9話
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暖かな微風が吹き抜け、浅葱は窓の外に目を向けた。鮮やかな花ばなが風に揺れ、微かに花の香りを運んでくれる。
それに心を和ませ、彼女は手にしていた書物を机の上に置き立ち上がると窓辺によった。借りている薄手の衣がさらりと音をたる。
「……きれい」
「君に誉めて貰え光栄だな」
「え?」
「気分は如何かな?朱雀廟の君」
自分の呟きにまさか返事を返す人がいたとは思わず、浅葱は口元に袖を当て振り向く。
長い黒髪に女のような容姿の男の人が部屋の入り口に立っていた。
その後ろにはこの部屋の主である柳宿と、女官の明鈴と蓬優が控えている。
本来この部屋の主は柳宿である。それにも関わらず、柳宿は男性の後ろで控えめに控えていることから、浅葱はこの人物が誰なのか予想がつき居ずまいを正し深々とお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。貴方様の慈悲により、私を助けて頂きましてなんと礼を言っていいのか…ありがとうございます。」
「いや、私は何もしていない。君を連れていたのも看病したのも柳宿だ。礼は柳宿に言ってやってくれ」
「ほ、星宿様ぁ…っ」
皇帝に言われ柳宿は嬉しそうに頬を染める姿は、乙女そのもの。
いつもは世話焼きで少し勝気な雰囲気のある柳宿の可愛らしい姿に、浅葱も表情を和らげた。
そして「はて?」と首を傾げる。今、皇帝は康琳のことを「ぬりこ」と呼ばなかっただろうか。
「あの、申し訳ありませんが「ぬりこ」というのは康琳さんのことでしょうか?」
「ああ、そうだが……。そうか、一般的にも初対面の人間に別名は話さぬものだったな」
「えっと……別名ですか?」
「そうだ。……君は朱雀廟から現れたという。ならば朱雀とは無縁とも思えぬ。話してもよいだろうな」
なにやら意味深なことを呟く皇帝は後ろにいる柳宿に目配せた。柳宿も軽く頷き返すをの了承ととり、皇帝は浅葱に優しく微笑んだ。
悪い話ではなさそうだが、秘密にしているようでもあるし自分が聞いていいものかと浅葱黙り込んだ。
「そう深刻な話ではない。そうだな、少し特殊な関係が我らにはあると思ってもらえればいい」
「わかりました。ああ、いま椅子をお持ちします」
この国の頂点に君臨する皇帝に立ち話をさせてしまったと、慌てて窓辺から離れた浅葱は、椅子を持ち上げ皇帝の前に差し出す。
しかし、当の皇帝は「病み上がりの女性に無理はさせられない」と座ることを固辞してしまった。
二人を交互に見やり、さらに椅子を見下ろす二人とも笑むだけで座ろうとしない。
皇帝と部屋の主が立っているのに、居候の自分が座っていいのだろうか……と思っていると、奥から明鈴と蓬優の二人が椅子を運んで来るのが見えた。
彼女たちが別室から椅子を持くることが、二人には分かっていたのか、持ち込まれた椅子に座ってしまう。
なんだか釈然としないものの、目の前の空いている椅子を見下ろし浅葱は渋々と座ることにした。
そんなやりとりも気にすることなく、蓬優と明鈴の二人は手際よくお茶の準備を始めてしまった。
それを横目で見つつ、浅葱はため息を一つ落とすと、皇帝を真っ直ぐに見返した。
「では陛下、改めまして自己紹介を。私は浅葱と申します。この度は本当にありがとうございました。」
「ああ、そう畏まらなくてもよい。今は私的な時間だからな。私は星宿という。紅南国の帝をしている者だ。
本来私の名は別にあるのだが、この名を表に出しているのは目的があっての事なのだ」
「目的?ですか?」
「ああ、そうだ」
彼は軽く頷くと簡単に説明してくれた。
皇帝――星宿の説明はこうだ。この国を始め、他国には四神と言われる神獣が守護している。そして国に窮地が迫ると、神獣を呼ぶために「巫女」が現れるという。
その「巫女」を守るため、七人の人間も時を同じく現れる。その七人を「七星士」と呼び、体のどこかに文字が浮かび上がるそうだ。
現在、七星士は三人見つかっているので、残り四人を見つけなければならないこと。その四人も巫女自身が見つけなければならないことなど。
そして皇帝は自身が七星士であることで、巫女を見つけ出す目印になることを選んだという。
「今は現れていないが、私の首筋に「星」の字がある。柳宿も同じだ」
「私は胸元ね」
