2話
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「「ただいま」」
キレイに揃ったユニゾンに同じ動作で、浅葱達は玄関を潜り抜ける。
傍から見れば、どことなく疲れているように見受けられるのは、母の件が気にかかり、大事な模試だというのに身が入らなかったからだった。きっと結果は散々な筈だ。
これではまた母にとやかく言われると、二人揃ってため息をついたのは致し方なかった。
憂鬱な気分で帰宅した二人を出迎えたのは、廊下で仁王立ちしている母。しかも、その顔は怒ってい様で目が怖い。
しかも、どことなくピリピリとした雰囲気すら出ている気がして体を強張らせる。
まさか、さっきの今で今回の結果の不出来が知られてしまったのだろうか。いや、まさか。と心の中で首を振る。本当についさっきの出来事だし、結果は後日知らされるはずだ。塾とは関係のない母に知らされるのはまずありえない。
では別の事だろうかと、浅葱は般若顔負けの形相の母を窺う。
母は何処か張り詰めた気配を纏い美朱に鋭い視線を送っていた。まさか、美朱が
なにかしでかして、母に連絡でもいったのだろうか。
浅葱が声をかける前に母が言い放つ。
「二人とも待っていたのよ。特に美朱あなたって子は!あなた男の子と会っているのね!」
「え……?」
「母さん?」
「どうりで最近様子が変だと思ったら!」
ぐいぐいと美朱の腕を引き、母はリビングに向かっていく。慌てて浅葱も二人を追いかけリビングに行く。
そこまで大きくないごく普通のテーブルに広げられていたのは、可愛らしいピンクの表紙の日記帳と数枚の楽譜。
それは紛れもなく「美朱の日記帳」。そして引き出しにしまい、朽ちていく筈だった「浅葱の楽譜」。
それを見た二人は一瞬にして体を強張らせた。どうしてこれがここにあるのだろうか。誰にも分からないように隠していたのに。
「……日記帳…見たの?いくらお母さんでも酷いわ!」
「どっちが酷いの!中学生が親の目を盗んで男の事会って!しかも受験前に!」
「違うわ!これは――」
言い争う二人の脇をすり抜け、浅葱は震える手でテーブルの上に乱雑に置かれた楽譜を手に取った。
まさか、実の親に信用されていないとは思わなかった。白い紙が震えでカサカサと軽い音をたてる。
これはずっと仕舞いこんでおくだけにしたかった。大切な大切な「想い出」は自分ひとりの中にあればよかった。
ただ溢れ出る想いを形にしただけのソレを抱き込み、涙で滲む目を美朱の日記に向けると『カッコイイ男の事会っちゃった』と書かれてある。
これを読んで母は怒っているのだろう。その当事者たちは感情的になり言い争っている。
「そんなことで城南に受かると思っているの!?近所の目もあるのよ!少しはお母さんの事も考えて」
「城南なんか行きたくないもん!!」
母の言葉を切欠に、美朱は今まで抑え込んでいた言葉を発した。
「行きたいのはあたしじゃない!お母さんでしょ!!お母さんの世間体につきあわされるのはもう真っ平よ!」
―――パンッ!
