日番谷
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幼い瞳に映る世界は、とても広くて大きなモノだった。
見るもの全てが小さな好奇心を掻き立てる。無邪気な笑みを浮かべながら世界を愛した。世界から愛されている、そう疑わなかった。人の悪意など知らず、毎日が楽しいと感じながらはしゃいだ。そんな時が私にもあったんだろう。
けれど、今の私がいる世界は悪意しかない。
腐敗した様な場所。愛など無い。あるのは、弱者と強者のくだらない争いだけ。否、争いにもならない。
強者に逆らえば殺されるだけの弱者。
毎日の様に何処からか聞こえる嘆き、叫び。見て見ぬ振りの弱者たちはひっそりとその身を小さくして免れようと逃げる。当たり前の判断を誰が責められるだろうか?弱さ故の逃避だ。責められる謂われはない。
此処はそんな平穏とは無縁の無法地帯。強者は女であろうと、子供であろうと容赦なく因縁をつけては暴力を振るい。果ては―‥殺す。躊躇いなどありはしない。強者にとっては虫を殺すのと同じくらい小さなコトでしかないからだ。
――嗚呼、今日も嫌な声が聞こえる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
乱「流魂街にですか?」
日「ああ。そいつを見て来いってよ」
乱「何でまた?何か訳ありなんですか?」
日「強い霊圧を感知したそうだ。何人か向かわせたらしいんだが、殺されたんだとよ」
乱「殺されたって‥。流魂街の住人相手にですか?!」
日「どんな奴なんだろうな‥」
隊主会から帰った俺は、総隊長から一つの案件を受けた。松本にも説明した強い霊圧の持ち主に関しての調査だ。
乱「この場所って治安が悪くて有名ですよね。仕切ってる連中がいるとかで、問題が多くて誰も近寄らないって噂の。また、面倒な仕事押し付けられましたね、隊長」
日「るせェ」
他の隊長が渋ったのは事実だ。
いくら死神とは言え流魂街の住人相手に斬魄刀を抜くわけにもいかない。が、隊士が殺された以上覚悟はしとくべきだろうな。
乱「隊長お一人で行くんですか?」
日「否、同行には浮竹が来てくれる。流石に女を連れて行くには危険がある場所だからな」
乱「‥それにしても、この霊圧の持ち主の情報は一切ないんですか?」
日「調査に行った奴らが戻らねーんだ。仕方ないだろう」
俺はコイツの性別を男だと考えた。平隊士とはいっても戦う術を学んだ者が殺されたのは不自然。なら、殺しが日常的にある場所であるなら手慣れた者が居ても不思議じゃない。そして、その推測では女という選択肢は無かった。
俺には大した興味もない。そういった奴は大抵面倒な性格をしてるだろう、十一番隊長の様に。
日「‥面倒クセェな」
乱「隊長ォ~。そんなコト言ったら怒られますよ?」
日「事実だ」
そして後日、浮竹と共にその地に赴いた。
―――――――――‥
日「随分寂れた場所だな」
浮「ああ。人の姿もない」
日「(気味が悪い)」
静かすぎるその場所は、人の姿はなく、どこか淀んだ空気が漂っていた。暫く様子を窺いながら歩いて行くと甲高い女の叫び声が聞こえた。
浮「何かあったのか?!」
日「行ってみるしかないな」
浮「ああ!」
声がした方へと向かう。
すると、数人の柄の悪い男達が若い女を連れ去ろうとしていた。
「姉ちゃん!!」
「嫌ァー!!」
浮「何をしているんだ!」
「ちっ、また死神様かよ」
――また?
その言葉に浮竹と目が合う。
隊士を殺したってのはコイツ等か?
「何の用だい? 死神様」
浮「その前に彼女を放してもらえないだろうか?
嫌がっているじゃないか」
「アンタらには関係ないだろう?
此処には此処のやり方ってのがあるんでな」
日「(胸くそ悪ィ‥)」
脅えたままの女。泣き叫ぶ子供。何もしない、出来ない大人。弱者と強者のはっきりとした立場の差に嫌気が差した。
浮「手荒な真似はしたくないんだ。頼む」
「ふざけた死神様だな!」
日「(はぁ‥。完全に馬鹿にしていやがる)‥――浮竹」
浮「うーん‥ι」
この状況で斬魄刀を抜くわけにもいかない。相手は流魂街の住人だからな。
男が言う。
「なんならアンタらも混ざるかい?」
日「何?」
「この女と遊ぶんだよ」
浮・日「「!?」」
「上玉だと思ってたんでな」
気色の悪い笑みを浮かべながら男は女の身体を撫でる。涙を零しながら声にすらならない叫びを上げる女。こんな腐った連中に弱者は虐げられるだけ。今までどれだけの被害があったかわらかりゃしねーな。
浮「日番谷隊長」
日「ああ」
斬魄刀に手を伸ばした。
――その時、
「ぐぁっ!!」
男は短い叫びを上げ、倒れた。誰もが驚き振り返る。
そして、小さく呻く様な声で言う。
「ぉ、鬼‥鬼子!」
日「鬼子?」
浮「一体何が‥」
後ずさる男達の間から姿が見えた。
日「!?」
浮「女の子‥?」
浮竹が呟く。
そう、女だった。雛森より少し低い身長。肩より長めの黒髪は整えられていない。幼さを残すソイツの瞳はどこか虚ろで何を見ているのか、何処を見ているのか、分からない。しかし、その手に握られた刀は血を伝わせている。驚きを隠せない俺達をよそに男は言う。
「鬼子のクセに正義の味方―‥」
ザシュッ、
「ッ‥かはァ‥」
日「なっ!?」
何の躊躇いもなく振り下ろされた刀に男は力無く地面に転がる。その様に怯えて一人は逃げ出し、女も走り去った。頬についた返り血を擦り拭き、感情のない声で小さく呟いた。
『静かになった』
踵を返して立ち去ろうとする少女に浮竹が声を掛ける。
浮「ちょっと待ってもらえるかな」
足を止め、振り返る少女の瞳はやはり虚ろ。視界に映しているのか、映していないのか、やっぱり分からない。
そん少女に浮竹は言う。
浮「俺達は此処に霊力の高い者が居ると知らされて会いに来たんだ」
『だから、何‥』
浮「君だよ。俺達が会いに来たのは」
浮竹の言うように目の前の少女から強い霊圧を感じる。
想像とは違った人物像に俺は戸惑う。
小柄で華奢な女が隊士を殺したのか?
