保カフ 防衛隊副隊長とモンスイ社員カフカの恋模様シリーズ 

保カフ シリーズ3話目 『ただいま、検分中!』


 俺の同期は人の選り好みが激しい奴だ。


 〈斑鳩亮side〉


 保科宗四郎は俺の上司であり、同期でもある。
 同期だと知ったのは、俺が第3部隊に配属されてからだ。入隊試験の時は関東、関西と受けた場所が違い、その後の配属先も異なり出会うことがなかったのだから当然といえば当然である。

 「同期なんやから、勤務時間外や2人しかおらん時はタメ口でええで」

 そう言われたのだが、出会った時にはすでに彼は副隊長であり上司であったのだ。そう易々と軽口を叩いたりできない。正直なところ、染み付いた上下関係に身を置いていたほうが楽な性分でもある。

 「斑鳩、敬語はいらんて言うとるのに······お前真面目なんやなあ。ほな、飯でも行こか」

 アルコールが入れば、多少なりとも人は気が大きくなるものだ。だから、飲みすぎないようにしようと思っていた。けれど、今日は無礼講だなんだと言われ次から次へと酒を勧められる。なんだかパワハラくさいなと思いながら、見事に酔い潰されたのだった。

 「お前も頑固やなあ。僕のこと嫌いなんか? 僕な、仲良い同期とかおらんねん。周りは上司と部下ばっかりで」 
 
 いつもの頼れる副隊長の顔は鳴りを潜め、拗ねたように話すその様は年相応というより少し幼い。そういえば、第6部隊で隊長を務めている兄がいるんだったか。普段がこんなにも弟気質全開であるならば、同期として話すこともそれほど難しくない、そんな気がした。

 それからは少しずつ敬語がとれていき、今はうまく使い分けができているように思う。


 保科は副隊長という役職柄もあり、誰にでも優しく面倒見の良い上司と聞こえが高い。まあ、ある意味これも真実なのだが、仕事上仕方なくというのが彼の本音だろう。だから、プライベートでは大きく異なる。理想が高いというか、好みがうるさいというか。彼のお眼鏡に敵う女性ははたしているのどうか、正直心配なほどだ。

 「もう嫌や、2度と女なんかと飯にはいかん」

 会議の資料に誤りがあり、保科と2人で必死に修正していた時のことだ。彼は淀みなくパソコンのキーボードで打ち込みをしているが、同じくらい口も動いている。

 「えっと······好き嫌いが、激しいんだったか?」

 保科ほど同時進行が得意でないので、あまり頭が回らない。どの女性の話だっただろうか。この手の話は多すぎていちいち覚えていられない。モテすぎるのも考えものだなと思う。

 「好き嫌い? ちゃうわ。好き嫌いは別にええねん。アレルギーかも分からんし。そうやなくて、食べられるのに食べへんのが腹立つねん!」

 「あー! ダイエットしてるからって、ほとんど食べなかったっていう······あれだろ?」

 「肉食べたいとか言うからな、ええとこに連れて行ったのに。いざ着いてみたら、ダイエット中やから食われへんって······どういうことや! 食事制限する気持ちはわかる。それならそうと、先に言うとけばええ話やろ。そして、挙句の果てには、そんな面倒くさい人やと思わんかったとか言われて。付き合うてもおらんのに、ふられたみたいになっとるんはおかしいよな?」

 似たような話なのか同じ話なのか、とにかくもう何度も聞いた気がするが、そうだなと相槌を打っておく。
 他にも、出来たてを食べてほしいのに料理が運ばれてきても写真ばっかり撮っていて中々食べ始めないとか。美味しいと言って食べているのに、ちっとも美味しそうな顔をしていないだとか。
 言いたいことは分からなくもないが、いちいち目くじらを立てるほどでもないとも思うわけで。それに食に関してだけでなく、その他のこと全てにおいてこの調子で恐らく細かいのだから、女性の言う面倒くさいもあながち間違ってはいないだろう。
 気軽に同期として話すようになって思ったことは、彼の理想に当てはまるような人はほぼいない、である。恐らく彼のストライクゾーンは猫の額ほどしかないのだ。だから、本当に理想の人物に巡り会えたのなら、気障な言い方になるかもしれないが、それは

