◈痛む傷
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人は、醜い。
人は、ズルい。
人は、卑しい。
人は、薄情。
思いやりなんてない。
もしあるのなら、それは傷ついてきた人に生まれる心だと思う。
どんなに優しい笑みを浮かべていても腹の中では馬鹿にして。人の痛みを知ろうとせず、自分さえよければいいんだから‥。
“ウザイよねぇ”
“ダッサ―い”
“うわっ!キモッ”
“あれ?まだ居たんだ”
“死んだかと思った”
“消えてくんない”
“こっち見んなよ、気色悪ィ”
言葉は凶器。
傷跡が残らず、何の証拠も出ない。便利な凶器。粉々にグチャグチャに切り刻んでも罪にはならない。死刑になることもない。万能な凶器。コミュニケーションの為に出来た言葉さえ、傷つけ合う為に利用される。
人は言葉という凶器で人を殺すんだ。人の心に、突き刺して―‥。
――――――――――‥
中学三年の春。
いつものように登校。途中、桜の木があって、風が吹くとヒラヒラと花弁が舞う。その光景はとても綺麗なのに、私の心は黒く暗く沈んでいた。ぼんやりと歩く。
げた箱の前まで来ると一息吐いてから開ける。一番に目に飛び込んできたのは“死ね”と赤のマジックで書かれたメモ紙。
私、神崎 あやめは虐めの被害者。
一年も続くそれは私を少しずつ、けれど、確実に蝕んでいた。
教室に入ってもヒソヒソと陰口をたたくクラスメートたち。自分の席に着いて机の中を見れば、大量のゴミが詰められてる。それを見て可笑しそうに笑っている女子のグループ。主犯だ。派手なその子たちの中でも一際控え目な女子。
彼女は小学校からの親友だった。今では私を虐める主犯の一人。
『(なんで‥加代)』
私を裏切って、虐めに加担する理由が分からなかった。それ以前に、自分が虐められる理由が分からない。気に障るような事をした覚えもないのに虐められる。
先生や親にも相談したけど、何も変わらない。それどころか、酷くなる一方だ。
『(こんな、こんなことされる理由ないのに)』
机の中のゴミを片付けて席に座り、俯いて涙を堪えた。
初めの内は頑張った。
挨拶したり、声をかけたり。無視をされても頑張った。
でも―‥
『気持ちぃ‥』
屋上に吹く風。優しくて、暖かい。
『私‥頑張ったよ‥。
辛くても、悲しくても‥我慢、したよっ?』
堪えきれなくなった涙が次々と頬を伝いコンクリートに染みを残す。
フェンスを握り締めなから、足をかけた。眼下に広がる地面。その距離の遠さに視界が歪む。真っ白になる頭は恐怖さえ感じなくなっていた。
?「死ぬのか?」
声がした。
真っ白だった頭に理性が戻る。
ゆっくりと首を後ろに向けると、銀髪の男子生徒がジッと見ていた。
その男子生徒を私は知ってる。
否、この学校で彼を知らない人は居ないと思う。それだけ彼、仁王 雅治は人気者なんだ。
仁「死ぬのか?」
『ダメですか?』
仁「いや。ただな、目の前で死なれるのは寝覚めが悪いんでな」
『なら、去ればいいのではないですか?』
仁「見過ごすのも気分が悪い」
『アナタは関係ないのだから気にすることはありません。
私一人死んだって‥』
仁「いらんのか?」
『え‥?』
仁「その命いらんのか?」
彼の言葉がよく分からない。
だって、いらないから自殺しようとしているんだもの。
『いらない‥』
だって、私なんか居なくても時間は‥世界は廻る。
誰にも必要とされない‥傷つけられるだけの命なら、ないのと同じ。
仁「なら―‥」
――‥え??
宙に浮く感覚に驚く。
そのまま後ろに引かれ、下ろされた。
つまり、フェンスから離されたのだ。彼のせいで。
『何の真似ですか?』
仁「ん?いらないんじゃろ。だから、俺が貰うぜよ」
『は?』
仁「お前さんのこの先の時間、命。全て俺が貰うって言ってるんじゃ」
目の前の彼を見上げながら“馬鹿なの?”と言いそうになった。
だって、そうでしょう?
全然話したことがない他人の命を貰うとか‥頭がイカレてるんじゃないかと思う。
仁「くくっ。顔に出過ぎぜよ」
『Σ///!?』
慌てて口元を手で覆い、後ろに下がった。
見つめられる瞳は妖しく、鋭く。金縛りにでもあったように体が動かない。
ゆっくりと近づく彼から逃げることも出来ず、ただ、見つめるだけ。
仁「返事は?」
『ぁ‥‥っ』
答えることが出来ない。
何故か震え出す体、目には涙が浮かんだ。俯いて胸の前で手を握る。キツく、ギュッと。
仁「怖いんだろう?死ぬのが」
『そんな、こと‥』
仁「怖いんだろう?生きるのが」
『ッ‥!?』
彼の言葉が静かに、でも、確かに突き刺さる。さっきまで感じなかった死ぬことへの恐怖が襲う。ガタガタと震える肩を抱きながら崩れた。冷たいコンクリートの上にへたり込む私は彼からみたら滑稽な姿だろう。
生きることも、死ぬことも怖い‥。
なんて我が儘で自分勝手なんだろうか。逃げることも、向き合うことも出来ずにいるなんて―‥。
ポツリ ポツリ―‥
『ぅ‥ッ‥』
泣いた。声を押し殺しながら、泣いた。みっともない姿を彼に見られていようが気にもならない。ただ、ひたすら、泣いた。
仁「いい子だ」
『‥??』
涙と鼻水でグチャグチャな顔を上げた。
そこには優しく微笑みながら頭を撫でる彼がいた。ポケットティッシュを取り出して拭ってくれた。
仁「せっかく生きてるんだ、もう少し楽に生きてみんしゃい」
『どうやって‥?