否、あの躊躇なく殺せる辺りは納得出来るが‥果たして隊士相手でもそう上手くいくのか?
そんな考えを巡らせていると、女が持つ刀に目が行った。
日「浮竹、あの刀‥」
浮「‥斬魄刀の様だな」
日「ああ。‥その刀、何処で手に入れたんだ?」
『死神殺して手に入れた。珍しくもない』
そう言うと女はゆったりとした足取りで歩き出した。
浮「日番谷隊長は彼女を。
俺はあの子について聞き込みしてみるよ」
日「わかった」
俺は後を追うように駆け出す。
何を映して見ているのかも分からない。正直に言えば、関わりたくない相手だ。
霊圧を追って辿り着いた場所は、森の中を歩いた先にある小さな洞窟。そんな寂しげな場所で一人、アイツは空を仰いでる。
日「此処に住んでるのか?」
『‥‥』
日「(話したくないか‥)」
ぼんやりと眺める瞳には空の色さえも映っていない。空っぽの人形の様なソイツに俺は掛ける言葉が見つからず乱暴に頭を掻いた。
『まだ居るの‥?』
虚ろな瞳が振り返る。
日「力ある者はその力の使い方を学ばなきゃならない。お前は学ばなきゃならねーんだ」
『意味がない』
日「それを見つけるのは自分自身だ」
『私には必要ない』
日「やる前から決め付けか」
『それが結果なだけ』
押し問答に苛立ちながら言う。
日「他人にも被害が出るんかもしれないんだぞ」
『それはない。私の傍になんて近寄らないから』
日「‥」
『我人に非ず、鬼子也‥なんてね』
薄ら寒い笑みを浮かべる女。
全てを諦め、全てを拒絶したソイツに掛ける言葉なんてありはしない。
こんな森の中に暮らしてんだ、まともな扱いはされてないのは明らかだ。
『気味が悪い?』
日「‥‥」
『分かりやすい。
‥それは普通の感情だから間違いじゃないよ。みんな、私を見ると嫌悪感を表すから』
日「だから、こんな場所で暮らしてるのか‥」
『私、人じゃないから』
諦めも拒絶も、それをしていたのは俺の方だった。
コイツは自分に向けられるモノを受け入れただけなんだ。俺は鬼子とまで言われる理由が知りたい、そう思った。
◆◇◆◇◆◇
山「では、昨日の調査報告を聞こうかの。――浮竹」
浮「はい。調査の対象は神崎 あやめという少女です。朽木と同じ位の年頃で、一人で森の中の洞窟に住んでいる様です」
京「洞窟?なんでまたそんな場所に?」
浮「住人達から“鬼子”と呼ばれ、疎外されてるようでな。一緒に住んでたお婆さんは優しい子だと言っていたんだが‥その時は姉が一緒に居たらしい」
浮竹の話しを聞きながら色褪せた瞳を思い出した。何も映さない、光を宿さないあの瞳はどんな絶望を目の当たりにしたら出来るのか、俺には分からない。
そして‥こんなにも気になる自分さえも。
京「その姉はどうしたんだい?」
浮「‥自ら命を絶ったそうだ」
その事実に誰もが言葉を失った。
浮「あの場所では女性に対する暴行が日常的に行われているみたいです。
彼女の姉も被害者だった。心身共に蝕んで‥彼女の目の前で亡くなったそうです」
京「嫌な話しだねェ」
浮「その加害者には死神がいたらしい」
山「‥所属隊は」
浮「‥六番隊です」
朽木は何も言わないが微かな反応を示す。死神が関わっているなら難しいだろうな‥。
ぼんやりと空を仰いでいた横顔は儚げで、風にさらわれて消え去りそうなアイツを頭の片隅で思い出しながらそう思った。
姉の死を目の当たりにした衝撃は他人には分からないだろう。あの手に斬魄刀を握り締め、復讐に手を染めた。その先にあるのはどんな未来なのか‥見届けたい気もした。
山「ほおって置くわけにもいかぬな。日番谷、浮竹。引き続きその娘を頼むぞ」
浮・日「「はい」」
頼むって言われてもなぁ。
なんて内心呆れながらもアイツに会うコトに少なからず心が躍る。
―――――――――‥
数日後、俺は一人でアイツに会いに来ていた。浮竹は‥‥いつもの如く体調不良でいない。
日「(嫌な場所だ)」
淀んだ空気が重苦しい。
身を潜める住人達の気配を感じながら歩く。森の中へと進み行けば、子供がいた。
日「何してるんだ?」
弾かれる様に振り返った子供は驚いて直ぐに睨む。
「死神ッ。また、姉ちゃん達を傷つけに来たのか!?」
日「否、俺は―‥」
『それは違うよ』
ゆらりと洞窟から姿を見せたソイツは傷だらけだ。
そんなコトを気にもせずに虚ろな瞳を向ける。
『そこらの死神と違う。何もしない』
ふらつく足取りで歩み寄り子供を見た。
『何度頼まれても嫌』
「ッ‥何でだよ!俺は強くなりたいんだ!姉ちゃん達が悲しまない様に、あいつ等を殺してやりたいんだ!」
日「!?」
子供の言葉に驚いた。
――殺してやりたい
こんな子供までもが簡単に殺しをやろうなんて‥やり切れないな。
『殺したきゃ勝手にやればいい。私は、誰にも教わってはいないよ』
「ッ‥わかったよ。一人でやってやる!」
捨て台詞を投げつけ走り去る小さな背を見つめ言う。
日「子供をけしかけるな」
『‥私、あのくらいの時に人を殺したけど?』
日「‥だからといって。簡単に人殺しをさせるつもりか?」
『よっぽど平和な暮らしをしてたんだね』
その言葉に何も言えなかった。確かに俺が暮らしてた場所はこんなに寂れた場所じゃない。何より人殺しなんてなかった。