 ーー運命の人、ということになるのだろう。



 「なんだ、えらくご機嫌だな」

 ある日、頼まれていた資料を持っていくと、保科が鼻歌交じりで書類作成をしていた。この場に他に誰もいないことを確認して、同期として話しかける。

 「んー? わかる? そやねん、ちょっとなぁ······お気に入りの子ができてん」

 「へえ、良かったじゃないか。お前の好みに合う女なんていないんじゃないかと思ってたぞ」

 そう返すと、鼻歌がやんでキーボードをカタカタと叩く音だけが静かな部屋に響く。

 「女ちゃうねん、男や」

 保科は手をとめこちらを振り向く。余程俺が訝しげな表情をしていたのだろう。笑みを浮かべていた顔が少しむくれたものへと変わる。

 「なんやその顔。相手が男やったらあかんのか?」 

 「あーいや、別に······ただ、女は全滅だったかと思って」

 「全滅てなんやねん! お前時々変なこと言いよるよなあ、まあおもろいからええけど」

 また保科は鼻歌交じりに仕事を再開する。そして、聞いてもいないのにその想い人がどんな人物かと楽しげに語り出した。

 「最近うちと仕事するようになったモンスイの人やねんけど。日比野カフカっていうてな、めっちゃかわいいねん。なんかこう、守ってあげたくなるっちゅうかーー」

 その後も延々とどういうところが良いとか、かわいいだとか話し続けている。
 この男がそれ程までに絶賛する、その日比野カフカという人物に会ってみたい。そう思っていたら、その機会が運良くすぐに巡ってきた。

 とある日、依頼を受けたモンスイ社が解体作業をしている現場へと俺は赴いた。保科が急な会議に出ることになり、代わりに挨拶をしに行くことになったのだ。

 「保科の代役で参りました。小隊長を務めております、斑鳩です。皆様お疲れさまです」

 そう声をかけると、明らかに落胆したような人物がひとり。
 保科からは名前しか聞いておらず、具体的にどんな見た目なのかは教えてくれなかった。だから、時間内に彼の想い人を探し出せるかどうかと不安に思いながらやって来ていたのだが、案外すぐに見つかった。

 「失礼ですが、日比野さんでいらっしゃいますか?」

 挨拶を済ませた後、その人物に声をかけてみる。
 かわいくて、守ってあげたくなるようなと話していたので、勝手に小柄で華奢な中性的な人物を想像していたのだけれど。そのイメージとは随分かけ離れていて、内心少々驚いていた。
 上背があり顎髭まで蓄えた恐らくだが年上の男性ーー本当にこれであっているのか?

 「あ、はい。そうです、俺が日比野です。何か御用でしょうか?」

 話すとまた少し印象が変わる。真面目で人の良さそうな感じだ。そして、笑うと子どもっぽさが見え隠れする。なんとなくだが、あいつの好きそうなタイプだなと思った。

 「保科から伝言を言付かってきました。今日は急な会議が入り会いに行けずすみません。後ほど連絡させて頂くとのことです」

 かわいいカフカさんに会えなくて断腸の思いだとか。延々と続いていたのだが、当然割愛させてもらった。

 「そう、なんですね。分かりました。わざわざありがとうございました」

 お礼を述べるその顔は朱に染まっている。どこにそれ程恥ずかしがる要素があったのか皆目見当もつかないが、保科の言うかわいいたる所以はほんの少しだが見えた気がした。
 それにしても保科の一方的な片想いと聞かされていたが、どうも違うのではないか。これはいい報告が聞けるのもそう遠くないだろう。そう思いながら、その場を後にした。 


