保カフ (怪獣8号) ふたりは新婚さんシリーズ
保カフ 『星カフェへようこそ』
「すみません! 俺寝坊しちゃって」
ベッドから飛び起きて、慌ただしくリビングへと向かった。用意をすませ、もうあとは行くだけといった彼の姿があるのだろうと想像しながら。
「どないした? 寝坊って、お前……どっか出かけるつもりなんか」
だが、思い描いた光景とは違い、彼はゆったりと腰掛け優雅に珈琲を啜っている。
「いや、だって、あの……お出かけ、するんじゃ」
「おでかけ……ああ、それやったら、ほら……次の休みやろ。今日はまだ七月に入ったばっかやで」
彼がそう言いながら壁に掛けてある暦を指差している。そこには、ぐるぐると赤ペンで印をつけられた日があり、その下には『デート』と汚い走り書きのようなものがされている。俺が書いたものだ。
「残念やけど、今日はまだ七月五日。お楽しみはもうちょい先やな」
「なんだ、そっかあ〜俺寝ぼけてたみたいで」
そっか、そっかと軽く流しているように見せかけているが、正直な話ものすごくショックである。自分が日にちを間違えていただけだが、浮いた分だけ落ち込みようもひどい。
「お前はせっかくの休みなんやし、もうちょっとゆっくり寝てきたらええんちゃうか」
「そう、ですね……そうします」
今日は昼から用事があって出かけると彼は言った。
偶然とはいえ早起きできたのだから、余った時間を目一杯彼と堪能したかった。これが本音である。しかし、彼だって貴重な時間を一人でゆっくりと過ごしたい、かもしれない。そう思うと、自然に足は寝室へと向いた。
惰眠を貪ってやる。寝てしまえば、この何とも言えない侘しさのようなものは無くなっているだろう。
「やべぇ、むさぼりすぎた」
ほんの少し二度寝するつもりが、ぐっすりすやすや寝てしまっていた。もう彼は出かけてしまっただろうか。
のそのそとベッドを抜け出し、再びリビングへと赴く。すると、テーブルの上に何か布のようなものがかけられている。テーブルクロスなんて、うちにあったのか。
「いらっしゃいませ、お客様。星カフェへようこそ」
もういないかもしれない、そう思って来てみれば、きらきらと輝く星のように綺麗な優しい笑顔で彼が出迎えてくれるではないか。今から出かけるのだろう余所行きの服を身に纏い、その上から丈の長いエプロンをつけている。それは丈が半端で邪魔くさいからと、俺が使わずに箪笥に眠らせていたものだ。
「あの、宗四郎さん? 何してるんすか、これ」
戸惑う俺を流れるような仕草で椅子に座らせ、またこちらへ微笑みかけてくる。
「今、お食事をお持ちしますので、少々お待ち下さい」
そう言ってキッチンのほうへと向かっていく。
「やべぇ、あんな笑顔ばっか見せられたら惚れちまう……心臓いてえ」
思わず胸を両手で押さえれば、重なり合った手に引っかかりがある。薬指に光る大事なだいじなものだ。
もう俺、結婚してたわ。そう呟けば、飲み物の入ったグラスを手にした彼が笑う。
「貴方のようなかたと結婚できるやなんて、そのかたはさぞ幸せでしょうね」
ああ、なるほど。そういう設定なのか。
漸く働き出した頭でそんなことを考える。彼は先程カフェと言っていた。ということはだ、今の彼はお店の店員なのだろう。だが、しかし何故と疑問が残る。
「お待たせしました、本日のランチメニューになります」
二度寝したせいでランチの時間になってしまったらしい。
サンドイッチにナポリタン。カフェにありそうな軽食メニューである。だがしかし、軽食だと侮るなかれ。本当にお店で出てきてもおかしくない出来栄えである。
「あの、これって……どっかで買ってきたんすか」
「当店店主の手作りです」
すげぇ、お店一人で切り盛りしてんのか。そんな思考回路になるのだから、まだ寝ぼけているのかもしれない。
どうぞ召し上がれと言われてしまったので、一旦疑問は横に置いといて目の前の食事を頂くことにする。
「んっうま! サンドイッチ久しぶり食った気がする」
朝を食べていないせいでお腹が減っていることもあり、もりもりと食べ進めていた。するとその店員もとい宗四郎さんがこちらへと手を伸ばしてくる。
「お口元が汚れてますよ。かわいいですね」
口の端についたソースを指の腹で拭い、彼はそのまま自身の口元へと持っていきぺろりと舐めた。その間、一度たりとも俺への視線を外さない。
