保カフ 防衛隊副隊長とモンスイ社員カフカの恋模様シリーズ 

 保カフ シリーズ2話目『ただいま、通常運転中!』 


 先輩には幸せになってほしいと願っている。

 〈市川レノside〉

 俺がモンスイに勤めだして、もうすぐ1年になろうとしていた。ここには、先輩社員である日比野カフカという男がいる。真面目で面倒見が良い、優しい人だ。そして、俺の命の恩人でもある。
 仕事終わりに突然怪獣が現れ、俺は怖くて逃げることもできなかった。そんな俺を彼は身を挺して助けてくれたのだ。その恩をいつか返したいと思っているが、その目処は一向にたっていない。せめて、何かしら彼の役に立つことができればと常々考えている。

 「市川、疲れたなあ······早く帰りてぇ」

 この先輩は、何というかすごく距離が近い。
 今も後ろから抱きつくような形で、俺の頭に顎をのせ項垂れている。普段から距離が近くはあるのだけれど、何か悩み事など俺に相談したいことがあるといつも以上に近くなる。スキンシップ過多だなと思うが、特に嫌なわけでもないので指摘したことはない。

 「先輩、何かありました? 俺でよければ話聞きますけど」

 「お前、エスパーかよ。何でわかんの? んーじゃあ、今日······飯奢るわ」

 先輩には仲のいい幼なじみが2人ほどいるらしいが、その人たちに話しづらい案件は必ずと言っていいほど俺のところに回ってくる。最初は相談されても良いアドバイスとかできないので申しわけないと思っていた。だが、そういうのは求めてないと分かってからは気軽に相談を受けるようにしている。彼はただ誰かに話を聞いてほしいだけなのだろう。

 「それで、何があったんですか?」

 お店に入りまずはビールと先輩が店員に注文し、おまえは烏龍茶だっけ?と確認して俺の分も頼んでくれた。

 「うん、となあ。その······気になる人ができたっていうか」

 「それって、どういう人なんですか?」

 あーそっちかと思いながら、メニュー表を眺める。大抵この人の悩みは仕事のことか恋愛のことである。恋愛相談の場合は少し神経質にならざるを得ない。何故なら、この人は恋愛運が最悪なのだ。
 先輩から聞いただけなので、これは単なる俺の勝手な思い込みに過ぎないのかもしれない。だが、これだけは声を大にして言いたい。
 先輩の好きになる人が悉くクズである、と。

 言葉が些か悪い気がするが、他に表現しようがないのだから仕方がない。先輩の好みにとやかく言うつもりはないし性別もどちらでも構わないが、もう少し真っ当な人を選べるようになってくれたら良いと切に願っている。他の同僚に聞いた話では詐欺まがいな時もあったらしい。

 「仕事で出会ったんだけど······その、すげぇ優しくてかっこいい······完璧な人、かな」

 あーこれは騙されてる可能性が高いな、と店員が持ってきてくれた烏龍茶に口をつけながら思った。目の前の彼も一気にビールを呷る。グラスを勢いよくテーブルに置き、こちらへ顔を寄せ耳元で囁く。ふわりとアルコールの匂いが鼻をかすめた。

 「防衛隊の保科副隊長、なんだけど」

 どうしてそんなに小声なのかわからないが、名前という具体的な情報が出てきてくれたことはありがたい。対処がしやすいからだが······ところで、保科副隊長とはどんな人だっただろうか。とりあえず検索してみると、色んな画像が出てきた。何故かどれもこれも嘘みたいに笑顔で、何というか頭が痛い。やはり今回も先輩の相手として相応しくなさそうだ。

 「え? 嘘だろ!? お前、そんくらいの反応しかしねえのかよ」

 ふーん、そうなんですねと特段興味もないような返事をしたのが気に食わなかったらしい。というか、そんなに驚くことなのだろうか。

 「すみません、それほど防衛隊の人に詳しくなくて······テレビとかもあまり見ませんし」 

 「ん、あれ? お前保科副隊長とまだ会ったことなかったんだっけ? そっか、そっかあ。実物見てねえんだ、もったいねえな」

 すげぇかっこいいのにと話す先輩は何だか楽しそうですごく幸せそうな、そんな顔をしていて。できることなら彼の恋を全力で応援したいと思っている。そのためには先輩の相手とやらを精査する必要がある。