 会議が終わり余程疲れているのかフラフラとしながら帰ってきた保科に、お疲れと声をかけた。

 「ゔーもう眠い。寝よかな······斑鳩、あとは頼む」

 机に突っ伏して寝ようとしているので、部屋に帰るように促す。

 「そういえば、日比野さんに伝えておいたぞ。連絡するんじゃないのか」

 そう言うとがばりと起き、慌てて端末を取り出す。寝てる場合ではないらしい。

 「カフカ、かわいかったやろ?」

 これまたなんとも、答えに困る質問がきてしまった。さっさと退散すべきだったなと後悔するが後の祭りである。
 ここで可愛いかったと答えればお前も気があるのかと詰問され、だがしかし、可愛いくないなどと否定をしようものなら俺の人生本日をもって終了となるかもしれない。それだけは避けたい。どうしたものかと逡巡する。

 「······まぁ、お前の好きそうな感じだったな」

 「せやろ? ほんまかわええよなあ」

 捻り出した答えが正解だったことに安堵し、俺はさらなる追撃を恐れそそくさと自室へ逃げ込んだのだった。




 ♢



 暗くて狭い、出口の見えないあの場所から抜け出せたのは、単に運が良かっただけなんだと今でも思っている。


 〈保科宗四郎side〉


 僕はいつものように差し入れを用意し、挨拶がてら解体現場へと赴いた。作業が長引いているのかまだ休憩している様子はなく、皆それぞれ持ち場で黙々と解体を進めている。邪魔するのは忍びないので少し声をかけてすぐに立ち去ろうと思っていると、こちらに気づいたようで徳田が駆け寄ってきた。彼の声により他の社員もこちらに頭を下げたり挨拶をしてくれる。その中で一際大きい声で目立っているのが、カフカだった。作業中にも関わらず、無邪気に手を振る姿がかわいくて、思わず頬が緩んでしまう。こちらも手を振り返しその声に応えた。


 「うわぁ、なんでこいつ腹のところ真緑なんだよ。気持ち悪っ」

 「たぶん、これ苔じゃねえかな。このままだと切りづらいし、水で洗い流したほうがいいな。徳さん、そこのホース取ってもらっていいすか?」


 少しだけ解体作業を見学していこうと思い、帰らずに休憩スペースからそのまま眺めていた。ちょうどカフカが高圧洗浄機のホースを手にとり、水をかけているところだ。


 「おおすげぇ、カフカ。ほんとに綺麗になったじゃん」

 「これでさっきよりは切りやすくなったはず······あれ? すげぇ硬いな。刃通らねえかも。そっちはどう?」

 「なあ、カフカ······なんか今、こいつ動かなった?」



 一頻り眺めさあ帰ろうとしていると、後ろから聞き慣れた声がした。

 「副隊長、こんなところで油を売っていて良いんですか?」

 「失礼なやっちゃなぁ、斑鳩。もう帰るところや······それより、何か用か?」

 彼の手には何やら書類のようなものが握られている。わざわざここまで足を運ぶということは急ぎの用件なのだろう。

 「それが、研究班から気になる報告が上がってきていてーー」

 その書類に目を通そうとしていると、突然悲鳴のような声があがり振り向く。すると、腰を抜かしたように徳田が地面に尻餅をついていて、その視線の先には突如現れた怪獣がいた。
 怪獣の腹の内部には増殖器官があり、討伐の際全て破壊したはずだ。だが、何故かそれが再生してしまったのだろう。腹を食い破るようにして出てきたであろうその余獣が、今まさにカフカたちへ襲いかからんとしていた。カフカは咄嗟にもう一人の作業員を突き飛ばすようにして怪獣から逃れさせた。運良く下にいた徳田のところに落ちていき、彼が体で受け止めた状態となりなんとか無事であった。
 問題はその場に一人取り残されたカフカだ。人を助けるので精一杯で自身は逃げる余裕がなくなっていた。

 カフカーー!!

 つい大きい声で愛しい人の名を呼んでしまった。叫ぶ必要などなかったのだ。そのせいで一歩出遅れてしまったではないか。このような状況下では、その些細なミスが命取りになることは痛いほど分かっているはずなのにーー

 (冷静になれ。僕なら助けられる······いや、何があっても絶対に助ける、その一択やろ!)

