6話
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紅南国――四つの国のうちの南に位置するこの国は、常に春のような温暖な気候が特長の豊かな国だ。
国を治める皇帝は若くして帝位についたにも関わらず、たぐいまれな才知で
そんな皇帝のいる宮殿の南に位置する場所に、この国を守護する四神の一つ『朱雀』が祀られている廟がある。
金細工で精巧に造られた『朱雀』。
その前には果物などが供えられ、いかに敬われているのか窺える。そんな厳かな廟に、朱金の光が徐々に集まり何かを形成させていた。
ただの光の玉から形作られていくのは、一人の人間。やがて光が消えていきソレはゆっくりと落ちていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
光から現れた人間は朱金の光を仄かに纏わせ、朱雀像の前に静かに横たわる。
黒髪に端正な造りの顔。見慣れない造りの服は、柔らかい素材なのか裾がふわりと揺らめいていた。
その奇怪ともいえる現象を目撃したのは一介の女官。供え物を運んでいた女官は驚愕とともに慌てて朱雀廟から駆け出していった。
※
外の喧騒に眉を寄せ、その部屋の主は繊細な衣装を翻し、やや乱暴に扉を開け放った。
磨きぬかれた廊下に右往左往している女官を見つけ、不機嫌を隠しつつ上品な微笑みを浮かべ問う。
「なんだか騒がしいわね。どうしたのかしら?」
「[#ruby=康琳_こうりん]様!も、申し訳ありません!その……朱雀廟にいきなり人が現れたとこの者が申しまして……」
モゴモゴと歯切れの悪く、自分付きの女官、
どうやら騒ぎの元は、雑用を言い使っていた女官らしい。確か
彼女は顔を青ざめさせ、震えながらも頷き返している。
「………その話を詳しく聞かせなさい。朱雀の巫女ではないのね?」
「は、はい。巫女さまのお召しになっていた服と少し似てはおりましたが、巫女さまではありませんでした。
……ですが、紅い光から現れたものですから、陛下にお知らせするべきか分からず……」
紅い光と聞きこの部屋の主である康琳は、特徴的な垂れ目をすぅ……っと目を細める。
二ヶ月前に自分の世界に帰った『巫女』が戻って来たのかと思ったのだが、違かったらしい。
しかし、紅い光を放ちながら現れた人間に少なからず興味を抱いた。
「……朱雀廟ね。いいわ、一先ず私が確認してくるわ」
「康琳さま!しかし……っ」
「つべこべ言わない!蓬優、貴女は陛下に報告をして頂戴。衛兵は彼女を陛下の元へ案内しなさい!
明鈴、貴女は私と来なさい。もしかしたら人の手が必要かもしれないわ」
康琳は有無を言わさぬ強い口調で命令する。本来自分にそんな権限はないのだが、とある理由により現在一定の権限は得られていたりするのだ。今回はその権限を行使する。
蓬優と明鈴の二人は戸惑いつつ頷き返すと、蓬優は衛兵一人を連れて慌ただしく廊下を歩き出した。
奉公が長く、比較的外朝に顔が利く蓬優でも、外朝に単身で行ける訳がないので、繋ぎの人間をつけていく必要があるからだ。もちろん護衛の意味もある。
後宮と外朝とでは役割の違いから、特別なことがない限り行き来ができないことになっているのが何とも非効率だと思うが致し方ない。
二人を見送りながら、康琳は豊かに波打つ黒髪を掻き揚げると、冷たい色を瞳に宿し歩き出した。
『朱雀の巫女』と似た服の人間。もしかしたら、火種になる可能性がある。
『巫女』がいない今、その人間の扱いは慎重にしなければならない。
康琳は誰にも知られることなく小さなと息を吐き出した。
※
案内された廟に入った康琳は目を瞠り、無意識にきゅっと手を握りしめた。
光の中から現れたという件の人物は、確かにそこに横たわっていた。
この国…いや、この世界では見たことのない薄緑色の服の裾がユラユラと揺らめくさまは、どこか現実離れしているお伽噺の一幕の様だ。
康琳は不審人物だということも忘れ、その人間に魅入られたかのように硬直してしまった。
年のころは十五、六歳ほどだろう。黒髪が美しい少女だった。彼女の周囲には紅い粒子が纏わり、まるで少女自身から発せられているかのように見える。
確かに朱雀の巫女ではないが、朱雀とは無関係とは到底言えない少女。
どこの誰かもわからないが、この者の姿になぜか心惹かれる。
「康琳さま、どういたしますか?」
「―――………っ」
共に来ていた明鈴に呼ばれ、康琳は一瞬息を詰める。
しかし、「彼女」は何事もなかったように装うと明鈴をその場所にいるよう命じゆっくりと少女に歩み寄った。
朱の粒子が近付く度に舞い上がり、廟の中を仄かに照らす。
康琳はユラユラと揺れる粒子に構うことなく少女の側に近付き、ゆったりとした仕草で彼女の前に膝をついた。
上質な布が汚れることなど構わず、少女の胸元を確認し、すぅ…と紫紺の双眸を細める。
わすがに呼吸が早い。よく見てみれば、頬は赤く色づき、玉のような汗を流していた。明らかに病人のそれにきゅっと眉をしかめる。
「まずいわ…。明鈴、ありったけの敷布を私の部屋に用意してちょうだい!それと冷やす物もよ!」
「康琳さま?」
「衰弱しきっているのよ、この子!責任は私が取るわ!早く用意を!」
「は、はい…!」
強気と艶やかさを体現したかのような主人の見たことのない焦りように、明鈴は思わず頷き返してしまった。