此処で暮らす者の気持ちは分かってはやれない‥。
『アンタが言ってるのは“人として”は当たり前の考えだよ。
でもね? 大切な人を奪われた悲しみも憎しみも残留し続けるんだ。決して晴れるコトなく』
日「復讐は、何も生まない。傷が増えるだけだ」
それは俺も経験はある。
憎しみに駆られた所で何も変わりはしない。憎しみも悲しみも乗り越えた奴が強いんだ。
『ご立派だね。でも、私には届かないよ。私は“人”じゃなく“鬼”だから』
コイツが受けた仕打ちも扱いも会って日が浅い俺には諭すだけの言葉が浮かばなかった。
希望も生きる理由さえも失った抜け殻の様な少女はぼんやりと空を見つめているだけ。
何も映さない虚ろな瞳で。
『声が聞こえる‥』
日「声?」
『そう。泣き叫ぶ声で“助けて、助けて”って。うるさいんだよねェ‥
だからさ―‥』
見上げたまま首を動かし俺を見る。
『殺してるの』
日「!?」
背筋が凍る様に寒い。不気味なまでの淀んだ空気を纏う目の前の女は虚ろな瞳で口許に笑みを浮かべている。狂的な薄気味悪い笑みに俺は身体が動かなかった。
『初めて人を殺した時に死んだのはあいつ等だけじゃないよ?‥――私自身も死んだの』
そう言って女はゆらりと洞窟へと消えた。嫌な汗が流れる。
結局、その日はそれだけ。
説得するだけの材料がない俺は溜め息しかない。
空を見上げているアイツは何を想っているのか。それとも、何も想っていないのか。本当に不思議な奴だ―‥。
□■□■□
私は、何をしているんだろう?
そう何度も問い掛けては答えは見つからないまま、時だけが過ぎていく。
つまらないだけの世界。小さな箱庭に詰め込まれて生きる。笑い声のない暗い場所に怯え暮らす住人達。不意に響く耳障りな声と甲高い声は私に苛立ちをもたらすだけの不快な音だ。
けれど、今の私にはあの銀色の死神が気になってた。幼い外見の彼はどこか大人びた、冷めた印象。私とは違った冷め方に興味が湧いた‥ような気がする。
一人で過ごし始めてどれくらい経ったかな?
思い出せない程の時間の中を私はまだ生きてる。楽しみも何もないまま生きてる私は生ける屍みたいだ。
『(まただ‥)』
近付く足音。怒鳴り散らすおっさんの声。呆れながら身体に力を入れて立ち上がる。微かな痛みを感じながら振り返った。
見えてきたのは追い掛けられる子供と人とは思えない形相のおっさん達。
『まるで鬼だ‥』
「!」
「鬼子‥」
『うるさいんだけど?』
「そりゃあ悪かったなァ。
そのガキ共が逃げなきゃ俺達だって大人しくしてたんだ」
「商品のクセに手こずらせやがって!」
商品‥そういうことか。
幼い姉妹は売られるのが嫌で逃げ出した訳だ。売る奴が最低なら買う奴もまた最低だね。どうせ、まともな扱い方なんてされやしないんだろう。下僕か奴隷にしかならない。此処の暮らしと変わりゃしないね。
ぎゅっ、
『ん?』
腰辺りにしがみつく姉妹は涙目で、震えてる。
「ソイツ等を渡してもらえねェか?鬼子にゃ関係ない話しだろう?」
『‥そうだね』
姉妹の瞳に絶望の色が滲む。
「なら、話しは早いな」
『(結局、殺す以外に選択はないんだ)』
ザシュッ‥!
「テメェーー!!」
シュッ!
地面に転がる屍を見ていた。
奪い合い、殺し合う――。それが当たり前の暮らしに慣れる自分はやっぱり人じゃない。
くぃ、
『?』
「ぁ‥あり、がと‥」
『人が死んだのに礼を言うのはおかしいとか思わないの?』
「‥‥」
『まぁいいか‥。さっさと帰りな』
――死んでいい人なんていない。
聖職者でもない私がそんなコトを言うのはおかしいだろう。ほおって置いてくれれば殺す事もなかったのに‥。
生きる理由なんてなくても命は続く。どんなに辛い生でも――。
何が正解なのかなんて分からない。
逃げればいいのか?
従うしかないのか?
殺せばいいのか?自分を生かす為に他人を殺すのは間違い?
否、間違いだと知っていても他に方法が見つからないんだ。
『人として生きられないならいっそ――‥』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼は突然にやって来る。
『暇なの』
日「んなわけあるか。俺は隊長だ、忙しい合間縫って来てんだよ」
『ご苦労様』
日「労う気ないだろう」
『そっちが勝手に来てるんでしょう』
そんなに忙しいなら強制的に連れて行けばいいのに、なんて思いながらも彼との会話を少なからず喜んでいる自分がいる。
穏やかに過ぎるこの時間が一番落ち着く。
『ありがとう』
日「‥礼なんて言われることしてないぜ?」
『言いたいから言った‥それだけ』
日「?」
彼は、深く入り込んでは来ない。それが彼なりの優しさで気遣いなんだろう。何よりも、彼が居るだけで私は安心を感じてる。此は、この気持ちは――‥
『何だっけ?』
日「何がだ?」
『何でもない。そろそろ帰れば?見つかると面倒だし』
日「‥」
『何?』
日「まだ、殺すのか‥?」
振り返った先には切なげな翡翠が揺れていた。
『アンタには関係ない』
日「‥」
『私を彼処に入れたら仕事は終わりでしょう?
