10話
夢小説設定
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保護が決定されてから一週間が経ち、この生活にも大分慣れてきた。
初めのうちは新しい環境になれようと、女官たちや柳宿にこの世界について聞いて回っていが、今は文字が読み書き出来るよう、柳宿に教えてもらっている。
漢字ばかりの本は読みにくく、一々聞くのは気が引けてしまうのだ。
それに文のやり取りも難しく、用がある度人を呼び出し口頭で用件を伝えなければならなかった。
それを柳宿に相談したところ、柳宿は快く引き受けてくれ、1日付きっきりで手習いに励んでいた。
今日の手習いも終わり、浅葱の髪が気になっていた柳宿は戸惑う彼女を座らせ櫛を片手に浅葱の髪を一房掬いすいていく。
優雅な動作で髪をすく姿を鏡越しに見ながら、浅葱は柳宿に問いかけた。
「柳宿さん、楽しいですか?」
「ええ。浅葱の髪って指通りがいいから、ずっとやっていたくなるわ」
柳宿は髪を一房掬うとサラサラと流していく。
手触りを楽しみながら、ただ惜しいのは髪が短いことね、と胸中で呟いた。
美朱は茶色混じりの髪だが、浅葱は目も髪も漆黒だ。
顔立ちも色彩も性格も自分達の巫女とは違う。それなのに何処と無く似ているのは血の繋がりを思わせる。
「そうですか」
髪を弄るのを楽しんでいる柳宿に返す言葉が見当たらず、浅葱は言葉少な目に頷いた。
「よし、これで良いわ。星宿様から頂いたその衣装とバッチリ!さすが私ね!」
鏡に映る浅葱の姿を見ると、柳宿は髪の出来映えに自賛した。
蒼色の薄い布を重ねた袖を持ち上げ、小首を傾げ浅葱は鏡に映る自分をマジマジと見る。
短い髪を上手く纏めてある。櫛で一纏めになった髪には豪勢な簪が一つ付けられ、首を傾げたさいシャラリと涼やかな音をたてた。
「柳宿さんって器用ですね」
「あら?そうかしら?ウフフ、ありがと。ねえ浅葱。あなた髪伸ばす気なぁい?」
「えっとなんですか急に?」
不意に聞かれた浅葱は、少し憂いを含んだ瞳で柳宿を見る。
柳宿は柔らかな笑みを浮かべ、「綺麗な髪なのだもの、伸ばすべきよ」と彼女の頭を撫でた。
撫でられたままそう言えば、今まで肩辺りまでしか伸ばしたことなかったなとボンヤリと思う。髪もまた、素直さや愛嬌と共に『皆の元』に残してきた。
髪を伸ばすと「あの頃」を思い出し、苦しくて苦しくて仕方がなくなってしまうから。
それに、前世と現世はまったく違う人間なのだと言い聞かせる為にも髪を伸ばすことはなかった。
「ごめんなさい、この長さの方が身軽で好きなんです」
「そう、残念ね。こんなに艶がよくて柔らかい髪なのに」
優しく頭を撫でる手に僅かに瞼を伏せ、「それなら」と浅葱は振り向き柳宿を仰ぎ見る。
「柳宿さんが私の髪を結ってくれますか?
女官さんたちは忙しそうであまり頼めませんし、私だと上手く纏まらないんです。
それにこんな立派な着物に質素な頭じゃあ、贈って下さった星宿様に申し訳ないですし」
「あら、なにあなた。私が暇人だって言いたいの?」
「あ、そう言う意味じゃないんです!ただ勉強を見てもらっているのに、私何もお返しできないですし、他に何も思い付かなくて……」
腰に手をあて意地の悪い笑みを浮かべた柳宿に、慌てて否定するが、自分に出来ることは本当に何もないのだと思いたあり段々弱々しくなっていく。
やっぱりお返しにはならないか。大体髪を結ぶこと仕事のようなもので、それをお礼にするなんてバカな発想だった。
迷惑かと肩を落とした浅葱の頭を、柳宿は無理矢理持ち上げ、目を合わせる。そしてにっこりと笑うと抱き締めた。
「やだぁ!本気にしないでよ!も~う、あんたって本当に素直で可愛いわ~!」
「きゃ…っ!ぬ、柳宿さん……ぐ、ぐるじいです……っ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる柳宿の腕力に、浅葱は失神寸前だ。柳宿は豪腕なのだと浅葱はこの時初めて知った。
それにしても、息の根を止めるつもりか。
「あら!ごめんなさい。息出来る!?」
「な……なんとか…っ」
柳宿の胸に寄りかかりながらぜえぜえと息を整える。
柳宿的には優しく抱き締めたつもりだったのだが、加減を誤ってしまったようで、浅葱はぐったりとしていた。
「ホントごめんなさいね。でもあなた可愛らしすぎるんですもの、ガマンできなかったのよ」
「……………」
カワイイなどと言われたことのない浅葱は、目を瞬かせゆっくりと顔を上げた。