誰も見てくれない、気づいてくれない‥見て見ぬ振りしてっ!
誰も助けてなんかくれないのに!!』
仁「ごめんな」
『!!?』
仁「ごめん、あやめ」
そう言って彼は私を抱き締めた。“ごめん”と謝りながら、優しく‥。
仁「助けてやれんでごめんな。
じゃがな、死ぬのは簡単じゃよ。生きる方が辛い‥」
『だから、死のうとしたのっ』
仁「あぁ、そうだな。
でも、あやめはまだ楽しんでないだろ?」
『そんなの‥』
仁「だから、あやめの残りの人生‥時間、命を俺にくれ」
まるでプロポーズのような言葉をサラッと言ってしまう彼に胸が小さく音を立てた。
私が恐れてるのは“孤独”だ。生きていてもひとり。死んでもひとり。それが、怖い。
『あげる‥(ポソッ』
仁「あやめ」
あげる。
こんな小さな命、あってないようなもの。“孤独”が怖いなら彼にくれてしまえばいい‥。
『その代わり‥一人にしないで、下さい』
縋る私は彼にどう映るんだろう?
惨めだと笑っているのだろうか?
どうでもいいか‥。私の命は彼のものになったんだから‥。
仁「有り難く貰うぜよ」
『ぁ‥///』
顎を掴まれ見上げた彼は妖しく笑っていた。
仁「これは俺のもんじゃき、勝手に死ぬことは許さんぜよ」
『は、ぃ‥』
仁「傷つけるのもダメ」
左手を掴まれブラウスの下に隠した傷跡を晒された。
仁「こんなに傷つけて‥痛かったろうに」
数本重なるリストカットの傷跡。そこに彼は優しいキスをした。気味の悪い傷跡たちを労るように‥。
仁「切りたくなったら、俺の手首を切りんしゃい」
『な、に‥言って‥』
仁「あやめの痛みも苦しみも全部共有したいからの。
言ったろ?あやめは俺のだって。命も時間も、体もな」
耳元で囁かれる言葉。
それは、私を優しく縛り付ける。心地良いその束縛に私は笑う。
生きる理由が持てたから‥。
それに、彼は私を酷い扱いをしない。そう言い切れるのは、抱き締める腕があまりにも優しいからだと思う。
仁「今日からあやめは彼女ナリ」
『はぃ‥仁王くん』
こうして始まった私たちの奇妙な恋人ごっこは、瞬く間に学校中に広がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
春の陽射しの暖かさを感じながら、いつものように登校する。重い足を動かしながら、ゆっくり、ゆっくりと歩く。気分も悪い。何度も休もうとしたけど母に止められた。
綺麗事ばかり並べて、世間体を気にして。
校門を過ぎれば、周りの視線が集まる。それもそうだ、仁王 雅治の彼女なんだから。
『(夢のような話でしかないよね)』
げた箱の前まで来ると手が止まった。いつものように入っているだろうあのメモ紙‥。
一息吐いてから開けると‥
『‥‥』
はらり、はらりと上履きを埋め尽くすメモ紙。
そこには、
“死ね”
“ブス”
“根暗”
“キモイんだよ”
“さっさと死ね”
“消えろ”
“生きてる価値なし”
赤いマジックで書かれた呪いの言葉に目が眩んだ。
?「随分、過激なラブレターじゃな」
『Σ仁王くん‥!?』
背後からの声に振り返る間もなく、肩に顎を乗せてげた箱を見る彼に驚いた。
仁「おはようさん」
『ぉ、はよ‥』
全く動じない。
地面に落ちたメモ紙を拾い上げるなり、ちょうど登校して来たクラスメートに声をかけてた。
仁「お前さんらのクラスで流行っとるんか?こういうの」
「えっ‥それはι」
慌ててるクラスメートに私は俯いたまま。
仁王くんは面白くなさそうに見下ろして、口元に弧を描いた。
仁「なら、俺もお前さんらに書いてみるかのぅ。このメモ紙‥なぁ?」
「っ!?」
睨まれたクラスメートは走って逃げた。
仁「なんじゃ、せっかく書いてやろうと思ったのに」
拗ねた表情をする仁王くんに笑ってしまった。
『‥ふふっ』
仁「なんだ?」
『ううん。ありがとうございます』
仁「やっと笑ってくれたな」
『そうだね』
不思議。あんなにも気が重かったのに今は軽い。
そのまま並んで教室に向かって、別れる。教室に入れば、嫌な視線を感じた。静まり返るクラスメートたち。
相変わらず、机の中にはゴミが入っている。
「なぁんだ、まだ生きてたの」
「さっさと死ねば楽だろうにねぇ、加代」
「そう、だね」
クスクスと笑い出すクラスメートたちが汚いものにしか見えなかった。
どんなに取り繕っても汚いものは汚いものでしかない。私自身、綺麗とは言えないけれど‥他人を蹴落とすなんて出来ない。虐めが出来るような汚いものにはなりたくない。
だからといって、虐められている子を助けてあげられる程強くもない‥ただの、偽善者だ。ズルいのも分かってる。
でも、加代が逆の立場だったら私は助けたよ。大事な親友だから‥。
『(加代は違ったんだね‥)』
ゴミを片付けて席に着いた。
英語の授業でちょっとしたゲームをやる。それは、全員起立して先生の質問に答える。もちろん、英語で。当たったら縦か横を選び、選んだ方の生徒は座る。至ってシンプルなゲーム。
だけど、このゲームは狙った相手を一人残すことが出来る。毎回私だけど。こんなゲームで虐めに遭うとは先生も案外、酷いものだ。少し考えれば分かるだろうに。
『(馬鹿ね‥教師も)』
チャイムが鳴り授業が終わると教室がざわめいた。
仁「よっ」
『仁王くん‥』
仁「英語か」
『うん』
仁「あのゲーム嫌いじゃ」
『どうして?』
仁「馬鹿らしいだろ?