アンタが私を気にする理由なんかないじゃない』
日「それは‥」
『所詮は他人。仕事っていう理由がなければ会うこともなかった。此処でどんな事が行われているかも知らずに済んだのにね』
そうすれば、こんな思いもしなかったのに。頭に響く叫び声は誰にも届くことはない。聞こえない。人知れず泣き叫ぶ声に耳を塞いでいる私。気づいて欲しいのか、気づいて欲しくないのか‥分からないまま、空を見つめた。
日「何を見てるんだ‥?」
『‥上からはこの世界がどう見えるのかなぁ?』
日「さぁな」
『空は広いのに私が見える世界は狭い。全てを見るにはちっぽけで、全てを知るには臆病だ』
日「‥空に憧れているのか」
『別に。ただ、広い世界の片隅で怯えて暮らす理由が分からないだけ』
日「(コイツ‥)」
居場所なんて何処にでも在るのに此処から離れないのは知らない場所に踏み出す勇気がないから。
だからといって今の境遇を受け入れたくない半端者。鍵の掛かっていない籠から飛び出せない臆病者。
それなのに誰かのせいにして逃げて、自分を守って‥嘆くだけ。
――助けて
『‥うるさいなぁ』
日「何が聞こえるんだ?」
――助けて
『泣き叫ぶ声』
日「誰の‥」
『誰かな‥』
日「姉か?」
『‥知ってるんだ』
日「お前の婆さんが話してくれた。自殺したってな」
『自殺ね‥。婆-ババ-が言ったコトはホントだけど、自殺じゃないよ』
日「何?なら――」
『私が殺した』
日「!?」
そう、私が殺した。
――助けて
嗚呼、うるさいなぁ。泣き叫ぶ声が頭に響く。
日「何で、殺した‥?家族だろう?実の姉を何でッ?!」
『アンタに関係ないって言ったよね?』
日「ッ!!」
『正論ばかり並べたって何も出来ないし救えない。現にアンタは助けてくれた?』
日「それは‥ッ」
『何も知らず、何もせず、何も出来ず。アンタがどんなに正しいとしても此処じゃ通用しない。弱者は強者の玩具でしかないの』
日「違う!強い奴は弱い奴を虐げていい理由なんかない!力ある者は虐げる為じゃなく守る為に在るべきだ!」
力強い瞳の輝きは眩しくて‥悔しい。私がしたコトを否定された気がして、私の存在を否定された気がして‥私の弱さを見透かされた気がして。
――助けて!
『ッ‥。だから何?守る為なら殺したっていいの?』
日「それはっ‥!」
『人を殺す。それはどんな理由があろうと正当化なんて出来ない。そして―‥』
日「!?」
『私が抱く悲しみはアンタに分かりっこない(微笑)』
分かり合えるなんて思っていない。だって、彼は私を知らない。此から先も知ることはないと思う。
彼は純粋で真っ直ぐだ。誠実過ぎる程に。優しさや愛、温もりを一身に受けて育ったんだろう。私とは違う。
寂れた村で繰り返される悪事に怯える暮らし。安らぎも笑顔も消えた陰鬱な日常。そんな中で暮らす私に在るのは憎しみと嫌悪、悲しみだけ‥。
彼に初めて出逢ってから胸に灯りだした気持ち。大切な‥けど、切ないソレは言葉に出来ないだろう。伝える術はあるのに出来ないのは私が‥‥鬼子だから。
こんな人殺しを想ってなんかくれないでしょう?
冷たいこの洞窟で独りで生涯を終える‥それが、私の罰。愛されることは決してない、孤独な刑ではあるけれど‥‥私はそれだけのコトをしたんだ。
『お姉ちゃん‥』
ずっと笑って欲しかった大切な家族。
この場所じゃなければ今も一緒に笑い合えただろう。
世界は時として残酷だ。生まれる場所が選べない様に、死して尚‥選べやしないのだから。
『うるさい』
遠くから叫び声が響いてきた。けれど、いつもよりうるさい。関わりたくはないけど、このままうるさいのも迷惑。重たい身体を持ち上げ村の方へと歩く。一歩、また一歩と近づくにつれて声は大きくなり、足を止める。
『此は‥何‥?』
見えてる世界が夢の様に感じた。そう、悪夢だ。
泣き叫ぶ声と怒声、救いを求め地に這い蹲る。いつもの様にくだらないと吐き捨てるにはあまりにも酷い。
『何を、してるの‥』
小さな呟きは届く事はない。
泣き叫びながら引きずられる幼い子供達。年頃の娘達は視線を逸らし、年寄りは必死に許しを請う。
そんな悪党に食らいつく少年に見覚えがあった。強くなりたいと言って来た子だ。勇敢に立ち向かい必死に食らいつく。けれど、大人相手に勝てる筈もなく、その小さな身体は呆気なく蹴り飛ばされてうずくまっている。
「来たのかい」
『婆‥何なの?こんなこと‥今までなかったのに』
「あやつらが娘達を助けてやりたいなら幼い子供達を寄越せと言って来たのさ」
『‥‥』
「娘達は容易く頷いたよ。我が身可愛さに生贄を差し出してしまった。
救われないね‥年寄りは何も出来ない。どんなに地に額を擦りつけてもあやつらは聞き入れないだろうさ」
優しい声色で話す婆は悲しみを浮かべていた。
『結局、全部消さなきゃ変わらないんだ』
「あやめ‥」
『逃げる事も出来ないまま傷ばかり増える。
こんな村――‥“滅んだ方がいいんだ”』
ゆっくりと歩き出す。鞘から刀を抜き歩く。
頭に響く助けを求める嘆きの声を振り払う様に刀を振り下ろした。
「ぐぁあぁぁ!?」
結局、私達にはこの方法でしか生きられないんだ。
平和であればと誰もが願うのに、何故人は争いの種を蒔くのか。互いの利益を天秤にかけ、より有利になるように考えるからなのだろうか?
