16話
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「三人で……」
頬を伝う雫に意識が浮上し、浅葱は瞼を震わせた。
うっすらと開けた目に入ってきた光景は、優美な天幕と見たこともない調度品だった。
「ここは…天国?」
「お主はまだ死んではおらんよ」
掠れた声の呟きに返事が返って来たことに驚き、声がする方を見る。
「…………浮いてる」
ふよふよと漂う老婆に呆気にとられていると、老婆は浅葱の近くによりシワだらけの目を細め声をかけてきた。
「わしはこの太極山に住む太一君じゃ」
「たい……柳宿が言っていた妖怪の神様?」
「誰が妖怪じゃ!まったく、朱雀の連中は尽くわしを妖怪呼びしおって!」
耳元近くで叫ばれ、反射的に耳を塞ぐ。
年のわりには元気だな…とぼんやり思っていると、身体が痛まないことに気がついた。傷もだるさも悪寒もない。その代り裸だ。
「傷が、治ってる…」
「それはわしが治したからな。無理矢理鍵を抉じ開けられ、無条件に巫女の全ての傷を受け入れておった。
……他国の廟にいたことも要因じゃが、一歩間違っていたら死んでおったぞ」
「……かぎ……。太一君、『形代』とはなんなのですか?心宿という人は口伝でしか伝えられていないと言ってました」
「うむ、それはな……」
「浅葱――!!無事!?死んでない!?」
「え?え?美朱ぁ?」
太一君の言葉を遮り、どこから現れたのか美朱が突進をかけ渾身の力で浅葱を抱き締めた。
えっぐえっぐと嗚咽を洩らしながら、彼女の体温に「よかったぁー!」と叫んだ。
「血まみれで死んじゃったのかと思ったんだよ!」
「だ、大丈夫……生きてるから、は、はなして…っ」
ぎゅうぎゅうと締め上げる妹に声をかける。
美朱は慌てて身体を離し、何も身につけていない浅葱の身体を隅々みまで確認すると安堵し座り込んだ。
「美朱、浅葱大丈夫…か……」
鬼宿も遅れてやって来たが、浅葱を見るなり固まってしまった。
「…………………」
「…………………」
見つめ合うこと暫し、初めに動いたのは浅葱や鬼宿ではなく近くにいた美朱だった。
「た、た、鬼宿のエッチィィィィイイイイ!!」
「ウゴ…ッ!」
浅葱は知らない事だったが、本日二度目のクリティカルヒット。鬼宿は美朱の拳により意識を手放した。
「やれやれ、騒がしい連中じゃ」
呆れ混じりにそう言われ、空笑いだけが口から出てくる。
どうやら静かな所を好むご仁のようで、一連の騒ぎに頭を抱えていのだ。
美朱がいる時点で賑やかにならないなどあり得ない。なにやら姉として心からお詫びをしてしまいたくなった。
とりあえず浅葱は様子を窺っていた井宿から服を受け取り、少しだけ馴染んでしまった男装姿になり太一君に謝っておいた。
ちなみにではあるが、井宿が太極山の場所を知っていたのは、三年ほどここで修行していたかららしい。
誰にも干渉されず、かつ迅速な手当てができる場所がここ以外思い付かなかったそうだ。
心宿の手が延びないと知った浅葱は胸を撫で下ろした。
そんな彼女とは反対に、美朱は自分がいなかった間に、唯に何があったのさ知りたいから倶東国に戻せと太一君にお願いしていた。
「……ではどうしても倶東に戻せと言うのか?」
「あたし、どうしても唯に聞きたいことがあるんです!3ヶ月前に何があったのか」
やれやれと頭を振る太一君の前に顔を突き出し、美朱は睨み付けるように言う。
あまりの頑固さと迫力に太一君は根負けし、美朱たちをとある部屋に案内した。
部屋に行く途中、浅葱は井宿の背中に隠れていが、それは鬼宿に裸を見られたことがショックで顔も会わせられなかったからだった。
鬼宿は美朱の制裁によって作られたアザが左目にくっきりと浮かび上がらせ、哀愁を漂わせながら歩いていた。
※
「わー!大きい鏡!」
「スゴい。人一人すっぽり入ってしまうわ」
「これはわしのかわりにこの世界の全てを映し記憶しておる。3ヶ月前の倶東国、その唯とやらの状況も映っておるはずじゃ」
案内した部屋には壁に幾重にも布が重なり、中央に巨大な鏡が置かれてあった。