やってることはゲームだが、誰か一人残すゲームぜよ。何が面白いのか、一人残ると笑ってるようなクラスメートなんざゴミじゃろ?」
仁王くんの言葉に静まり返ったクラスメートたちはどこかバツの悪そうに顔を逸らしてる。
仁「まっ、俺らのクラスはやってないがのぅ」
『そうなんだ』
仁「毎回残るんだろ?」
『‥ぅん』
答えるか迷った。
クラスメートたちの前で虐められているなんて言ってるようなものだけど、考えるより先に頷いてた。
仁「げた箱のメモ紙といい、やることなすこと幼稚やの」
『⋅⋅⋅⋅⋅』
仁「行くぞ」
『え?』
仁「こんな所に居たらあやめが傷つくだけじゃ。
保健医に言ってそっちに登校すればえぇ」
『でも、あの‥』
慌ただしくロッカーから机の中まで持ち物を取り出す彼に驚いたまま何も出来なかった。
仁「ほら、行くぞ」
『先生には‥』
仁「問題ない。お前さんのポケットにボイスレコーダー入ってるだろ」
『え?』
ポケットを漁れば確かに見覚えのないボイスレコーダーが入ってた。
仁「それ聞かせればダメとは言えないぜよ。
メモ紙もあるしな」
開いた口が塞がらない。
いつの間にコレを仕込んだのかも分からない。
仁「知っとる?
腐ったリンゴが一つあるだけで周りのリンゴも腐るそうじゃ」
『⋅⋅⋅⋅』
仁「このクラスの綺麗なリンゴはあやめだけじゃな」
『え‥』
仁「後は腐ってしまったんじゃ。たった一つの腐ったリンゴのせいでな」
可哀想だ、そう笑って言った。
否、口元は笑ってたけど目は‥‥笑ってなかった。
私は荷物を持って彼の背中を追った。
『(彼なら、信じられる)』
なんの確証もなくそう思った。
私は、屋上で救われたあの日から彼のモノ。今は、それだけでいい。私が今あるのは彼が居るから、救ってくれるから‥生きてる。
こんな価値のない私が、だ。
仁「あやめ」
彼が名前を呼ぶだけで、心が満たされる。
いつか、彼にも恩返し出来たらいいなぁと思う。
―――――――‥
あれから、事情を知った教師たちの配慮で保健室登校を始めた。両親も謝りながら守るから、そう言って泣いて。
けれど‥私は教師も親も信じてなんかいない‥。本当に助けて欲しい時に助けることもしない大人の言葉なんてその場しのぎだ。
ガラッ―‥
仁「おはようさん」
『おはよう』
仁「はぁ~‥疲れたぜよ」
『お疲れ様。はい、麦茶』
仁「サンキュー」
毎朝、部活が終わると必ず仁王くんは保健室に来るようになった。
仁「昼屋上な」
『分かった』
仁「よしよし」
『‥‥』
教室に向かう前に頭を撫でるのも日課になってる。その手の温もりが優しくて、ちょっと照れくさい。
彼の背中を見送り、中に入ろうとしたその時―‥
『加代‥』
振り返った先に加代がいた。泣きながら‥。
「あやめっ‥ごめ、ッ‥ごめんなさいっ‥!!」
『‥‥』
泣き崩れた彼女を見下ろしながら、私は混乱する。
助けてあげたいのに、許せない自分がいるから。
泣きながら謝る彼女の口から次のクラスの標的は加代だと知った。
「ったし‥怖くて、あやめのことっ裏切って‥ッ」
『‥‥』
「こんな思いしてたなんて‥知らなかった」
『ホントに?』
「‥ぇ」
『ホントに知らなかった?』
「あやめ‥?」
誰も知らない私の痛みを初めて知った?
あんなにも傷つく言葉を投げつけて、都合が悪くなったら助けを請うの?
私の時は助けてくれなかったのに?
痛みも苦しみも、全部私にぶつけておいて‥
今更、
『‥私、死のうとしたの』
「ぇ‥?」
『屋上から飛び降りようとした。それを助けてくれたのは仁王くんだった‥生きる価値もない私を、救ってくれたの』
加代‥。私の大切だった親友。
今の私たちは何なのかな?
