8話
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「う…ぅん……ここ、は?」
うつらうつらした意識の中、浅葱は掠れた声で呟いた。ひどく口が渇いている。
働かない頭で目だけを動かし、辺りをぼーと見るが視界がボヤけ良く見えない。近くに水があるのかすら分からず、結局諦めてしまった。
ボンヤリとした感覚は熱があるせいなのだろうか。ここまでひどい風邪をひいたことがない。さらに熱でまともな判断すら難しいようだ。
頬に張り付く髪が気持ち悪く、浅葱は眉間にシワがよる。腕をあげるが重く感じ、気だるげに額に張り付く髪を退けた。
だるくて億劫なのはやはり無理をしてしまったからだろうな…と、まるで他人事の様には思いながら再び目蓋を閉じる。
ただ今は何も考えたくなかった。
そのまま暫く目を閉じていたが、喉の渇きに勝てず霞む目を開けのっそりと身体を上げようと身じろぎした。
ふらふらと揺れる視界を頼りに、無意識に飲み物を求めて手を伸ばした。
「……みず、どこ?」
「はい、水よ」
さ迷っていた手に茶器が触れ、浅葱は何も疑問に思わず茶器を持つと震える手でなんとか飲もう口元に運ぶ。
だが水はチャプと音をたてるだけでうまく飲めない。さらに僅かに零れた水が服に染みを作った。
「体力が落ちているからね。ちょっとごめんなさい」
震えていた手に誰かの手が添えられ、固いものが背中にあたる。
それは今まで浅葱の看病をしていた柳宿の肩なのだが、水しか目に入っていない浅葱には「何かに支えられている」としか分からなかった。
浅葱はその「何かに」支えられながら、ゆっくりと水を飲んでいく。よほど乾いていたのか、茶器にあった水は直ぐに飲み干された。
「さぁ、ゆっくり休みなさい。話を聞くのはそれからよ」
握られていた茶器をそっと取り、柳宿はゆっくりと浅葱を寝かせる。
浅葱はされるがまま寝ると、キュッと「何か」を握り締めた。
「なぁに?」
「―――――とう……みあか」
「え……?」
か細い声から出た名前に柳宿は目を瞬かせる。
そんな事など知らず、浅葱は本能のままに眠りについた。
その手には「何か」である「柳宿の手」を握りしめて。
※
静かに寝息をたてはじめた浅葱の顔を眺め、柳宿は軽く息を吐き出した。
どうやら知り合いか家族と間違えられたらしい。
ただその名前がとてつもなく知っている「とある少女」と同じ名で軽く動揺してしまった。
「知り合いかしら?」
それとも「向こう」には同じ名前を持つ人間が多いのだろうか。
そんな事をつらつら考えていた柳宿は、握られてしまった手を握り返し、張り付いてしまった髪をそっと退けてやる。
枕元に目を転じれば、起き上がった際落ちてしまったおしぼりが転がっていた。
それを拾い水に浸そうとした柳宿は右手が拘束されていたことを思い出し、仕方なく明鈴を呼び寄せ眠る少女の額に乗せるよう指示を出した。
水分をとった事がよかったのか彼女の呼吸は落ち着き、安堵の吐息をこぼす。
寝ていると人形のようだと思っていたが、起き上がっても人形のような少女だったなとぼんやりと柳宿は思う。
硝子のような瞳は人形のように無機質だったが、触れた身体は熱くやわらかかった。
(……って、何を考えているのよ私!)
先程のことを思い出し、顔を赤らめながらブンブンと繋がれていない手を振る。
(私は星宿さま一筋なのよー!)