乾いた音が響き静寂が部屋を包む。
叩かれた美朱は赤く腫れた頬を押さえ、身体を震わせた。
「男の事会っていたのがなんだって言うのよ…。なら自分はどうなの。自分だって男の人と会っていたくせにーーっ!!」
「美朱!!」
叫ぶと同時に走り出した美朱は、帰ってきた兄を突き飛ばし外に飛び出して行ってしまった。
残されたのは自己嫌悪で玄関ドアを見ている母と、突き飛ばされ壁と恋人同士の兄、そして楽譜を抱いている浅葱の三人だけ。
重苦しい空気の中、浅葱は手にしている楽譜を丁寧に折りたたみ項垂れている母の背に声をかけた。
「……母さん」
「……浅葱…」
「私達、今日ちゃんと塾に行ったわ。テストだって受けた。でもね、そのまえに……行く途中で母さんが男の人と歩いているのを見たの」
ビクリと身体が震え、母はゆっくりと振り向く。
視界に入ったのは、涙を溜め左手を頬に沿えている浅葱の姿。それでも真っ直ぐと自分を見つめるその視線に、母の顔が強張る。
「…っ」
双子は極稀にお互いのことが分かるという。虫の知らせ程度の事らしいのだが、お互いに危機が迫っていると感じ取ることがあるという話は、双子を育ててく過程でよく耳にしていた。
しかしその「稀」は、自分たち家族には「普通の事」であると知るには随分と早かったように思う。
幼児期はよく二人同時に泣くことが多く、どちらか具合が悪くなると片方も同じように悪くなる。しかし片方は風邪と診断されたというのに、もう片方は風邪ではないと言われたこともしばしばあった。なのに熱は出ている。もしかして別の病気ではないだろうかと、不安と心配で夜も寝られずにいた。
成長し、幼稚園へと通う頃になると、この現象はお互いの異変を感じ取ることで起こるものだと薄々分かりはじめ、小学校に入ることにはそうだろいう確信へと変わっていった。
姉である浅葱は大人しくあまり活発に動き回ることはなく、部屋で静かに過ごすことは多い。対して妹の美朱は、お転婆で外を駆けまわることが大好きな子供だった。
二人の関係に確信が持てたのは、美朱が足ケガをしたことだ。ケガといってもたいしたことじゃなく、転んで少し大きな擦り傷をつくってしまい、しばらく包帯を巻いた生活していた程度だった。
その時、ケガをしていないはずの浅葱も、同じように足を動かしにくそうにしていたので、心配になり聞いた所、美朱が怪我や風邪をひくと不思議なことに同じ症状がでるのだと彼女は言いにくそうに答えていた。
この不思議な現象と言うべきなのか分からない症状は、昔からあったらしく、心配をしけまいと二人は内緒にしていたらしい。どうして言ってくれなかったのと口から出そうになり、言葉を飲み込んだことは忘れない。二人は二人なりに考えてだした答えなのだからと言い聞かせ、二人を抱きしめてあげた。
ただ秘密を打ち明けたからなのか、それからはお互いに不調があればこっそり教えてくれるようになってくれたことが嬉しかった。
そんな現象が起こる双子。その片割れの浅葱が、ただ静かに涙を流し赤くなった頬を押さえているのを見て、さらに自己嫌悪に陥る。
そんな母を見ながら、浅葱はゆっくりと口を開いた。
「……別に私は母さんの交友関係に口を挟むつもりはないわ。
父さんと別れて女手一つで育ててくれたんだもの。…少しさびしいけど、お祝いしてあげる」
でもね?
「母さんが母さんの意思で行動しているように、私たちも私たちで行動しているのよ?生きているの。母さんのお人形さんじゃないわ。
毎日、遊びたいのも眠いのも我慢して勉強して……あなたの為に頑張って。でも、あなたの敷いたレールを走ることに本当に意味があるの?
私達はあなたの付属品じゃないの。お願いだから、私たちを少し信用して。―――私達の意思を尊重させて」
「……っ」
流れ落ちる涙をぬぐう事もせず、淡々と語る浅葱に母はまるで魔法にかかったかのように動かない。
浅葱は何も言わない母に向かって言い続ける。
「別に音楽の道に進みたいとは思っていないの。ただ心の奥にあるどうしようもない思いをどんな形であれ表したかっただけ。これが勉強漬けの毎日の唯一の楽しみだったの。
それをこんな形で暴かれたくなんてなかった……」
浅葱は幼いころから不思議な子供だった。年のわりにいつも冷静で無口無表情で、感情を読み取るのに苦労していた。
そんな何を言っても大人びた返答しか返さなかった子が、今、感情的になりながら言い募っている。
それを強張ったままの顔で見つめていた母は、鈍い頭でぼんやりと聞いていた。