素直に彼女に手を伸ばせない。だって、加代はまだ何も言ってない。
“私を裏切った理由”
自分が虐められるからって言ってたけど、それだけじゃないでしょう?
落ちたなら、みっともなく泣いて叫びなさい。
その方がきっと、楽になるから‥。
吐き出してしまえばいい。
『私を裏切ったのは何故?
助けてくれなかったのは?
なんで今更、知ったような口を叩くの?』
「だから、謝って‥」
『謝れば許されると思ったの?
加代なら許せる?』
「っ!?」
『私‥頑張ったよ?
無視されても、頑張ったの。
でも‥ダメだった』
「····」
『何度も泣いて‥何度も、切った』
「!!?」
ブラウスの下に隠した傷跡を見て加代は驚いた。
『呼んでたんだよ‥』
「え‥?」
『ずっと、呼んでたの―⋅··“助けて加代”って』
「!!」
『どこで間違ったのかな…私たち』
「‥ふっ‥うぅっ!」
廊下に伏して泣き出す加代を私はただ、見下ろしてる。
私には分からなかった。
今私たちは親友でないなら何なのか?
「‥っによ」
『⋅⋅⋅⋅⋅』
「そうやって私のこと見下してたクセに!!」
『加代‥』
「みんなあやめばかりで私は引き立て役でしかなかったッ‥惨めだった!だからッ」
?「だから、あやめが傷つけばいいと?」
『仁王くん‥』
後ろを振り返れば、授業を受けてる筈の彼は冷たい笑みを浮かべて私たちを見ていた。
仁「腐ったリンゴはお前さんだったワケか」
「ぁ‥ったし、は‥」
恐ろしく冷たい笑みに背筋が寒い。
仁「あやめを殺せば楽になったんかのぅ?」
「あ‥ぁ‥」
仁「卑怯なやり方で追い込んで、自殺したら後は知らなかったって言えばいいからな。
お前さんは手を汚すことなく人ひとり殺せる」
真っ青になる加代、それを見下ろす仁王くん。静かな廊下に陽射しが入っているのに空気が冷たい。
仁「都合のいいように“友達”を使うか。女ってのは勝手なモンじゃのぅ」
「ッ‥」
『(加代‥)』
私たちは似てたんだ。
気弱で流されて、嫌と言えない性格で。いつもどちらかが押し付けられたら助け合った。まただね、そう笑って‥。
私は気づかない内に加代を傷つけてたなんて、知りもしないで‥助けてくれなかった、そう言った。
私も、都合がいいのだ。
仁「お前さん、自分さえ良ければ‥あやめのことはどうでも良かったんだろ?」
「ぁ‥‥ッ‥」
言葉も出ずに涙を流す加代を見ていたら、ほっとけなくなった。
つん―‥
仁「あやめ?」
『もう、いいです』
制服を摘んで仁王くんを止め、加代に向き直りしゃがんだ。
『ごめんね』
「!?」
『加代を傷つけて‥気づかなくて‥ごめんね』
「あやめっ‥」
『それから、ありがとう』
「え‥?」
『私を頼ってくれて(微笑)』
「‥ッ‥あやめ!!」
『大丈夫‥もう、大丈夫だよ』
「ひっ‥ぅ‥」
優しく加代の頭を撫でながらあやす私を仁王くん呆れたように笑ってた。
――――――――――‥
仁「お人好しナリ」
『そうだね』
泣きつかれた加代をベッドに寝かせるように仁王くんに頼み、椅子に座る。
仁「まぁ‥そこに――‥だがな」
『?』
聞き取れない私に何でもない、彼はそうはぐらかした。
『傷ついた分だけ優しくなれると思ったの』
仁「?」
『傷つけて、傷ついて‥そうやって私たちは優しくなるんだと思う。
どんなに強がっていても傷つかない人はいないから』
仁「そんなんはごく僅かの人間だけぜよ。やられたらやり返すだけじゃ」
『私は‥出来なかった』
泣き崩れた加代を突き放して、見捨てるなんて‥。親友だったら尚更だ。
仁「‥優しいだけじゃ、傷つくだけじゃよ」
『そうかも‥。私馬鹿だから(苦笑)』
仁「なら、あやめの代わりに仕返ししてやる」
『え?』
仁「あやめを傷つけさせないように、な」
優しく笑って手を握る仁王くんは王子様みたいだった。
この温もりに助けられる。辛いことも悲しいことも優しく包んで抱き締められるような、そんな感覚。
仁王 雅治という人物はとても誠実で優しい男の子だったと知る。
しばらくして加代が目を覚まし、私は彼女と一緒に教室に入った。一人では心配だったから。
ドアを開ければ、自然と視線が集まりヒソヒソと囁きが聞こえる。嫌な空気に気圧されながらキツく手を握った。
『大丈夫‥(ヒソッ』
「あやめ」
『‥‥』
笑いかければ、加代も笑ってくれた。ふたりで教室に入り席に座りながらお喋り。それを見てた主犯の子たちが加代の名前を呼んだ。
「加代、あたしら裏切るの?」
「っ!!」
「都合悪くなったら直ぐ乗りかえるとか有り得なくない?」
「男出来ても同じだったりして―」
クスクスと笑っている彼女たちに怯えるように俯く加代を見ていたら、自分と重なった。
チャイムが鳴って授業が始まっても身を小さくして俯く加代。こうして見ていると、周りがよく見える。
可哀想と思いながらも何も出来ずにいる子
関係ないと見ないフリをしてる子
自業自得だと思って見てる子
誰もが皆、虐めに遭いたくはない筈だ。
だから、嫌われないように取り繕って‥嘘を重ねて、苦しくなるんだね。教室という小さな箱の中は35人が息を吸うには狭すぎる。いつも同じクラスメートで顔を合わせていれば嫌な所も見えるだろう。長所があれば短所もあるから。ストレスにならないワケがないのだ。
「――‥‥あやめ?」
『‥ごめん、考え事してた』
「お昼、食べ――‥
「加代―」
!!?」
「こっち来なよ」
クスクスと笑ってる彼女たちに加代の肩が震えた。心配になって加代を見上げたら、引きつった笑みを浮かべて“大丈夫”そう言った。
「ぁ‥あやめと‥た、食べる、からっ‥行けないっ!!」
『!!』
初めて、断った加代に誰もが驚いた。私自身、驚いている。
今まで断る事が出来なかった彼女が震えながらもハッキリと言葉にしたのだ‥。
「何それ?散々虐めといて今更友達宣言?」
「よく出来るよね~。死ねばいいって言ってなかったァ?」
「Σそれはッ!?」
「みんなはどう思うの?」
「加代のこと許せないよね~?