「ねぇ‥ちゃん‥」
『‥‥』
「オレっ‥何も出来なかったッ!強く、なれなかった‥」
悔し涙をこぼしながら言う少年に駆け寄ったのは年頃の近い子供達。怯えながら、寄り添いながら恐怖を耐えてる。
『アンタの守りたかった姉ちゃん達に裏切られたワケだけど。
――まだ、助けたい?』
「それは‥」
隅に固まる娘達は互いに顔を見合わせては罰が悪そうに俯いた。我が身可愛さになるのは当たり前だ。誰だって酷い目には遭いたくない。けれど、小さな身体で必死に守ろうとした少年の思いを踏みにじるのはどうかと思う。
「姉ちゃん達は、悪くない‥」
『‥』
「ただ、助かりたいだけだったんだ‥。悪いのはみんなアイツ等だッ!」
『‥そう』
悪くない、か。私はそう思えなかったなぁ。
『強いね、アンタ』
「ねぇちゃん‥」
『その強さを忘れないで』
そう、強さとはどんな状況であっても、どんなに辛く苦しくても一線を越えない事だと私は思う。
命を奪う。それは、どんな理由があるにせよ越えてはいけない一線だ。
私は強くなれなかった。許されたい一心で他人を殺したけど‥許される筈もなかったと知るには遅くて、最悪の結末で終わった。けれど、何も終わらず私はこうして人を殺してる。どんなに泣き叫んだって誰にも届かない。なら、この手を血染めにしてでもあの子達の明日くらいは守ろう。私に光ある明日はなくても‥あの子達の明日は明るくあるように。
『ッはぁ‥!』
「手こずらせやがったな」
「姉ちゃん!!」
気道が圧迫される。息が、出来ない。霞む視界、遠くなる意識。
――嗚呼、死ぬのか‥そう思った瞬間。
“私は呼んで”
頭に響く声。
“私は――‥”
?「ソイツを離せ!!」
「死神か」
霞む視界にぼんやりと映る銀色。間が悪い人だ。こんな状況で現れたって何も出来やしないだろうに。
なんて思っていれば、急に締め上げていた手が離され地に身体が落ちた。
『ゲホッ‥ゲホッ‥』
咳き込む私を目の前の男は嘲笑いながら言う。
「鬼子よ。お前が生贄になるなら他は助けてやるぞ」
『‥‥』
「お前を欲しがってる客もいるからなァ。さぁ、どうする?」
助ける?そんな都合のいい話しがあるワケない。例えその選択をしたとしても此処で終わるとは信じられないね。救われる道は結局、一つしかないんだ。
「姉ちゃん!」
少年の声に視線を移せば、幼い子供達が不安そうに瞳に涙を溜めながら見ていた。人殺しの私をだ。なんて純粋で優しい子供達なんだろうね。
そして、彼も――。関係ないのに必死に助ける隙を窺ってるんだから。でも、ごめんなさい‥。助けようとしてくれているのは嬉しいけど、きっと私がやらなきゃならないんだと思うの。
一時の平穏を築くには犠牲が必死になる。全てを救うなんてちっぽけな私達には出来ないコト。それでも、いつか、犠牲の上じゃなく平穏を築いていけたら素敵だよね。
だから、今、この時は――‥
『“静寂に謳え 氷綺-ひき-”』
「うわぁぁッ!?」
「なんだコレ!!?」
「凍っていくぞ?!」
『全て凍てつき砕け散ればいい』
「鬼子‥ッ!!」
キィィーーイン‥
涼やかな音を立てて砕けて消えた。冷えた空気が頬を撫でていく。静まり返ったその場に佇み、握った刀を見た。
『綺麗‥』
透き通ったそれは、氷で出来た刀へと姿を変えていた。
日「それがお前の斬魄刀だ」
『‥私の?』
日「ああ。‥あやめ、死神なれ」
『‥私には理由がない』
生きる理由がないんだ。血で染まる手を見つめながら思う。
『私は孤独に生涯を終える。それが私の罰だから‥死神になる気はない』
日「今を生きるならそれが罰だ。孤独である必要はない」
『綺麗事だよ。私は幸福を望むべきじゃない‥』
――助けて
この声も聞こえなくなるだろう。もういいんだ‥もう、望みなんてないから‥。
日「お前はそうでも、周りは違うんじゃないか?」
『ぇ‥?』
手から視線を動かすと誰かがぶつかって来た。振り返ると幼い女の子がしがみついて泣いてるのが見える。けれど、血に濡れた両手では頭を撫でるコトも出来ない。それでも子供達は駆け寄って来て身動きがとれなくなった。
『‥アンタ達』
「ごめ、なさぃ‥」
『ッ‥』
なんて、優しいのだろう。
こんな私に謝る子供達に泣きそうになる。
誰が悪いのか、何が悪いのか‥答えは見つからないけど、せめて、この優しい子供達の明日が暖かい光で照らされていたらいいと思う。
ぽた、
日「!?」
嗚呼、温かい―‥。
◆◇◆◇◆◇◆
月日は流れて、私は今、暗い洞窟ではなく彼と同じ場所にいる。
嫌々で入った術院を卒業していざという時に彼は現れた。さっさと帰ろうとした私を迎えに来たなんて言いながら。結局、今はこうして彼が束ねる十番隊へと配属されてしまったワケだ。
?「また此処か‥」
『何か用ですか、隊長さん』
銀色の髪が陽に照らされてキラキラしてる。当人は呆れ顔だけど。
日「仕事はどうした?」
『終わった』
日「他にもやることあるだろう? サボるんじゃねーよ」
『仕事放置でサボる上司よりマシです』
日「‥ι」
こんな些細な会話でさえも私の胸は弾む。芽生えた気持ちは日々育っている。何も知らない彼が水を与えるから‥。
日「大分、慣れたか?」
『どうですかね‥』
日「退屈か?」
『どうですかね‥』
日「‥‥」
お決まりの会話になったなぁ。
それしか話題がないのだから仕方ないんだけど‥毎回、私がサボる度に聞かなくてもいいと思う。心配されてるのは分かるけど。
日「あやめ」