何だこの店員えろいなと思いながら、また食事を再開する。あっという間に平らげて、ごちそうさまと手を合わせた。
「あの、すごくおいしかったので、店主さんにお礼を言いたいんですけど呼んできてもらえますか」
そう伝えると、こほんと一つ咳払いをし、優しい笑顔とともに挨拶してきた。
「僕が当店店主の保科宗四郎です。お食事口に合うたみたいで良かったです」
嬉しそうに話す彼を手招きして呼び寄せ、その綺麗な頰に感謝の気持ちをのせる。
「すげぇ美味かったです! あ、キスマークみたいになっちまった」
ナポリタンを食したてらてらとした口元により、その頬は少しオレンジみのある色に染まってしまっている。
「は? あ、ほんまや。お前なあ、僕この後出かけるんやぞ」
洗面台へと向かい鏡で確認したのだろう。こちらに戻ってきながら、少し笑ったような口ぶりで頬を拭っている。
「へへ、まーきんぐ! この人は俺のものですってことで」
「はあ!? おまっ……クっソ! 僕にもマーキングさせろや」
肩をがっしり掴まれたかと思うと、あちらこちらにキスの雨がふる。
ふたりでじゃれ合っているのは楽しいが、時間は大丈夫なのだろうか。
「あかん、もう行かな」
「あの、結局これって、なんだったんすか」
エプロンを外し、手ぐしで髪を整え腕時計を確認している。
「お前がな、今日出かける日やなかったて分かって、落ち込んどるようやったから元気づけたろと思うてな」
だが、どこかに連れて行く時間はないので、家にいながらにしてそういう気分を味あわせてやろうと思ったとのこと。
「まあ、所謂お家カフェってやつやな」
「そうだったんすね……おかげで美味しいもの食べれたし、俺すげぇ楽しかったです」
喜んでもらえて何よりや、そう話しながら玄関へと向かっていくのでその後を追う。
「ほな、もう行くで。なるべく早く帰ってくるから」
なんてことない普通の日でも、この人がいてくれたら楽しいものになる。特別なことは必要ない。場所も関係ない。必要不可欠なものはたった一つだ。
「いってらっしゃい、宗四郎さん」
彼がいてくれるから、今日も俺は幸せな日を過ごせるのだろう。
おかえりなさい、というその時を楽しみに俺は彼を笑顔で見送ったのだった。
「すみません! 俺寝坊しちゃって」
ベッドから飛び起きて、慌ただしくリビングへと向かった。用意をすませ、もうあとは行くだけといった彼の姿があるのだろうと想像しながら。
「どないした? 寝坊って、お前……どっか出かけるつもりなんか」
だが、思い描いた光景とは違い、彼はゆったりと腰掛け優雅に珈琲を啜っている。
「いや、だって、あの……お出かけ、するんじゃ」
「おでかけ……ああ、それやったら、ほら……次の休みやろ。今日はまだ七月に入ったばっかやで」
彼がそう言いながら壁に掛けてある暦を指差している。そこには、ぐるぐると赤ペンで印をつけられた日があり、その下には『デート』と汚い走り書きのようなものがされている。俺が書いたものだ。
「残念やけど、今日はまだ七月五日。お楽しみはもうちょい先やな」
「なんだ、そっかあ〜俺寝ぼけてたみたいで」
そっか、そっかと軽く流しているように見せかけているが、正直な話ものすごくショックである。自分が日にちを間違えていただけだが、浮いた分だけ落ち込みようもひどい。
「お前はせっかくの休みなんやし、もうちょっとゆっくり寝てきたらええんちゃうか」
「そう、ですね……そうします」
今日は昼から用事があって出かけると彼は言った。
偶然とはいえ早起きできたのだから、余った時間を目一杯彼と堪能したかった。これが本音である。しかし、彼だって貴重な時間を一人でゆっくりと過ごしたい、かもしれない。そう思うと、自然に足は寝室へと向いた。
惰眠を貪ってやる。寝てしまえば、この何とも言えない侘しさのようなものは無くなっているだろう。
「やべぇ、むさぼりすぎた」
ほんの少し二度寝するつもりが、ぐっすりすやすや寝てしまっていた。もう彼は出かけてしまっただろうか。
のそのそとベッドを抜け出し、再びリビングへと赴く。すると、テーブルの上に何か布のようなものがかけられている。テーブルクロスなんて、うちにあったのか。
「いらっしゃいませ、お客様。星カフェへようこそ」