まだ15の中学生なのに、どうしてこんなにも言葉に重みがあるのだろう、と。
何も言い返さず呆然と立っている母から視線を外し、楽譜をポケットにしまうと母の脇をすり抜け、浅葱は美朱の後を追うべく夜の外へ飛び出した。
感情的になり飛び出した妹が心配だった。面倒事に巻き込まれていなければいい。
ただ、そうと思いながら。
頬を伝う涙はきっと彼女の痛みだと言い聞かせて。
※
人工的な光の中を闇雲に走りながら浅葱は周囲をくまなく見渡していく。
帰宅時間と重なっていることもあり、道行く人の多さに焦りだけが募り、心臓の鼓動がイヤに早くなっていくのを感じていた。
彼女が飛び出してから僅かばかり時間が過ぎたことあって、妹の姿は見つからない。
「浅葱!!」
「兄さん?」
「はぁ…はぁ…ったく、お前まで急に居なくなるなよな!!母さん心配していたぞ!」
「あ、ごめんなさい……」
息を切らせながら言う兄、圭介に、浅葱は小さく謝る。
そして家に置いて来てしまった母を思い出し、恐る恐る兄に尋ねた。ただ自分が一方的に話しただけで出てきてしまったので、母の様子が気になった。
「母さん、は?」
「お前に言われた事が堪えたみたいで、今は家にいるよ」
「そう。……ね、兄さん」
「なんだ?」
「私、母さんの気持もわかるのよ。でも、美朱の気持ちもすごく分かるの。私、いけない事言ったかしら……?」
言い争っていた威勢もなく、大人びた雰囲気でもなく、年相応の妹の姿に彼は苦笑いする。
そして、しょんぼりと肩を落とした妹に圭介は頭を撫でながら返す。
「そうでもないさ。……最近の母さんは俺から見ても受験の『鬼』だったから。少しくらい周りが見える方がいいって。お前に活を入れられて目が覚めたさ」
「……」
そうだといいのだけど。
母を傷つけてしまった事は辛いけど、それでもこの窮屈さに嫌気がさしていた。
だから少しでもいい。昔の母に戻ってくれればそれだけで。
昔の母ならば、一方的に起こることもなく、どうしてそうなったのかを聞いてくれた。無理に秘密を暴くようなことはしなかった。自分たちの秘密を無理に聞き出そうとしなかった時のように。
ああ、そうだ。あの涙の訳。それは裏切られたと感じたからだ。信用してくれていなかったと落胆していたのだ。頬の痛みより、心の痛みのほうが辛かったからだ。
浅葱はそっと左頬に触れ、瞼を伏せる。
その時、一瞬体に何か衝撃が走り、浅葱は立っていられず蹲ってしまった。
「いたっ」
「あ、おい!浅葱、どうした……お前!怪我してるじゃないか!」
「怪我?」
そんな筈は…と言い掛けたが、確かに右の太ももに痛みが走り制服のスカートにも血が滲んでいた。
「なんで…。まさか美朱になにか?」
「だとしたら厄介な事に巻き込まれてるかもしれないな。とりあえずお前はここに座っていろ」
指示されたのは喫茶店のテラス。片付けず残された椅子に座らされた浅葱は、痛みをこらえながらハンカチを取り出しそっとスカートをめくった。
しかしそこには想像通りの傷などなく、痛みしか感じない。『まさか』がその『まさか』だったようだ。
この血は美朱のもので、痛みも彼女のものということ。でも痛みは分かるが、制服に血が現れたのだろうか。
自分たちのことは棚に上げ、若干ホラーな気持ちになりスカートの血を乱暴に拭う。しかしいくら拭えども、スカートの血は落ちることもなく、ハンカチに血が移ることもなかった。
「傷はないな。まだ痛むか?」
「ええ。あの子、無茶なことしてるんだと思う」
「ああ、早く見つけないとな。あとで迎えにくるから、お前はここにいろよ!絶対動くんじゃないぞ」
そう言うと、圭介は浅葱をそこに残し、また夜の街の中を走りだした。
言われずとも、痛みがひどくて動けそうにない。夜の町に一人残されたのは不安だけど、財布ごとバッグは家に置きっぱなしなこともあり居座るしかない。
残された浅葱は不審げな視線を送る通行人から出来るだけ顔を背け、痛む足を抑え込む。
ズキズキとした感覚だけなので、耐えるしかなかった。
(美朱、帰ってきたら文句言わせてもらうわよ)
寒さが堪える。痛みと寒さに今日は厄日だと、うんざりしながら体を震わせた。
どこか温かい所にいた方が得策かもしれないが、生憎金銭を持っていない状態で飛び出したこともあり、暖かな所にいけない。そもそも痛みで動けそうにないので、身体を縮ませながら耐えるばかりだ。
どれくらい耐えていたのか段々と痛みが引いていくのが分かり、首を傾げる。気がつけばスカートのシミも消えていた。
(……手当て、したのかしら?)
