◈魔笛
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蒸し暑さの中であの人と再会した。何度も何度も繰り返される悪夢の中で俺を憎む一人の女。
――嗚呼、忘れかけていた
「人殺しのクセにッ!」
――ぬるま湯に浸かりすぎたんだ
「化け物がのうのうと生きてるなんて赦さない!」
――私は‥何をしているんだ‥?
偶然の再会で投げつけられる恨み言。嫌悪と憎悪の入り混じる瞳。どんなに日常の些細な事で癒されたとしても、消えることはない‥。
そう自分に言い聞かせ、俺は以前の様に外を歩くのを止めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自室に籠もり続けて一週間が経つが俺はひたすら筆を走らせていた。
?「##NAME3##‥」
『何だ、やちる』
振り返る事なく問い掛ける。
草「ご飯食べよう!」
『俺はいらない』
草「でも‥」
『食欲ないんだ。俺は気にしないで食べてきな』
草「ぅん」
心配してくれるやちるに素っ気ない対応をしては心が痛んだ。それでも、俺は拒否し続けるしかなかった。
――頭の中で鳴り止まない声。
『ッ!』
ドンッ!!
今に始まった事じゃないのに、何だってこんなに苛立つんだ。
?「あやめ、入るぞ」
『‥冬獅郎』
日「霊圧、乱れてるぞ」
『それでわざわざ来たのか』
日「心配するのも俺の特権だ」
そう言って笑う冬獅郎‥いつもなら嬉しい筈のそれも苛立ちにしかならない。
『ほっといてくれ』
日「嫌だ」
『俺の問題だ』
日「それでも、俺は傍にいる」
『ッ‥鬱陶しいんだよ!』
ダンッ!!
“人殺し”
“化け物”
“許さない”
『煩いッ!!』
日「あやめッ!?」
『出てけッ!!』
日「!?」
スパンッ、
『‥‥クソッ』
――八つ当たりだ。
分かってる、何でこんなに不安定なのか。ちょうど今頃だったんだ“あの日”が―‥。
忘れたかったワケじゃない。ただ、幸せ過ぎたんだ‥何もかもが‥。
冬獅郎が居てくれる、愛してくれる‥その優しさに包まれる事で赦された気がしていたんだ。
でも、そんな簡単な事じゃないって知ってた筈なのに‥‥俺は、向き合う事すら手離そうとしてたんだな。
『最悪だ‥』
―――――――――‥
翌日も冬獅郎は部屋に来た。
何するワケでもなく、ただ傍に居るだけ。追い出すのも面倒で放置してる。それでも、傍に居れば嫌でも気になってしまう‥。
『いつまで居る気だ』
日「今日は非番だ。ずっと居る」
――呆れた。
さっきから小雪を撫でてるだけで数時間が経つのに飽きもせず居座るのかよ‥。
日「傍に居たいたけだ。気にするな」
『ほっといてくれよ』
日「それは出来ねー」
『‥‥』
日「京楽から聞いた。
あの日、あの場にいた女がお前をまだ恨んでることも。
此処最近、お前の様子がおかしい理由も」
だから‥傍に居るのか?
その優しさが今は痛いんだよ。キツく筆を握り締めていれば、そっと手を重ねられた。同時に感じる温もり。こんなにも愛してくれる人がいるのに、俺は――‥。
日「一人じゃない。俺が傍に居るから」
『‥アイツの、恋人だったんだ。死んだ男は』
日「‥‥」
『生きていたら‥こうして、彼女を抱き締めていたんだろうね』
冬獅郎がくれた時間。
それは、とても温かくて‥優しくて‥幸せでした。
『私が幸せになるなんて出来ない。
だから―‥』
日「出来ない相談だ」
『冬獅郎』
日「お前の気持ちも優しさも分かってる。だけど、今お前を一人にしたら‥消えちまいそうだ」
――どうしたらいい?
