事態にはなかなか対応できないものだ。でも年下だとわかれば、こっちのもの。いつも通り、ただ純粋に彼を想うのみだ。

 防衛隊員として日々訓練やら何やらで忙しい身としては、色恋沙汰に時間をさく余裕はない。だが、1日が終わり消灯の時間をむかえ、資料室で1人勉強しているこの時間だけはプライベートと言っても問題ないだろう。だから、この時だけは自分の気持ちに正直にいようとカフカは決めており、もはや恋愛脳全開である。
 カフカが資料室でこっそり勉強しているのを見つけて以来、保科は何かと気にかけてくれ資料室に顔を出すようになった。彼と2人きりになれるチャンスを逃すまいと、ついつい夜更かしして彼が来てくれるのを待ってしまうのだが。

 「またこんな時間まで起きとったんか。あんまり気張りすぎるのも良おないぞ」

 「······え、あっ、すみません、すぐ片付けて寝ます!」

 今日も保科副隊長かっこいいなあ、と見惚れていたら返事をするのが遅れてしまう。ばたばたと慌てて片付けていたら、向かいの席に保科がゆっくりと腰を下ろした。そして、カフカの顔をじっと見つめている。

 「お前、ほんまにわかりやすいなあ······僕のこと、そんなに好きか?」

 急にそんなことを言われて、片付けをしていたカフカの手が止まる。何を言われているのか分からず聞き返すと、何故か笑顔で返された。

 「お前の顔に、『副隊長めっちゃ好き!』って書いてあるやん」

 「······えっ? どこに!? なんで!?!」

 顔のどのあたりに書いているのかと慌てふためいていると、目の前の上官は声を出して笑っている。

 「そんなわけないやろ。ものの例えや······だけどお前、それやとほぼ肯定しとるのと変わらんぞ。あー笑いすぎて腹痛いわ」

 そんなに笑わなくてもと少し拗ねた気持ちで見やっていると、一頻り笑い終えた保科が不意に机の上にあったカフカの手にそっと触れてくる。

 「そやけど、そないに悪い気はせえへんのや······僕もお前のこと、ええなあって思うてたし」

 カフカの手を取りその上で指滑らせたりにぎにぎと握りしめたりと弄んでいる保科に顔を赤らめ戸惑っていると、閉じられていたその瞳がこちらを捉える。先程とはうってかわって真剣そのものだ。

 「そない僕のこと好きなら、僕と付きおうてみるか?」

 蚊の鳴くような声でよろしくお願いしますと答えたら、『声小っさ! いつもの元気はどこいったん』と再び笑われてしまった。その後も少しお喋りしたのだが、舞い上がりすぎてよく覚えていない。
 名残惜しいが、保科とさよならをし資料室を後にする。そして、部屋へ戻って自身のベッドに横たわり、カフカは思わずよっしゃとガッツポーズだ。あんなかっこいい人と付き合えるなんて夢みたいだとにまにましながら眠りについた。

 その翌日からさっそく、隙をみて声をかけたり、時間があるときは恋人らしくいちゃついてみたり。保科も嬉しそうに応えてくれるので、カフカは恋人ライフを満喫していた。
 それから暫くたった深夜の資料室。いつものように保科がやって来てくれて、限られた時間ではあるが2人は仲睦まじい雰囲気で談笑していた。そして、もうそろそろお開きにとなってしまい、カフカは離れがたくてキスを強請った。

 「もう少し一緒にいたいなら、僕の部屋くるか?」

 顔を赤らめながら、カフカはこくりと頷いた。
 静まり返る薄暗い廊下を2人は手を繋いで歩いていく。心臓の音がやけにうるさい。少し先を歩く恋人にまで聞こえてしまいそうだとカフカは思った。
 程なくして、保科の部屋へと到着する。入口のところで立ち止まっていると、優しく手を引かれた。遠慮せんとはよ入りと言ってくれる。そのまま中に通されて、カフカは遠慮がちに腰を下ろした。すると、保科の手がカフカの首筋に触れてくる。

 「首まで真っ赤になっとる······そない緊張されるとこっちまで緊張してしまいそうやわ」
 
 そう言って離れていってしまう保科の手を追いかけ絡ませ、カフカは口の端に触れるだけのキスを落とす。

 何度こういう場面がやってきても、慣れることがない。顔は赤くなるし緊張もする。だが、相手はいつも年下で自分は年上なのだから、それらしくリードしなくてはとカフカはいつもそう思って仕掛けていく。
 相手からすると反応は初めてを思わせるような初心さだが、時折見せる年上らしいこなれた感も見せられて。そのアンバランスさに皆歴代の彼氏たちは陥落してきていた。知らず識らずのうちにそれが定石となっていたのである。
 だが、保科は今までの恋人と少し様子が違うようで。そんなカフカを見てもあまりそそられないばかりか少し嫌悪感が見て取れる。

