14話
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「grow」
「せ…せ…」
「成長する」
「あ、成長だ!」
もぞもぞと動いていた毛布を退け、美朱は納得したように手を合わせる。まだ日が昇って間もない朝は静かで、彼女の声はよく響いた。
「美朱、静かに」
「うっ…ゴメン」
背中合わせに寝ていた美朱が飛び上がったことにより、毛布をなくした浅葱はのっそりと起き上がる。
気だるげに髪をかきあげ、本を閉じると美朱に渡す。
元々彼女の物だ。あちらから勉強道具を持ってきたらしく、浅葱も使わせて貰うことになったので二人で暗唱をしあっていた。
「柳宿、ぐっすりだねぇ」
「疲れているんでしょ。まだ休ませてあげましょう」
美朱の叫びにも身動ぎ一つもしない柳宿の顔を覗き込み、浅葱はフワリと笑う。
気配に敏感な彼が起きないのは、自分達を信頼しているからなのかもしれない。
「……浅葱、なんか変わった」
「ん?なに?突然」
「ん~ん~何だか柳宿といると雰囲気が柔らかくなるなぁ~って思ったんだ」
「………」
そうなのだろうか。分からず首を傾げる浅葱に、美朱は無邪気な笑みで頷いた。
柳宿といると柔らかくなる。それは多分、自分の命の恩人だから、姉のような人だからだ。
「それは柳宿といると安心するからかもしれないわ」
「ん~…何か違う気がするんだけどなぁ」
しっくりこない返答に眉を寄せる美朱の脇をすり抜け、浅葱は窓を開けた。
まだ朝になったばかりの空気は冷たくて、ブルリと体を震わせる。深呼吸をすれば眠気も吹き飛び、爽快な気分で軽く頭を振るう。
美朱も近づき同じく外の空気を吸いこんでいると、「あれ?」と声を上げた。
「浅葱、あれ……」
「鬼宿ね。どこかにいくのかしら?」
まだあまり人気のない小屋から馬に荷物をつけ、あたりを注意深く見渡している鬼宿に二人は顔を見合わせた。
誰にも知られないようにとこそこそ動いているのは、不審人物にしか見えない。
こっそりと鬼宿の様子を窺っていると、彼はそのまま馬に跨がり姿を消してしまった。
朝早くからこそこそと気になるが、さて……と隣の美朱を見ると鬼宿が消えていった道を見続けている。
「いく?」
「いく」
神妙な表情の美朱に聞けば、彼女は即答し自分の荷物から懐中電灯を取り出した。
「美朱?」
何をする気なの?と聞く前に、美朱はソレを柳宿の目に近づけ無理矢理目に光を当てる。
静かな農村に悲痛な悲鳴が木霊した。
※
「浅葱どーして止めてくれなかったのよ!もし失明してたら、弁償してもらうんだから!」
「目って弁償できましたっけ……?」
パッカラパッカラと馬に乗り恨み言を言いいながら、後を追い辿り着いたのは、小さな集落だ。
美朱は拾った笠で顔を隠しながら周りをキョロキョロ見回す。
どうやら鬼宿の生まれ育った所らしい。好きな人の事を少し知れて美朱は顔をにやけさせた。
「…鬼宿がお金に拘るのわかるような気がします。ここは肥沃とは言い難いんですもの」
やせた畑に目をやり浅葱は悲しそうに瞳を伏せた。
「星宿様も色々考えて下さっているけど、端までは目が届かないのよ」
決して怠っているわけではないのよ。と浅葱を慰めるように柳宿は言う。
浅葱も「わかっています」と頷いた。中央から出られないのだ。隅々まで目が行き届かないのは仕方ない。
「柳宿、浅葱、あれ!」
「あれが鬼宿の家なのかしら」
キラキラとした目で鬼宿の後を追う美朱の声に、二人は会話を止め美朱と同じく鬼宿姿を追った。
