保カフ (怪獣8号) ふたりは新婚さんシリーズ
保カフ ふたりは新婚さんシリーズ4 ひとかけらの幸福論
「カフカ、少し寄り道して帰ろか?」
空がゆっくりと赤に溶けていく冬茜が見える頃。
保科が有明りんかい基地へと車で迎えに来たことで、久しぶりにふたりは揃って帰宅と相成った。だが、真っ直ぐ家路へと向かわず、彼らを乗せた車は別の目的地へと向かって走っている。珍しく保科に寄りたいところがあるとのこと。カフカはどこへ向かっているのだろうと、流れていく景色を見つめながら思っていた。
「······うわぁ、すげぇ綺麗! ねえ、宗四郎さん!」
程なくして街の中心部へと辿り着き、その辺りから徐々に煌びやかな装いがあちらこちらで見られるようになっている。そして、更に進むと取りわけ眩い一角が目に飛び込んできた。
その光の街と化した光景に驚き、興奮冷めやらぬままカフカは保科の名を呼んでいる。
「今年のは一味違うから見に行けて、斑鳩が煩いねん······まあたしかに、これはすごいなあ」
本日は12月24日、クリスマスイブである。
かつてよりここはクリスマスシーズンになるとイルミネーションに彩られ、光の街へと変貌する。世の恋人たちの所謂デートスポットになっているのだが、今年は例年よりもさらに力を入れているらしくとても話題になっていた。イルミネーションは噂通りの美しさであるのだが、人の多さも半端ではなくかなりの賑わいである。
もっと近くでイルミネーションを見ようと、保科は近くの駐車場に車をとめカフカとともに降り立った。だが、遠目でも十分楽しめるのだろう。その美しさに感動してカフカが立ち止まっていると、すれ違う人とぶつかり彼は平身低頭で謝罪を繰り返していた。
人の波が激しくかなりの込み具合なのだ。そこから更に中心地へと赴こうとしているのだから、時折子どものようにはしゃいでいる連れを野放しにしてはおけない。見兼ねて保科が声をかける。
「カフカ、そんなんしとったらはぐれるで。手つなごか」
そう言われたカフカは、少しの間を置いてから手を出した。
「今お前、僕と手繋ぐの嫌やなって思ったやろ」
「············そんなこと、ないですよ」
「なんやねん、その間は。完全に思うとるやん! 僕の手、冷たいもんなあ······夏はあんなに喜んでくれたのに」
さめざめと泣く真似をしながら、そう保科は語る。
保科宗四郎の手は思いのほか冷たい。それは季節を問わずであるし、運動をした後など体温の上昇にも左右されない。暖かいものに触れていると多少なりとも熱を吸収し幾分その冷たさは緩和されるが、それも一時的なことである。
そのため手を繋ぐことが割と好きなふたりだが、冬はこういったくだらないいざこざが起きてしまう。ある意味恒例行事だと言える。
「だって、車の中でやっと温もったのに、手繋いでまた冷えるのはちょっと······」
「お前にそないなこと言われると、地味にへこむわ······手袋してくれば良かったなあ」
保科にしては珍しく、本当にしょげているような表情と声色だ。ちょっとした冗談のつもりだったカフカは、思っていた反応との違いに申しわけなさが募りどうしようかと逡巡する。そして、不意に彼は保科の手を取り、そのまま自身の上着のポケットへと突っ込んだ。
「暑い夏は散々お世話になったし、しょうがないので冬の間は俺がこの手を温めてあげます!」
だから落ち込まないでと続けるつもりだったが、カフカの言葉はそこで途切れてしまう。
「どないした? カフカ」
「いや、なんかこれ······前にもあったような?」
「まあ、そうやな······去年の冬も、一昨年もその前も。ここ最近、同じやり取りしてるからなあ。お前は覚えとらんみたいやけど」
これってデジャブ!? とカフカは1人騒いでいたが、どうやら
本当にあったことらしい。
「何知らん顔してんすか、教えて下さいよ。俺1人で馬鹿みたいじゃないですかぁ」
「ええやん、別に。毎年、同 じ事を同じようにお前と出来るんが、僕は嬉しいんやから。それにこういうのが、幸せってやつやないんか?」
「······宗四郎さん、俺のこと泣かせにきてます?」
そんなこと言われたら、こんな往来で大の大人が泣いちゃうじゃないですか。そう言うカフカの瞳は涙の膜が張り、今にもその雫が零れ落ちそうになっている。