意中の君を必死に思い出し雑念を払う。
そもそも正体不明な少女だ。警戒心を持つべきで、好意を持つ意味はない。いやこの時点で好意をもつのもおかしすぎる。
そう、ただ――。
「でもあなたの瞳に私が映らなかったのは悔しいわね。身柄を預かって、看病しているのに"誰かさん"と間違うんですもの」
つん、と赤い頬をつつき柳宿は薄く笑むと握っていた手に手を添える。
その時、ピクリと長い睫毛が震え、ゆっくりと目蓋が開いた。
「…ぅん…だ、れ…?」
掠れた声と問う言葉に柳宿は微笑み「あなたの命の恩人よ」と答えた。
「いのちの…おんじん…?」
「そうよ、朱雀廟で倒れていた所を助けたの。ああ、まだ起きてはダメよ!あなた5日間寝込んでいたんですからね!」
訝しみ起き上がろうとしていた浅葱を止め、柳宿は彼女を寝かせると優しく頬を撫でた。
「ほら今ので熱が上がったじゃない。もう暫くは安静しなさい」
その言葉に浅葱は従い、まだぼんやりとする意識の中小さく頷く。
「は、い…」
「うふふ、聞き分けのいい子は好きよ。
……明鈴、医官を呼んできて。それから、陛下には目が覚めた事を報告してちょうだい」
柳宿は後ろに控えていた明鈴に命じる。明鈴は困惑しながらも、主の命に従い退出した。
「あの……」
「なにかしら?」
明鈴を見送っていた柳宿は浅葱の声に振り向く。浅葱は眉尻を下げ、「……すみません」と呟いた。
「もう、こう言う時は謝んないの。私は謝られるより感謝される方が好きよ」
「……ありがとう、ございます」
「そうそう」
か細い声ながらお礼を言った浅葱に柳宿は満足そうに笑うと、握っていた手を軽く振った。
「て……?」
「て?ああ、手ね。あなたが無意識に掴んでしまったみたいなのよ。無理に離すのも気が引けたし、ね」
「す、すみません……!」
慌てて握っていた手を離した浅葱は、目をさ迷わせると柳宿から視線を反らした。
急になくなってしまった温もりを少し淋しく思ったが、柳宿はおくびにも出さずニッコリと笑い返し「病人なんですもの、心細くなるのも仕方ないわね」と返した。
「だいぶ意識がハッキリしてきたようね。また水、飲むかしら?」
「あ……はい、少しだけ…」
なんとか身体を起こし、柳宿から茶器を受け取り、今度は自分で飲めたことにふんわりと笑った。
おぼろげながらも、誰かに支えられながら水を飲んだことは覚えている。
目の前の人が「また」と二度目のようなことを口にしていたので、きっとこの人が飲ませてくれていたのだろう。
「……っ」
起きてからずっと無表情だった彼女の笑みに柳宿は息を飲む。
そんな柳宿に気づかず、浅葱はまた無表情な真顔に戻戻ってしまった。。
「お水、ありがとうございます。ええと……」
「こ、康琳よ」
「康琳さん、本当にありがとうございます」
なんとか平静を保った柳宿に浅葱はぺこりと頭を下げた。
「あら、私は大したことはしてないわよ。ここは紅南国の後宮なんですもの、お礼は皇帝陛下にお言いなさいな」
「…………こうなんこく?……こうてい?」
首を傾げ呟く浅葱に柳宿は頷くと、棚から書物を持ち出し彼女前に広げた。
目の前に出された古い製法の書物に目を丸め、浅葱は軽く眺めていく。
「……昔の中国に似てる…」
「中国?良く分からないけど、これが紅南国の地図よ。あなたがいるのはここ。紅南国の宮殿の奥、後宮と言われている場所ね」
白い指で指された場所は確かに国の中枢。
後宮は皇帝の后達が住まう宮だと、働かない頭でも理解した浅葱はそこでハタッと気がついた。
「……康琳さんは、もしかして皇帝の妃?」
「あは、あははは!そうなら私としては有り難いけどね、私は后候補。いえ、后候補だった…かしらね。今は色々あってこちらにお世話になっているのよ」
「そうなんですか…」
後宮とは女の宮。なにかあったのだろうと浅葱はぎこちなく頷いた。
笑いながら浅葱の言葉を否定した柳宿は浅葱が不味い方向に考えていることに気づき「イヤなことがあったから候補から外れた訳ではないわ」と否定する。
「本当に大したことじゃないし、病気のあなたが心配することないのよ」
「あなたは病気を治すことに専念なさいな」と柳宿は浅葱を寝台に横たわせ、彼女の額に軽く触れた。
「ほら寝た寝た。また熱が上がっても知らないわよ」
「……はい」
優しげに言っているが、有無を言わせない柳宿に浅葱は言われるがまま寝ることにした。
どうやら、世話好きな人らしいとこっそり笑う。無表情が幸いし、柳宿に気づかれなかった。
柳宿は柳宿で触れた額の熱さに眉を寄せ、冷すために濡らした布を冷水に浸し、再び彼女の額に乗せてやった。
少し話をしただけだが少し無理をさせていまったようだ。医官がくるまで休ませていたほうがいいだろうと判断し、柳宿はそっと寝台横の椅子に座り直した。
表情が極端な少女。あまり感情を表に出すことがないのだろうか。それでも笑った顔は柔らかく、一瞬で魅入られる何か少女にはある気がする。
ぼんやりと、先ほど見た笑みを思い出しながら考えていると、扉のノック音に立ち上がり明鈴に連れられ入ってきた医官を招き入れる。
まだ本調子ではない浅葱は医官の問いかけに一言二言返し、医官も軽く手や目、口内などを診て診察は簡単に終わった。
診断結果は変わらず風邪だったが、最初の頃より回復しているので、薬を飲んで休んでいれば直に治るだろうということだった。
最後に、医官は風邪を甘く見てはいけないと注意をして去って行った。
浅葱たちが診察を受けている頃、フワリと朱い光が一つ朱雀廟に灯り消えたことは誰も知らない。