鬼宿が馬から降りたのは一件の家の前。そこには小さな子供たちが家の仕事をしていた。
「…兄ちゃん…?」
「兄ちゃんだ…」
「忠栄、春敬、結蓮、玉蘭!」
『兄ちゃんだぁ!!』
鬼宿に面影が似ている少年の呟きに他の子供たちも顔を出し、次々と鬼宿に飛び付く。
鬼宿も愛しいむように子供たちを抱え込んだ。そして子供たちに手を引かれながら家に入る。
美朱逹はこっそり家に近づき、壁にくっつくように座り込んだ。
「ほらこんだけ儲けて来たぜ。身体の具合はどうだ?」
「…すまんな。わしはまあまあだ。畑は忠栄がやってくれてるし」
壁伝いに聞こえて来る会話に浅葱は瞼を伏せる。なぜ彼が都にいたのかわかってしまった。
「…でも、やっぱりダメだよ。中々実がならなくて」
「…そっか、オレが出稼ぎに出て正解だったな」
やっぱりか。鬼宿は病気の父の治療費と、幼い兄弟を養うために出稼ぎにでていた。
まだ十にも満たない子供たちではろくな労力にならず、痩せた土地では作物がならない。
だから彼は幼い兄弟たちと父のために出稼ぎにいき、今日戻ってきたのだろう。
自分達のことはいいから、早く嫁をとり幸せになれと言う父に、鬼宿は家族の幸せが自分の幸せだと言った。
その言葉に目頭が熱くなる。浅葱も《かつて》そう思っていたことがあった。
自分の幸せなど二の次で、大切なのは"仲間たちだ"と豪語していた。寄せ集めの集団と言われようが、田舎者と蔑まれようが仲間がいればそれだけで幸せだと。
結局、意見の食い違いや思想の違い、戦死、病死と離別が相次いでも、それだけは変わらなかった。自身が死ぬ最後まで。
浅葱と同じように鬼宿の想いに触れそれぞれの感動していると、鬼宿を引き留める幼い声と困り果てる鬼宿の声が聞こえた。
しかし突然切羽詰まった掛け声になり浅葱は思わず立ち上がろうと腰を浮かしてしまった。しかし彼女より先に、横から美朱が窓を蹴破り乱入する。浅葱と柳宿も一瞬驚きつつ、美朱の後を置くべく正面の玄関へ向かう。
二人が玄関に向かっている間、美朱は突然の事に呆気にとられている鬼宿達を急かし、布団を重ねさせ玉蘭を寝かせた。
固く絞った手拭きを少女の額に乗せ一息つく頃には、周囲も冷静になり困惑しながら美朱を見ていた。
「……お前、オレの後をつけてきたな」
「……………消えない」
「消えるか!」
首に下げていた笠を被り身を縮ませるが、森で出会ったキツネ顔の人間のようにはなれず、美朱は苦笑いをした。
「お姉ちゃんダレ?兄ちゃんのお嫁さん?」
「あら、鋭い子ですね。そうですよ、もう少しでお嫁さんになってくれると思いますからそれまで待っててくださいね」
「浅葱!おま…っ、な、何言ってやがんだ!」
「そ、そーだよ!それにあたしまだ中学生だしっ!」
「法律では女は16で結婚が可能だし、こっちならもう適齢期よ?」
あと少しすれば私たちも16よ。と実に爽やかに語り浅葱は美朱の肩を叩く。
実際には半年以上先の話だが、半年など瞬く間に過ぎていくと言うものだ。
「浅葱!からかわないでっ!」
肩を叩いていた手を離し浅葱は目を細め小首を傾げる。
鬼宿には分からないが、美朱にはそれがからかっている仕草だと丸わかりだ。目元が揶揄い交じりに緩い。
「あんなこと言って2人は既にCまでいってるんです、お父さん。実はあたしとはAまで…」
「柳宿!!お前まで真顔でデタラメぬかすな!!」
浅葱が美朱たちに構っている間に柳宿が、父親の枕元に寄りやれやれと頭を振るう。
それに更に顔を高潮させた鬼宿がツッコミをいれる。