『何ですか、隊長さん』
日「敬語とその呼び方やめろ」
『立場をわきまえているつもりなんですが?』
日「いいからやめろ。‥‥俺が、嫌なんだよ//」
ほら、また。心の花に水をやる。
ほんのり赤く染まる頬に照れた仕草、向けられる言葉。嬉しいのに切ないのは――‥分かってる。彼には可愛らしい幼なじみがいて、とても大切なのだと隊士達の間で噂されていた。何度か見かけたが、純粋無垢を表した様な女の子。
私とは、違う‥。私は――‥。両手を見つめながら寂しくなる。
日「どうかしたのか?」
『真っ赤だなぁ、と思って』
日「‥‥声は、止んだのか」
『隊長さんには関係ないです』
日「あやめ」
『此処は、眩しすぎる』
そう言い残し、その場を去った。
日「俺じゃ、ダメなのか‥‥あやめ」
その呟きは私に届く事はない。
だから、彼がどんな表情をしているかも分からなかった。
―――――――――‥
楽しげに、親しげに、笑い合う隊士達の中で私は一人、空を見上げる。
穏やかな日々を何気なく生きている自分が不自然で落ち着かない。早く言えば、全く馴染めていないのだ。今更どんな風に人と関わればいいか‥‥って、関わる気もないんだけどね。
『(疲れる‥もぅ、上がろう)』
歩き出して、ふと気付く。
なんだか浮かれてるような‥?
?「神崎?」
『‥何ですか、副隊長さん』
乱「何処行くの?まだ仕事中よ?」
『全く仕事してない人がそれを言いますか‥?』
乱「失礼ね!ちゃんと働いてるわよ」
『へぇ‥』
乱「冷めた子ね。そういえば、今日は花火が上がるのよ!」
『花火?』
乱「そっ!夏の風物詩でね。
みんなそれを楽しみしてるから浮かれてるのよ!」
花火‥‥見たことないなぁ。どうでもいいか。
乱「ちょっと‥神崎?」
『私には関係ないです』
乱「ぁ‥」
そう、関係ない‥。
浮かれる隊士達を少し羨ましいと思ったのは気のせいだ。隊舎を出で挺内を歩く。広すぎる箱は寂しさを増し、孤独感を静かに膨らませる。きっと私の罰なのかもしれない。鮮明なまでに脳裏に焼き付く記憶。嘆いたりしない。それだけの事を私はしたのだから‥。
『‥静か』
外れにある高台の人気もないこの場所で夜を明かしていた。割り当てられた部屋もあるけど洞窟暮らしが長かったから落ち着かないのだ。
暑い陽射しの中、木陰に座り一息。
『疲れたなァ‥』
瞼を閉じれば、風に揺れる葉の擦れる音が大きく聞こえた。
頭に響いていた声は止んだ‥‥けれど、ずっと泣いているのだ。それさえも今はどうでもいいと思ってる。
あの騒ぎから村は穏やかな日々を過ごせている様で、子供達の笑い声が響く温かい場所になった。淀む様な暗い空気もなく、明るい場所に。
悪い事ばかりじゃない。嬉しい事もあった。
これでいいのか、答えはないけど‥‥私は、満足だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『‥‥』
地響きの様な音で目を覚ます。
陽は沈み、森の中はその闇を濃くしていて慣れない視界はぼやけている。
すると、
『‥?』
布の擦れる音に気づき、下をみれば白い羽織りがあった。見覚えのあるそれを広げて見ていれば、
?「やっと起きたか」
『隊長さん‥?』
日「ったく、割り当てられた部屋があるのに野宿か?
部屋行ったら居ないから探しただろうが」
『洞窟暮らしが長かったので落ち着きません。何か御用ですか?』
日「‥とりあえず、こっち来いよ」
『?』
立ち上がり隊長さんの傍へと歩いて行けば、また大きな音が響いた。
『‥――綺麗』
日「特等席だろう?」
羽織りを渡すのも忘れ、夜空に咲き誇る大輪の花に目を奪われる。光り輝いた花火は一瞬の灯火なれど、記憶に焼き付いた。
日「‥なぁ、あやめ」
『何ですか?』
日「辞めたいか‥?」
その言葉に隊長さんへと視線を移した。暗闇に慣れた目には気まずそうに花火を見てる彼の横顔が。
‥私も何度も考えたけれど、辞めずにいるのは――‥
ギュッと羽織りを握り締める。
『なんで‥私なんかを気にするんですか?お役目は終えてるのに‥』
淡い想いと期待。
日「全部聞いたんだ、お前の婆さんに。姉の為に殺しをして‥姉の為に殺したって事をな」
『‥言い訳にしかならない。
お姉ちゃんの為だろうがやっていいワケじゃないし‥私も、偽善者だよ』
助けたかった。助けになるなら何だって出来るとさえ思ったくらいに。
けれど―‥助けたかった筈のお姉ちゃんを私は殺した。
日「お前は、姉の願いを叶えたんだろ?」
願い‥。そうだったかな‥確かに殺してとは言われたけど、それが願いだったのかは私には分からない。
ただ、最後に“ありがとう”と笑ったお姉ちゃんが今でも忘れられない。
日「お前は一番辛い方法を選んだ。否‥一番いい方法さえなかったんだろう。
けど、誰もお前だけが悪いとは思ってないぜ?」
『‥‥』
日「一人で何もかもを背負うな。重いなら一緒に背負ってやる。罰が欲しいなら俺がくれてやる」
『ぇ‥』
視線を動かせば交わり。
微かに届く灯火に照らされた真剣な眼差しに捕らわれた。
日「生涯、俺の傍に居ろ」
『!』
日「孤独に生きる‥それも罰にはなるかもしれねェけどな。俺に言わせれば、それはただの逃げだ。現実から目を逸らして逃げてるのと同じなんだよ」
『‥ッ』
深く突き刺さる言葉に俯き、座り込んだ。
――当たりだった。
逸らしたかった‥。道を踏み外した自分は当たり前を生きてはいけないんじゃないか?