あたしらに責任なすりつけてさ」
押し黙るクラスメートたち。
誰もが加代を嫌なモノを見るような嫌悪感を抱いた目で見ていた。見ていながら、誰も否定しないことが悲しいと、思った。
ガラッ―‥
いきなりドアが開き、視線がそちらに集まった。
仁「‥なん?」
柳「貴方がいきなり開けるから驚いたのでしょう」
仁「わざわざノックしろって言うのか?」
柳「マナーです」
仁「職員室じゃあるまいし」
何事もなく入って来る仁王くんと部活メンバーの柳生くん。
仁「なんだ、取り込んでたのか?」
『ちょっと。どうしたの?』
仁「昼休みにどうしたのはないだろう。一緒に飯食おうと思ったから来たんよ」
柳「私も仁王君に誘われましてね。ご一緒させてもらえますか?」
『ぇ‥あ、はい』
仁「此処借りるぜよ」
『「‥‥ι」』
そう言って机をくっつけ、私の隣に仁王くんが座り、前には加代、その隣に柳生くんが座った。
仁「しかし、何だってこんな静かなんじゃ?通夜みたいぜよ」
柳「縁起でもないこと言わないで下さい」
仁「ピヨッ」
気にしないふたりに加代と笑った。少しすれば周りも動き、賑やかになる。
仁「結構、お似合いかもな」
『何がですか?』
仁「前の二人」
『‥本当だ』
加代と柳生くん、楽しそうだ。気が合うのか話が弾んでる。
推理小説で盛り上がっていた。
仁「‥‥」
『あの‥何かι』
机に頬杖をつきながらこっちを見てる仁王くん。
仁「あやめは楽しそうじゃないのぅ」
『へ‥?』
仁「‥‥(ムスッ」
『ぁ、あの‥ι』
柳「仁王くん、ヤキモチですか?」
『え?』
「(鈍いι)」
柳生くんの言葉にクラスメートたちも驚いている。
仁「あやめ、行くぞ」
『ぇ、はぁ‥』
「行ってらっしゃい」
柳「ごゆっくり」
何故か、加代と柳生くんが優しく笑って見送る。よく分からないまま仁王くんの後を追った。着いた先は屋上。
仁「あやめ」
『あ‥はい』
手を引かれて日陰に並んで座ると、仁王くんは寝転んでしまった。私の足を枕に、だ‥。
『‥‥』
仁「なんだ、慌てないんか」
『ぇ‥あ、そう‥だね』
恥ずかしいとか、慌てるとか全然なくて落ち着いてる。
それは、きっと―‥
仁「俺のモン」
『はい』
仁「それは―‥
“誰でも良かった”ってことか?」
『え?』
仁「あの時声をかけたのが俺じゃなくてもソイツのモンになったのか?」
下から見上げられる瞳は冷たく、鋭い。
だけど―‥
仁「もう、必要ない」
『仁王くん‥?』
そう言って起きるなり立ち上がった。
仁「好きな男の所にでも行ってしまえ」
『‥‥』
冷たい瞳に私は何も言えなかった。
好きとか、分からない‥。
『私は、傷つけてた‥』
助けてもらって‥傍に居てもらいながら、何も‥何も、返せてない。
優しい彼に甘えてた私は何も変わってなんかいなかった。
『好きな人、か‥』
真っ青な空を見上げていたら涙が零れた。
『‥ッ‥』
触れてくれた温もりが恋しくなる。けれど、もう‥居ない。
淡い恋心を抱いたことを思い出した。中学受験の時、隣に座った男の子が消しゴムを忘れてたらしく困っていたから私から声をかけた。内気な私が。
照れたような笑みを浮かべて“ありがとさん”そう言ってくれた。何となく、恥ずかしくなって俯いたのを覚えてる。
その後も話した。優しいその子に私は初めての恋を知った。
けれど、入学式に彼は居なくて片想いは呆気なく終わった。
『(仁王くんは‥私のこと、どう思ってたのかな?)』
あんなにも優しく包んでくれる彼が最後に見せた冷たい瞳には寂しさや不安が揺らいでるように見えた。少しでも期待した私は自惚れてるのかもしれない。
「誰かと思ったら、神崎さんじゃない」
『‥』
見上げた先には虐めの主犯である女子生徒。嫌な笑みを浮かべながら見下す彼女の言葉は私の耳に入って来ない。
そんなことよりも彼のことで頭がいっぱいだから。
「聞いてるの?」
『聞いて、なんになるの?』
「‥死んだ魚みたいな目で見ないでよ!気持ち悪い!!」
『だったら話しかけないで。
言ってることとやってること矛盾してるよ』
「ッ!!うるさいッ!!」
ゲシッ
『ッ‥ゲホッ‥はっ‥コホッ‥!!』