神妙な雰囲気から一変。賑やかな空気に、呆けていた父親は優しく笑みを浮かべ鬼宿を見ている。
「にい…ちゃん…」
そんな騒がしい中、幼い少女が苦し気に鬼宿を呼ぶ。弱々しいその声に美朱は立ち上がり、近くに置いてあった桶を手に取った。
「た…鬼宿、側にいてあげて。あたしが水汲んでくるから」
「………ありがとな」
薄く笑った鬼宿に美朱の胸が鳴る。彼女は足を軽やかに外に出ていった。
「もう~、焦れったいわねぇ、あんたら」
「な、なんだよっ。突然」
「好きあってるなら堂々してたらいいじゃないの。浅葱の許しも出たことだしね」
ね?と自分に話が振られ、浅葱は玉蘭の様子を見ていた顔を上げ鬼宿を見上げる。
じっと無表情で見つめられ、鬼宿は居心地悪く身を捩った。
「そうですね、美朱も満更でもなさそうですし。……でも鬼宿が弟になるなんて可笑しな気持ちです」
年上の弟になるんですから。ニコリとも困惑ともしない浅葱に、鬼宿はどう返せばいいか迷った。
これは怒っているようにも見えるし、呆れているようにも見える。ただ喜んでいるようには見えなかった。
「浅葱、拗ねないの。ずっと一緒にいられないって事はあなたも分かっているでしょう」
「……わかっています」
柳宿から僅かに目を反らす浅葱に、彼はクスクスと笑った。
「す、拗ねてたのか…。てっきり怒ってんだと思っちまったぜ。柳宿、よくわかったな」
「あら、分かりやすいじゃない!こんなに分かりやすい子珍しいわよ!」
「………」
きゅっと浅葱の頭を抱きしめ、柳宿はまだまだね!と勝ち誇ったように笑った。
浅葱はされるがまま玉蘭の汗を拭いていく。普段から抱き付かれているため、ちょっとやそっとの事では動揺しなくなってしまっていた。慣れとは恐ろしいものだ。
柳宿の強気の笑みがなぜかムカつく。鬼宿は二人を見て一人決意をした。
将来、美朱と夫婦になったら必然的に浅葱もついてくる。その時、何を考えているのか分かりませんと気まずい事にはなりたくない。
ぐっと手を握ったその時、背筋に寒気が走った。浅葱も何かを感じ取ったのか、勢い良く顔を上げ柳宿の顎に後頭部をぶつけていた。
「美朱!?」
「美朱っ?」
「……いだい…」
顎を押さえ蹲る柳宿に困惑しつつ、浅葱が経ち上上がる。
しかし自分よりも早く駆け出した鬼宿に先をこされ、浅葱は鬼宿に任せることにした。
昔の自分ならともかく、今の自分がいっても足手まといにしかならない。それならば美朱の事は鬼宿に任せて、自分は玉蘭の看病をするほうがいいだろう。
苦しそうに呻く幼い少女の汗を拭いながらも、外が気になり気がそぞろだ。
「う~今朝の事といい、今日厄日なのかしら…」
顎を押さえ涙目で呟く柳宿に、浅葱は申し訳なさそうに振り返った。
「ごめんなさい、顎大丈夫ですか?」
「がくがくするわ」
赤くなっている箇所を見つけた浅葱は、別の布を水につけそれを柳宿の顎に当てて冷やす。
間近で見ると、彼は涙目をしていた。どうやら本当に痛かったようで申し訳ないと思いつつ、なんだかおかしくてふっと口元を緩める。
涙目を見るの今日二回目だ。柳宿にとって今日は災難日なんだろうなと加害者浅葱は思った。
「ありがとう。後は自分でやるからその子を見てあげなさい」
「わかりました。温くなったら言ってくださいね」
柳宿の言葉に甘えこくんと頷く。玉蘭を見れば彼女は息苦しそうにぐったりとしている。
薬でもあればと思うが、この家の経済状況は厳しくてそれさえ手元にはないらしい。
今はできる限り体を温めさせ、汗を流し新陳代謝を高めるしかない。
「あの…すいません。皆さんお客様なのに…」
