16話
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寒い……身体が痺れてる……。
いや……っ!気持ち悪い!!
頬に誰かの手がかかる。浅葱は身動き一つとれずにされるがままだ。
「やはり朱雀の――さあ、目覚めろ。お前の巫女がもうすぐ来るぞ」
バチッと静電気が起こり浅葱の身体が跳ねる。
今の衝撃に何かが変わってしまったような恐怖に襲われ、浅葱は渾身の力で身をよじり下を向いていた頭を持ち上げた。薄暗い中でも目立つ金色が目を細める。
「巫女と『形代』は特殊な関係を結ぶという。……試させてもらおう」
生き物を見る目とは思えない冷たい双眸とは正反対に口元に笑みを浮かべ、男はひっそりと気配を闇に馴染ませた。
浅葱は状況が解らぬまま、一筋の光がこぼれ出したほうに向かって目を動かした。
人の気配がする。誰かこちらに近づいてきたらしい。
「ねえ、唯ちゃん。本当に浅葱が先にここにいるの?」
「ええ、そうよ」
(美朱…それに唯…?)
暗がりの中ではよく見えないが、耳は彼女たちの声がはっきりと聞こえる。
浅葱は唇を噛みしめ、なぜか力の入らない体を懸命に動かし、必死に目を凝らした。
「わぁ真っ暗ね!………ん?でぇぇぇぇえええっ!!」
美朱の叫び声が響き渡る。あまりの音に浅葱は頭を抱えてしまった。
耳と頭が痛い。元々忙しない美朱だが、ここまで驚くとは彼女は一体なにに驚いたというのだろ。
「な、なーんだ。つ、作り物の龍じゃない。人騒がせな!」
「あんたが一人で騒いでたんでしょ!」
気づかなかったが、目を凝らせば薄暗い中でも一際目につく大きな龍の像がここにあった。
その近くでは美朱が唯にしがみ付きやはり騒ぎ立てている。我が妹ながら、いつでもどこでも騒がしい。
上手く動かない体に力を込め、足を動かそうとしたが力が入らない。なのにどういう訳か、自分は真っ直ぐに立っている。一体これはどういうことなのだろう。
体がダメならば声でも二人に届けられればと、口を開くもこぼれ落ちたのは吐息のみだった。
まったく思うようにならない体に内心舌打ちしつつ、二人の様子を見ていると、美朱を引きはがした唯が、美朱から少し距離を取り出していた。
(唯、どうしたの…?)
後姿の唯に不安と恐怖を感じてしまうのだろう。浅葱は必死に何かを言おうとしたが、空気にとけ何も言葉にならなかった。
「ねぇ、美朱。…思ったんだけど、もし…あたしがあんたより先にこの本を開いてたら、あたしがこの物語の主人公に…『朱雀の巫女』になってたんだよね」
(唯…?)
「鬼宿に愛されたのは、あたしだったかも知れないんだよね」
(唯、何を言っているの?)