非難されるのが怖いと思うようになって‥、孤独に生きる方が楽なんだと気付いた。けれど、それは私の‥弱さだ。そうでもしないと私は‥私という心が潰れてしまいそうで‥。
『ッ‥』
――泣いてしまうから。
ポロポロと零れ落ちる涙が頬を濡らす。
ぎゅっ、
日「俺がお前を許すから。
孤独になんてしないでやるから‥笑ってくれ」
『ふっ‥‥ッ‥ぁ‥‥はァ‥』
温かい―‥。
ホントはずっと助けて欲しかった。気付いて欲しかった。
一人で背負うには重すぎて、それでも一人で背負って行かなきゃと強がって‥。一人、また一人と奪う度に重さは増した。けれど、誰にも言えないでしょう?
自分勝手に奪っておいて助けて欲しいなんて‥だから私は弱い私を押し殺した。
――でも、
日「俺も一緒に背負ってやるよ。二人なら少しは軽くなるだろう?
お前の全てを受け止めるくらいどうってことない。
だから、俺の傍に居ろよ あやめ」
君との出逢いが私に弱さを、寂しさを感じさせてしまった。
暗く冷たい洞窟は私の棺だった筈なのに‥君が来るのが待ち遠しくて‥幸せで。それが愛しさだと知りながらも気付かないフリをして、自分を押し殺したのに‥‥また、こんなにも愛しさを感じさせるんだ。
縋りながら泣く私を抱き締め、背中をポンポンと優しく叩く温かさに安心する。
日「俺はお前を離さねーからな」
『‥‥ぅん』
世界はちっぽけな私達の箱庭だ。
どんなに視野を広げても見えないモノがある。今、自分が生きている場所でさえ小さな箱でしかないんだ。けれど、臆病者はその中から覗く空に焦がれながらも出る勇気がなかった。
だって、見知った箱の中が安心という呪いにも似た暗示に掛かっているから。
反対にその箱の中が最悪であったなら人は簡単に出る勇気が持てたのだろうか?
私は持てなかった。箱の外も同じだと勝手に決めつけていたからだ。
人は私利私欲で出来てるから‥そう、思っていたから出なかった。結局は最悪の結果になったんだけどね‥。
それでも命は続くんだよ。自分自身をどんなに否定しても、どんなに蔑んでも‥時間が流れるように命も続くんだ。死は安易だけど、無しかない。
けれど、人は温かい――。
抱き締めてくれた彼の体温、優しさ、それらが私に安心という呪いにも似た暗示を掛けたから今を生きてる。
「神崎さん」
『‥何か?』
「今日、みんなで飲みに行こうって話してたんだけど神崎さんも行かないかい?」
『私、お酒飲めません。
それに資料室の片付けがありますからお断りします』
「そ、そぅ‥ιじゃあまた今度‥」
誘ってくれた先輩に頭を下げて資料室へ。
この手の誘いは初めてではない。何故か最近になって増えた気がする。迷惑とかではない。
ただ‥行く気がないだけだ。
他人と関わるのも大事なコトとは理解してはいるけど、どうも苦手らしい。興味がないっていうのも理由かな。
一人だからといって不便はないし、仕事上の会話はしてる。個人的な付き合いは‥‥言わずもがな、だ。
『コレは――‥こっちか』
一人せっせと資料室の整理中。
終業を迎えるなり賑やかになる廊下を気にすることなく黙々と片付けていると扉が開いた音がした。
?「終業時間だぞ」
『隊長さん』
日「片付けを頼んだのは俺だが、残業してまでやるコトないぜ。急ぎじゃないし」
『特にするコトないだけです』
日「‥飲みに誘われてただろう」
『‥‥』
日「Σたまたま聞こえただけだ!」
何も言ってないんだけど。という言葉を飲み込み、手を動かす。
『お誘いなら行く気がないから断りましたよ』
日「‥‥」
『行った方がよかったんですか?』
何も言わない隊長さんに視線を移す。何だか、不機嫌そうな表情で目を逸らしてる。少しの沈黙の後、隊長さんが言う。
日「関係を築く上で多少の付き合いは必要だと思う」
『へー‥』
興味がないのだから仕方ないと思う私はどうしろと?