「いいの、気にしないで。やりたいからやってるだけよ。それより偉いわね。あなた、鬼宿の代わりに家の仕事してるんでしょ?」
「はい。でもうまく育たなくって…だから僕たちの為に兄ちゃんが都に行ってたんです」
「そう…やっぱり偉いわね」
浅葱は忠栄の頭を優しく撫でてあげる。少年の健気な行動に、意図せず浅葱は優しく笑んだ。
今まで無表情でだった浅葱の微笑みに、忠栄は頬を赤らめ俯きながら小さく頷く。
忠栄の印象では浅葱の事を怖い人だと思っていた。しかし、そうではないようで、今の笑みにがらりと印象が変わる不思議な人に変わった。冬のような冷たさから、春のような暖かさを感じるような、そんな印象に。
「あらあなた、浅葱に惚れちゃダメよ?この子はあたしが預かっている大切な……って、あんたダレ?」
微笑ましい光景だが、なにやら嫌な予感がし幼い少年に牽制をかける柳宿は、バンッと行きなり開いた扉か黒づくめの男が飛び込んできたことに驚きの声を上げる。
柳宿は目を眇ながら相手と間合いをとり、然り気無く浅葱を庇った。
「気持ち悪いわね!さっさと出ていきなさいよっ!」
柳宿が男に向かって拳を繰り出す。だが、それが届く前に男の背から白い糸のようなモノが伸び柳宿の腕に巻きつく。そしてそのまま宙吊りにされてしまった。
「なによっ!?これっ!」
立ち塞がるモノが消え、今度は浅葱達に狙いを定めると、柳宿に巻つけた糸と同じくモノを浅葱達にも巻きつけ全てを宙吊り状態にしてしまう。
何で出来ているのか、キリキリと強い力で締め上げられ力任せに切ることができない。
浅葱の世界でよく見かけるテングスに似ているような気もするが、かなり強い力で呼吸もしづらく、目を開けるのもやっとで確認できなかった。
『キャャャャ!!』
「く……っ!?」
「浅葱!?」
手足や胴回り、首にまで巻き付いた糸をほどこうともがくが、もがけばもがくほど糸が身体に食い込み苦痛を与えてくる。
病気もなく健康状態も良好の自分たちはともかく、闘病中で寝たきりの鬼宿の父親や風邪をひき瀕死の妹ではひとたまりもない。
だが今自分自身すらまともに動けないこの状況では、助け出すことはおろか、外にいる鬼宿たちに知らせることもできない。
ぎゅっと歯を食いしばり、どうするべきか思考を巡らせていると異変を感じ取った鬼宿たちが戻ってきた。
「親父…っ」
勢い良く飛び込んできた鬼宿が目にしたのは、糸が無数に張り巡らされ、それに縛られ宙吊り状態の家族と浅葱達の姿だった。
痛みに顔を歪ませた美朱が鬼宿に何とか追いつき息を飲む。
「鬼宿、美朱!来ちゃダメよ!!」
「……っ、二人とも迂闊に近づかないで!」
「くそ…っ」
柳宿と浅葱の忠告を聞かず、鬼宿は黒づくめの男に飛びかかる。
しかし相手の方が一枚上手だったようで、直ぐに糸の餌食になってしまった。
「鬼宿――っ!」
「どうだ朱雀の巫女。この者達を助けたければ、大人しくお前が殺されろ」
どうやら小川で出会った狐顔の男の言う通り、男は自分が目的らしい。
美朱は周りを見るとぐっと口を引き締め意を決して、身体中痛みが走り自由の利かない身体を、必死に動かし一歩また一歩と男に向かって歩き始めた。
「美朱!よせ!」
「みあか……っ」
締め付ける糸が邪魔で美朱を止めることが出来ない。
息苦しくもがく浅葱は、身体を引きずりながら歩く美朱の姿を見ながら、自分のせいで美朱に苦痛を与えていることが悲しかった。
口惜し………。
あの頃のような強さがあれば、こんな事にならなかったのかもしれないのに!そう強く思う。