お腹を思い切り蹴られ咳き込んだ私はそのまま身を小さくして倒れた。
「ムカつくのよね~。
アンタみたいな地味な女が仁王の傍に居るのが、気に食わないのよッ!!」
ゲシッ ドスッ
何度も何度も蹴られる。
何度も何度も踏みつけられる。体中が痛い。
「なんで‥なんでアンタなんかっ!!私より劣るアンタなんかをッ!!」
『ぐぁッ!!』
憎しみを込めながら足を動かす彼女に対して、私はぼんやりする頭でなんとか意識をつなぎ止めていた。
『(嗚呼‥彼女は彼が好きなんだ)』
痛みが体に、心に突き刺さるように感じる。
自然と涙が溢れて、霞む視界をゆっくり閉じながら最後に呟く。
『にぉ‥く‥‥』
――‥私も、アナタが好きです
優しいアナタが‥スキ
†side:仁王†
丸「よぉ、早いじゃん」
仁「‥‥」
丸「随分機嫌悪いなぁι」
仁「別に」
丸「そうかよ(ほっとこ)」
仁「‥‥」
屋上にあやめを残し教室に戻っては来たが、スッキリせん。
モヤモヤしたモンが晴れずに苛立つ。その原因が何なのかは分かってる。
仁「(あやめ‥)」
アイツが俺の傍に居るのは俺がそう言ったからだ。自分の意志で居るんじゃない、縛ったのは俺自身。
死なせたくなくて、失いたくなくて‥助ける術がなかった俺の苦し紛れの言葉だった。アイツはそれに従ってるだけで、そこに想いなんてないのは当たり前ぜよ。
仁「(覚えてないんかのぅ‥)」
筆箱から一つ消しゴムを手に取る。カバーに書かれた名前、それは神崎 あやめ‥アイツのモノ。中学受験の時に消しゴムを忘れた俺に声をかけてくれたのがあやめだった。
控え目な小さな声で
“忘れ物ですか?”
そう聞かれて、忘れた恥ずかしさからぶっきらぼうに
“消しゴム”
とだけ返した俺に予備をくれたんだよな。
“もう一つあるから、どうぞ”
その時の笑みが可愛いと思った。
少しずつ話して、試験を終えて‥帰ってから消しゴムを思い出したナリ。名前が書いてあったのが幸運だったが、入学式であやめに声をかけることが出来なかった。そん時にはもう銀髪でアイツはなるべく関わらないように避けてたらしい。返せない消しゴムだけがずっと残った。
あやめが虐めにあってるのを知ったのは、最近だった。
教室内で行われていたから気づきもしなかったぜよ。まぁ‥部活の方も忙しかったせいもあるが。
一年もの間、俺はアイツに何もしてやれなかったんじゃ。
だから、あの日―‥。
屋上で飛び降りようとする姿を見て内心焦ったナリ。刺激せんよう冷静に言葉をかけるのが精一杯だった。何も映さない暗い瞳を見た時、俺が惚れた笑顔はなかったぜよ‥。
仁「‥‥」
丸「(重症だろぃι)」
柳「(困りますね。試合も近いというのに)」
丸「(なんとかなんねぇ?)」
柳「(難しいですね)」
丸「(だよなぁ‥)」
仁「はぁ‥」
結局、一方的な付き合いは虚しいだけだったワケじゃな‥。
ギュッと手の内にある消しゴムを握り締めれば、あやめの親友が立っていた。
仁「どうした?」
「‥これ、聴いて下さい‥」
渡されたのはあやめに仕込んだボイスレコーダー。
それを受け取り、耳に当て聴いた俺は勢い良く立ち上がって椅子が音を立てて倒れた。何事だとざわついたクラスメートを無視してソイツの肩を掴んだ。
仁「‥あやめは」
「保健室で寝てる‥大した怪我はないって‥‥っ」
震えが伝わってきた。
そりゃあ泣くだろう‥いきなり、
“屋上で意識を失ってた”
なんて聞かされれば、取り乱しもするぜよ。
柳「仁王君?」
丸「おい、どこに――‥Σ!!」
仁「野暮用ぜよ(怒)」
教室を出て向かうはあやめのクラス。苛立ちと怒りで俺は冷静さを失ってた。断片的にしか記憶にも残っていないほどに―‥。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「“生徒会から急遽、お知らせします。
今日三年のクラスで騒ぎがあったのは知っていると思います。
なので、単刀直入に要件だを伝えます。
――‥虐めがあるクラス又は目撃情報何でもいいから生徒会に報告しなさい!!”」
校内に響く放送。毒舌で有名なこの学校の生徒会長の声が響く。
「“被害者だろうが加害者だろうが私にとっては一生徒に変わりない!!