太一君はその鏡に杖を振るい、唯の様子を映しだす。こくりと双子の喉がなった。
『…美朱…』
「唯ちゃん!」
「唯…」
「どうやら下町みたいだな」
寂れた路地を歩いている唯の姿が現れ浅葱はキュッと口元を引き結ぶ。
ゾワリと嫌な予感がし、美朱の手を握った。
『あの女…ヘンな恰好だけど上玉じゃねか』
『オレたちと遊ぼうぜ』
『ほら、こっちに来な!』
『美朱!どこにいるの!』
『待て!捕まえろ!!』
数人の男に囲まれた唯が走り出す。しかしコートを掴まれ、剥ぎ取られてしまった。
心臓が痛い。血の気が引く。
男の一人が唯の口を塞ぎ、彼女を押し倒す。それでも抵抗する唯に男たちは彼女の顔を殴り黙らせようとした。
握りしめた美朱の手が震える。
『……美朱!――どうして答えてくれないの!?美朱……っ――…けてっ、助けて浅葱――!!』
「……イヤ」
「……めて」
「もう見せないで!!」
「もういい…止めてぇ――!!」
双子の叫びに反応したように鏡から映像が消える。
美朱と浅葱は同時に崩れ落ち、頬を涙で濡らした。
「あたし…元の世界に帰っている間、唯の呼び掛けに気づかなかった。唯はあんなにあたしと繋がってたのに……。
あたしをこの世界から出そうとして、かわりに引きずり込まれて…あんな目に……なのに、あたしは…!」
「……美朱」
ボロボロと大粒の涙を流す美朱を鬼宿は優しくそっと抱き寄せる。
悔恨の念で震える美朱はただ嗚咽をもらしていた。
「………浅葱?どうしたのだ?浅葱」
項垂れて泣く美朱とは対象的に、能面のような顔なり涙を流す浅葱を見て、井宿は顔をしかめ太一君に振り向いた。
「二人とも今は落ち着くことが大事なのだ!」
「……部屋を用意させる。お前たちは二人を運ぶのじゃ」
二人を見下ろしていた太一君は鼻から息を出すと、複数の球体を中華風の少女に変えそれぞれの部屋の手配を始めた。
初めに来た部屋で一人になり、浅葱はベッドにもたれ掛かり虚ろな瞳で空を見ていた。
耳から唯の叫びが放れない。自分に助けを求めていたのに。
こちらに来て1ヶ月。紅南国の皇帝の庇護のもと、自分は何も知らずのうのうと過ごしていた事に罪悪感を抱いていた。
その時、既に唯はコチラに来ていたのに、何も知らなかった。
唯はどんなに怖かっただろう。男たちに辱しめられ、手首を切るほどに絶望したくらいに。
ベッドに突っ伏し視界を暗闇に染める。思考が混濁し、何も考えてたくなかった。
心が痛い………。
――――不安になったらあたしに言いなさい
――――約束よ
「……柳宿」
(会いたい…)
柳宿の言葉をふっと甦る。なぜだか無性に会いたかった。
「……浅葱」
声をかけられ浅葱はのっそりと顔を上げた。
「井宿?」
「落ち着いたのだ?」
「………っ。ええ、取り乱したりしてごめんなさい。私は大丈夫よ。美朱の様子はどう?」
「いま太一君が行っているのだ」
「そう……」
唯を信じ助けに向かった先で、唯に憎悪の目を向けられた美朱を思い瞼を伏せる。
暗い感情を抑え、今何をするべきか考えた。思考が霧散するたび、柳宿の言葉を思い出し自制する。
今飛び出し唯に会いに行くのは無理だ。利用される危険性がある。
それに心宿は自分に興味を示していた。捕らえられたら何をされるかわからない。
最悪、殺されるかもしれない・
そんなヤツの傍に唯がいることが悔しくて悲しいが、身動きの取りようがないのが現状だ。
浅葱はそこでフッと、過去の自分が客観的に状況を分析しているような気がして身体を震わせた。
(今は「私」よ……っ)
怪訝そうに見ていた井宿は、真意を探ろうと仮面の目をさらに細める。
それに気がついた浅葱は、瞼を持ち上げ誤魔化すように首を振るった。
「…………美朱に会いに行くわ」
「行ってどうするのだ?」
井宿の問いに浅葱は目元を緩ませる。
「…あの子を抱き締めてあげるの」
「だぁ?」
「あの子はちゃんと現実を見てくれる。だから偉いねって抱き締めてあげるの。
それに、唯のために泣いていてもなにも変わらないから…」
全ては起こってしまった現実。ならそれを受け止め、前を見るしかない。
真っ直ぐな瞳に井宿は優しい笑みを浮かべ、軽く浅葱の頭を撫でた。