保カフ (怪獣8号) ふたりは新婚さんシリーズ 

 保カフ ふたりは新婚さんシリーズ3 『お友だちの弦くん』



 「宗四郎さん、俺今日、帰りが少し遅くなります」

 その日は朝日和で小鳥のさえずりが聞こえていた。
 食卓にはカフカの手料理が並んでいて、ふたりは向かい合って箸をつけている。料理なんてほとんどしたことがなかったカフカだが、今ではひと通りできるようになっていた。体が資本の仕事であるし、なにより愛する旦那様に美味しいご飯を食べさせてあげたい、その一心である。
 
 「なんでや? 残業なんて僕が許さん。誰からの指示やねん、パワハラで訴えたろかな」

 保科自身は仕事漬けであるにもかかわらず、カフカのこととなると話が別らしい。仕事で遅くなると言うと、いつも彼はこのような反応をする。

 「いやぁ、あの······仕事じゃないというか、その」

 「はっきり言わな、仕事行かせへんで」

 「······鳴海隊長とゲームをする約束をしました! ごめんなさい!!」

 静かな食卓にカフカの大きい声と、勢いあまっておでこをテーブルに打ちつける音が響いた。そして、カフカの体感時間としてはとても長い沈黙の後、保科がそれはもう大きくて深いため息をつく。

 (すげぇ長いため息だな······幸せいっぱい逃げちまったんじゃねえかな)

 カフカはそんなことをぼんやりと思う。

 鳴海には部屋の掃除を頼まれることが多く、それがきっかけで仲良くなった。一緒にゲームもするようになり、昼休憩は鳴海の部屋に入り浸ることが多い。だが、短い昼休みだけでは事足りなくなり、それならば仕事終わりにも時間をとればいいとなった次第だ。
 いつだったか、カフカが面白そうと何気なく言ったとあるゲーム。それを『買ってやったぞ。ありがたく思え』と無邪気に報告してくる鳴海に、断りを入れるのは難しく今に至る。

 「あらかた予想はついてたけどな。お前ホンマに鳴海さんと仲ええよな。もうほとんど友達やないか」

 「友達なんて恐れ多いので······ゲーム仲間にでもしといてもらえたら」

 『ほぼ同義語やろ、それ』と保科はいつもながら鮮やかなつっこみをいれつつ、朝食を食べ終わり手を合わせごちそうさまをしている。そして、『今日もご飯美味しかったで、ありがとな』と感謝のキスをカフカの頬にしてくれる。さらには食べ終えた食器はすぐさま台所に持っていき、洗い物までしてくれる。良くできた旦那様である。

 「カフカお喋りもいいけど、はよ食べな時間なくなるで」

 慌てて残りのご飯をかきこんで、身支度をする。何か忘れ物はなかったかと確認していると、保科の手が伸びてきて顔の向きを強引に変えさせられ唇を奪われる。行ってきますのキスにしては少々濃厚だ。

 「宗四郎さん、これ······遅刻、しません?」

 キスの合間にそう尋ねてみるが、解放される様子がない。朝の話題を間違えたなとカフカはほんの少し後悔した。

 それから、遅刻ギリギリで仕事場に向かい、何事もなくその日の勤務を終える。するとそれを見計らったように、保科からのメッセージが届いた。

 『ちゃんと約束事まもって、時間になったら帰っておいで。カフカはええ子やからできるよな』

 まるで子どもにでも言いきかせるような口ぶりだが、カフカは全く気にしていない。付け加えて言うならば、俺って愛されてるなぁと喜ぶ始末だ。

 「ちゃんとわかってるから、大丈夫ーーと。これで良しっ」

 保科に返信をした後、端末のメモ機能をチェックする。そこには保科と取り決めた約束事がずらりと書かれている。これは結婚する際、ふたりで最初にかわした契約のようなものであった。守れなければ罰則もあるのだが、今のところ破ったことがないのでお咎めなしだ。
 たくさんあるので覚えられないが、こうやって随時チェックすることができるのでカフカとしては助かっている。

 今回この約束事の『プライベートで他の男と2人きりで会わない』の項目に該当するのだが。
 そもそも昼休憩の時はどうなのかというと、これには該当していない。休憩中とはいえ勤務時間内だからというわけではなく、2人きりではないからだ。
 お昼は大抵、鳴海のもとに長谷川かキコルもやって来る。彼が午後からの仕事や稽古をサボらないように、昼休憩中からその身柄を押さえておく必要があるらしい。カフカとゲームをするようになってからは鳴海に逃げられることがなくなったので、長谷川たちから感謝されていたりする。

 「鳴海隊長、日比野カフカです」

 仕事終わりに早速、鳴海の部屋を訪れる。返事は待たずにそのまま中に入ると、そこには夢中になってゲームをしている丸い背中があった。

 「カフカ、そのいかにも仕事中ですという入り方をやめろ。それとなんで扉を閉めない? あと、ボクのことは弦君と呼べ」

 相変わらず注文が多いなぁと、カフカは鳴海の隣に腰を下ろしながら思った。勤務中以外は名前で呼ぶようにと言われていて、仕事とプライベートをはっきり分けたいからだそうだ。それにはカフカも賛同していて、鳴海と2人きりの時だけ彼を名前で呼んでいる。因みにこのことはまだ保科には言っていない。怒られるのが目に見えているから、とりあえず秘密にしている。