 「反応は初心でかわいいんやけどなぁ······カフカ、お前。男と付き合うの僕が初めてやないやろ?」

 なんと返すべきか悩んだが、嘘をつくわけにもいかずカフカは素直に頷いた。

 「やっぱりな、お前男の誘い方がうますぎるねん······まあお互い、ええ年やし? それなりに経験はあるやろうけど······ちなみに、前の彼氏はどんなんやったか教えてくれるか?」

 「職場の······後輩、でした」

 「ふーん、まあありがちやな。そう言えば、前に僕が年下かどうか聞いてきたことあったなあ。年下やったら簡単に落とせると思うとったら大間違いやで、カフカ」

 カフカのシャツをたくしあげようとしていた保科の手が止まり、そして離れていった。カフカはその手を追いかけたかったが、保科が背を向けてしまいそれは叶わなかった。
 それまでの甘い雰囲気が一転して重苦しい空気へとかわり、カフカはどうしていいか分からずおろおろとしてしまう。普段の保科ならそんなカフカに優しい言葉の1つでもかけてくれるのだろうが、今の彼にそんな様子は微塵もない。2人とも無言になり、その場は静寂に包まれる。時間がとても長く感じられ、カフカはますます途方に暮れる。
 そして、どれ程の時間が過ぎたのか分からないが、漸く保科が口を開いた。
 
 「カフカ、はよ帰らんと寝る時間無くなるで」

 そう言って、あろうことかカフカはそのまま部屋を追い出されてしまった。仕方なくとぼとぼと歩いて自室へと向かっていたが、その足取りは重い。
 嫌われてしまったのだろうか。もう別れたいと言われてしまうのだろか。
 いよいよ足が進まなくなってその場に立ち止まる。俯くカフカの瞳には涙の膜が張っている。

 「······先輩? そんなところで何してるんですか?」

 夜の静けさにまぎれてしまいそうなほど、小さくて穏やかな声が聞こえた。それが前職では後輩、今は同期の市川のものであるとすぐにわかったが、泣いているところを見られたくなくて顔をあげることは出来なかった。

 「目が覚めたら、先輩ベッドにいなかったので心配しました。どこ行ってたんですか? もしかして、泣いてるんですか?」

 その優しさが身に染みる。さらに涙がこみあげてきそうなのをぐっと堪え、ずずっと鼻をすすった。

 「市川、聞いてくれよ······トイレ行こうとしたら、曲り角で小指ぶつけちまってすげぇ痛くて泣きそうなんだけどお」

 努めて明るい声でカフカはそう言った。
 本当は、保科とのことを全部吐き出して慰めてもらいたい。そんなことが頭をもたげた。でもそれは年上としての矜持が許さない。

 「もう、何やってるんですか。戻って早く寝ますよ」

 おう、と答えたが眠れる気はしなかった。
 案の定、部屋のベッドに転がっても全く眠気は襲ってこない。保科のことばかり考えてしまうのだ。
 自分の何がいけなかったのか、考えてみるがよくわからない。今まで告白されて付き合ってお別れするの繰り返しで、お付き合いのなかで揉めたことなど無かった。揉める前に別れを切り出していたとも言えるが。
 恋が長続きしないのはいつものことだが、それでもこれはあまりにも早すぎる。しかも、もしこれで相手から別れを切り出されるということになれば、初めての経験だ。今まで1度も自分から告白したこともないが、ふられたこともないのだ。
 どうすれば良いのだろう。カフカは考えても答えの出ない問いに一晩中悩まされることとなった。

 翌朝、冴えない頭とともにカフカは朝日をむかえる。眠れないのにベッドに転がっていても仕方がないと思い、外の空気を吸うために屋上へと向った。こんな早朝に誰かに会うなんて想定していなかったカフカだが、よりによってこの人に会うなんて今日は厄日なんだろうかと頭をかかえた。

 「なんや、えらい早いなあ。どないした?」 

 そう言ってこちらに触れてこようとしたので、思わず後ずさって避けてしまった。なんで避けんねんと不機嫌そうにしながら、ちらりと腕時計に目をやったのをカフカは見逃さなかった。

 「副隊長、俺なんかに構ってたら遅刻しますよ」

 確か今日は、朝から他の基地で会議があるのだと言っていた気がする。
 保科はため息をつき、確かになと言いながらカフカの目の前を通り過ぎていく。そのまま歩いていってしまうのかとつい目で追いかけて向き直ると、保科は立ち止まった。振り返りはせずただそう言い残して足早に去っていった。