あの強さが欲しい。大切な人たちを守れる強さが。
「この…っ!」
なんとかしようと手足をばたつかせるが、ほどけるどころかますます締め付けてくる。
遠ざかる妹の背中を見つめながら、浅葱は唇を噛んだ。
目を閉じ視界から美朱を閉め出す。切られる姿なんか見たくなかった。
あと一歩…と近づいたその時、美朱の目の前に何もない所から法衣姿の男が現れ、錫杖から術を放った。
「きつねさん!?」
美朱の驚く声に目をあける。
そこにはさっきまで居なかった人物が佇み、自分に絡み付いていた糸もほどけた。
「けほっ、だれ…?」
さっきキツネと言っていた。ではこの人物が美朱に忠告したという人と言うことになる。
咳き込みながら見ていると、黒づくめの男は苦し紛れにナイフを放つ。それは法衣姿の男の頬や足を掠めたが、致命傷にならずにすんだ。
「逃がさないっ!」
勝機がないとわかり逃走しようとした男に目がけ、近くに落ちていたナイフを投げつける。
「ぐ…っ!」
「ナイス!浅葱!さて、色々聞かせてもらおうかしら」
「ぎゃあああっ!!」
浅葱が投げつけたナイフが腹に命中し、さらに柳宿に掴みかかり左腕をねじ曲げる。ボキベキと骨が折れる音が響いた。
「まず美朱を狙って何人倶東国からこの国に入り込んでいるの!」
柳宿の締め付けに悶絶し、土色になっている男から目を背ける。前世であれだけ悲惨な現場を見ていたが、今世では無縁の生活を送っていた。
記憶の中の出来事は俯瞰で見ている感覚に近く、今目にしている光があまりに生々しくひどく動揺してしまう。
「「危ない!!」」
狐顔の法衣の男と鬼宿の叫びが響く。次の瞬間、矢が降り注ぎ黒づくめの男に突き刺さっていた。
「よく気配を感じ取ったのだ鬼宿クン。見直したのだ!」
「いやー、それほどでも」
「あんた達っ、あたし達をかばう気ないの!?」
法衣の男と鬼宿の二人がかりで美朱を庇い誉めあっている所に柳宿が吠える。
バカなやり取りをしている三人とは違い、ギリギリのところで矢を回避した浅葱は、一歩間違えれば男と同じところに旅立っていたち違いないと早まる鼓動を感じ冷や汗を流す。
「ふ…今に見てろ…。『青龍の巫女』が見つかりさえすれば…こ…こんな国など…」
「『青龍の巫女』!?どういうこと!?ねえ…」
「…美朱、死んでるわ…」
最後の悪あがきか。不穏な事を言うと事切れた男に、浅葱は黙って目を閉じる。
自分たちを殺そうとした敵だったとしても、死んでしまえばただの躯。死まで貶すことはできなかった。
※
「……あんた朱雀七星士だったの!」
「おいら、
次の襲撃がこないことを確認し、お互い初対面ということもあり自己紹介を始める。
井宿と名乗った僧に皆が安堵の息をこぼす。出会いからして不思議だったからか、紹介するまで気が緩められなかったのだ。
「あの…顔の皮、めくれてますけど…。平気なんですか?」
忠栄が心配そうに井宿に聞く。彼はおもむろにめくれた皮に手をかけベリッと勢いよくはがしてしまった。
「大丈夫、スペアがあるのだ!」
現れたのは同じキツネ顔で浅葱は絶句する。顔の下から顔が現れた。あれはお面なのだろうか。
言葉を無くしている浅葱の隣では、忠栄や鬼宿は足を滑らせていた。
「な、なんかヘンな奴だけどさ、やったわね。4人目見つけたじゃない!」
励ますように美朱の背を叩き、柳宿は静かに座っている浅葱の隣に移動する。
しょんぼりと肩を落としている浅葱の隣に座ると、頭を優しく撫でてあげた。
「どうしたの?さっきから大人しいじゃない」
「…………」
