保カフ (怪獣8号) ふたりは新婚さんシリーズ 

 保カフ ふたりは新婚さんシリーズ7 『My dear Valentine』 後編

 それから、毎年俺はバレンタインデーには手作りチョコを用意するようになった。
 年に一度ぶっつけ本番なのが良くないということになり、こっそりキコルと2人でバレンタイン関係なくお菓子作りに勤しんでいる。俺もキコルも負けず嫌いというか、勉強熱心というか。やるからには徹底的に、努力を惜しまないタイプなのだろう。そのおかげで、めきめきと上達し、今ではちょっと小洒落たトリュフとかブラウニーまで作れるようになった。
 そんな俺の成長ぶりをあの人はすごいと褒めてくれ、美味しいと言って毎年チョコを食べてくれるけれど。俺は初めてチョコを渡した時のあの感動を超えられずにいることを、実は歯がゆく思っていたりする。贅沢な悩みだということは百も承知だ。それでも、あんな不格好で板チョコに毛が生えた程度のものに負けるなんて、なんだか悔しいではないか。
 もっと、もっと大好きな彼に喜んでもらいたい、ただそれだけなのだ。

 因みに俺が手作りチョコを渡すようになってから、宗四郎さんは一切他の人からのチョコは貰わないようになったらしい。毎年送られてくる分だけでなく、直接手渡しでも多くチョコを貰っていたそうだが。恋人(嫁)のチョコ以外もらう気はない、と全て断っているとミナがこっそり教えてくれた。やはり、1番のライバルは初めて手作りした時の自分なんだと再認識する。

 そうして今年、彼と結婚して初めてのバレンタインデーを迎える。俺はこの機会に懸けていた。もうこの機を逃せば後はない、と何となくだがそう思っている。
 けれど、俺だって薄々感じてはいるのだ。味の追求をしたところで、初めてという一生に一度しかないものには敵わないということを。きっとそういうことではないんだろうと分かっている。でも他に彼を喜ばせる手立てを思いつかないのだ。
 だから出来るだけやってみるしかない。それで駄目ならもう諦めよう。ただ意固地になっているだけなんだと自分自身気づいているから。

 そんな話をお菓子作りをしながら、キコルに何となく吐露した。ふーん、そう。くらいの反応しかしない彼女も、本当にいいやつだと思う。ただ聞いてもらいたいだけという気持ちを汲んでくれる仲間がいて嬉しい。

 「ボク様が特別に、味見をしてやってもいいぞ」

 第1基地食堂のキッチンを空いている時間帯に使わせてもらって、チョコ作りをしていたのだが。なぜか鳴海隊長もやって来て、食堂の一席に座っていたのだ。最初はゲームをしていたが、飽きたのかテーブルにうつ伏せになっていて寝ているんだと思っていたのだが。話を聞いていたのだろうか。いや、ただ単にチョコを食べたいだけなのかもしれない。よく分からないが、せっかく味見役を買って出てくれたので有難くお願いした。
 あとから市川や水無瀬も合流し、いつものメンバーに鳴海隊長を加えチョコ作りに励んだ。完成し試食してみる。すると、過去最高の出来だと、その場が沸いた。

 「どうですか? 鳴海隊長」

 片付けて撤収しよう、そんな雰囲気になっていたところに辛辣な言葉が突きつけられる。

 「だめだな、全然ダメだ。やり直せ」

 賑やかだったその場が一瞬にして、しんとした静寂に包まれる。

 「はぁ!? こんなに美味しいのに、何言ってーー」

 「分かりました、もう1度頑張ってみます」

 誰よりも早く、俺のために文句を言ってくれるキコルを制止し、俺はまた一からチョコ作りを始めた。だが、その後も鳴海隊長の合格は中々もらえない。おいしくない、形が良くない、もう少し甘くしろ、さっきのほうがマシだった。かなりの辛口評価で俺だけでなくここにいる皆が疲弊していた。そして、もう何度目なのかもはや分からないが材料の残量的にこれが最後となるだろうそれを、試食してもらうために鳴海隊長の前へと置いた。だが、彼の感想を聞く前に、もう我慢の限界とばかりにキコルが食ってかかる。