生徒会は生徒の代表として虐めをぶっ潰すわ!!”」
丸「まぁた、すげー放送だなι」
ジ「生徒会長がいいのかι」
蓮「反論するだけ無駄だ」
柳「会長は正義感が強いですからね」
仁「‥‥」
保健室に連れてこられた俺はあやめの傍を離れずにいた。
クラスで主犯を問い詰めて暴れた俺を丸井たちが止めたらしい‥覚えてないが。
真「頭は冷えたか、仁王」
仁「‥あぁ」
丸「ったく、女相手に暴れてるから焦ったぜ」
ジ「真田が来なかったら止められなかったしなι」
柳「まったく。加代さんにお礼を言って下さいね。
彼女が先生方に取り合ってくれたんですから」
仁「‥‥」
蓮「今はそっとしておこう」
出て行く寸前、俺は一言だけ呟いた。
仁「‥すまん」
それだけでアイツらには伝わったと思う。
眠るあやめの頬を撫で、手を握る。
仁「ごめんな‥あやめ」
あやめの虐めの原因は俺だった。
主犯の女は一年の時クラスが一緒で特別仲が良かったワケじゃない。普通だ。たまたま、消しゴムを見つけて聞かれたことがあったが“借り物”と誤魔化した。
じゃが、女の勘ってのは恐ろしいモンで同姓同名ってだけで気づいたらしい。それが理由だ。醜い女の嫉妬から始まった虐めだったんじゃ。
あやめは何も悪くなかった‥悪いのは俺だ。助けることで満足して、原因だったなんて知らなかったんじゃからな。
ブラウスに隠れた傷痕を見ればどれだけ苦痛だったことか‥。
仁「あやめっ」
許さなくてもいい‥嫌われても、避けられてもいい。
けれど、俺があやめを好きだってことは信じて欲しいぜよ。
『‥忘れ物』
仁「!!」
『忘れ物、ですか‥』
あの時と同じセリフか。
なんで忘れ物なのか分からんが、俺は笑って答えた。
仁「あぁ、忘れてた‥‥あやめをな」
『わた、し‥?』
仁「それから、コレもな」
握ってた消しゴムを見せれば、驚いた顔をするあやめに笑った。
『それ‥じゃ、あの時の男の子は‥』
仁「俺だ。髪染めてなかったから気づかんかったんじゃな」
それから、事の経緯を話してあやめの言葉を待つ。
互いに無言で時間だけが進む。かける言葉が見つからないぜよ‥。
俺のせいで辛い目に遭って、自殺まで追い込んで‥かける言葉なんてあるワケない。
俯きながらキツく握った手に力が入る。
仁「(もっと早く、気づいてやれればっ!)」
自分を責めることしか出来ない。そんなことをしてもあやめが受けた痛みには届かない。心も体もボロボロになるまで傷ついたんだからな‥。
『にぉ、くん』
仁「なんだ‥?」
出来るだけ優しい声で答えた。
『屋上で言ったよね?
好きな男の所にでも行ってしまえ‥って』
仁「あぁ‥」
『‥あれね、行く必要がなくなったの』
仁「え?」
あやめを見れば優しい笑みを浮かべていた。あの時と同じように。
そして、そっと俺の手に手を重ねて握ってくれた。
仁「あやめ?」
『仁王くんの傍に居たい』
仁「!?」
『今度は、私の意思で。傍に居たいんです』
仁「居て‥くれるんか?
俺のせいで、沢山痛い思いしたのに‥」
まだ信じられない俺にあやめは優しく慰めるように言葉を紡ぐ。
『辛かった、痛かった、苦しかった‥。
でも、仁王くんが助けてくれたから‥また、頑張ろうって思えたの(微笑)』
仁「‥っ‥!?」
『泣かないで‥笑って?』
頬に触れるあやめの手を握りながら泣いた。こんな俺を許してくれた優しさに涙が止まらなかった。
『ごめんなさい、それから、ありがとう‥』
仁「馬鹿、じゃのぅ‥それは、俺のセリフぜよ」
『そんなことない。
心配もかけたし、甘えてた私にも責任はあるから‥』
仁「なら、お互い様‥でいいな」
『‥うん』
そう言って笑えばあやめも笑って返してくれた。
しばらくして親友の加代が来て良かったと笑い合う二人を見ながら一緒に来た柳生に謝った。
仁「迷惑かけてすまんのぅ、柳生」
柳「今回ばかりは怒る気はしませんよ」
仁「ほぉ。そりゃまたなんでだ?」
柳「私が君の立場なら同じように行動したと思います。
冷静でいられる自信はありません」
仁「そっか」
理解ある親友が居て良かったと改めて思えたぜよ。恥ずかしくて言えないがの。
柳「彼女たちの処分は生徒会に一任されたそうです」
仁「アイツが張り切るのか‥」
柳「教師では話しにならない!