見せられないけれどと茶目っ気たっぷりに柳宿が補足する。
要するに彼らが呼び合う名がその七星士の名であり、身分差はあるもののある程度気軽に呼び合える関係を築けているということ。
なるほど。と浅葱は納得した。見ず知らずの、それも不法侵入者かもしれない人間を匿うなんて不用心だと思っていたが、仲間である人間が保護監視していたのなら納得がいく。
病み上がりとはいえ、ここの住人は浅葱が出歩くことを良しとしていなかった。それに現代の知識しか持ち合わせていない自分に、必要以上の知識を与えることもなかった。
それは監視対象であり、未だに無害な人間だと信じられていないかったからだ。
少々不快だが、見知らぬ人間。しかも身元を調べられない者が知識をつけ出ていくことを恐れたからなのだろう。
(……ああ勘違いをしていた。わかっていたことなのに、どうして気持ちが落ち込むの)
親身になって看病してくれたのに、まるで姉のように世話を焼いてくれたのに、それが全てとは言えなくとも偽りだったなんて。
あまりにも居心地がよくて、見ないふりをしていた自分に腹が立つ。
浅葱は僅かに息を吐きだし、沈む気持ちから切り替えることにした。
「理由は分かりました。その名を私が呼ぶことは失礼に当たりそうですので、これからも陛下と康琳さんとお呼びいたしますね」
「あら別に気にしないわよ。それにこっちの方がしっくりきそうだしねェ」
「はい?」
「あ、あら。こっちの話よ。ホホホ」
「はぁ……」
本当の名前よりしっくりくるとは、これいったい。
深く考えるだけムダそうだと考えることを放棄し、浅葱は渋々「柳宿さん」と呼ぶことにした。
まあ彼女がいいと言うのならそれでいいのだろう。問題は皇帝である。
皇帝自身が七星士であると暴露してくれたご本人は、じつに微笑ましそうに笑っていらっしゃる。
なぜ機密に近いことを自分に聞かせたのか。それを考えなければ。きっとこれは試験のようなものなのだろう。監視して問題ないと判断されたから面会が叶った。
次に気にするのは、ここで知り得たこと――例えあまり利益にならない情報でも――を外部に漏らさないか。
出歩くことを制限されていたとはいえ、少なからず後宮という皇帝の居住地にいるのだから当たり前だ。
それにと、浅葱は失礼にならないよう皇帝の腰元を見る。
部屋着に似つかわしくない簡素な剣が腰にあるのを確認し、何とも言えない気持ちになってしまった。
顔は慈愛に満ちた微笑みなのに、腰元には反する武器。警戒されていると見ただけで分かる姿だ。
「……では当初の目的を話し合いましょうか。陛下こちらに来た訳をお聞かせ願いますか。ただ私の様子を見にいらした訳ではありませんよね?」
「君が心配だったからだ、とは思わないかな?」
「心配してくださっていたことは存じでおります。でなけれは医者の手配などなさらないでしょう。
ただそれとは別に、私に対して警戒していることは分かっています。後宮は皇帝の安らぎの場でしょう。
護衛などはつくとは思いますが、身一つで来るものだと思います。ですが、陛下の腰には剣が差してある。私を警戒している証拠でしょう」
浅葱の指摘に星宿は目を細め、腰に差していた剣に触れる。浅葱は表情一つ動かさず星宿の動きを見ているだけ。
奇妙な緊張感が漂う中、誰から息を飲む音が僅かに聞こえた。
見つめ合うこと数秒。
やがて星宿が剣に添えていた手を離し、眉を下げため息をついた。
「……参ったな、君に警戒心か敵意でもあれば捕らえるのだが」
「あら?実質捕まっていると思ってしましたが。実際この部屋から出ることがありませんしね」
イジワルだと思うが、星宿の真意を知るには挑発もいとわない。彼の態度からこれが非公式だと思われるので言えることだ。公式の場なら即刻捕らえられ、死刑にでもなっていただろう。
思っていた通り星宿は一瞬呆けた後、軽く笑いだした。どうやら彼に無害認定を貰えたらしい。
笑い出した星宿に柳宿たちが驚く中、浅葱と星宿は先ほどの緊張感などなかったかのようにお互い口元を緩める。
それだけで緊張で張り詰めていた空気が和らぎ、柳宿はほっと肩を撫で下ろした。
とはいえ、今聞き捨てならないことを言われたので、そこは反論しなければと身を乗り出す。
「まあ!あなたの体調が思わしくなかったから、念のために制限かけていただけなのに!そんなこと言うなんて悲しわ!」
