3話
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フラフラになりながらもなんとか自宅についた。玄関を潜り抜けリビングを通る。
リビングには母がいたが、会話をする気力すらなく無言のまま通り過ぎた。ぼんやりした視界に入った母がなにか言いたそうにしていたのは気のせいだろう。もう今は考える事すら億劫だ。
美朱と共有の部屋。そこに置かれている二段ベッドの一段目が浅葱のベットになる。
制服からパジャマに着替え、のろのろと布団に潜り込むと、一気に寒気と頭痛がやってきて顔を顰めた。これは本格的に風邪の症状だ。
街明かりでうっすらカーテンがベージュ色に透ける。カーテンやカーペットなどは自分好みに揃えてもらったので、比較的落ち着いた色合いの部屋。
普段は安心する自室が今はどこか寂しい。
(こんなこと今までなかったのに……)
確かに普通の双子よりお互いの痛みを共有していたが、今日はそれ以上だ。今まで多少のことなら幾度となくあった。けれど、ここまで頻繁ではなかった。
まるで魂が繋がってしまったかのように痛みに襲われる。
痛み、苦しみ、発熱。
ありとあらゆる苦痛の渦。それを耐えるように浅葱はぎゅっと己の身体を抱きしめた。
熱はさらに上がったようで、瞼を持ち上げる事も億劫だ。それに悪寒が走りだるくて動く事もままならない。
(……これは私の…熱?…それとも美朱、の…?)
曖昧な意識の中考えていた思考は霧散し、浅葱は沈むように意識を手放した。
※
『ここから出してぇぇぇええ!!!』
―――――――ビクンッ!!
魂から絞り出される『声』に浅葱の身体が震え、彼女は緩慢に瞼を持ち上げ焦点の合わない瞳で宙を見つめ小さく唇を動かした。
その艶やかな唇から吐息と共に出された言葉は、冷たい空気にとける。
そして彼女は何事もなかったかのように、安らかな寝息を吐きだし再び眠りについたのだった。
どこかで誰かが嗤っている“声”が聞こえた気がした。
※
ふわふわと漂う感覚に浅葱はゆっくりと瞼をもちあげる。上下左右まったく分からない黒い空間に漂っているようだった。
ただその暗闇の中でも自分の体ははっきりと分かるのが不思議で、おもむろに右手を持ち上げ観察してしまった。
(……ここはどこ?)
右を見ても左を見ても暗闇。下を見れば下半身。恐る恐る腕を伸ばすが、宙を掴むだけでなんの障害物もないようだった。
足が地についている感覚がないことから、恐らく浮いている状態だろうと見当をつけ、おもむろに自分の頬をつねってみる。
(…痛くない…)
痛みがない。ならばこれは夢の世界だ。夢なら夢で楽しいものを見たかった。夢も現実同様なんとも味気ない世界だ。
暗いばかりの空間にたった一人でいるのは、現実世界の希薄さと似ている。
――――――― 人の輪にいても、一人でいても結局なにも変わらない。
漆黒の闇に身を任せ漂いながら、浅葱はどうするべきか考える。が、これが夢ならば目が覚めなければ意味がない事に気付きすぐに考えることを止めた。
仕方なく周囲を見回し暇をつぶせそうなモノを探す事にする。
(……って、なにもないわ…)
夢なら都合よく出来ているものじゃないだろうか?
食べ物でも音楽でも本でもいいから、目が覚めるまでの時間をつぶせるものを出すくらいしてくれてもいいだろうに。
歌でも歌って時間をつぶすか、夢の中でも寝るしかなさそうだ。
浅葱はうんざりと肩を落とし、暗いだけの空間に溜息を吐きだした。
それは思いのほか静寂の空間に広がり響く。反響でもしているかのようで、彼女はその秀麗な眉を顰めた。
夢なのに音が反響するものなのだろうか。
その疑問は漂う食べ物の匂いで核心を得た。そもそもどうしてこんな空間にいるのか分からないが、もしかしたら美朱と何か関わりが合ってのことなのかもしれない。
一歩足を踏みだしてみると、意外にも歩く事が出来た。
(…匂いの元を辿ってみましょう…)
歩いている感覚はないが確実に匂いの元に近づいている。
なんとも食欲をそそられるが、こんな空間にある食べ物など何があるか分からない。用心に用心を重ねるにこした事はなさそうだ。
やがて辿りついたのは、テーブルにかけられている真っ白のテーブルクロスとその上にのっている洋風のディナー……の残骸。
そして行方が分からなくなっていた彼女の妹だった。
「美朱ッ!―――――…!?」
探していた姿を目に入れた瞬間、浅葱は妹の名を呼びながら走り出した。
しかし途中、見えない壁によって行く手を遮られ近づく事すらできない。
「なに!?これ!!」
―――――――ほう…私の術に入ってきたとは恐れ入る。しかしそなたの力ではその透明な壁を超えることは出来ぬぞ。
そこで大人しく『朱雀の巫女』を見てるがよい。
年嵩(としかさ)の女性の声が空間を震わせる。
浅葱の行く手を阻む透明な壁はその声の主によって作り出されたものらしかった。
「朱雀の巫女? 誰の事?」
聞き覚えのない言葉に訝しむ。だがまずはこの状況を打開するべく、直ぐそこにいる妹に自分の存在を知らせる方が先だ。