窓から雷の光が入り込み唯の後姿明るく照らす。彼女と対峙する美朱の顔をまた明るく照らした。
ここからでも分かる戸惑いを隠しきれない表情に、その言葉が予想外だったことを物語っている。
何を言われているのか分からないらしい美朱は、唯に寄ろうと足を踏み出したが、急に身体の自由が利かなくなり座り込んでしまった。
「……苦しい?そうよね、ここ『青龍廟』なんだって!朱雀の者は入れないって」
青龍廟。ならばここは俱東国が奉っている東の四神の廟ということか。そして朱雀の者は入れない。
つまり美朱にとってここは行動制限がつく以外に、いるだけでも体調を崩す場所ということになる。
それに対し、美朱と対峙している唯は平然とした様子で立っていた。
(ああ、予測を見誤っていた……っ)
自分が美朱と引き離された理由を考えた時、どちらが朱雀と青龍の巫女か分からなかったからだと思っていた。
しかし、まずそこから間違っていたとしたら。巫女と七星士は引き寄せられる運命だという。彼らはすでに青龍の巫女、すなわち唯を見つけ出していた。
つまり、青龍の巫女以外をあぶりだすため引き離したと考えるのが妥当。
どちらが朱雀の巫女でも対処できるよう引き離したに過ぎないのだ。
美朱を先に皇帝に引き合わせ、運よく朱雀の巫女を引き当てたにすぎない。
彼らは初めから分かっていて、自分たちを懐に誘い込んでいた。どちらかが朱雀の巫女であろうと始末できるように。
(ああ、なんてこと……)
思えば最初からおかしかった。
唯が助けられたのは三か月前。その時点で彼女が青龍の加護を得られていたのだとしたら、手当てと保護という名の元に王宮の奥底に隠されていてもおかしくはない。
星宿が手を尽くし探し出しても見つからなかったのは、紅南国内にはいなかったから。その他にも、俱東国に秘密裏に保護されていたからだ。
青龍の巫女を探しているいう噂は、本当に朱雀の巫女が存在しているのかの有無の確認をとるためあえて噂を流し、紅南国の動向を窺うためのもの。
唯から同じ世界の人間がこの世界にもう一人いると聞いていたのならば、噂という名の餌をばら撒まきその時を待っていた。三か月もあったのだ、それくらい造作もなかっただろう。
もう、何もかもが遅い。遅かった。
コツコツと石造りの上を歩き、唯は美朱を見下ろす。後姿の彼女がどんな顔をしているのかわからない。
しかし美朱の表情を見る限り、楽しそうなものではないはずだ。唯に見下ろされ、美朱は目を大きく見開く。
「あんたの鬼宿は来てくれないよ」
「ゆ…い?何、ふざけてるの…?」
「ふざけてんのはどっちよ!あたしの為じゃない…あんたは鬼宿のために戻って来たの癖に!」
「っ…」
乱暴に髪を一房掴まれ、美朱の顔が歪む。唯はなおも激情に任せ言った。
「鬼宿の事だけじゃない!
浅葱はあたしのために来てくれたのに、あんたはそうじゃなかった!
あの子は優しいから言わないだけだろうけど、浅葱もあたしも…いつもどう思ってたか知ってる!?
知らないわよね!あんたはいっつもそうやって誰にでもなついて護って貰って…昔っからそう!
その影で浅葱が泣いてたなんて知らないでしょ!」
「そん…なこと…」
(そんなこと、ないわ…唯。だからこれ以上…)
確かに寂しい思いをしたことはある。それでも美朱を恨んだことも憎んだこともない。
「あんたのせいであたしも浅葱もどんな思いをしてたか。こっちに来てどんな思いをしていたか……何もかも"あんたのせい"だよ!!」
吐き捨てるように言われた唯の言葉に、美朱の表情が強張る。幼なじみで親友の唯。双子の姉で一番の理解者の浅葱。
自分にとって大切な彼女たちがそんな事を思っていたなど知りたくなかった。
傷ついた表情で見てくる美朱の瞳に、優越の笑みを湛えながらゆっくりと立ち上がる唯が映る。
「…ねぇ美朱。あたし鬼宿が好きなの。だから彼をあんたから取ってあげる!
浅葱もあんたの傍じゃ幸せになんかなれない。あの子はあんたから離れないと幸せになれない。だからあんたから彼女もとってあげるわ!