 有事の際に備え、幸い隊服の下にはスーツを着用している。差し入れに来ただけなので、武器は帯刀していないがカフカ1人を助け出すには十分だった。
 その場にいた者には目にも留まらぬ速さであったかもしれない。だが、僕自身にはとても長い時間に感じられた。
 足がいつも以上に重い。体に何か枷でもつけられているようだ。うまく呼吸もできないような息苦しさもあって。だが、そんなものを理由に大切な人を失っていいわけがない。

 間一髪といったところで、恐怖でその場に縫い留められたように動けなくなっているカフカを救助することに成功する。そして、それと入れ替わるように斑鳩が瓦礫の中にあった鉄パイプを手にしその怪獣を一突きにした。自身の隊服を怪獣の血で染め上げながらも仕留め、事なきを得たのである。

 その場は騒然としていたが、死傷者を出すこともなく収められたことに安堵した。斑鳩に隊長への連絡等を任せ、僕は事態の収拾のためやってくるだろう隊員たちをその場で待つことにした。再生した増殖器官は日に晒されたせいなのかその機能が消滅し、それ以上余獣は生み出されなかったが、万が一ということもある。
 今だ抱えたままとなっていたカフカを一旦下におろそうと思ったが、絶対離れまいとしがみつくように力を込められていたのでそれは叶わなかった。だから、彼を抱えた状態でそのまま地面にゆっくりと腰を下ろす。
 余程怖かったのだろうと思う。カフカの体が小刻みに震えている。
 そんな彼を安心させるべく、もう大丈夫、僕がついているからと伝えながらその背を擦った。
 暫くして僕の名を呼ぶ声が微かにしたので、こちらも声をかけた。

 「カフカさん、大丈夫ですか? どこか怪我してへん? 痛いところとかあったら言うてください」

 だがこちらの問いかけは聞こえていないようで、俺のせいだと繰り返している。

 「あの怪獣に水をかけたりしたら駄目だったんだ。それなのに、安易に水をかけて解体しようなんて······だから俺のせいなんです、俺のせいで皆がーー」

 そんなことはない。あなたのせいではない。それに皆さん怪我もなしに無事ですよ。そう言う僕の声がまるで聞こえていない。何よりこんな近くにいるのに全く目が合わない。明らかに様子のおかしい彼の両頬に手をあて、無理やりこちらを向かせた。

 「カフカ、お前が助けてくれたから、三池さんは無事やった。ここに怪我人なんかおらん、お前のおかげや。勇敢やったで······だから、お前のせいやない」

 ゆっくりと言い聞かせるようにそう伝えると、漸く目が合い彼の瞳から静かに涙が零れ落ちた。

 「よかった······みんな無事で、本当によかった」




 ♢♢



 解体現場には規制線が張られ、怪獣の生態などについて新たに調べられることとなった。この場には保科、斑鳩の他に中之島も加わり、また手の空いている他の隊員も集められ片付けなどに追われている。亜白は留守中のためその姿は見られない。
 また、モンスイ社員は軽い擦り傷や打ち身の者は医療班により治療を、その他の者は具合が悪くなったりしていないかなど問診中である。 