ならどこか手当てできる所にいるかもしれない。
この時間では個人経営の医者は終わっている。友人の家に行っているのかもしれない。なら一番行きそうなのは、親友である唯の家だ。
唯の所に行っているのであれば、母たちにも連絡がいっているはず。
よし、と声をかけ浅葱は賑やかな街中を歩きだす。兄の言葉などすでに頭から消え去っていた浅葱だった。
※
「…な、に…っ?」
唯が住んでいる閑静な住宅街を目指していると、不意に息苦しさを感じ、浅葱は首に手を当てた。
同時に冷水を浴びたかのように全身が冷え、だるさと眩暈が襲ってくる。次に
なんとか意識を保ちながら浅葱は近くに会った建物に寄り掛かると、深呼吸を繰り返す。
これは間接的に襲ってくるだけで、実際自分があっている訳じゃない。
しっかり自分を保て。意識を集中させろ。
―――――“これは『私』の痛みじゃない!”―――――――
強く念じた瞬間、襲っていた体調の変化がなくなり彼女はぐったりと座り込んだ。
(こんなに連続でくるなんて…ほんとうに事件に巻き込まれてるんじゃ…。でも、警察に言っても信じてなんて貰えないわ)
こんな信憑性の欠片もない話なんて、取り合って貰えるはずない。
きっと受験勉強で疲れているのだろうと言われ、追い返されるだろう。美朱が飛び出したことだって、たった数時間前のことなので、そのうち帰ってくると言われそうだ。
(……それに母さん)
警察沙汰になれば母に迷惑をかけてしまう。
ナーバスになっている母に追い打ちをかけるなど浅葱には出来なかった。
(…やっぱり探すしかないか)
ぐっと足に力を入れ立ち上がる。その彼女の耳にパン!という乾いた音が飛び込んで、左頬に痛みが走った。
「…っ」
(……本当になにしてるのよ!美朱!)
心の中で悪態をつきつつ、目的の唯の家を目指し歩きだす。
この状況を鑑みるに唯の所にいるとは思えない。足の痛み。ナゼか聞こえた破裂音と頬の傷み。それらは美朱が唯の所にいないということを意味している。
それでも一縷の望みとばかりに、心は早く唯の所へを急がせる。最早、浅葱には周りが見えていなかった。
暫く進むと、前方から息を切らせた唯が走って来るのが見え声をあげる。
「唯!」
「浅葱!?なんでここにいんのさ!?」
「もしかしたら唯の所に美朱がいるかもって。美朱ちょっと母とケンカして家を飛び出してしまって……あら?そういえば、なんで唯が外にいるの?」
「おばさんから電話をもらったんだよ。出て行ったきり帰って来ないって。……あいにく、私の家にも来てないんだ」
「そう、唯も探してくれるなら心強いわ。私、今、走れないから」
「は…?」
ほっと息を吐きだし浅葱は苦笑し、足を指差した。
「さっきから美朱のシンクロが激しくて足が痛いの。息苦しくなったり、寒くなったりだるくなったり、おまけに頬まで痛むのよ」
まいったわ。と呆れたように肩を竦める。実際、本当に心配と共に呆れもあるのでウソではない。
それを聞いた唯は肩を震わせ、近くにあった花壇の縁に強制的に座らせた。
「あ、あんたって子は!それなら大人しく待ってなさい!」
「でも、こんなに連続して起こるなんて今までなかったから、あの子に何かあったんじゃないかって思って……」
浅葱の呆れを含んだ無表情の顔に、僅かに焦りが見てとれる。
唯はいつも僅かしか読み取れない表情が崩れていることに気付き、動揺が激しい事を悟った。
「そんな事言って、あんたが無茶をして怪我したら、おばさんや圭介さんが心配するだろ!」
何もかも違うくせに、本当にどこか似ている双子だ…と唯は呆れたように口にした。