―――――
唯の呼び出しに、闇に溶け込んでいた男――心宿が姿を現す。浅葱は彼の影になり誰にも気づかれていない。
「はい、青龍の巫女」
「紹介するよ。彼は『青龍七星士』の心宿。あたしの下僕だって!おもしろいじゃん!」
「……唯」
「じゃまたね、美朱」
「唯。待って唯!待ってぇーー!!」
手を伸ばしても歩みを止めない唯の背中を、涙目で見送るしかない美朱の前に心宿が立ち塞がる。
それに釣られるように、浅葱の足もゆっくりと歩みを進めた。
自分の意志でなく動く体に浅葱は心の中で叫ぶしかない。
「唯様が青龍を呼び出すまで誰にも邪魔はさせん。――死ね」
心宿の額に『心』の字が浮かび上がり、青い光を発する。その瞬間、無数のカマイタチが美朱を襲った。
その攻撃は心宿の後ろに控えている浅葱も現れ、悲鳴が口からこぼれ落ちた。
「きゃぁぁあああ…っ」
「やっ……きゃぁぁあああ!!」
暗い青龍廟に美朱と、彼女とは別の悲鳴が木霊する。
美朱にとっては大事な姉の、唯にとっては大事な親友の悲鳴に、二人はハッと心宿を見る。
「いまの…っ」
唯は目を見開き、必死に周囲を見回し、心宿の後ろで暗闇に蹲る浅葱を見つけた。
「浅葱!?あんたどうしてここにっ!心宿説明して!」
「つぅ……っ。ゆい…?」
慌てて唯は浅葱に駆け寄り彼女を抱き起こした。
浅葱は身体を固くし、何かに耐えているように唇を噛みしめていた。唯は美朱と浅葱を見比べ口を引き結ぶ。
昔からよく美朱が怪我をし、彼女が痛がる素振りを見せることがあった。今それが現れたのだ。
いやそれより、これは一体どういうことなのだと唯は心宿を睨みつける。
美朱を青龍廟に誘い込むことは了承したが、浅葱は巻き込まないと思っていた。確かに保護するとも、見逃すとも言っていなかったが、そう思っていたのだ。
なにせ美朱は朱雀の巫女であり、今は憎き敵。しかし浅葱は、その彼女と血を分けた双子でしかない。朱雀とは関係はないはずなのに。
「唯と一緒に行ったあと……金髪の男と会って…気がついたらここに……」
「なんだよ、それ。心宿!一体どういうこと!?」
先ほどまで言葉すら出せなかった口が動く。浅葱は切れ切れに言うと、唯はさらに目をつり上げた。
敬うべき巫女に睨まれているというのに、彼はなんの感情も浮かべることなく淡々と言葉を返した。
「唯様、申し訳ありません。あなた様の願いを叶えようとしたのですが、すでにその娘は『朱雀の形代』になっておりましたので、我が国には置くことができないのです」
「朱雀の、なに?」
「伝承にも載らず口伝でしか伝わることのなかった『人形』のことです。
巫女と特殊な繋がりを有し、巫女の穢れを負う者のことを『形代』と申します」
心宿は唯から美朱へと視線を流す。つられるように美朱を見た彼女は絶句した。
美朱の頬についていた傷が徐々に癒えていく。
もしやと慌てて浅葱を見れば、美朱にあった傷が彼女の頬に浮かび上がり、ぱっくりと開いていた。
「心宿!浅葱に何をしたのっ!?痛がることはあっても、傷をつくるなんてなかったはずだ!」
「『鍵』を開けただけのことです。唯様の願いのためならと彼女を『青龍の形代』にしようと思いましたが、すでに朱雀の加護を得ておりました。
『形代』が存在する限り巫女は命が保証される。
青龍を呼び出すのには、朱雀の巫女の存在は目障り、心苦しいことですが始末しなければと」
「あたしはそんなこと望んでいないっ!今すぐに浅葱の鍵ってヤツをかけ直しなっ!」
淡々と語る心宿を一喝し、唯はポケットから取り出したハンカチを浅葱の傷口にあてる。心宿は僅かに頭を下げ首を振った。
「申し訳ありません。いくら私でもかけることは」
心宿の言葉に唯は悔しそうに唇を噛みしめた。
彼が何を言っているのか、何をしたのかよくわからないが、浅葱にとって良くないことだとは分かる。