 「それで? ほんまに水をかけたから増殖器官が復活しよったんか? 解体入る前に雨もふったやろ。なんでそんときは復活せえへんかったんや」

 「雨と水道水では成分に違いがあるからだろうとのことでした。あと、同じ種類の怪獣であっても個体差があり増殖器官が再生するものしないものがあるとの見解でーー」

 保科が研究室の報告を斑鳩から聞いていると、そこへ中之島がやって来た。

 「副隊長、解体業者の方々の治療及び問診が終了したとのことです」

 「そうか、それやったら今日はもう皆さんにはお帰り頂いて、解体作業の日程についてはまた後日改めて連絡するからと伝えておけ」

 了、そう返事をし立ち去っていくのを見届けてから、斑鳩は声を潜めて保科に話しかける。

 「帰ってしまう前に、少し様子を見に行ってきたらどうだ?」

 先程から保科がちらちらと日比野の様子を伺うようにそちらを見やっていることに斑鳩は気づいていたのだろう。ここは俺に任せていいからと、そう促している。

 「すまんなあ、斑鳩。そうさせてもらうわ」

 保科は足早に日比野のもとへと向かう。彼は他の社員から離れ、ぽつんとひとり佇んでいた。

 「カフカさん、大丈夫ですか?」

 驚かせないように、努めて柔らかく優しい声で呼びかける。すると少し間があったが、こちらの問いかけに疲れたような笑顔を見せた。

 「さっきは助けてくださって、ありがとうございました。お礼も言わないで、俺何してんだろ······とにかくもう俺は大丈夫なので、心配しないでください」

 無理して明るく振る舞っている姿が痛々しい。胸を締め付けられるようで見ているこちらがつらい、保科はそう思ってしまう。

 「カフカさんさえよければ、僕が家まで送っていきますけど?」

 「いえ、そんな結構です。会社の車で帰りますんで」

 「それやと会社まででしょ? そこから、またひとりで帰るの怖いんとちゃいますか」

 日比野は何も答えない。
 やはり、こんな状態の彼をひとりにしておくのは心配でたまらない。自宅まで送っていくべきだろうと保科は判断する。日比野にここで少し待っているように声をかけようとしたところで、隊員に至急来てくれと言われてしまう。

 「呼んでますよ。俺は大丈夫なので、行ってください」

 心配をかけまいと笑顔を見せ、保科の背を押そうとする。だが、押せどもびくともしない岩のような背に、日比野は困惑した表情を向ける。そんな彼をよそに保科はどうしようかと迷っていると、聞こえていないと思ったのかその隊員が更に大きい声で保科に呼びかけてくる。

 「副隊長! 保科副隊長! こちらに見て頂きたいものが」

 部下の声が繰り返し遠くから聞こえてくる。何をおいても仕事をしなければならない。頭ではわかっているのだが、目の前の愛しい人を置いてはいけない。強い感情が保科の判断を鈍らせる。

 日比野と保科、両者無言でいるその均衡を破ったのは、近くで様子を伺っていた市川であった。

 「あの、先輩のことは俺が責任持って家まで送り届けますので、だから、そのーー」

 どう言えば保科が納得してくれるのか、市川は悩んでいるのだろう。言葉の先が続かない。そんな若者の姿に保科は漸く自身の心と折り合いをつける。
 保科は副隊長でありながら、新人教育という立場も担っている。彼らはまだ未熟で、いわば親鳥の後をついて行く雛鳥のような存在だ。自身は彼らの手本となり進むべき道へと導いてやる必要がある。そんな役目を担う者が彼らのような若者の手を煩わせてどうするというのか。
 せっかく、市川が送っていってくれるというのだ。任せてしまえばいい。仕事が立て込んでいるこの状況下で、保科自身が必ずやらなければいけないことではないはずだ。

 「それやったら、市川くんにお願いするわ。よろしく頼んだで。ほな、カフカさん。気をつけて帰ってください。また連絡しますね」



 それから数日が経ち、保科は日々の業務に追われている。忙しい1日を終え、その体はベッドへと沈む。だが、夜中うなされるように目が覚め、十分な睡眠がとれない日が続いていた。怪獣に襲われそうになった日比野を助けたあの日、あの時の夢を繰り返しに見るのだ。助けられなかったらどうなっていたのだろうという恐怖心が、事実を歪曲し悪夢へと変えていた。
 これは己の心の弱さだと叱咤するよりも保科には効果的なものがある。彼はベッドから立ち上がり、机の引き出しに大事に保管されたあるものを取り出した。それは、3通の手紙である。どの封筒の中にもこれでもかと便箋が詰められていて、封筒が膨れ上がっている。これは、保科宛に届いた所謂ファンレターだ。