 「もう、癖みたいなものだから、あいさつは変えられないかなぁ。あと扉は開けとくように言われてるから」

 「なんだ、またおかっぱの指示か······何の意味がある?」

 「さぁ······換気、とか?」

 「はあ!? それはつまり、ボクの部屋が臭うとでも言いたいのか、あの陰湿おかっぱめ······今度第3基地に行った暁には、扉という扉を開けっぴろげにしてやる」

 「地味に嫌なんで、やめてくださいよ」

 そんな会話をしながら、仲良く2人でゲームに勤しむ。初めの頃は1人用のゲームを交代しながらやっていたが、次第に2人で一緒に楽しめるゲームへと変わっていた。

 「おい、カフカ。そこのお菓子とってくれ」

 そう言って鳴海の手が伸びてきてカフカに触れそうな、すんでのところでさっとカフカは身をよじってそれを躱した。

 「今、不自然にボクを避けたな」

 「接触は禁止なんで。弦君、このお菓子俺も食べていい?」

 「面倒くさいなぁ、もう! おかっぱの呪いか!?」

 お菓子は勝手に好きなの食べろ、もぐもぐと咀嚼しながら鳴海は言う。あちらこちらにお菓子が散乱している。長谷川に見つかればまた怒られてしまいそうだ。それにもかかわらず、いつもカフカが遊びに来るときは、多めにお菓子を用意してくれているのだ。
 それからも時折保科との約束事に茶々を入れられながらも、ゲームにのめり込み楽しい時間を2人で過ごした。

 「弦君、俺そろそろ······」

 「もう帰るのか? まさか······門限まであるのか!?」

 「うん、そうだけど······あ、宗四郎さん迎えに来てくれるって! もう近くまで来てるみたい」

 ほら、と持っていた端末を鳴海に向けると、苦虫を噛み潰したような表情を向けられる。

 「あれもダメこれもダメで、窮屈すぎるだろ。お前、息苦しくならないのか?」

 「なんで? 宗四郎さんは優しいから、俺のことを心配してくれてるだけだと思うけど」

 「お前、すごいな。ボクだったらストレスで夜しか眠れなくなるぞ」

 「そっか······いや、それ普通だから!」

 そんなやり取りをしながら、2人は部屋を出て基地の裏口へと向かう。たどり着いて見ると、もうすでに車が1台とまっていて見慣れた男が立っていた。宗四郎さん、と言いながらカフカが嬉しそうに走り寄る。
 
 「早めに仕事終わったから、迎えに来たわ」

 保科はそう言いながら、カフカのために助手席のドアを開けてやる。
そして、そのまま運転席へと行くかと思いきや、裏口の前に立っている鳴海の方へと向かっていく。

 「鳴海隊長、お疲れさまです。わざわざお見送りにくるなんて、よほどカフカのことを気に入ってるんですね」

 「そんなことを言うために来たのか? さっさっと帰れば良いだろう」

 鳴海は全くもって迷惑だという顔を顕にする。一方保科はカフカに見せる顔とは違い、寒さを感じそうなほど冷たい表情をしていた。

 「いやいや、あなたにどうしても言っておきたいことがありまして」

 鳴海の目の前まで近づいた保科は、鳴海が背を預けている壁にドンっと手をつく。みしりと少しひびが入ったような音がした。

 「カフカは僕のもんや。手出したら誰だろうと許しませんので、そのつもりで」

 まるで怪獣を討伐しようとしているかのような殺気を纏っている。もうすでにコイツ、何人かやってるんじゃないかと鳴海が思うほどに。
 保科と鳴海、会えば口喧嘩が日常茶飯事なのだが、今までは鳴海のほうから食ってかかることがほとんどだった。それがカフカとの結婚を機にいつしか逆転してしまっている。鳴海はそんな保科を見て冷静になることが多く、また保科が抱くカフカへの執着に若干引き気味でもあった。

 「2人とも喧嘩は駄目ですよー」
 
 カフカが車の窓から顔を出し、保科たちに声をかけてくる。すると、保科はゆっくりと向き直り、その表情を一変させる。よく見かける、当たり障りのない笑顔。鳴海に言わせれば、嘘くさいことこの上ないのだが。
 
 「喧嘩なんてしとらんでーちょこっと大事な話をしてただけや」

 その場に鳴海を残し、保科はカフカの待つ車へと戻っていく。
 運転席へと乗り込みエンジンをかけ、もう走り出そうとしたその時

 「鳴海隊長! ゲーム楽しかったです! ありがとうございました」

 大きく手を振りながら、カフカが叫んでいる。それに対して鳴海は早く帰れとでも言うように、雑に手を振り返していた。

 「空気を読まんヤツだな······隣のおかっぱが、嫌そうな顔をしているのが目に浮かぶようだ」

 鳴海はあくびを噛み殺しながら、自室へと戻っていった。


 それから暫くして、鳴海と長谷川が第3部隊立川基地を訪れる機会があったのだが。その際、鳴海が扉という扉を開けっぱなしにしてまわり、長谷川にこっぴどく怒られるという光景が目撃されたらしい。



 終




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