何だか嫌な感じがしてならない。この先は最悪な展開しかない気がするのだ。
「美朱!!私よ、!聞こえる!?」
ドンドンといくら強く叩いても透明の壁はびくともしない。
それに透明な筈なのに…自分から彼女の姿がよく見えるのに、彼女は、美朱は自分の存在に気付いていない様だった。
もしかしたらこの音すら届いていないのかもしれない。
浅葱は唇を噛みしめ、再度今度は足蹴りを繰り出す。
だが手で叩いたと同じく盛大な音を立てるだけで壊れる事すらなかった。
「お願い壊れて!」
いくら叩けども変化の見られない壁にもたれながら、浅葱は壁越しに美朱を見つめるしかない。
当の美朱は浅葱から背を向け、外の見える空間に向かって叫んでいる。
美朱越しに見えた世界は、霧の中に見目のよい男が二人苦痛に顔を歪め蹲っていた。
服装は昔の中国のようなもので、そのうち一人の額には「鬼」という字が浮き出ているのがなんとなくわかる。
『 あんた達の好きな“あたし”はこの鏡の中よ。どーせ、あんた達は“あたし”を守るために生きているんでしょ。――力を貰ったってもいいわよね…美朱 』
美朱と同じ声が嘲笑う。
姿は見えなくとも、その声の主もまた“美朱”であると浅葱は確信していた。
『やめ…て…。やめて…』
『 出来るモノなら助けてみなさいよ。「朱雀の巫女」さん 』
嘲笑う声が暗闇を震わせる。
『やめてぇぇぇえええ!!』
美朱は叫び声を上げると、ハッと顔を上げ『こちら』を見た。
いや、正確には彼女の後ろにあったテーブル。そしてその上の皿へと視線を移す。 届かないと分かっていても制止の声を上げずにはいられなかった。
「美朱!?やめなさい!!!」
そして美朱は素早い動きで一枚の皿を割り、その破片で自分の胸を突き刺した。
「キャァーー!!」
音はないが視覚的衝撃は絶大で、浅葱は悲鳴を上げる。それと重なる様に、“外の世界”の“美朱”の悲鳴が木霊した。
それにいち早く反応したのは額に「鬼」の文字を持つ青年だった。
彼は強烈な蹴りを繰り出すとバケモノとなった彼女を吹き飛ばし、それを髪の長い青年が剣で斬り、最後に何処からか振ってきた岩がバケモノを潰した。
美朱が突き刺した所と同じ場所が痛む浅葱には、その一連の動作などぼんやりとしか見えなかったが。
崩れ落ちる美朱の身体を見つめながら、それっきり…浅葱も美朱同様意識を手放してしまった。
※
「う…っ」
ジクジクと痛む左胸を押さえながら、浅葱は呻き声を上げ体を丸める。遠くで車の音や喧騒が聞こえてくる。
夢から覚めたらしいが、この痛みは本物だ。ということは、あの夢は美朱に起こった『現実』ということ。
ならば、美朱はやっぱり変な事に巻き込まれているということだ。
(……どうやったらあんなことに巻き込まれるの!?)
そもそも「あそこ」はどこだったのだろうか。
昔の中国の服装に知らない男二人。それに老婆のような年嵩の女性の声。そして「朱雀の巫女」という言葉。
朱雀――四神のうちの一神。南を司る不死鳥の名前。
痛みで頭が動かないが、分かった事が一つだけ。美朱はどこか「変な所」にいて「朱雀の巫女」というものと関連があるということだ。
「つ…っ!」
そこまで考えていると一向に引かない痛みに、浅葱は呻き声をあげた。幸い布団に顔を押し付けているため、母に気付かれることはない。
( 美朱……死ぬんじゃないわよ!)
意識を飛ばしそうなほどの激痛だ。この傷をつくった本人は生死の境を彷徨っているかもしれない。
浅葱は痛みに耐えながら、必死に半身に向かって声を上げていた。
※
夢現の中、浅葱は誰かの会話を聞いていた。
それはとても聞き覚えのある声だった。そして知らない複数の声も。
『大人しく手当て……元の世界…帰る…ま…なるぞ』
『…帰る…くだ…い』
『………血を…にやって…!』
途切れ途切れに聞こえてくる会話だったが美朱が助かった事、しかし帰るために血が足りないことなど言っているようだ。
ならばと二人の青年が己の血を彼女に分け与えてくれという。
……不鮮明な音だが彼らの熱意が伝わってくる。彼らにとって美朱は大切な人なのだろう。
そのことに僅かな疑問が生れる。血液型に違う血液型を輸血してはいけないことは、知識が少ない人でも知っていること。それなのに、今彼らはそれをしようとしている。
昔の中国のようなところなので、知識としては現代よりも遅れているからなのだろうか。危険であるという認識がないように聞こえる。
それは本当に大丈夫なのか。疑問と不安の中フワリと意識が浮く感覚がする。
『…あついっ…』
小さな悲鳴と共に体が熱を帯び、胸の痛みも癒されていくようで、浅葱は知らず知らずほう…と息を吐きだした。
『……媒介…二つ………』
『……制服…!!』
何か変える条件を提示されたようだ。だが、徐々に遠くなっていく声に彼らがどんな話をしているのか理解できない。
『最終手段…は……―――……じゃ』
『…め!迷…け…ないもん!!』
『 ―――――帰っておいで!!』
どんどん遠くなっていく会話。
最後に聞こえてきたのは美朱の叫び声と、重なるように叫ぶ唯の声だった。