12話
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紅南国に来て1ヶ月。だいぶ環境にもなれ、柳宿のお陰で読み書きなども出来るようになった。
元々、似たような文化の国で、漢字が公用語として使われていたこともあり、割りとすんなり覚えられた。
しかしその代償と言うべきか、元の世界の知識は薄れ高校受験に必要な情報も忘れつつあった。
浅葱は手元に置いた筆をとり、覚えている限りの知識を書き連ねていく。
彼女によってつらつらと流れるように綴られていく奇怪な文字を見ながら、柳宿は人 知れずため息をついた。
何をそんなに焦っているのか。最近の浅葱は心配になるくらい必死に何かに没頭している気がする。
知らない文字に数字、訳の分からない記号は、自分からすれば何かの呪文のように見えるが、彼女にとっては大事な知識のようだ。
「浅葱、そろそろ休憩しない?」
「柳宿一人でどうぞ」
「なによ、すげないわねェ。少し休まないと頭が働かないわよ」
「……わかりました」
渋々とした様子で筆を置き、机を片付ける。
そこにすかさず茶器を置いた柳宿は、浅葱の前に座ると彼女を窺うように頬杖をついた。
「あなた、最近ちゃんと寝てる?」
「藪から棒になんですか?ちゃんと寝てますけど…」
「嘘おっしゃい。目、真っ赤よ?」
「柳宿、何をいっているんですか?そんな筈はありませんよ。ちゃんと毎日鏡でチェックして……」
「墓穴掘ったわね」
ニンマリと笑うと柳宿に、浅葱は顔を反らす。
あまり表情か変わらないために誰にも気づかれていないはずだった。
気づくとしたら、やたらと目敏い柳宿くらいだろうと検討をつけ、毎朝鏡で顔色などを確認していたのだが、どうやら彼には隠せなかったようだ。
浅葱は吐息を出すと無言で注がれたお茶に口をつけた。
「私に隠し事なんて100年早いわよ。何をそんなに焦っているのかなんて聞かないけど、無理をして倒れたりしたらもともこもないでしょう」
「……」
無言で茶を飲んでいる浅葱に困った子ねと呟き、柳宿はそっと彼女の頬を撫でた。
「やっぱり顔色悪いわねぇ。後で滋養にいい薬を持ってきてあげるわ」
「……そこまで心配しなくても大丈夫です。睡眠時間を長くすればいいだけなんですから」
「ふふ~ん…寝てないの認めたわね」
「寝てはいます。ただ、寝るとなんだか不安で怖くて…だから、短い時間しか寝れないんです」
今まで早く慣れようとそればかり気にしていた。けれど、慣れてきた今フッと気づいてしまったのだ。
帰った時、自分は受験に受かるのだろうか?と。
そもそも帰れるか、と。
いくら精神的に大人びていると言っても、浅葱はまだ親の庇護を受ける立場にいる15の少女だ。
これから先の事を考え不安に怯えるのも仕方がない。帰れるのかも分からない現状では尚更だ。
「それなら、私と一緒に寝る?人肌があれば安心するでしょう?」
「ななな、な…っ。寝ません!」
「残念。浅葱なら大歓迎なのに」
「ダメです!柳宿がよくても、私がダメなんです!家族じゃない男女が一緒に寝るなんて非常識です!」
目をさ迷わせ耳を赤らめた浅葱に柳宿はクスッと笑う。
殆ど表情に変化はないが、内心ではかなり動揺しているようだ。
「あら、なによ今更。一つの部屋で過ごした仲じゃないの。それとも…もしかして、あなたを襲うと思っているのかしらぁ?」
「おそ…っ!?」
艶やかに笑う柳宿に言葉を無くし、浅葱は口をパクパクと開閉させ固まってしまった。
「過去」も「今」も男と付き合ったことのない浅葱には未知の世界だ。
しかし情報が氾濫している現代で生きていたのだ。
ソレが何を意味しているのか理解できてしまい、浅葱は誰が見ても分かるくらい顔を赤らめた。
「もう!柳宿、私をからかって楽しいですか!?」
「ええ、とっても」
語尾にハートがつきそうな声で即答した柳宿に、浅葱は口を尖らせ顔を反らした。
「……柳宿なんてキライです」
「だって浅葱の反応が面白いんだもの。顔が青くなった赤くなったり、見てて飽きないわぁ」
「………キライ、です」
そう言いつつ、浅葱は彼が入れた茶に口付けた。
からかわれたことは面白くないが、自分の感情の機微に気がついてくれたのはかなり嬉しい。
茶器を持ってない手を胸に当てると、不思議と温かい気持ちになったことに表情を緩める。
その滅多にお目にかかれない微笑は、茶器に隠れ柳宿は見ることはなかった。
「まあ、冗談はここまでにして。本当に不安になって眠れないときは私に言いなさい。抱き枕くらいにはなってあげられるわよ?