「浅葱、さっきはありがとう。敵に隙をつくってくれて助かったわ」
「…―――ない」
「ん、なに?」
「私、なにもしてない…」
ポツリと呟いた言葉に柳宿は目を瞬かせ、フッと笑む。
「そんなことないわ。逃げようとしてたヤツ、足止めしてくれたじゃない」
「でも…」
「でもじゃないの。あんたがやらなかったら逃がしてたわ。自信持ちなさい!」
「きゃ………っ!」
「あぶなっ!」
彼なりの励ましだが、勢いをつけすぎたため浅葱はバランスを崩し前に倒れ込む。それを慌てて柳宿が支えて、倒れることは避けられた。
とはいえ、あまりの力強さに浅葱は息を詰まらせ、結局は彼の腕の中で突っ伏してしまったのだった。
「柳宿、女の子に乱暴は良くないのだ」
「あ…あははは…」
咎める井宿に乾いた笑いをこぼし、柳宿は浅葱を支えながら改めて座り直させる。
なんとか息を整えた浅葱だが、身体がふらつき、結局は柳宿にもたれかかる態勢になってしまった。
「浅葱、ごめんなさい」
「はぁ……」
返事もしづらい。それでもなんとか頷くことはできた。
しかし、これはもう、朝の仕返しが込められているのではないかと思わずにはいられない。
「浅葱クン、これで少し落ち着くのだ」
「あら、用意いいじゃない」
「自分用に弟クンに頼んでいたものなのだ」
はい、と渡された水を思わず受け取った浅葱は、井宿を暫く見つめ軽く頭を下げた。
「……もしかして怖がられているのだ?」
「え…いえ、すみません。いろんな事が一度に起こって、軽く混乱してるだけです…多分」
「この子、ちょっと人見知りするのよ。慣れれば軽口も言えるわよ」
そうなのか?と頭を捻った井宿に浅葱はコクリと頷く。
温和そうな顔に独特な口調の井宿は馴染めそうだが、登場の仕方が仕方だっただけに時間がかかりそうだ。
浅葱が水を飲み一息ついていると、柳宿はさっきからきになっていた話題を井宿に聞いてみることにしたようだ。
「ねえそう言えば、さっきの男が言っていた『青龍の巫女』ってなんだったのかしら?」
「それは…倶東国にも同じ伝説があるから…だと思うのだ」
「……倶東にも同じ七星の伝説があるの!?」
「おいら、旅の途中で聞いたのだ。この紅南国に『朱雀の巫女』が現れたと知って、倶東も『青龍の巫女』を探しだそうとしているのだ」
目を丸くして驚いている柳宿を見て、浅葱はコテンと首を傾げた。
朱雀の伝説があるのなら、青龍の伝説もあるのではないだろうか。朱雀は四神のうちの一体。つまり他に三体存在していると考えるの普通だ。
「考えてみりゃそうよね。あの砂かけババア……もとい太一君は、四方の国の太祖それぞれに『四神天地書』を渡したんだわ!」
「柳宿、太一君って誰ですか?」
「あ、そっか。あんたは会ったことなかったっけ」
「はい。四神の話は都に居たとき聞いていましたから分かりますが……」
都にいた時、国の成り立ちを少し聞いていたので、朱雀に守護されていることは知っていても、それだけで特別詳しいわけではない。
「そうねぇ、一言で言うと『全てを司っている神様』ってところかしら。宮殿にある四神天地書って言うのを授けた人ね。多分会ったら驚くわよ。見た目妖怪よ~」
太一君のマネをしているのか、柳宿は顔を歪ませおどけながら言う。
……妖怪の神様ってどんな人ですか……?
「ともかく巫女を探すったって、異世界からやって来る女の子なんてそうそういるわけないのにねぇ」
「…………」
異世界から来る女の子――その言葉にドキリとした。
同じ世界から来た美朱は『朱雀の巫女』になった。なら自分はなんで来たのだろう?