同じように繰り返す日常を平凡でつまらないと思うか、それを幸せだと捉えるかは人それぞれだ。ことカフカに関しては、何事もなくその日を安寧と共にやり過ごせることがどれほど幸福なことか。彼はそれを身をもって知っている。そして、この先できればずっと共に歩んでいければと思っている人が同じ思いであることに、更なる幸せを見出しているのだ。
「そんなつもりないんやけど、ただ思うたこと言うとるだけで」
泣きそうになっているカフカの頭を撫でてやろうと保科が手を伸ばすと、それが何となく分かるのか撫でやすいように少し頭を下げこちらへ向けてくる。
「そやからな、カフカ。来年もその次もこれからもずっと、お前は忘れたふりして同じ事してくれたら、それでええねん」
まあお前の場合、ほんまに忘れてさも初めてのように繰り返すやろうけどなと愉しそうに保科は付け加える。
「いくら何でもさすがに覚えてますよ、たぶん」
頭に置かれていた保科の手がするりと滑り落ちてきて、カフカの頬を撫でた。そして、その指は涙を拭うように目元を掠めていく。頭を優しく撫でられたのが逆効果になったようで、涙がその頬を濡らしていたからだ。
「泣いたりして、すみません······すげぇ、恥ずかしい」
「大丈夫やろ、気にせんでも。泣こうが喚こうが、だーれも僕らのことなんか見とらん。皆イルミネーションに夢中やからな」
「そうですね、確かに誰も見てない。泣こうが喚こうが············キスしようが?」
街の喧騒の中、カフカの放った言葉はすぐに掻き消されていく。だが、保科の耳には確実に届いていたようで、彼は口元を綻ばせた。そして、眩い光に照らされたふたつの影が重なり合う。
「お前がそないなこと言うの珍しいから、ほんまにしてもうたやないか」
「でもほんとに、びっくりするぐらい誰もこっち見てないかも」
「当たり前や、みんなのお目当てのもんは頭上にあるんやし。僕らはただの脇役でしかない。しがない通行人Bや」
通行人Bってなんですか、それと可笑しそうにカフカは笑う。
眩いイルミネーションは笑った顔や泣いた顔、その全てを等しく光で照らしていく。それを瞳に映すことが出来るのは、恐らくすぐ側で見守っているこの世でたったひとり、保科だけなのだろう。
「ほんまに綺麗やな······心が洗われるようや」
保科はカフカを見つめ、そう呟いた。
そうですねと答えるカフカは、光を纏って高くそびえ立つツリーを見上げている。
今日この日、この場所の主役は光り輝くそのオブジェなのだろう。その周りを行き交う人々はただの脇役に過ぎないのかもしれない。けれど、その端役にもそれぞれ生活がありドラマがある。
「冷え込んできたし、もうそろそろ帰ろか?」
「あっちょっと待って! 1枚だけ写真取らせてください」
カフカは慌ててポケットから端末取り出し、目の前の美しくも眩い光景をカメラに収める。
「いや、なんでやねん! 写真撮る言うたら、ふたりで撮ると思うやん。それやのに、ツリーだけ撮りおってからに」
撮られると思うてかっこつけた僕が阿呆みたいやないか、そう保科は恥ずかしそうにしている。
「ははっすみません。じゃあまたーー」
来年ふたりで撮りましょうとカフカが伝えようとしていると、ぱしゃりとシャッター音がした。いつの間にか保科も端末を取り出しこちらに向けている。
「あー何してるんすか! 勝手に撮らないで」
「今日と言う日のカフカは今しか撮れんねん。撮り逃したら勿体無いやろ」
「もう、そんなに俺の写真ばっか撮ってどうするんですか」
「え、なに? それ聞いてまうんか? そやなぁ······お前がどうしても知りたいんやったら、帰ってからじっくり教えったってもええで」
「言うんじゃなかった······」
こっそりポケットの中で繋いでいるカフカの手を、保科は強く握りしめた。そして、人波を縫ってご機嫌な様子で闊歩していく。その隣でははにかみつつも微笑むカフカの姿があった。
ここは訪れた者たちを光で照らしてくれる、美しいイルミネーションに彩られた夜の街。そこにはこれから何処かへと出かける者、家路へと急ぐ者、その他様々な人々が行き交っている。保科とカフカもその内のひとつにすぎない。だが、今この地にはそんな彼らの思いや希望、願いなどで満ち溢れていることだろう。彼らの望みが叶うかどうかは、神のみぞ知るーー