一人で抱え込むなんてしないで。私に心配をかけさせなくないなら尚更よ。いいわね?」
「っ………」
真摯な瞳と優しい笑みを浮かべた柳宿に、トクンッと一瞬胸が鳴った。
浅葱はぎゅっと手を握りしめ、思わずと頷き返す。手が少し汗ばんでいた。
「約束よ」
優しく笑う柳宿にまた頷く。返事をしたら裏返った声が出そうで恥ずかしかったからだ。
浅葱の態度に少し物足りなさを感じつつ、柳宿は一先ずこれ以上追及しないことにした。彼女が拗ねてしまったら詰まらなくなってしまう。この一月で学んだ事だ。
浅葱は肩の力を抜いくと、豊かに香るお茶の匂いを楽しみ心を落ち着かせようと努力した。
柳宿が男と知ってから、ちょっとした態度や仕草にドキリとすることがある。
どうも彼独特の色香には慣れる事ができない。
そんな事をひっそりと思っていた浅葱は、廊下が騒がしい事に気づき天の助けとばかりに話を反らした。
「………柳宿、外騒がしくありませんか?」
「そうね…なにかしら」
柳宿も気づいていたらしく、立ち上がると戸を開けた。
浅葱も彼の後ろをついて外を覗き込む。
「美朱!」
「え?美朱?」
「柳宿と………浅葱!?浅葱!体大丈夫!?熱はない!?ってそうじゃない!どうやってここに来たの!?その格好は何ィ!?」
「み、美朱…苦しい…」
制服を軽やかに翻し、廊下を走っていた美朱は、扉から顔を出した柳宿と浅葱を見つけ、体当たりに似た勢いで浅葱に抱き着くと、ぎゅうぎゅうと力任せに締め上げた。
浅葱は僅かによろめいたらだけで何とか踏みとどまったが、再会のハグに頭がフラフラしてきた。
これは柳宿と同等の力ではないだろうか。
「美朱、浅葱が窒息してしまうでしょ。離しなさい」
「あぁ!ごめん、浅葱!」
「な、なんとか無事だし気にしないで……。それより、美朱に会えて嬉しいわ。今までどこにいたの?」
「私は今来たばかりだよ。浅葱こそ、どうやってここに来たの?それにその服は?」
柳宿と似た服を着こなしている浅葱に、美朱は首を傾げる。
仮に自分と同じように今さっき来たばかりだとしても、余りに馴染みすぎていると美朱はさらに首を傾げた。
「私は1ヶ月前に来たの。それからずっとここでお世話になってるわ」
「1ヶ月!?」
「そう1ヶ月。多分、美朱と一緒に来たんだと思うんだけど、私だけズレて早く来ちゃったみたい。でも会えてよかった。唯みたいにならなくて……」
「そうだ、唯ちゃん!浅葱、唯ちゃん見つけたの!?」
「ううん。星宿様に頼んでいるんけど…」
「………わからないんだね」
一月経つがまったくそれらしき情報すら耳にしない。
「そう。私も鬼宿みたいに自由に動けたらい探しにいけるんだけど」
不慣れな土地だからと、出歩く事をよしとしない女官二人にことごとく阻まれ、いままで宮殿から出たことがなかった。
鬼宿のような自由さが欲しいと願わずにはいられない。
「鬼宿いないの?」
「お金貯まったし家に帰るって何日か前に」
「…………」
「美朱、気落ちしないの」
俯いてしまった美朱の額に人差し指をつけ、上を向かせる。
てっきりしょげていると思ったのだが、彼女は挑むように目を吊り上げ浅葱の隣にいた柳宿を見た。
「柳宿、お願いがあるんだけど――――」
美朱のお願いに二人は目を瞬かせ、次に驚嘆の声を上げた。
※
「鬼宿に会いに行く?たった一人でか?」
再会出来てよかったなと笑んでいた星宿は、それを一変させ心配そうに美朱に言った。
美朱はにこやかに首を振った。背後にいた二人はやや呆れ顔で立っている。
「ううん。柳宿と浅葱もついてきてくれるって!」
「浅葱も?」
視線の先を追えば本来の姿に戻った柳宿と、彼とは正反対に男装をした浅葱が立っていた。
髪を結わい佇む姿は少年のようにさえ見え、星宿は彼女を凝視した。しかし、なぜ型にはまっているのだろう。
見た目完全にとはいえないが、男装の麗人としてかなり様になっている。