必要最低限の付き合いはしているつもりだけど‥事務的な。
日「ただ、男としては‥‥行って欲しくない//」
『!』
頬を赤らめる隊長さんにつられる様に自分の頬が熱くなるのを感じた。
初めてする恋というモノを知らずに生きていた私は戸惑うばかり。“好き”というモノが分からない私だが、この胸の高鳴りはそういうコトなんだと思う。不確かで危うい存在はいつか不意に消えてしまうんじゃないかと不安になる。
日「あやめ‥?」
握った手の温もりが愛おしい。
キミは私の拠り所だから‥キミが好きだから‥このちっぽけな私を離さないで下さい。
日「‥飯食いに行こうぜ」
『ぅん(微笑)』
きっと、私達が見る世界は狭いくらいがいいのかもしれない。
広すぎる世界を目の当たりにしたら寂しさしかなさそうだから。
たった一人でも自分という存在を理解して愛してくれるなら、それだけでいい。
私は罪を背負って生きて行くよ。自分勝手で狡いと分かってる。それでも、握り合う手の温もりが‥彼だけが私を許してくれるから‥。
□■□■□
あれからあやめは少しずつだが変わってきたと思う。
感情を表す様になった。隊士とも上手くやってるみたいだし、上司としては喜ばしい‥のだが――。
「神崎さん!飲みに行きませんか?」
「神崎さん、夕食行きませんか?」
「神崎さん!」
――プチッ
日「(クソッ、苛つくぜ)」
苛立ちを書類にぶつけながら悶々としている俺。慣れてきたのは良いことなんだが‥やたらと男からの誘いが増えた。
松本が言うには笑うと可愛いらしい。
確かに笑うと‥か、可愛いと思う///
だからといって、自分の‥ぉ、女が、だな‥他の男に誘われてるのは腹が立つ///
『失礼します。隊長さんに確認を――‥隊長さん?』
日「何だよ」
『何怒ってるんですか?』
日「‥別に」
言えるワケないだろう。
勝手に嫉妬して苛ついてるとか‥カッコ悪い。
恋愛なんて初めてで、どうしたらいいのか分からず‥特に恋人らしい事もないままだ。
何というか‥俺としてはもっと、一緒に居たいと思ってはいるけどあやめはどうだろうな‥‥てか、付き合ってるよな?
『あの、いい加減にして下さい。急ぎで確認して欲しいんですが(ムッ』
日「‥‥俺の気も知らねーで(ボソ」
『‥今日は、早く終わるの?』
日「まぁ、順調だから終わるだろうな。何か用でもあるのか?」
『ご飯、一緒に行きたいなぁ‥と///』
日「!」
驚きで顔を上げるとあやめがほんのり赤く頬を染めていた。
『最近忙しくて、一緒に居る時間ないし‥///』
その言葉に更に胸が高鳴る。
同じように思ってくれていたのが嬉しい。
日「真っ赤だぞ」
『///!』
日「一緒に居たいって思ってくれてたんだな。
てっきり、付き合ってないんじゃないかと不安だったんだが‥」
『‥私だって一緒に居たいって思ってるよ』
お互い初心者だから手探り状態だったんだな。あやめなり考えてもくれていた。
俺の一方的な考えで無理強いしたみたいになっちまってたし‥それでも、あやめはちゃんと俺を想っていてくれてたんだって思うと愛しく感じる。
日「早く終わらせて飯食いに行こうな」
『うん!(満笑)』
嬉しそうな笑顔を見せるあやめにドキッとした。
初めて逢った時とは‥何処か遠く、暗い眼差しをしていたあの時とは違う。光を宿した眼差しはちゃんと俺を映し、笑顔を向けてくれる。感情を表してくれる。
そんな今のあやめを俺は守りたい。そう強く思う。
日「(しかし、あんな笑顔を見たら‥‥抱き締めたくなっちまった///)」
一緒に飯は行くが‥それだけ。
手を握るのもなければ、抱き締めるのもあの日以来ない。
まぁ‥あやふやだったから手を出すのはどうかと思ったし、あやめの気持ちを無視するのもよくないからな。けど、ちゃんと想い合ってるって分かったし‥触れても、いい‥よな?
―――――――――‥
仕事を早めに切り上げた俺達は約束したように飯を食いに来た。個室に仕切らた席で注文を済ませて、たわいもない話しをする。
そして、気になってしかたない話へ。
日「最近、誘われる事多いな。特に男から」
『そうなの?』
気付いてないのかよ‥ι
日「今日も誘われてただろう?」
『ちゃんと断った。私にも選ぶ権利はあるでしょう?』
日「まぁ‥」
気に入ったら男でもついて行くのか?
何か、モヤモヤしてきた。
『言っておくけど男の誘いは受けないよ』
日「‥そうかι」
『今、失礼なコト考えたでしょう(ムッ』
日「‥ι」
案外、鋭いな‥。
『冬獅郎以外の男に興味ないよ。
私がこうしていられるのは冬獅郎だからなんだよ?』
日「///!」
『だから、冬獅郎は心配するコトなんてないよ(微笑)』
自信に満ちた笑みを浮かべるあやめを見て安心した。
『ねぇ、冬獅郎』
日「ん?」
『来年も‥一緒に花火見たいね』
隊舎への帰り道にあやめが呟いた。
少なくともあやめも不安なんだと気づいた俺は、そっと手を握る。
『冬獅郎‥?』
日「来年だけじゃなく、この先ずっと一緒に見ようぜ///」
『‥うん!』
きっと、俺はあやめと離れられない。
大切で愛おしい大事な女だから‥ずっと一緒に生きて行こうぜ。
祝福を告げる花
(神崎さん!一緒に食事でも―‥)
(すみませんが私、隊長さんと付き合ってますから)
(‥‥へ?)
(お誘いを受ける気はありません)
(Σえぇッ!?)
(失礼します)
((そんなに意外なのか‥?俺が―‥だからか?))
(何呟いてるの?)
(!?‥な、なんでもないι)
(ご飯、一緒行ける?)
(ああ。大丈夫だ)
(良かった!)
((可愛ッ///!))
((君との大事な時間。
その時間が幸せなんだよ‥ありがとう、冬獅郎))
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