これはそんな一欠片の思いを拾い上げた、小さくてささやかな物語である。
ひとかけらの幸福論
終

「カフカ、少し寄り道して帰ろか?」
空がゆっくりと赤に溶けていく冬茜が見える頃。
保科が有明りんかい基地へと車で迎えに来たことで、久しぶりにふたりは揃って帰宅と相成った。だが、真っ直ぐ家路へと向かわず、彼らを乗せた車は別の目的地へと向かって走っている。珍しく保科に寄りたいところがあるとのこと。カフカはどこへ向かっているのだろうと、流れていく景色を見つめながら思っていた。
「······うわぁ、すげぇ綺麗! ねえ、宗四郎さん!」
程なくして街の中心部へと辿り着き、その辺りから徐々に煌びやかな装いがあちらこちらで見られるようになっている。そして、更に進むと取りわけ眩い一角が目に飛び込んできた。
その光の街と化した光景に驚き、興奮冷めやらぬままカフカは保科の名を呼んでいる。
「今年のは一味違うから見に行けて、斑鳩が煩いねん······まあたしかに、これはすごいなあ」
本日は12月24日、クリスマスイブである。
かつてよりここはクリスマスシーズンになるとイルミネーションに彩られ、光の街へと変貌する。世の恋人たちの所謂デートスポットになっているのだが、今年は例年よりもさらに力を入れているらしくとても話題になっていた。イルミネーションは噂通りの美しさであるのだが、人の多さも半端ではなくかなりの賑わいである。
もっと近くでイルミネーションを見ようと、保科は近くの駐車場に車をとめカフカとともに降り立った。だが、遠目でも十分楽しめるのだろう。その美しさに感動してカフカが立ち止まっていると、すれ違う人とぶつかり彼は平身低頭で謝罪を繰り返していた。
人の波が激しくかなりの込み具合なのだ。そこから更に中心地へと赴こうとしているのだから、時折子どものようにはしゃいでいる連れを野放しにしてはおけない。見兼ねて保科が声をかける。
「カフカ、そんなんしとったらはぐれるで。手つなごか」
そう言われたカフカは、少しの間を置いてから手を出した。
「今お前、僕と手繋ぐの嫌やなって思ったやろ」
「············そんなこと、ないですよ」
「なんやねん、その間は。完全に思うとるやん! 僕の手、冷たいもんなあ······夏はあんなに喜んでくれたのに」
さめざめと泣く真似をしながら、そう保科は語る。
保科宗四郎の手は思いのほか冷たい。それは季節を問わずであるし、運動をした後など体温の上昇にも左右されない。暖かいものに触れていると多少なりとも熱を吸収し幾分その冷たさは緩和されるが、それも一時的なことである。
そのため手を繋ぐことが割と好きなふたりだが、冬はこういったくだらないいざこざが起きてしまう。ある意味恒例行事だと言える。
「だって、車の中でやっと温もったのに、手繋いでまた冷えるのはちょっと······」
「お前にそないなこと言われると、地味にへこむわ······手袋してくれば良かったなあ」
保科にしては珍しく、本当にしょげているような表情と声色だ。ちょっとした冗談のつもりだったカフカは、思っていた反応との違いに申しわけなさが募りどうしようかと逡巡する。そして、不意に彼は保科の手を取り、そのまま自身の上着のポケットへと突っ込んだ。
「暑い夏は散々お世話になったし、しょうがないので冬の間は俺がこの手を温めてあげます!」
だから落ち込まないでと続けるつもりだったが、カフカの言葉はそこで途切れてしまう。
「どないした? カフカ」
「いや、なんかこれ······前にもあったような?」
「まあ、そうやな······去年の冬も、一昨年もその前も。ここ最近、同じやり取りしてるからなあ。お前は覚えとらんみたいやけど」
これってデジャブ!? とカフカは1人騒いでいたが、どうやら
本当にあったことらしい。
「何知らん顔してんすか、教えて下さいよ。俺1人で馬鹿みたいじゃないですかぁ」
「ええやん、別に。毎年、
「······宗四郎さん、俺のこと泣かせにきてます?」
そんなこと言われたら、こんな往来で大の大人が泣いちゃうじゃないですか。そう言うカフカの瞳は涙の膜が張り、今にもその雫が零れ落ちそうになっている。
