4話
夢小説設定
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暗闇の教室に紅い光が集まる。それは徐々に膨れ上がり、僅かな静電気を発生させ終息した。
光の中から現れたのは行方知れずだった少女――美朱だ。
彼女は起き上ると戻って来れた喜びに体を震わせ、足早に教室を後にした。
施錠されている校舎からなんとか外に出る。
施錠された玄関よりは、一階教室の窓から出てきたが、まあ、これは仕方ない。この教室が施錠されていなかったということにしてもらいたい。
開け放たれた窓から吹きこむ冬の冷たい空気ですら懐かしいと思えるのは、「紅南国」が常に春のような気候だったからだろう。
そんな冬の寒さも気にせず、さらに美朱は正門をよじ登り学校から脱出する事に成功した。
ただ提示された『帰る条件』が本当ならば、帰るべき場所は「学校」ではなく、「自宅」あるいは「浅葱のいる場所」のはず。もしくは、先ほどまで不思議と会話できていた「唯の所」だ。
(そういえばニセモノを倒す時、浅葱の声が聞こえた気がしたなぁ)
意識が飛んでいた事もあるためよくわからない。しかし朧気だが確かに彼女の叫び声が聞こえたような気がしたのだ。
「…って!あたしってば、また傷を作っちゃったじゃん!どうしよう浅葱、痛かっただろうな」
いつもそう。自分が傷を作っては彼女に痛い思いをさせる。
共有しないこともあるが、大怪我をした時は決まって双子の姉にも痛みが走るのだ。
だからできるだけ怪我をしないように気をつけていたのだが、今回は不可抗力ゆえに彼女には予 期せぬ苦痛を与えたかもしれない。
「帰ったら謝らなきゃ…!」
美朱はそこでふっと疑問に思い周りを見回す。ここではどれくらい時間が流れたのだろうか?
“向こう”に数カ月いたのだし、ここも同じ時間行方不明になっている可能性があった。
しかし、それにしてもこの冷たい風は冬そのものだし、校舎の周囲も見慣れた風景だ。
不思議に首を傾げていると、遠くから兄が自分の名前を呼びながら走って来るのが見え、美朱は喜びで顔を緩ませる。
………が、彼女にとって数カ月ぶりの再会。
しかし、ここでは「二時間ぶりの再会」と知らされ美朱は驚きで叫び声をあげた。
※
チクチクと音がする以外静けさが痛い。
向かい合っている母の眉間には皺が寄り、どれくらい怒っているのか容易に知れた。兄は兄で困ったように見守るだけだ。
ここに浅葱でもいたなら少しくらい状況が変わり、自分にも心のゆとりが出来たものなのに。
結局、本当のことを話した美朱は見事に母の怒りを煽ぎ、兄の仲裁で終りを向かえた。
母の言う事も分かる。心配をかけたのは悪かったと思うが、でも上から圧力を加えられたら反発もしたくなるというものだ。
それにしても、こんな時に決まって顔を出す浅葱が最後まで姿を見せなかった事が腑に落ちない。
美朱は気まずい雰囲気の中、おずおずと母に尋ねた。
「あのさ…お母さん。浅葱はどうしたの? もしかして部屋にいる?」
「……あの子ならあなたを探して外に出た後、熱を出して今は寝込んでいるわ。そっとしてあげなさい」
「え?」
疲れ切った声が母から漏れ、美朱は顔を勢いよく上げる。自分勝手な行動でまた彼女に迷惑をかけてしまったのだろうか。
グルグルと回る思考に美朱は足をとめたが、そっと兄に背中を押され部屋を後にした。
※
「…でだ。よーするに、お前は図書館で『四神天地書』つー本に吸い込まれて?
そこで『朱雀七星士』つーヤツを七人集めると、四神の一つ『朱雀』が現れて願いが叶えられて?