 「その人と、上手くいくと良いですね」

 「お前、ほんとに良い奴だな! 何でも好きなの食えよ」

 そう言いながら俺の頭をわしゃわしゃと撫で回すので文句を言いつつも決意を新たにする。
 この人は絶対に守ってみせる。俺にできるのはそれくらいだからーー



 ♢



 『ーー苦しくて辛い日々も全部引っくるめて、僕に託してください。その思いを糧にして、戦います。戦って戦って、怪獣なんかおらんようになるまで······もう貴方がたが苦しまなくてもええように、尽力します』

 俺は、画面越しにそう話す彼を見て涙がとまらなかった。

 
 〈日比野カフカside〉

 俺が初めてあの人を見たのはミナの隣に並んでいるニュース映像で、すごくかっこいい人だなと思った。それからテレビ番組で防衛隊特集などがあるとかじりついて見ていて、我ながらミーハーだなと苦笑したものだ。だから、仕事で初めて実物を見た時は正直舞い上がってしまって解体作業が手につかなかったほど。その時も画面越しに見た時同様に、いやそれ以上に胸が苦しくなるほど、かっこよくて優しい人だなという想いでいっぱいだった。

 「今日のはどうです? ちょっと煮込みすぎたような気もするんですけど」

 「そうですか? すげぇ旨いっすけど」

 そんな憧れの人が何故か俺の家にいて、俺のために手料理を振る舞ってくれる。これは夢なんじゃないかと何度も思ってしまうが、抓った頬の痛みが現実だと知らせてくれる。

 「いつも美味しそうに食べてくれるから、僕ほんまに嬉しいです」

 その笑顔が自分に向けられることがあるなんて、思いもしなかった。嬉しくて、少し怖くもある。この幸せがいつまでも続けばいい。でも人は幸せなときほど不安に駆られるものだ。
 それに、俺の抱いてきたこの感情はずっと憧れだとばかり思っていたのに、それだけでなかったと否が応でも気づいてしまった。気づかないほうが幸せだったのかもしれない。

 
 それから数週間後、防衛隊からの要請によりモンスイ社は基地からほど近い住宅街へとやってきていた。いつものことながら、訪れたその一角は見るも無残な有様で瓦礫の山。そこに横たわる怪獣の死骸はほぼ原形を留めないことが多くただの肉塊。長くこの仕事をしていても慣れることのない光景と腐敗臭。
 毎度仕事始めは気が滅入りそうだが、現場に入る前に必ず聞かされる被害状況で死者数がゼロだということだけが心の救いだ。死者を悼み、祈りを捧げることから始まる現場は、空気が重く作業も捗らないことが多い。

 解体作業が進み終盤に差し掛かってきた頃、たぶんそろそろあの人がやってくるはずだ。

 「どうしよう、市川。なんか俺緊張してきたかも」

 居ても立っても居られず、目の前にいた市川に縋り付く。俺に抱きしめられる形となった市川は特に抵抗することもなく、俺の胸に顔をうずめたまま会話している。

 「もう何度も会ってるんでしょう? いつも通りにしてればいいじゃないですか」

 「それができれば苦労しないんだよ」

 そんな会話をしていると、遠くから何かが転がるような音がした。振り返るとそこには意中の人がいて、台車を使って運び入れようとしていた差し入れとおぼしき飲み物の缶が何故か地面に転がっている。

 「すみません、ちょっと手が滑ってしまって」

 「あー大丈夫ですよ、副隊長さん。あとは俺たちでやりますんで」

 徳さんたちが散らばってしまった缶を回収しようと集まってくる。そこで少し会話していたかと思うと、保科さんは不意にこちらを向きものすごい速さで駆け寄ってくる。

 「カフカさん、お久しぶりです。元気ですか? 今日もかわええですね。ところで今なにしとったんですか? 抱きしめたいなら、僕にしときませんか?」

 正直な話、今日の保科さんもかっこいいなと惚けていたので、何と言われたのかよくわからなかった。返答に困っていると、いまだに抱きしめられたままになっていた市川が声をあげる。