もし自分が『青龍の巫女』なら、美朱や柳宿たちと敵になってしまうかもしれない。
心臓が早く脈打ち、血の気が引いていくのが分かる。ドッドッと鳴る音を聞いていた浅葱の頬を柳宿が軽く捻った。
「この子は、まぁ~た考えて込んじゃって。少しは前向きなこと考えらんないのかしらぁ?」
「りゅりこ、にゃにしゅるんでしゅか!」
「後ろ向きな考えしているあんたが悪い。いい?あんたは朱雀廟から現れたのよ?青龍と関わりなんてあるわけないでしょうが!」
「う……っ」
自分の考えが読まれてしまい言葉を詰まらせる。それに柳宿の言葉は正論で返す言葉もなかった。
「…唯、ちゃん…」
「え…?」
不意に呟かれたそれは、物陰から現れた美朱の声だった。
なに?と聞こうとした浅葱より先に、柳宿が不思議そうに美朱に声をかけた。
「あら美朱!どーしたの、青い顔して!」
「な…なんでもない!ちょっと用足してくる!」
「美朱?」
真っ青なまま一歩後退した美朱は、身を翻し外に飛び出す。鬼宿がその後ろ姿に声をかけたが、美朱は振り向かなかった。
「…………」
「きっと"アレ"ね」
じっと無言で美朱の後ろ姿を見つめる井宿と、女にはイロイロあるのよ~と訳知り顔で語る柳宿の横を通り過ぎ、浅葱は扉に手をかける。
美朱のあの様子、尋常じゃなかった。それに聞き間違いでなければ、彼女は「唯」と親友の名を呟いていた。
異世界から来た者。今この世界にいるのは、勘違いでなければ美朱と自分の他にただ一人。唯しかいない。
言い知れぬ不安が足元から忍び寄る。もし彼女が倶東国に現われ「青龍の巫女」として祭り上げられてしまえば、自分たちは彼女と敵対してしまう。
「浅葱、あんたもどこ行くの?」
「私もちょっと…です」
困ったように眉尻を下げた浅葱に、あら…と呟き柳宿は浅葱を見送る。
事細かに聞くのは野暮というものだ。
しかし、その後、柳宿は詳細を聞かなかったことを後悔することになるのだが、今は知るよしもなかった。
※
美朱が飛び出してそんなにたっていない。今ならまだ追い付けるだろう。
浅葱は村を抜けた所で1人浮いた服装の美朱を見つけた。
「美朱、待って!」
「浅葱!?」
美朱は追いかけて来た浅葱に目を丸くした。
「追いついた。美朱、あなた一人で倶東国にいく気ね」
「な、なに言ってんの浅葱は!わざわざ危ないとこにいくわけないじゃん!」
「なら、その荷物は何かしら?お手洗いにそんな荷物は必要ないわよね?」
「う……こ、これはその、万が一に備えての……」
「旅支度?」
「…………」
全てを見透かすような瞳に見つめられ、美朱は目を反らした。
「さっき唯って呟いてた。美朱は唯が倶東にいると思って、倶東国に行く気でいるのね?」
「……最初に来たとき、唯ちゃんも一緒だった。それに唯ちゃん、こっちに来てるかも知れないのに、探しても紅南国じゃ見つからなかったから…」
「もしかしたら倶東国にいるかも知れないと思ったのね?」
美朱はコクリと頷くと、必死な顔で浅葱の手を掴んだ。
「だって唯ちゃんが青龍の巫女になっちゃったら、私達敵同士になるんだよ。そんなのイヤだよ!確かめに行くだけだから見逃して!」
お願い!といい募る美朱の手を握り返し、浅葱は「鬼宿には言わないの?」と聞く。美朱は小さく頷いた。
「これ以上、鬼宿に甘えてられないよ。さっきみたいに危ない目にあわせたくないもん!」
「……わかったわ」
「ホント!?」
「私も一緒に行く」
「そんなのダメに決まってるじゃん!」
「あなたを一人に出来ないし、私も唯が心配なの。許してくれないなら、ここで大声で叫ぶから。それに嬉しいことも不安なことも半分こ…でしょ?」
生まれてからずっと合言葉にして来たソレを言いう漆黒の瞳に見つめられ、美朱は肩を震わせ渋々と頷いた。
出来れば浅葱も安全な所にいてほしいと思ったが、意外にも頑固な性格の彼女を動かすのは至難の技だ。
「そうと決まれば、早くここから遠ざからなきゃね」
握っていた手を引っ張り、浅葱は躊躇している美朱の背を押す。
美朱は困惑しながらも「倶東国はそっちじゃなくてあっち」とさっき教えて貰った方向を指差し歩き出した。
真ん中にあった太陽が西に傾いているのを見て、浅葱は少し足早に示された方向に向かって歩き出す。
あっちと美朱が指差したのは深い森で、夜になれば危険だと思ったからだった。
二人が森に足を踏み入れてから数分後、眉間に皺を寄せ必死に探す鬼宿と柳宿の姿が村の端にあった。
その様子を見ていた井宿は、二人に背を向け法術で姿を消し美朱たちの後を追ったのだった。
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