自分が知っている彼女は儚さはあれど、凛々しさとは縁遠かった気がすると、星宿は戸惑いつつ浅葱を観察する。
「心配しないでください。本ばかりじゃこの国を知ることが出来ないと常々思ってたんです。
実際体感しなければ分からないこともあります。私は星宿様が治めているこの国を知りたいんです。それに親友のことありますし……」
「星宿、浅葱はこう言ったら意見を曲げないよー」
「それは美朱もでしょ」
「…そうか、気を付けるのだよ。倶東(くとう)の密偵が侵入しているとの情報があったから」
「星宿様、私が二人を守ります。心配しないで下さい」
「頼むぞ、柳宿」
二人で行かせるよりは安心だと頷き、星宿は家臣に馬を手配するよう命じる。
小国と言えど旅をするには広い。徒歩よりは早いだろう。その心遣いに夕城姉妹は顔を合わせニッコリと笑った。
※
宮殿の出入口に連れられてきた二頭の馬を見て柳宿は感嘆の吐息を出した。いい駿馬だ。触れば人懐っこく顔を寄せてくる。
「星宿様いい馬を貸してくれたわね。さてと…美朱、浅葱、あなた達馬に乗れる?」
「あははは。あたし達二人とも乗れない……あれ?浅葱?」
二頭の馬ということは、一頭は二人で、もう一頭は一人で乗らなければならず、乗馬経験のない美朱は苦笑いをしながら振り返った。
どうするか相談するためだったが、浅葱はヒラリと馬の背に乗り巧みに手綱を引いて二人を見下ろしていた。
「柳宿、美朱、どうしたの?」
「それはこっちのセリフ!浅葱は本当に馬に乗れるの?」
「乗れるから乗っているだけよ?柳宿、美朱をお願いしていいですか?二人乗りには自信がないんです」
「それはいいけど、本当にあなた一人で大丈夫?」
「はい。この子イイコですから」
そう言うと浅葱は馬を優しく撫でる。彼女を乗せた馬は嬉しそうに頭を震わせた。
「そうわかったわ。美朱、あなたはコレを羽織っていなさい。あなたのその服は目立ってしまうし、馬で駆けると意外と寒いわよ」
「うん…」
自分の知らない浅葱の一面にショックを受けている美朱に外套を渡し、柳宿は彼女の背を押した。
その様子を見ていた浅葱は、不意に顔を反らし艶のよい鬣を撫でる。
男の姿に戻った柳宿に中々慣れない。
女装していた姿に慣れていたからなのか、顔を合わせた時に驚いてしまったと心の中で呟く。
女装姿は華やかだったが、男装姿も美麗で動揺を悟られないようにするのに、かなり気をつかっている自覚はある。
かなり敏い柳宿のことだから、いつ気づかれるか内心ヒヤヒヤしているが、今の所気づかれた様子はなくホッと息をついた。
(それにしても美朱。あなたの守り手は美形だらけね……)
星宿と柳宿は中性的で綺麗だし、鬼宿は凛々しく精悍だ。
残りの七星士4人も彼らのような人たちだとしたら、軽くハーレムではないか。
自分が彼女の立場だったら嬉しいよりも、気後れしてしまうだろうなと一人ごちる。
しかし美朱は舞い上がる様子もなく、彼らと普通に接しているのを見て、浅葱は美朱らしいと笑った。
誰とでも対等に。驕らず真っ直ぐに相手を見る彼女は浅葱にとって眩しい存在だ。
「美朱ぁ、しっかり私に捕まってなさいよ」
「わかってる!」
「浅葱、準備はいい?」
「はい、大丈夫です。心配しないで下さい。それより早く行った方が良さそうですよ?もう夕方近くです」
「あらやだ。じゃあ、いきましょう」
「はい」
茜空になりそうな空を見上げながら言うと、柳宿は頷き返し馬を軽やかに馬を走らせた。それに続き、浅葱も走らせる。
『久しぶり』に乗ったが、巧く乗りこなせている事に胸を撫で下ろし、前を行く柳宿逹の背中を追いかけスピードを上げた。
風を切る感覚に知らず笑みを浮かべ、目を細める。懐かしいのは記憶の中にしか存在していないからだろう。
浅葱は数秒だけ目を閉じ、風に身を任せた。
そう言えば、柳宿は鬼宿の場所を知っているのだろうか?いや、流石に知らないで馬を走らせるわけないか。
案内は彼に任せ、浅葱は今を楽しむことにした。