 「今日の夜、話があるから僕の部屋に来い」

 カフカはよれよれとしながら、屋上へ行きそのまま下に寝転がった。今日の空も澄んでいて気持ちがいい朝だ。だが、カフカの気分は晴れない。

 「やっぱり別れ話かなあ。そうだよなあ······」

 無性に煙草を吸いたい気分だったが、肝心の煙草がない。こんなときのために持ってきておくべきだったとカフカは少し後悔する。

 「どうしよう、別れたくねえな」

 こんな気持ちになったのは、生まれてはじめてのことだった。

 その日は兎に角がむしゃらに打ちこんだ。何にでも全力投球で空回って、そして怪我をした。軽い打ち身だったが、ひと回り以上も年の離れたキコルに何をやっているんだと怒られてしまった。本当に自分は何をやっているだろうと自嘲するしかない。
 それから、無情にも時は過ぎ、否が応でも夜はやってくる。
 保科の部屋へと行きたくなくて、いつも通り資料室で勉強をして時間を潰した。でも行かないという選択肢はとれなくて、結局部屋へと向かう。
 かなり遅い時間になったので、もしかしたらもう寝ているかもしれない。そうだと良いと思いながら、控えめに扉を叩いた。何も言わずにただノックする。反応がなければ帰ろうと思っていた時、こちらへ向かってくる足音がし扉は開かれた。

 「あんまり遅いから、もう来うへんのかと思ったわ」

 中へと通してくれるその背中がなんだかとても遠く感じられて、カフカはその背中に後ろから抱きついた。

 「悪いところは直せるように努力します······だから、別れるなんて言わないでください」

 「······は? あーなるほどな、僕に別れ話されると思ったから行きとうなかったんか······ちゃうちゃう、そうやないねん······って、僕の話聞いとるか?」

 カフカは別れたくない一心で最早羽交い締めのように保科を力強く抱きしめ、うわ言のように『別れたくないです、副隊長』と泣きながら懇願している。

 「あーわかった、わかった。もう泣かんでええ、ちゅうかお前、力強いねん! 僕の骨砕く気か」

 保科は抱きついているカフカの腕をばりっと剥がし、その場に座らせる。そして、ゆっくりとカフカの頭を撫でる。

 「ごめんな、カフカ。昨日は僕が悪かった。何ていうか······その、嫉妬してもうてん。こんなかわいいお前を他の男も抱いたんかと思うたら、頭に血がのぼってしもうて」

 保科はばつが悪そうにし、うーんと唸りながら頭を雑に掻きむしっている。

 「ただでさえ、年下やのに······こんなん餓鬼臭いやろ? ほんま、駄目やなあ······僕のほうこそお前に嫌われたって思うてたわ」

 「そんな、そんなことないです! それに俺が副隊長のこと嫌いになんてなるわけない······だって俺副隊長のこと大好きですし、それにあなたになら何されても良いと思ってるので」

 尻すぼみにカフカの声は小さくなっていく。それに合わせて顔色はどんどん赤みを増していて。そんなカフカを見て、保科は空を見上げ目元を手のひらで抑えている。そして不意にもうあかんと呟いて、徐々にその声は真夜中にもかかわらず大きくなっていく。

 「またお前、そないなこと言うて······もう僕をどうしたいねん。僕の恋人がかわいすぎる!」

 その後もその拳で床を叩いてみたり頭を抱えたりしながら、保科はよく分からないことを叫んでいる。その様が普段の彼のイメージと違って少し幼く見えて、ふはっとカフカは思わず笑みをこぼす。

 「ようやっと笑ったなあ、カフカ。お前の笑顔好きやのに、傷つけて泣かせてしもうてすまん······昨日眠られへんかったんやろ?」

 クマができとると、保科はカフカの目の下を指で優しくなぞった。そして、目元に軽く触れるだけのキスをおとす。

 「副隊長だって眠れてないですよね? 会議お疲れさまです······俺の方こそ、部屋に来るの遅くなってすみませんでした」
  
 カフカが話している間も保科のキスの雨はやまなくて、徐々にカフカは恥ずかしい気持ちを持ち始めまた顔に熱が集まってくる。それを誤魔化すためにカフカは呟く。口にはしてくれないんですか、と。少し焦れたような響きをまとって。
 それまで頬や額、目元などにそっと口づけていた保科の動きが止まり、お互いの視線が交差する。そして、保科はカフカの後頭部にそっと手を添えて引き寄せる。スローモーションのようにゆっくりと重ねられたそれは、次第に激しいものへとなっていく。
 漸く開放される頃には息も絶え絶えで、またカフカの意識は快楽の波にのまれ体を真っ直ぐ保っていられずふらりと揺れた。保科はそんなカフカを引き寄せ抱きとめる。そして、保科の肩へ頭を乗せているカフカの耳元で吐息混じりに呟いた。
 
 「もしカフカがええなら、昨日のやり直し、させてほしいんやけど」

 迷いなどない。元より自分はそう望んでいたのだから。
 カフカは保科の背に手をまわし、ぎゅっと抱きついた。

 「こんな俺でよければ、お願いします······」

 今日もまた眠れぬ夜になりそうだと思うけれど、この人と一緒にいられるのならそれでも構わないとキスに溶けた頭で考えるカフカであった。


  終



 design

 





 
 

 
1/4ページ
スキ