同じように繰り返す日常を平凡でつまらないと思うか、それを幸せだと捉えるかは人それぞれだ。ことカフカに関しては、何事もなくその日を安寧と共にやり過ごせることがどれほど幸福なことか。彼はそれを身をもって知っている。そして、この先できればずっと共に歩んでいければと思っている人が同じ思いであることに、更なる幸せを見出しているのだ。
「そんなつもりないんやけど、ただ思うたこと言うとるだけで」
泣きそうになっているカフカの頭を撫でてやろうと保科が手を伸ばすと、それが何となく分かるのか撫でやすいように少し頭を下げこちらへ向けてくる。
「そやからな、カフカ。来年もその次もこれからもずっと、お前は忘れたふりして同じ事してくれたら、それでええねん」
まあお前の場合、ほんまに忘れてさも初めてのように繰り返すやろうけどなと愉しそうに保科は付け加える。
「いくら何でもさすがに覚えてますよ、たぶん」
頭に置かれていた保科の手がするりと滑り落ちてきて、カフカの頬を撫でた。そして、その指は涙を拭うように目元を掠めていく。頭を優しく撫でられたのが逆効果になったようで、涙がその頬を濡らしていたからだ。
「泣いたりして、すみません······すげぇ、恥ずかしい」
「大丈夫やろ、気にせんでも。泣こうが喚こうが、だーれも僕らのことなんか見とらん。皆イルミネーションに夢中やからな」
「そうですね、確かに誰も見てない。泣こうが喚こうが············キスしようが?」
街の喧騒の中、カフカの放った言葉はすぐに掻き消されていく。だが、保科の耳には確実に届いていたようで、彼は口元を綻ばせた。そして、眩い光に照らされたふたつの影が重なり合う。
「お前がそないなこと言うの珍しいから、ほんまにしてもうたやないか」
「でもほんとに、びっくりするぐらい誰もこっち見てないかも」
「当たり前や、みんなのお目当てのもんは頭上にあるんやし。僕らはただの脇役でしかない。しがない通行人Bや」
通行人Bってなんですか、それと可笑しそうにカフカは笑う。
眩いイルミネーションは笑った顔や泣いた顔、その全てを等しく光で照らしていく。それを瞳に映すことが出来るのは、恐らくすぐ側で見守っているこの世でたったひとり、保科だけなのだろう。
「ほんまに綺麗やな······心が洗われるようや」
保科はカフカを見つめ、そう呟いた。
そうですねと答えるカフカは、光を纏って高くそびえ立つツリーを見上げている。
今日この日、この場所の主役は光り輝くそのオブジェなのだろう。その周りを行き交う人々はただの脇役に過ぎないのかもしれない。けれど、その端役にもそれぞれ生活がありドラマがある。
「冷え込んできたし、もうそろそろ帰ろか?」
「あっちょっと待って! 1枚だけ写真取らせてください」
カフカは慌ててポケットから端末取り出し、目の前の美しくも眩い光景をカメラに収める。
「いや、なんでやねん! 写真撮る言うたら、ふたりで撮ると思うやん。それやのに、ツリーだけ撮りおってからに」
撮られると思うてかっこつけた僕が阿呆みたいやないか、そう保科は恥ずかしそうにしている。
「ははっすみません。じゃあまたーー」
来年ふたりで撮りましょうとカフカが伝えようとしていると、ぱしゃりとシャッター音がした。いつの間にか保科も端末を取り出しこちらに向けている。
「あー何してるんすか! 勝手に撮らないで」
「今日と言う日のカフカは今しか撮れんねん。撮り逃したら勿体無いやろ」
「もう、そんなに俺の写真ばっか撮ってどうするんですか」
「え、なに? それ聞いてまうんか? そやなぁ······お前がどうしても知りたいんやったら、帰ってからじっくり教えったってもええで」
「言うんじゃなかった······」
こっそりポケットの中で繋いでいるカフカの手を、保科は強く握りしめた。そして、人波を縫ってご機嫌な様子で闊歩していく。その隣でははにかみつつも微笑むカフカの姿があった。
ここは訪れた者たちを光で照らしてくれる、美しいイルミネーションに彩られた夜の街。そこにはこれから何処かへと出かける者、家路へと急ぐ者、その他様々な人々が行き交っている。保科とカフカもその内のひとつにすぎない。だが、今この地にはそんな彼らの思いや希望、願いなどで満ち溢れていることだろう。彼らの望みが叶うかどうかは、神のみぞ知るーー
これはそんな一欠片の思いを拾い上げた、小さくてささやかな物語である。
ひとかけらの幸福論
終