 「先輩苦しいんで、そろそろ解放してもらっていいですか?」

 すまん市川と謝罪しながら手を離し、乱れた髪を撫でつけて元に戻してやる。

 「カフカさん、そちらの方は? 初めてお見かけするかと思うんですが」

 「え? ああ! こいつはうちの新人の市川って言います。やっぱり会うの初めてなんですね」

 ここ最近解体依頼が立て込んでいて、正直手が回らないのが現状だ。東京方面からの依頼もあり、急を要するということで。モンスイは大まかに2班に分かれて作業することになった。俺は県内を主に担当する吉村班で、市川は県外からの要請に応える三池班となっていた。
 この業界の最大手であるイイダ解体が三池班と合流したことにより、作業が捗り漸く一段落したので市川たちはこちらへ戻ってきたのだ。
 そういうことなので、解体現場にほぼ毎回と言っていいほど顔を見せてくれる保科さんが市川を知らなくても当然のことだと言える。

 「へぇそうやったんですね。通りで知らんはずや」

 そう言いながら保科さんは市川の前へ手を差し出す。これから宜しくと挨拶をしてくれたのだが、あろうことかこの後輩はその手を取ることはせず頭を少し下げ、こちらこそと挨拶するに留めたのだ。
 
 「馬鹿! 何やってんだ。せっかく丁寧に挨拶してくれてるのに」

 俺は無理やり市川の手を掴んで前に出させようとしたが、珍しくその手は振り払われてしまう。

 「すみません、俺潔癖症なので」

 しれっとそうほざいたうえに、振り払ったことを謝罪しながら俺の手を自身のそれで撫で擦っている。今しがたお前、潔癖症だと言ったばかりではないか。
 これには優しい保科さんもさすがに気を悪くしただろうと思い、引っ込めようとしている彼の手を慌てて掴んで謝罪する。

 「うちの新人が失礼なことしてすみません。よければ俺の手で我慢してください」
 
 そう伝えると目の前の瞳が見開かれ赤い宝石とかち合った。だがすぐさままたいつもの笑顔に戻り、握手をしている俺の手にもう片方の手がそっと添えられる。

 「僕やったら全然気にしてませんので、大丈夫ですよ。うちにもこういう新人いてて。いかにも今時の子って感じですね」

 全く気にした様子もなく、俺の手を嬉しそうに握りしめてくれる。なんて心の広い人なんだろう。俺はほっと胸を撫で下ろした。そして、さらに彼のことが好きになってしまったかもしれない。そう思うと、急に鼓動は早まり体が熱を帯びた。顔も赤くなっているだろうし繋がった手に汗をかいてしまいそうで、どうしようかと困っていたら徳さんのその声に救われる。

 「カフカ! お前たちも少し休憩にして、ご相伴にあずからせてもらえ」

 保科さんの差し入れを掲げ、こちらに呼びかけている。それを受けて彼もまたそうするようにと勧めてくれる。
 
 「カフカさん、是非そうしてください。ほな、行きましょう」

 やっと開放されるとほっとしたのもつかの間、今度は握手していたのとは逆の手を掴まれる。そして、まるで女性でもエスコートするかのように俺の手を優しく引いて連れて行ってくれようとする。さすがに恥ずかしくて手を引っ込めようとすると、逃がさないとばかりに彼は指を絡めてきた。もはやこれは恋人繋ぎでしかなく、恥ずかしさに拍車がかかり休憩スペースに着く頃には茹で蛸状態であった。

 「カフカさん、顔真っ赤やなあ。これ、そない恥ずかしかったですか? ほんまかわええ」

 そんな保科さんの言葉を吹き飛ばすかの如く、強めの風が吹き荒ぶ。何事かと思えば、市川がタオルで扇いでくれているではないか。火照った顔と体に涼やかな風が心地良い。優しくて良い奴だなと思うが、その顔はやめてくれ。冷めた呆れ返ったような瞳が突き刺さって痛い。わかってる、わかってるぞ市川。30過ぎたおっさんが乙女やるなって言いたいんだよな。俺だって好き好んでやっているわけではない。どうにもならないことだって、世の中にはあるんだよ。