もういないかもしれない、そう思って来てみれば、きらきらと輝く星のように綺麗な優しい笑顔で彼が出迎えてくれるではないか。今から出かけるのだろう余所行きの服を身に纏い、その上から丈の長いエプロンをつけている。それは丈が半端で邪魔くさいからと、俺が使わずに箪笥に眠らせていたものだ。
「あの、宗四郎さん? 何してるんすか、これ」
戸惑う俺を流れるような仕草で椅子に座らせ、またこちらへ微笑みかけてくる。
「今、お食事をお持ちしますので、少々お待ち下さい」
そう言ってキッチンのほうへと向かっていく。
「やべぇ、あんな笑顔ばっか見せられたら惚れちまう……心臓いてえ」
思わず胸を両手で押さえれば、重なり合った手に引っかかりがある。薬指に光る大事なだいじなものだ。
もう俺、結婚してたわ。そう呟けば、飲み物の入ったグラスを手にした彼が笑う。
「貴方のようなかたと結婚できるやなんて、そのかたはさぞ幸せでしょうね」
ああ、なるほど。そういう設定なのか。
漸く働き出した頭でそんなことを考える。彼は先程カフェと言っていた。ということはだ、今の彼はお店の店員なのだろう。だが、しかし何故と疑問が残る。
「お待たせしました、本日のランチメニューになります」
二度寝したせいでランチの時間になってしまったらしい。
サンドイッチにナポリタン。カフェにありそうな軽食メニューである。だがしかし、軽食だと侮るなかれ。本当にお店で出てきてもおかしくない出来栄えである。
「あの、これって……どっかで買ってきたんすか」
「当店店主の手作りです」
すげぇ、お店一人で切り盛りしてんのか。そんな思考回路になるのだから、まだ寝ぼけているのかもしれない。
どうぞ召し上がれと言われてしまったので、一旦疑問は横に置いといて目の前の食事を頂くことにする。
「んっうま! サンドイッチ久しぶり食った気がする」
朝を食べていないせいでお腹が減っていることもあり、もりもりと食べ進めていた。するとその店員もとい宗四郎さんがこちらへと手を伸ばしてくる。
「お口元が汚れてますよ。かわいいですね」
口の端についたソースを指の腹で拭い、彼はそのまま自身の口元へと持っていきぺろりと舐めた。その間、一度たりとも俺への視線を外さない。
何だこの店員えろいなと思いながら、また食事を再開する。あっという間に平らげて、ごちそうさまと手を合わせた。
「あの、すごくおいしかったので、店主さんにお礼を言いたいんですけど呼んできてもらえますか」
そう伝えると、こほんと一つ咳払いをし、優しい笑顔とともに挨拶してきた。
「僕が当店店主の保科宗四郎です。お食事口に合うたみたいで良かったです」
嬉しそうに話す彼を手招きして呼び寄せ、その綺麗な頰に感謝の気持ちをのせる。
「すげぇ美味かったです! あ、キスマークみたいになっちまった」
ナポリタンを食したてらてらとした口元により、その頬は少しオレンジみのある色に染まってしまっている。
「は? あ、ほんまや。お前なあ、僕この後出かけるんやぞ」
洗面台へと向かい鏡で確認したのだろう。こちらに戻ってきながら、少し笑ったような口ぶりで頬を拭っている。
「へへ、まーきんぐ! この人は俺のものですってことで」
「はあ!? おまっ……クっソ! 僕にもマーキングさせろや」
肩をがっしり掴まれたかと思うと、あちらこちらにキスの雨がふる。
ふたりでじゃれ合っているのは楽しいが、時間は大丈夫なのだろうか。
「あかん、もう行かな」
「あの、結局これって、なんだったんすか」
エプロンを外し、手ぐしで髪を整え腕時計を確認している。
「お前がな、今日出かける日やなかったて分かって、落ち込んどるようやったから元気づけたろと思うてな」
だが、どこかに連れて行く時間はないので、家にいながらにしてそういう気分を味あわせてやろうと思ったとのこと。
「まあ、所謂お家カフェってやつやな」
「そうだったんすね……おかげで美味しいもの食べれたし、俺すげぇ楽しかったです」
喜んでもらえて何よりや、そう話しながら玄関へと向かっていくのでその後を追う。
「ほな、もう行くで。なるべく早く帰ってくるから」
なんてことない普通の日でも、この人がいてくれたら楽しいものになる。特別なことは必要ない。場所も関係ない。必要不可欠なものはたった一つだ。
「いってらっしゃい、宗四郎さん」
彼がいてくれるから、今日も俺は幸せな日を過ごせるのだろう。
おかえりなさい、というその時を楽しみに俺は彼を笑顔で見送ったのだった。