 「一体何なのよ、何様のつもり? カフカがこんなに頑張って作ってるっていうのに······こんなの、ただの嫌がらせじゃない!」

 キコルがそう喚いている中、さほど気にする様子もなく鳴海隊長はチョコを口に放り込む。出来栄えは如何ほどかと思い、俺も1つ口に運ぶ。それに続いて市川や水無瀬も試食してみようとチョコに手を伸ばした。

 「ちょっと聞いてるの!? バカ師匠ーー」

 俺は文句を言い続けているキコルの肩をぽんぽんと叩く。

 「キコル、おい、キコルってば」

 「もう、何よ!? 今このバカと話して」

 「いいから、お前も1つ食べてみてくれよ、な?」

 キコルにも試食するようにと促した。すると、しかめっ面のまま彼女は渋々チョコをとり口に含んだ。

 「え······なにこれ、おいしい」

 「だよな? そうなんだよ、すげぇうまくてびっくりしてさ」

 1番最初に作ったものも最高に美味しかったと思う。だが、上には上があるもので。もうこれはお店の味と大差ないのではないか。というか、この味を俺は知っている。

 「前にさ、キコルが美味しいチョコを作るためには美味しいチョコを知るところから始めるべきだって言って。お前がどっかの高いチョコ買ってきたことあったろ。その味とおんなじじゃねえか?」

 「確かに似てるわ······いや、もうそれそのものよ」

 これって実はかなり凄いことなのでは、そう思ったのだろう。一斉に皆鳴海隊長の方を振り返った。

 「まあ、ぎりぎり合格点といったところだな」

 眠そうに欠伸をしながら、そう評価している。
 この時俺は以前長谷川副隊長に聞いた話を思い出していた。
 毎年鳴海隊長宛にもたくさんのバレンタインチョコが送られてくるらしいのだが、彼はその中から高級そうなものをいくつか見繕って持って帰っているとのこと。もしかしたらこの人ものすごくチョコに関して舌が肥えているのでは、という結論に至った。

 「やったわね、カフカ」

 「おう! これで、明日自信持って渡せそうだ」

 奇跡が起きたとばかりに皆で労をねぎらい喜んだ。

 「おい、誰のおかげか分かっているのか?」

 当然ボク様の功績だろう、ボクを褒めろと言いたげな表情で隊長が声をかけてくる。

 「そうですね、隊長のおかげです。ありがとうございました。隊長のご功績を祝して······皆で胴上げしようぜ!」

 「いいわね、やりましょう」

 俺の提案にキコルがにやりと笑って賛同した。

 「は? 何だ、お前ら······おいっやめろ! こら、担ぎ上げるな」

 俺たちは感謝の気持ちを込めて今日の功労者を高く掲げながら、この日を終えたのだった。

 「この馬鹿ども、やめろ! 天井にあたるっ······! さてはわざとやっているな? おろせーー!!」


 そして、バレンタインデー当日。
 その日はとても晴れやかで、2月としては陽の光が暖かく感じられた午後の基地内。昼休憩を利用して、宗四郎さんと待ち合わせをしていた。仕事が終わってから家で渡しても良かったのだが、何となく早めに渡したくて無理を言って抜け出してきてもらったのだ。

 「すみません、忙しいのに呼び出したりして」

 「ええよ、別に。僕もなんやそわそわしてもうて、仕事に身が入ってへんって亜白隊長にどやされてたところやったし」

 そんなにも期待してくれているのだろうかと少しプレッシャーを感じてしまうが、今日のチョコは今までのものとはひと味もふた味も違う。だから大丈夫と己に言い聞かせ、これどうぞと綺麗にラッピングされた箱を彼の前へ差し出した。

 「毎年僕のためにありがとうな、カフカ」

 だが何故か、そう言ったきり箱を手にしたまま彼が動かなくなってしまった。いつもならすぐに箱を開けて食べてくれるのだが、どうしたのだろうと思い俯いて箱を凝視している恋人に声をかける。