 そうこうしているうちに、市川の動きがまるでサウナの熱波師のごとく激しさを増していくので怖くなりとりあえずやめさせた。その様子を見ていた保科さんは腹を抱えて笑っている。

 「市川くんっておもろい子やね。今度僕にもやってほしいわ」

 市川自身も疲れたのだろう、よろよろとしながら差し入れにある飲み物を適当に選んで取ろうとした。

 「あ、ちょっと待った! 市川くんはあっちの箱に入ってる分から取ったらええよ。まだ誰も触ってへんから、手垢もついとらんやろ」

 次からは市川の分だけ別にして運んでくるとか食べ物のほうはビニールに包んできたほうがいいとか。どう対策すべきかをあれこれ考えながら、保科さんが話している。きっと市川が潔癖症だと言ったことを気にかけてくれているんだろう。誰に対しても分け隔てなく優しい人なんだなと感動していると、市川は大丈夫ですと答えた。恐らく彼も何か感じ取るものがあったのだろうと思う。

 「どういう人なのかある程度分かれば、特に気にならないので。それと、さっきは失礼なことしてすみませんでした」

 そう言いながら、深々と頭を下げ保科さんに謝罪する。若いのに真面目でしっかりしてるよな。下げている頭を偉いぞと言ってわしゃわしゃと撫でくり回す。
 
 「そんなん、気にせんでええよ。ほな、仕切り直しや。これから宜しゅうな、市川くん」

 再び手を出した保科さんの前に、市川もおずおずと手を差し出した。それを掴みにいく形で保科さんがぎゅっと握りしめ、笑顔でぶんぶんと上下に振っている。

 「······痛ったあああ! ちょっ、あんたふざけんなっ······俺の手握りつぶす気か!?」

 「えー? 何が? ちょっと大袈裟すぎるんと違う? 市川くん」

 「いや、ほんとにっ······先輩、この人やめさせてください!」

 「どのくらいの感じなんですか? 俺にもお願いします」

 そう言うと、もう片方の手で俺の手を握りしめてくれる。確かに俺の時よりは強めだが、叫ぶほどではない。それよりもどさくさに紛れてまた手を繋いでしまった。今日はすごくツイてるのかもしれない。

 「てことは、たぶんしし座が運勢1位だな」

 わけわかんないこと言ってないで、助けろ!という悲痛な市川の叫び声がその場にこだましていた。



 ♢♢



 「目指してみたら良いんじゃないか? 防衛隊員」

 仕事で防衛隊員と出会ったのがきっかけなのかは定かではないが、市川は防衛隊というものに興味を持ち始めていた。若いのだから色々チャレンジしてみるのも良い、と日比野が懐かしいものを見るような眼差しを向けている。

 「それにしても、先輩。詳しいんですね、防衛隊について」

 「まあ、うん。俺も昔夢見たことあるんだよ、叶わなかったけど」

 「残念でしたね、試験通らなくて」

 「なんで、落ちた前提なんだよ」

 だって今ここで働いてるから、と市川は言った。
 日比野の脳裏にはいつだってあの頃のことがこびりついていて、昨日のことのように思い出される。


 『ーーの方は、入隊資格がありません。ですので、残念ですが試験を受けることはできません』


 「落ちたっつうより、受けられなかったんだよ」

 「寝坊でもしたんですか?」

 そこのお茶とってもらっていいですか?その声に応えて日比野はお茶の入ったペットボトルに手を伸ばした。だが、彼の手からすり抜けてお茶は床へと落ちる。

 「先輩? 手、どうかしたんですか?」

 日比野は慌てて手を引っ込める。どうして小刻みに震えているのか、その真実を覚られないようにあえて明るく声を張り上げた。

 「やべー重い荷物運びすぎて、腱鞘炎になったかも! 手ぷるぷるしてる」

 「確かにあれは重かったですね」

 さして気にした様子もない市川に安堵し、日比野は自身の手を見つめながら重い溜め息ついた。




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