「初めて言われました。そんなこと。会う人みんなに愛想がないとか、怖いとかそんな事しか言われませんし」
「それは見る目ないわねぇ。浅葱はこんなに感情豊かなのに」
そう言うと柳宿は彼女の頬をフニと摘まみ上げた。頬に痛みが走り、浅葱は眉を寄せ抗議する。
「柳宿さん、痛いです」
「あははは!その目よ、目!あなたは目が感情豊かなのね。目を見ればあなたの考えていることなんかお見通しよ」
「そうなんです、か……?」
本当に目でわかるものなのだろうか。
半信半疑に柳宿に問うと、「いま疑ってるわね」と言われてしまった。
「まぁいいわ。これから覚悟しておきなさいよ。貴方の考えていること当てていくから」
「はぁ……」
よく分からないといった顔をする浅葱の鼻に、ちょんと指をあて柳宿は体を離す。
そのとき訳の分からないまま柳宿を見ていた浅葱の頭に、痛みが走り息を詰めた。
「イタ…ッ!ま、待ってください…っ。なにか絡まったみたいで髪が…」
「ああ…動かないで。簪が襟に引っかかっちゃったみたいなのよ。……待ってなさい」
折角の自信作。崩すのは惜しいと柳宿は慎重に絡まってしまった所を解いていく。浅葱はされるがまま、身を委ねながらふと違和感を感じ口元に人差し指をあてた。
さっきまで動転していて気づかなかったが、柳宿の体格は一般的な女性のそれよりガッシリしていないだろうか?
重ね着しているからハッキリとは判断できないが、襟から覗く首筋なども自分より太めで、今悪戦苦闘している手や腕もまた何処と無く女性には見えなかった。
(いけない、いけない。疑っってはいけないわよね)
後宮に居たことや、女の自分の所に堂々と入ってくる人物が男な訳ない。
ハスキーな声の女性もいるのだ、見かけで判断しては柳宿に失礼だ。
もんもんとしている浅葱を尻目に、柳宿は丁寧に外していき崩さず外すことに成功した。
「よし、どこも崩れてないわね。うわっ!」
「ありがとう……きゃっ!」
隅々まで確認して満足気に頷いた柳宿は、浅葱から離れようと一歩下がる。
その時、不意に着物の裾を踏んでしまい、逆に浅葱に倒れ掛かってしまった。
対して、浅葱はお礼を言おうと振り返り、倒れてくる柳宿の胸元がものの見事にぶつかってしまった。
トンと軽くぶつかる音と、少し硬い胸元に浅葱は目を見開く。
ない。女性にあるはずの柔らかいモノがない。
恐る恐る柳宿を見れば、柳宿は驚いた顔で視線を反らした。
「……オト、コ?」
「あは……ははは…」
否定せず空笑いする柳宿に浅葱は一瞬ピキッと固まり、そのまま勢い良く飛び退いた。
「ごごごご、ごめんなさい!あ、あの!私、知らなかったとはいえベタベタしてすみませんでした!」
「あはは……そんなに驚かないでくれないかしら。黙っていた私も悪かったんだし、ね」
「………」
「………」
微妙な空気が流れる。初めに動いたのは浅葱だった。
彼女はぎこちなく笑うと「驚きましたけど…」と小さな声で言う。
「男でも女でも、柳宿さんは柳宿さんですよね。ごめんなさい、取り乱したりして」
「まぁ、仕方ないわ。皆同じような反応だしね。ふふ…でも美朱にバレた時も驚かれたけど、浅葱の反応の方が面白いわ」
そう言うと柳宿は僅かにずれた襟首を正し、頬にかかっていた髪を払い退けた。
その仕草全てがどう見ても女に見え、浅葱は呆ける。仕草一つ一つが精錬され、暴露しなければ十分女だと思ってしまう。
しかもこの美貌だ。さぞモテることだろう。
そこでふと気がついてしまった。
ああ……だから妃候補から外れてしまったのね、と。
「男がこんな恰好してるのイヤ?」
「いいえ。似合ってますし、さっき言ったように柳宿さんは柳宿さんに変わりないですから。それにどちらでも、私にとって柳宿さんは命の恩人です」
そうだ。助けてくれたのも看病してくれたのも、今面倒を見てくれてるのも、全部彼女、いや彼なのだ。
それなりの時間共にいて、彼が悪い人ではないことも、男性というより女性に近いということも浅葱は分かっている。
「なので、これからもよろしくお願いします」
結局浅葱にとって、柳宿が女だろうが男だろうが関係ないのだ。柳宿は柳宿という人間である。
それさえ変わらなければ、別に何も気にする必要はない。まあ、着替えなどはこれから気を使いそうだが。
浅葱は丁寧にお辞儀をし、目元を弛ませた。
「………っ」
滅多にお目にかかれない微笑に柳宿は息を詰まらせ、少しだけ視線を反らすと「よろしくね……」と頷いた。