 保科には防衛隊副隊長という肩書きの他に、怪獣被害支援者の会『クスノキ』の特別支援アドバイザーというものも担っている。
 その支援団体の代表が元防衛隊員で保科の先輩にあたり、どうしてもと頼まれてやっているのだ。だが、その実寄付以外何もしておらず名義貸しのような状態である。
 そんな保科のもとには防衛隊と同様にファンレターが数多く届く。彼は時間が許す限りほぼ全てに目を通している。読書が趣味の彼だが、手紙を読むのに忙しく読もうと思って購入した本はそのまま棚へと収められ部屋のインテリアと化していた。
 そんな手紙の中で異様な雰囲気を放っていたのが、今保科が手にしている手紙である。支援団体の事務員が不審物が入っているかもしれないと危惧し、保科の手元に来たときにはすでにそれらは封を切られた状態であった。
 その事務員が気を利かせ、その手紙はこちらで預かると提案してくる。気味が悪くて読むに堪えないなら、こちらで処分すると暗に言っているのだろうことは理解できた。だが、保科はそれを断り持ち帰ったのだ。せっかく時間も労力も費やして書いてくれたものだ。それを読まずして処分するなど以ての外だ。そして、それ以上にこんなにもあつく何を語ってくれているのだろうかと単に興味もあった。

 恐らく同一人物によって書かれただろう、3通の手紙。差出人の名前や住所は書かれていない。だが、3通とも筆跡が同じでありその内容にも繋がりがあることから、同一人物とみてまず間違いないだろう。
 1通ずつ日を分けて届いたというそれらには、保科のファンだという熱いメッセージと手紙を書いた本人の半生が赤裸々に綴られていた。どういう人生を送ってきたのか、どうして心に傷をおったのか。自身を支えてくれる親しき友人の話、勤めている仕事の話などそれは多岐にわたる。自分の人生を余すところなく、時には面白おかしく全てを曝け出しているといった感じであった。もはや自叙伝として本を読んでいる感覚に近い。いや、きっとそれ以上であろう。どんな事実も感情も言葉を濁すことなく割愛することもない。全てがノンフィクション。

 「ほんま、何度読んでもおもろいなあ、これ」

 人の生き様が綴られているものを見て、面白いと言ってしまっては不謹慎なのかもしれない。だが、この文章全てが、保科の心を掴んで離さないのだ。
 手紙の最後は必ず同じような文章で締めくくられている。

 貴方が俺の代わりに夢を叶えてくれると信じています。
 いつだって、貴方は俺のヒーローです。
 貴方がいるから俺も明日を生きていける。
 感謝してもしきれません。
 これからもどうか、体に気をつけて。
 応援しています。

 多く寄せられるファンレターにはいつだって、保科によって勇気づけられた、元気をもらった、ありがとうという感謝の言葉が並ぶ。だが、保科は感謝すべきは自分の方だと常々思っている。
 応援してくれる人たちがいるから、つらい状況下でも戦っていける。守りたいと思う誰かがいるから、日々何くそっと思いながらも立ち上がっていけるのだ。救われているのは、保科自身であるのだと。

 保科は何かあるたびにこの手紙を読み返している。とても心が落ち着き、温かな気持ちになれる。つらい過去が綴られているはずなのに、どこか清らかなそこはかとなくふんわりと優しい何かに包まれているようなそんな感覚。ともすれば、純文学でも読んでいるようなそんな気さえしてくる。それはひとえにこの手紙を書いた人物のなせる業なのだろう。
 惜しむべきはこの手紙の主が誰なのか分からないことだ。別に誰であるのかむやみに暴きたいわけではない。ただ、返事を書いて送りたいだけなのだ。
 こんなにも誰かの人生に寄り添えることはまずないだろう。家族でさえこれほど心の内全てを知り得るなんてできるはずもないのだ。
 だから、保科は少し申しわけない気持ちになる。自分だけ彼の秘密を知っていては公平ではない。ならば、保科自身も全てを曝け出してしまおうと。同じように長文にわたって半生を語りつくし、いかに自分のほうが癒やされ勇気をもらっているのか分かってもらわねば気がすまない。
 もうすでに準備はしている。手紙3通、封筒がはち切れそうなほどの返信は用意できているのだ。後は宛名書きして投函するだけ。
 どうにかして知る方法はないだろうかと、考えを巡らせながら彼の夜は今日も更けていく。
 
 
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