こんな得たいの知れない人間を後宮に入れていいものか。しかし、問題の人間は彼女が見ても具合が悪そうで見ていられない状態だった。
このまま見捨てるのは命令に反する。それに少なからず良心が痛む。明鈴はキュッと唇を引き結ぶと、慌てて踵を引き返した。
康琳は女官の後ろ姿を見送ると、その細身の体ながら少女を軽々と抱き上げる。
あまり重さを感じない少女に驚きながら、康琳も足早に朱雀廟をでていった。
彼女たちが去った朱雀廟に漂う赤い粒子もまた、空気に溶けるように消え、その場は何事もなかったかのような静けさが広がった。
※
最近は何をするにも長続きしない。いつも心のどこかで帰ってしまった少女を思い出している。食事も喉を通らない。
かなり重傷だが、彼――鬼宿はただ日長一日、外をぼーと見つめていた。
本人に自覚がないのも問題で、彼がため息をつくたび暗い空気が周囲に広がっている。
そんな鬼宿の脇を明鈴が駆け抜けていく。
本来の淑やかさを殴り捨て、猛スピードで突き抜けた後に残されたのは、彼女の勢いで欄干に引っかかった鬼宿の姿だった。
「あら?なによ鬼宿。アナタそこで何してるんよ」
「……」
「はぁ……」
引っかけられてそれほど経たないうちに、少女を担いできた康琳は鬼宿を見て呆れ顔をしつつ真横を通り過ぎる。
巫女である美朱が帰ってからというもの、気が抜けなんの反応も反さないのだ。
慣れてしまった康琳は、もはや助ける気にもなれず、担いでいる少女を優先することにした。
自室にて整えられたベッドに少女を横たわせ、明鈴が用意した布を水に浸しそっと少女の額に乗せてやる。
流れ落ちる汗を拭いながら、怪我をしていないか確めた康琳は異常がないことを確認しほっと肩の力をぬいた。
「康琳さま、陛下がお越しになりました」
陛下に報告しに行っていた蓬優の言葉に続き、彼女の隣から長い黒髪の美丈夫がは入室する。
私的な時間に報告されたためか、王として結い上げている髪は下ろされ、ゆったりとした室内着を着ていた。
ただこの部屋の主が、気心知れた仲の者ということもあるせいか、護衛すら連れていないのは些か不用心と言わざるを得ない。
とはいえ、そこまで心を許してくれているのだということが嬉しく、康琳はほんおりと頬を染め上げる。
「
「はい。私が行ったときにも微弱ですが赤い光を纏っていました。美朱が居ない今、無用な騒ぎを起きてはと思い、ここに運んでき次第ですわ」
「賢明な判断だな」
「まあ!
憧れの人に誉められ、康琳――柳宿はポッと頬を染めた。「柳宿」とは康琳の二つ名だ。
紅南国を守護する『朱雀』加護を受けた者の別名で、王である「星宿」もまた朱雀の加護を受けている。
他に五名同じように朱雀の加護を持つ者が存在するが、現在分かっているのは康琳改め柳宿と、皇帝の星宿、そして現在巫女が不在で腑抜けになってしまっている鬼宿の三名のみ。他四名は未だ所在不明の状態となっている。
己自身で名乗り出てくれるのならばまだ有難いが、それぞれに事情があるのだろうと思われるため、名乗り出てくれることはないだろう。
「……苦しそうだな」
「ええ。衰弱もしているようで意識が朦朧としております」
康琳もとい柳宿は小さく頷くと、額にあてていた布を新たに濡らし少女の頬を軽く拭ってやった。
柳宿は心配そうに少女を見つめ、彼女の頬にかかっていた髪をそっと退けてやる。
少女は赤く色づいている唇からはしきりに荒い息遣いが漏れ、苦しそうに魘されていた。
その様子にありし日の妹を重ね、キュッと手を握りしめた。
「星宿さま、この者の身柄を私がお預かりしてもいいでしょうか?」
「柳宿?」
「ここに連れて来たのは私です。この娘の看病は私が致しますので、この後宮に置かせてくださいませ」
真っ直ぐに向けられた瞳に星宿は僅かに思案し、小さく頷き返した。
「……わかった。この娘はお前に任せよう」
「ありがとうございます」
ほっと息をついた柳宿に星宿は苦笑し、寝かされている少女を見下ろす。
顔を赤くし息苦しそうな様子は見ているだけでも心苦しいものがる。しかもそれが、己が焦がれる朱雀の巫女と同じ歳の少女であればなおさらに。
星宿は寝かされている少女から柳宿に目を外し、この後のことに思考を巡らせた。
「後ほど医官を寄越させる。この少女が回復したならば知らせてくれ。
朱雀廟から現れた娘。我々"朱雀七星士"に関わりがあるかもしれない」
小さく呟かれた星宿の言葉に、柳宿は「はい」と短く返し少女の頬を一撫でした。
※
星宿が退出し、女官も下がらせた部屋に少女の息遣いと僅かに布擦れの音が響く。
先ほどきた医官に見せた診察結果は「風邪」。風邪からくる高熱と脱水症状だと判明し、それからずっと付き添っている。
手を離せば儚く消えそうな少女から目が離せなかったのだ。
赤の他人の少女をここまで心配する必要はないのだが、どうしても離れることができなかった。
「あなた、私になにかしたの?」
汗を拭き取りながら小さく呟く。
返事など返ってこないとは分かっているが、この奇妙な感覚の正体に戸惑う。
朱雀の巫女とは違う、けれど朱雀の巫女のように何かが繋がっているようなこの感じ。それが何なのか知りたい。
「早く治りなさい。アンタは誰なのかしら?」
そっと赤い頬を撫で髪をすく。少女の目尻から一筋の涙が流れた。