お前は高校受験合格したいが為、その「朱雀の巫女」になったと?」
自室で行方不明だった時の詳細を美朱から聞いた圭介は、頭を抱えながら順を追って確認をしていく。
その目の前ではココアを飲みながら頷く美朱がいた。
彼女は制服姿のまま、今まで自身に起こった出来事を兄に聞かせていたのだ。
「そうそう。そのついでに紅南国を救ってくれって皇帝の
んで、一度帰るために太一君の所に…って!お兄ちゃん!なによ、この手!」
「いや、お前『現実』をみたくないっていうの分かるが、夢の世界に足を踏み入れちゃいかんぞ!」
「お兄ちゃん!信じてないのね!私はちゃんと『現実』を見てます!それに唯ちゃんのおかげで帰ってこれたんだから」
「あー…わかった、わかった」
額に添えられた手を叩き落とし、唇を尖らせながら湯気が立ちのぼるココアを口にする。
圭介はおざなりな返事で返し、椅子の背もたれに寄り掛かった。
「でもホントだとしたらその本危ねぇな」
「…危ない?」
「物語り自体が呪文みたくなってんだろ?お経も和訳すれば一つの物語りになってんだぜ」
『 物語りは其れ自体が一つの
兄の言葉に、初めて本を開いた時に見た一節を思い出し、美朱は一瞬だけ身体を震わせた。
そんな事など気付かない圭介は、自分用に持ってきたコーヒーを飲みながら続けて言う。
「お前が入ったって言うその本は、お経でもなさそうだし『魔道書』のたぐいかもしんねぇ。
そのテのまじないの本とか女の子の間で流行ってっけど、まじないが古けりゃ古いほど強力な『力』を持ってて危険な場合が多いんだ。
そうして願いを叶える場合、何かの犠牲が必ず付きものだからな」
危険?
あの本が?……あそこで出会った人も?
彼の顔を思い出し美朱はぎゅっとマグカップを握り締める。
そんな事など露知らず、圭介の話はヒートアップし西洋の黒魔術にまで及んでいた。
ウヒヒ…と茶化すように笑いながら、いつぞ何処かで聞いたことがあるような呪文を唱え出す。
「エロイムエッサイム~」などと唱えながら凄む彼を、美朱は呆れと怒りで止めに入った。
「んな事言って、結局信じてないんでしょ!鬼宿たちは危険なんかじゃなかったもん!」
ぎゅっと眉を寄せながら言う彼女に、圭介はふざけていた態度を改め、神妙な面持ちで向き直ると真っ直ぐに美朱を見た。
「……お前、今の状況分かってんのか?もーすぐ受験だろ?大変なのは分かるけど、母さんに心配かけんなよ。
ウソでもホントでも、もうその本に近づくな。忘れろ!いいな!」
兄に諭され、美朱は言葉を呑み込む。分かりきっている事だ。
今は受験が一番大事。それ以外は二の次にしなければいけないことくらい。
ぽんぽんと軽く頭を叩かれ、美朱は重い気分のままそっとカップの湯気を見つめていた。
帰って来れて嬉しいはずなのに、とても淋しい。
まるで一人ぼっちになった気分だ。
自分の言う事を半分聞き流している兄、受験に留まらずプライベートにも首を突っ込む母。
美朱は無性に浅葱の顔が見たくなり、曖昧な返事を返し兄の部屋を出ていった。
※
自分たちの部屋入り、美朱はベッドで寝ている浅葱の顔を覗きこんだ。顔を赤らめ息苦しそうにしている。
額にのっているタオルに触れてみると生温かくなっていた。
美朱は近くにあった水に浸し強く絞ると、そっと浅葱の額にのせキュッと唇を引き締めた。
「……ごめんね、浅葱。あたしのせいで熱出ちゃったんだよね…」
母に自分を探しに行って熱を出したと聞き、一瞬恐怖に襲われた。
置いて行かれるような恐怖と、迷惑をかけたという感情が交ぜになり怖かったのだ。
それに、ほんの少しだけ…。
ほんの少しだけ…あの本の中にいる時に、彼女の存在を忘れかけていた罪悪感もあった。
生まれた頃からいつも一緒。どこに行くにも大抵行動を共にしていた気がする。
ずっと頼りっきりで、それが当り前だった。
それなのに『向こう』にいる時、そばにいない不自然さに寂しさも不安も感じなかった。
否、多少は感じていただろうが周りにいた七星士たちのおかげで、そんな風に思う事が少なかったのだろう。
彼女は自分を探しまわり熱まで出したと言うのに、なんて薄情だったことか。
「……それにカラダ…痛かったよね?ごめん…」
美朱は浅葱の手を握り懺悔するように呟いた。
それに答えるかのように、ぎゅっと握り返してくれたのはきっと気のせい。
だって彼女は夢の中だから。
それでも反応してくれたことが嬉しくて美朱は小さく口を動かした。
「探してくれてありがとう。……おやすみ、浅葱」