なんとも演技じみた口調と、わざとらしく袖を口元に持っていく柳宿にやや呆れが先立つ。浅葱は素っ気なく「そうですか」とだけ返しておいた。
皇帝だけど星宿とはわだかまりなく話せそうなのに、柳宿とはなぜかそうはいかない。
胸の内にモヤモヤと何かが生れ、浅葱は僅かに手に力をこめる。幸い表情があまり動かないので、気づかれることはなさそうで安心した。
「そうです!わたくしも浅葱様が心配だったのですよ!そんなこと言わないでくださいませ!」
「わたくしもです!捕まるなどとおっしゃらないでくださいませ。それにまだお聞きしたい恋物語がありますし」
「柳宿さん?明鈴さん、蓬優さんまで……」
世間話ついでに童話など話していたので、懐かれたのだろうか。
「ぷ……くくくっ」
「あ、あの?陛下?」
さっきまで口元が緩む程度だった星宿が、急に笑い出してしまい浅葱は戸惑いう。
なにがそんなにツボにハマったのか分からずにいると、笑いを納めた星宿が実に楽しそうにひじ掛けに肘をつけ頬杖をついた。
「不思議なものだ。君はいつの間にか皆と仲が良くなっているのだからな。
……柳宿の言う通り裏表ない女性のようだ。私が知る限り、そんな素直さを持つ者は一人しか知らない」
「………」
素直…なのだろうか。自分は。かなり意地悪で皮肉食った言い回しをしていたと思う。
「では本題に入ろう。君はどこから来た?身につけていた物は、我々の知らぬものだったと聞いている」
「それは……」
どう説明するべきか言い淀み、浅葱は俯いてしまった。
まさか別の世界から来ましたなんて言えない。本の世界などとは尚更言えない。
だがウソなどつくことは出来そうにないし、ここの人たちに誠意ない態度はとりたくなかった。
そこで当たり障りのない程度に、事情を説明することにした。
妹が母とケンカし家を飛びだしたこと。その妹は数時間後に無事戻ってきたが、今度は親友が行方不明になってしまったこと。自分は風邪をひいていたが、親友が心配で探しに行こうとしたこと。
そして妹が行き先を知っているというので、彼女についてきたこと。その時妹が、親友は「異世界」に行ってしまったと、何とも荒唐無稽な話をしていたことなど。
かなりかいつまんで話している間、誰も口を挟まず難しい顔で聞いていた。
特に星宿と柳宿は思案する素振りすら見せていて、てっきり何をいっているんだと一蹴されると思っていた浅葱は、やはり話すべきではなかったかと悔いた。
誰が聞いても頭がおかしいと思う話だし、実際自分もこの状況にならなければ大丈夫かと聞くと思う。
「あの……」
「一つ聞いていいか?」
「はい」
「妹の名前はなんと言う」
「美朱です。夕城美朱。私は彼女の姉になりますが…それがどうし――」
「「美朱ぁ!?」」
「は、い?」
星宿、柳宿、二人同時に叫び声を上げる。あまりの声の大きさに浅葱は唖然と二人を見た。
どうも二人は美朱を知っているらしい。しかも顔見知り程度ではなさそうで、「お二人とも美朱を知っているんですか?」と訊ねてみた。
しかし浅葱を食い入るように見ながら、似てる似てないなどこそこそ話している二人は、彼女の問いかけが聞こえていないのか返事をしない。
二人の代わりに答えたのは、後ろに控えていた二人の女官だった。蓬優は「まぁ…」と驚いてはいたが、そこは後宮に仕える女官。
軽く咳払いをすると「浅葱様の妹君はこの紅南国の「朱雀の巫女」様なのです」と言う。
「……朱雀の巫女」
それは先ほど名前の説明の時に聞いた。国を救う「巫女」だったはず。美朱がその巫女?で、この国を救うということなのだろうか。
呆然と呟いた浅葱に明鈴は頷き、「美朱様は紅南国の希望なのですよ!浅葱様!」と嬉しげに言う。
にわかには信じられないが、朧気の記憶の中、暗闇で叫ぶ美朱と誰かが話していたことを思いだした。あの時聞いたのも確か朱雀の巫女。彼女たちが言う巫女と同じということなのか。
「あの姉と言っても私は父親似らしいので、そんなに見ないでくれませんか」
「あ、ああ……すまない。美朱に姉がいるとは聞いてなかったから」
星宿はそう言うと軽く咳払いし、改めて浅葱に問いかけた。
「美朱の姉だということは分かったが、何故朱雀廟に?」
「何故と言われても私もわかりません。唯――親友を助けに行くと言っていた美朱についていっただけですので。こちらが聞きたいくらいです。私と何か関係があるんでしょうか?」