そう怒鳴りつけたそうです。
今回のことにしても、その外の虐めについても報告書を作成し保護者にも通達すると」
仁「素晴らしい会長様じゃな」
柳「そうですね」
教師とはいっても所詮は他人じゃ。虐めを黙認した方が自分たちにとっては都合がいいだろうからな。
仁「大丈夫なんか?」
『うん。痛みも引いたから大丈夫』
あやめが心配で保健室に残り、柳生たちはHRに戻った。
起き上がったあやめを支えるように隣に座って肩を抱く。恥ずかしいのかあやめの頬は赤く染まり俯いてるナリ。
仁「真っ赤なリンゴじゃのぅ」
『う゛~‥///』
仁「くくっ。可愛いのぅ」
『‥///』
仁「恥ずかしいのは分かるが、我慢してくれ」
『?』
仁「こうして触れてないと不安なんじゃ」
『仁王くん‥』
情けない、だろうな。
でもそれ位あやめが居ないとダメなんじゃ‥。
『私‥幸せです』
仁「あやめ?」
『初恋の人と一緒に居られるから///』
照れくさそうに笑うあやめにつられて俺まで照れくさくなる。
仁「傷ついた分、優しくなれる‥か」
『仁王くん?』
仁「あやめは優しすぎる。
‥俺のせいで苦しんでたのに、嬉しそうに笑うし」
どうしても自分を責めることしか出来ない。嬉しい筈なのに負い目が出来たようにモヤモヤしとるぜよ。
『仁王くんも‥十分優しすぎるよ』
仁「あやめ‥」
『原因は仁王くんだったとしても、私は恨まないよ。
ううん‥恨めない。
あの時、手を伸ばしてくれたのも、救ってくれたのも、守ってくれたのも‥仁王くんだから』
仁「‥‥」
『こうして心配して傍に居てくれる優しさが私を支えてくれるから』
優しく笑って寄りかかるあやめをキツく抱き締めた。逃がさないように、離れないような‥キツく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『だいぶ、寒くなったね』
仁「そうじゃな」
全国大会を終えた俺たち三年は引退。季節も秋から冬へと変わり始める。部活がなくなった寂しさはあるものの、あやめとの時間がそれを埋めてくれる。
『来年は高校生だね』
仁「そうだな」
『テニス続けるの?』
仁「あぁ。他にやりたいこともないしな」
『じゃあ、また応援しなきゃ』
仁「ありがとさん」
二人で手を繋いで帰るこの時間か何よりも落ち着く。
仁「あやめは部活入らんのか?」
『私は、運動苦手だからι』
仁「確かに。文芸部とかあるだろ」
『うーん‥でも、図書館で本読んだりしてる方が好きだし』
仁「退屈せんか?いつも待たせとるし」
部活か終わるまであやめはいつも待ってる。どんなに遅くても一緒に帰りたいからと言って聞かない。
案外頑固なんじゃよなぁι
『そんなことないよ!
加代も一緒だし、待ってる間もお喋りしたりで楽しいよ』
仁「何の話しとるんじゃ?」
『えι‥あー‥恋、バナ///』
仁「女子は好きだな」
『‥///』
仁「俺と柳生の話でそんなに盛り上がるか?」
『う゛///』
真っ赤なあやめに笑ってしまう。
親友の加代は最近柳生と付き合いだしてよくダブルデートをするようになった。
『‥二人でテニスコート眺めてるの///』
仁「そういや、よく見えるかもな」
『うん。それから、幸せだよねって話をしたりね///』
仁「恥ずかしくて聞いていられんぜよ‥//」
『えへへ///』
男同士でも恋バナ的な話はするが、大抵は彼女の愚痴だったり悩み事だ。
あやめのように互いに幸せだとノロケたりしないぜよ。隣を見れば嬉しそうに笑うあやめに笑みが浮かんだ。ギュッと手を握ればまた幸せそうに笑う。
『なんですか?』
仁「ん‥幸せそうに笑うと思ってな。見惚れてたんよ」
『‥恥ずかしい、です///』
仁「ははっ」
俯いたあやめを横目に握った手を離し、腕を組んだ。
『あ、あのっ///』
仁「密着しとるな」
『う゛~///』
仁「恋人なら普通だろう?」
『そう、ですけど‥///』
歯切れの悪いあやめに笑う。
仁「なぁ、次の休みに俺の家に来ないか?」
『え‥?』
仁「たまには家デートしたいんよ」
『ご迷惑でなければ///』
仁「心配せんでも誰も居らんけぇ気遣いは無用ぜよ」
『(誰も居ない方が緊張するんだけど///)』
仁「嫌か?」
黙り込むあやめに不安。
いきなり二人きりってのは緊張するだろうが、俺はもっとあやめと居たい。何もしないでいられるかは‥‥わからんがι
『嫌じゃないよ‥緊張するなぁってだけ』
仁「俺もだ」
『そうは見えません』
仁「そうか?」
『余裕そうです』
むくれる彼女も可愛いと思えてしまう辺り重症じゃな。家に着くと離れた温もりが恋しくなる。
仁「もっと居りたいのぅ」
『次の休みは一緒だよ』
仁「そうだな。じゃあな」
『うん。気をつけてね』
手を振り歩き出せば、冷たい風が頬を撫でる。さっきまで温かかったせいか余計寒く感じる。
仁「さて、部屋の掃除しとくかな」
そんなことを考えながら家に向かって歩いた。