 「どうかしました? 宗四郎さん」

 すると、彼が目頭を押さえながら鼻を啜っていて、その思わぬ反応に驚きこちらも無言になってしまう。
 泣くほど喜んでくれてる? それとも何か悲しむようなことがあったのだろうか。
 会話もなくただ吹きすさぶ風の音だけが響いていた。 

 「あー、すまん。なんか鼻がむず痒うて······なんやろ、花粉症やったら嫌やな」

 暫くしてそうぼやきながら、チョコを食べていいかと聞いてきた。こちらを向いた彼の顔が笑顔であることにほっと胸を撫で下ろす。

 「泣いてるのかと思ってびっくりしたじゃないですか。大丈夫ですか?」

 室内のほうが良かったかなと思いながら、自信作なんで是非食べてみてくださいと伝えた。すると、丁寧にリボンを解き箱を開けてまず一言。えらい今年のは洗練された形しとるなあ。その言葉を受けて俺はよっしゃとガッツポーズだ。そして、鳴海隊長への感謝の気持ちも忘れない、口には出せないけれど。

 「そうなんすよ、今回のは過去最高の出来栄えだと自負してます」

 「お前がそないなこと言うの珍しいなあ」

 箱に綺麗に並べられているチョコが1つ彼の口へと運ばれていく。自信作といってもこの瞬間はとても緊張する。あの場にいた全員が美味しいと言ってくれたけれど、もしかしたら彼の口には合わないかもしれないから。

 「うまっ! なんやこれ······もうお店のチョコやん! 自分凄いなあ、びっくりやわ。職人になれるんちゃう?」

 「いやいや、俺ひとりではそうはいかなくて······皆に手伝ってもらったおかげなんで!」

 「そうかもしれんけど、カフカが頑張って作ってくれたんが嬉しいねん······ほんまに、ありがとうな。カフカ」

 美味しいと言ってもらえて、今までの努力が報われたそんな気がした。正直なところ、初めてチョコをあげたときのあの感動を超えられたかと言うと、よくわからない。でも、これだけは言える。今まででいちばん彼の愛が詰まった『ありがとう』だった、とーー

 「宗四郎さんにこんなに喜んでもらえたことが、何より嬉しいです」

 感無量とはこういう時に使うんだろう。もう胸いっぱいで泣きそうだった。

 「今年のは、1個だけハートがあるねんな。カフカの愛がいっぱいつまってそうやから、これはとっておこう」

 一度手にとったハート型のチョコをまじまじと見つめた後、嬉しそうにまた箱に戻した。そして、そのまましまって持って帰ろうとしている。

 「え、それだけ持って帰る!? なんか恥ずかしいから、全部食べてしまってくださいよ!」

 今まで恥ずかしいからとハート型は避けてきたのだが、初めて今年は1つだけハートを入れていたのだ。今年こそは成功させるという願かけのような意味を込めて。

 「嫌やーもったいないから、持って帰る! 家帰ってからじっくり味わいたいねん」

 「何言ってるんすか! 形がちょっと違うだけで、味はかわらないーー」

 そう訴えようとした言葉は、強烈なチョコの香りとともにやってきた彼の唇に奪われてしまう。ちゅっと軽く啄まれただけだが、文句のような言葉もそれまでの勢いも何もかも全てかっさらうには充分なほど、それは効果てきめんで。

 「すまんな、カフカ。僕もう戻らんと、昼の始業に間に合わへんから。続きは家帰ってから、また話そうな」
 
 彼は俺の手をとり、恭しく口づける。そこには彼とお揃いの銀の指輪が嵌っている。こうやっていつも、俺のために愛を誓ってくれるのだ。
 そんな愛する旦那様が、笑顔でこちらに手を振りながら帰っていく。俺は元気よく手を振り返しながら彼を見送った。名残惜しくてその姿が見えなくなるまで、その場を離れずに。
 そうして漸く今年のバレンタインデーも終わりを告げたのだった。