心底分からないといった顔で聞いてきた彼女は、本当に何も知らないのだろう。問いかけたはずが、逆に問われ星宿は苦笑した。
浅葱はとりあえず、知り得た情報を整理する。
「妹の美朱が、ここの朱雀の巫女というものになっていて、その巫女を守る七星士が柳宿さんと陛下。
他にも宿星を持つ者が後四人いるが、それは巫女自身が探さなければならず、巫女である美朱は「元の世界」に帰ったままということですね」
「そうね。そして2ヶ月経ったときあなたが『朱雀廟』に現れた」
図書館で本を開いた時、美朱は一緒に居た。それは確かなのに、その美朱は一緒にきていない。ではどこに行ってしまったのだろうか。まさか自分一人だけ来てしまったのだろうか。
「いや、それはないな」と浅葱は自身の考えを否定する。
美朱は朱雀の巫女だというし、役に着いたのならこの地に戻ってくることは必然。彼女は必ず来ているはず。
自分とは別の場所に落ちたか、あるいは――。
七星士であり皇帝である星宿が巫女の情報を得ていないのであれば、もしかしたら時空のズレでも発生してしまったのかもしれない。
本の中に吸い込まれるなんてことが起こっているのなら、そんな現象もあり得そうだ。
「あの陛下」
「なにかな?」
「私の予想ですが、もしかしたら美朱とは時間がズレてこちらに来たのかもしれません。
本当に予想に過ぎませんが……あの時、一緒にいたのは確かなので、私だけここにいるとなると、それしか考えられないのです
それで、その……私より先か後かわからないのですが、間違いなく現れると思うのでそれまで私をここに置いていただけませんか?」
今まで厄介になっていたのに、さらに美朱が現れるまで世話になりたいなど厚かましいのは分かっている。
でもなんの知識もなく市井に下るのは不安だし、もしこちらで彼女を見つけても連絡手段があまりないこの世界ではすれ違ってしまう可能性もある。それならば、恥を承知で頼むしかない。
「それはかまわないが、そうなると柳宿の部屋では何かと不便だな」
かなり無理を言っている自覚はあるが、あっさり許可が下りた。それだけでなく、意外と好意的な星宿の言葉に浅葱はホッと胸を撫で下ろした。
「そうですね。同じ女ですが、やっぱり人の部屋を我が物顔で住めませんし、柳宿さんもいい気分はしませんよね」
「「……」」
柳宿の部屋は居心地がよく、気に入っていただけに少しだけ寂しい。そんな浅葱を見ていた柳宿と星宿は、またこそこそと話し合っていた。
(柳宿!お前、正体教えてなかったのか!?)
(教えられるわけないじゃないですか!ここは後宮なんですよ!?)
(………。そうだったな。やはり柳宿用に一つ部屋を用意させるか)
そもそも男である柳宿が正体を知られてもなお、ここに居ることが可笑しいのだ。
それに今回のように会いに行かなければならないとき、何かと不便だったりする。星宿は自分の考えの甘さに肩を落とした。
「……あの話決まりましたか?」
「あ、ああ。君と柳宿は王宮の一角に住むといい」
「柳宿さんも?」
「え、ええ!朱雀七星士ですもの!何かあった時すぐに動けるようにしなくちゃね!」
どこか焦った様子で柳宿は口早く言う。視線を反らしながらニコリと笑うも、胡散臭く浅葱はじっと柳宿を見つめた。
やや冷や汗もかいていて、実に怪しいが自分とやかく言える立場にないので、なにも見なかったことにした。
「……陛下のお心遣い、感謝いたします」
とりあえず、これで命の保証も居場所も確保でき、美朱の情報も手にはいる。
たとえ美朱という要素のため優しくしてくれているとしても、優しくしてくれたことには変わりはないし、上手くいけば、自分がなぜここにいるのかも知れるかもしれない。
「それからその陛下と言うの止めてくれないか。私は星宿でかまわない」
「え、でも……」
「扱いは客分となるが、そなたとは臣下としてではなく、友としていて欲しいのだよ」
「……。わかりました、星宿様」
綺麗な寂しそうな顔で懇願されては、折れるしかないではないか。力ある者は誰よりも孤独だと聞いたことがある。
この人も「同じ」なのだ。「兄」と同じ孤独を背負って生きている。誰も肩代わりになれない立場ゆえの孤独。
浅葱は一度目を伏せ、深く息を吸うと目を開けた。そのまま星宿を見据え頷き返した。
「では友として、そして美朱が現れるまで宜しくお願いします」
こうして浅葱は、紅南国の王宮にて生活することが決まった。