形代とはなにか。鍵とはなにか。疑問は尽きないが、今はこの状況を変えなければいけない。
美朱は憎しみの対象に変わったが、浅葱は変わらず大切な親友だのだから。
「『形代』の存在は口伝でのみ伝わる存在。伝えられている事が事実なのか確かめる方法で一番手っ取り早いのがこれなのですよ。なるほど、確かに早い」
「浅葱………っ」
目を眇て美朱を見た心宿は、口の端を吊り上げる。
すでに殆どの傷はなくなり、血が少し足りないのかフラフラになりながらも立ち上がることができた。
代わりに浅葱は満身創痍でぐったりとしている。
『形代』とはうまく言った言葉だ。形代とは本来、依代――身代わり人形の別名なのだから。
「浅葱……なんでっ」
「なぜだと?これは異なことをいう。あの娘は朱雀によって、巫女を護る役目を全うしたに過ぎぬというのに」
「巫女を護る……役目…?」
カタカタと震え自分の身体を抱き締めた美朱は、ゆっくりと歩き出す。
「浅葱……っ」
「だいじょうぶ…大丈夫よ。だから唯も美朱も……泣かないで?」
涙を流しながら自分を見つめる美朱たちを安心させるように浅葱は小さく笑む。
美朱は顔をくしゃくしゃにして涙を流すと、ギッと心宿を睨んだ。
「心宿、そこを退けて!」
「無理な相談だ」
額の文字を光らせ、心宿は再度美朱に力を振るった。
それはそのまま、浅葱へと転化される。美朱を攻撃するたびに、その傷は浅葱へと移り、美朱は衣服をボロボロにするだけで傷は残らない。
「「きゃぁぁぁあああ!」」
「浅葱!?」
抱えている浅葱の悲鳴を聞いても、唯にはどうすることもできない。
できるとすれば心宿に止めろと命令するくらいだ。そこで唯は気がつき、勢い良く顔を上げた。
そうだ、命じればいい!
彼は自分の命令には逆らえない。唯が口を開ける。
刹那、何もなかった所から人が現れ、崩れ落ちそうになった美朱を支え抱えた。
「これ以上怪我をすれば二人の命が危ないのだ!」
「ち、井宿……?」
「結界を破って朱雀の者が入ってくるとは……なるほど、お前術が使えるのか」
易々とは破れない作りはずの結界の外からの侵入者に、心宿は目を細め対抗するため気を練り始めた。
「おいらちょっと怒っているのだ!」
「ご、ごめん!勝手に出ていったから…」
「それもあるけど、違うのだ!浅葱は人間なのだ!『人形』ではないのだ!」
そう言うと井宿は膨大な法力で青龍廟ごと結界を破ろうとした。地面や壁が壊れ力同士の衝撃に赤と青の光が走る。
「……み…美朱ぁ―――!」
「唯様!下がって……く…っ」
唯を護ろうとしていた心宿の隙をつき、鬼宿が結界を突き破る。そのまま彼は拳を突き上げ、心宿の胸部に一撃を入れた。
「美朱!オレだ、大丈夫か!?」
「鬼宿……。つっ、浅葱!浅葱は!?」
井宿から鬼宿に渡された美朱は、慌てて振り返り唯に抱かれている浅葱を見た。
「唯…ッ!浅葱…ッ!」
「おいらが行くのだ!鬼宿たちはこの笠の中に入るのだ!『あの方』の所へ通じているのだ!!」
「あの方…?」
「おいらがここをくい止めているうちに早く!」
井宿が片手を掲げ力を拮抗させているが、あまり持ちそうにもない。
鬼宿は渡された笠に美朱を押し込み、唯に手を伸ばす。
心宿に阻まれ、唯の手を取ることはできなかったが、隙をつき井宿が浅葱を取り戻す事が出来た。
「鬼宿、浅葱を頼むのだ!」
「させるか!」
心宿はさらに力を強め、衝撃波を井宿に当てた。強い力に井宿の身体が押され、衝撃に仮面が剥がれる。
現れた素顔は端正な顔立ちに不釣り合いな傷跡だった。左目が完全に傷跡に隠された痛々しい。
息を飲む鬼宿に井宿は焦ったように声を荒げ、笠に入るよう促す。
鬼宿は意識が混濁している浅葱を笠の中に入れ、唯に「必ず助けに来る」と言い残し、自らも笠の中に入っていった。
続けて井宿もまた傘の中に入り、パサリと笠が落ちる。
心宿が持ち上げた時には只の笠になっていた。