 ◇◇◇


 それから少し時間は遡る。バレンタインデー当日の早朝、第3基地にて。


 「保科副隊長、おはようございます!」

 足早に駆け寄ってくる、金色髪を2つに束ねた防衛隊員。そして、

 「今朝は冷えるなぁ、おはようさん。四ノ宮」

 手のひらに息を吹きかけながら、部下を待つ1人の上司の姿がそこにはあった。

 「すみません、こんな朝早くから呼び出してしまって」

 「別に構わんけど······話って何や?」

 「あいつの······カフカのことで、少しお話したいことがあって」

 そう伝えると、その上司の顔から笑顔が消え赤い瞳が彼女を捉える。2人を取り巻く冷たい空気がさらに張り詰めたようなものに変わった。

 「ここは寒いし、とりあえず場所変えようか」

 2人は基地内の玄関口にある椅子に腰掛けた。早朝のため、通りがかる者は誰もいない。上司は直ぐ側の自動販売機で温かい飲み物を買い、部下に手渡した。そして、時間もあまりないということで、早速本題へと促される。

 「今日のバレンタインのために、チョコを一緒に作ったんですけど」

 「毎年、手伝ってくれてるんやろ? ありがとうなあ、四ノ宮。いつも終わってから、どうやって作ったとかカフカが楽しそうに話してくれるねん。それを聞くのも僕のひとつの楽しみでもあるんや」

 珈琲を啜りながら、上司は嬉しそうにそう語る。だが、その様子を眺めていた部下からは重苦しい空気が漂っていて。

 「あいつ、毎年チョコを作りながら思ってることがあったみたいで。私も昨日初めて知ったんですけどーー」

 彼女の話はこう続く。
 毎年チョコ渡すと喜んでくれるが、初めて渡した時が1番喜んでくれた。それをずっと超えられないでいる、もっと喜んでほしいと思って頑張って作っているのに。
 だけれどこれは、際限なく求めてしまうものかもしれないので。今回で最後にしようと決めたーーそう彼が話していた、と。

 「だから、今回に懸けてるんだって言ってました。副隊長にこんなこと言っても仕方ないとは思うんですけど、あいつがどういう思いで作ってるかだけでも知っていてもらいたくて」

 カフカがガッカリしてるところを見たくないからと、彼女はそう話を締めくくる。

 「あいつ、そんなこと思うてたんか······全然知らんかった」

 部下の話を聞き今までのバレンタインデーを振り返っているのか、上司は考え込んだ様子で会話が途切れてしまう。

 「あの、だからといって、大げさに喜んでほしいとかそういうことではなくってーー」

 彼女が慌ててそう付け加えると、心配せんでもそんなことせえへんと上司は苦笑いを浮かべた。

 「あいつなあ、細かいことは気にせえへんし、ぼやってしてそうにも見えるけど。なんでかそういうことは目敏いねん。だから、そんなことしてもしょうがない」

 「私、余計なこと······言いました?」

 「いや、聞けて良かったわ。わざわざ教えにきてくれてありがとうな」

 珈琲ごちそうさまでした、と言って彼女は帰っていった。
 ひとりその場に取り残された上司は頬杖をつき、生涯をともにすると誓った伴侶である件の男に思いを馳せる。

 「毎回おんなじように喜んでたつもりやけど······まあ確かに、初めての時は手作りて思うてなかったから、ほんま嬉しかったもんなあ」

 いかにも初めて作りましたというようなチョコレート。少し歪な丸い形。どこにでも売ってあるような、板チョコの味。だけれど自分を思って頑張って作ってくれた、そのことがただただ嬉しかった。彼にとって心に深く刻まれた思い出の1ページ。

 「そやけど、そうか······まだ僕を喜ばせたいか。ほんまに、あいつに愛されてるんやなあ············あかん、チョコもらう前にもう泣いてしまいそうやわ」

 彼の左手薬指に嵌る銀の輪が、頬を伝って落ちた雫を静かに受けとめていた。



        My dear Valentine〈俺の大切な人〉
 
              終


 

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