怒られた浅葱は小さく笑うだけで何も言わない。
「とにかく、あんたは家に戻って休んで。私と圭介さんで探すから」
「イヤ、私も行く」
「あんたね!」
「今、美朱の身に何かが起こっているのは確かなの。なら私がいた方がいいでしょ」
「そりゃあ、そうだけどさ…」
「大丈夫、無理はしない」
「………分かったよ。でも辛かったら家に戻るんだよ」
「ありがと」
この調子ではどんな事を言っても動かないと悟り、唯は渋々了承した。
たしかに彼女から得られる情報は貴重だし、例え家に帰しても結局また探しに戻ってきてしまう可能性もあったからだ。
唯の許しを得て、浅葱は嬉しそうに微笑む。滅多にお目にかかれない花開くような微笑みに一瞬見惚れてしまった。
普段感情が表に出ないので、こういった表情は大変貴重な幼馴染。こうして見ると、やはり彼女は綺麗な顔立ちをしているのだとよくわかる。
「じゃ、じゃあ…美朱の行きそうな所を探しにいこう」
「うん」
気を取り直し、唯は浅葱に手を差し出す。
浅葱はその手を支えに立ちあがると、瞳に決意を込め彼女を見返し頷いた。
※
心当たりは全て探した。
友達と一緒に行く店、年中無休のファーストフード店、一人になるには絶好の小さな公園。
しかし、そのどこにも美朱の姿は見当たらなかった。
「唯ちゃん!…それに浅葱!?」
「圭介さん!おばさんから話は聞きました。……美朱、みつかりましたか!?」
「いや…全然見つからなかったよ」
反対方面を探していたらしい圭介と合流した二人は、曇り顔の圭介に収穫がなかった事を悟った。
「……そうですか。あの…なんで美朱、家を飛び出したんですか!?」
「お袋と受験の事でやり合ったらしいんだ。…あいつだって頑張ってんのに、あれじゃ受験の『鬼』だぜ」
息を切らせ深々と溜息を吐きだした圭介は、そこで言葉を区切りキッと浅葱を睨みつけた。
「浅葱、唯ちゃんと探してたのか。はぁ、俺はあそこで待ってろと言ったはずだ!どうしてじっとしてられなかったんだ!」
「………ごめんさない」
「もしもお前にも何かあったら、母さんが心配するだろう!」
「………うん。でもあの子に何かが起こったのは確かだったから。じっとしてられなかったの」
しょんぼりと身体を縮めて謝るが、自分の意思は通す。
その目を見た兄はぐっと言葉に詰まった。浅葱は真っ直ぐで強い光を浮かべていた。
「それにもう足痛くないもの。走れるし迷惑はかけないわ」
「……そう言ったってなぁ」
確かに足に痛みはないようだが、顔色が悪い。少し頬が赤らんでいるのも気にかかった。
ためしに彼女の額に手を当てて見ると、少しだけ熱さがある。
「お前風邪ひいてんじゃねえか!ダメだ!ダメ!!お前は家に帰って美朱の帰りを待ってろ!」
「風邪なんて……あれ?」
「あれ?じゃねえ!!ああ、もう!唯ちゃんごめん!浅葱をタクシーに乗せてくるから少し待っててくれ!」
どうして我が妹は人騒がせなヤツばかりなんだ!と叫びながら近くを通りかかったタクシーを止め、それに無理やり浅葱を乗せた。代金と行き先も忘れずに。
「兄さん!私は大丈夫」
「そう見えないから乗せてんだろう!じゃ、運転手さん、お願いします」
バタンとドアを閉められ、浅葱はそのまま強制的に美朱捜索組から引き離されてしまった。
「もう!兄さんめ!」
悪態をつきつつ、それでも車を降りないのは確かに体調が優れなかったからだった。
ぐらぐらと頭が揺れる。決してタクシーに乗っているせいじゃない。
(……でももしこのまま探していたら二人に迷惑かけてたかも。美朱…どこに行ったの?)
流れるネオンをぼうと見つつ、浅葱は小さく溜息を吐きだした。