大切な人を奪っておいて自分は愛されようとしてる。不公平だと分かっているからこそ、冬獅郎から離れようとしてるのに‥‥切なげにされてしまったら揺らいでしまう。愛されたいのに、愛されてはいけない。板挟みの気持ちに目眩を感じた。
其れからも、冬獅郎は部屋に居座り続けて夜が更けていた。
『戻らないの』
日「お前が眠るまで居る」
その言葉で心配されているのは明白で、困ってしまう。私は‥‥化け物のままで、いられなくなるじゃない。
触れたい――‥そう思ってそっと彼へと手を伸ばした瞬間、脳裏をよぎる彼女の言葉に手を止めた。
『(情けないな‥)』
伸ばした手を引き戻そうとした時、ギュッと指を絡めて握られた。
『離せよ‥』
日「嫌だ」
嗚呼、君が居る‥其れだけで私は弱くなる。それなのに振り解く事も出来ないなんて‥。
『お前が居ると、俺は弱くなる‥』
日「強い奴なんてそうは居ない」
『俺は、強くなりたい‥』
日「お前の優しさが強さだ」
『それでも‥俺は‥』
ギュッ、
日「周りの言葉なんか気にすんなよ」
『冬獅郎‥』
日「誰が何と言おうが、お前はお前だ。赦されなくても俺はお前だけを愛してる」
『!』
真っ直ぐで曇りのない翡翠は輝きを増した。
正直だな、ホントに‥。でも‥何度救われただろう。この温もりも、安心と愛と優しさを与えてくれる。
赦されなくていいんだ。例え、全てを敵に回しても‥冬獅郎が居るならそれだけでいい。
そう分かってはいても罪悪感が支配していく‥。奪ってしまったのだ‥彼女から‥これから積み重ねていく筈だった幸せな時間を‥‥。
日「あやめ」
もし、冬獅郎がいきなりいなくなって‥一人残されたら、私は生きるのを諦めてしまう。
『私、は‥人として生きられない者なのかもしれない‥。
魔笛は道具として在るべきなのかもしれない。けど‥‥私‥』
板挟みの感情にいつしか涙が溢れては零れていく。そんな私を冬獅郎はキツく抱き締めてくれた。
――なんて、落ち着く場所なんだろう
『貴方に、愛されていたい‥。
永遠なんて望まないから‥刹那の夢で構わないから‥‥』
日「刹那の夢でなんか終わらせねーよ」
『冬獅郎‥‥ぁ‥』
顎を掴まれ視線を結べば、真剣な眼差しが映る。
日「夢でなんか終わらせたくない。お前が俺を求める限り‥それが、永遠でも‥俺は‥‥」
幼い外見の何処にそんな色香を隠しているのだろうか―‥。交わる視線は逸らすことを許さない。吐息が掛かる僅かな距離に胸の鼓動は早さを増し、呼吸が上手く出来ない。
日「あやめを愛し続ける」
『ん‥//』
重なる唇。嬉しさと愛しさが不安定だった心に沁みる。
なんて‥幸せなんだろう――。
私という者を知った上で理解し、受け入れて‥‥愛してくれる。
冬獅郎は私を強いと言ったけど、ホントは冬獅郎の方が強いんだ。こんな私を愛そうと言ってくれる広い心を持っているんだから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
草「お菓子いっぱいだね!」
『帰ってお茶にしような』
草「うん!」
溜まった書類をやちると配り終えた帰りがけに浮竹隊長に会って沢山のお菓子を貰ったんだが‥‥何処にコレだけのお菓子があったんだ?
なんて考えていると、
草「何だろう?」
『面倒だな‥』
隊舎前の人だかり。しかも、言い争いだ。何が原因なのかも分かるだけに溜め息しか出ない。
聞きつけた冬獅郎と目が合った。
日「何やってやがる!」
響く声に辺りは静まり返った。そして俺も自隊の隊士に言う。
『隊舎の前で騒ぐな。邪魔だ』
「すみません、お嬢」
頭を下げる隊士とは反対に睨み付けてくる奴が口を開いた。それも、嫌みをつらつらと。
反論しようとした隊士達を制して黙って聞く。
蔑み、嘲笑いながら‥‥それは、降り積もる雪の様に‥突き刺さるのではなく積もっていくだけ‥‥。
『言いたいコトはそれだけか?
‥だったら失せろ』
「っ!?」
『グダグダと面倒くせェ。
所詮は腰抜けだろう。文句があるなら俺に言えばいい、自分より格下相手にしか強がれないクセに噛み付いてくんな』
「貴様っ!!」
日「やめろ!!」
「ッ!」
日「これ以上は許さねーぞ」
間に入った冬獅郎の威圧感に押し黙る隊士。
それから、他の隊長も聞きつけその場を収めた。
乱「まったく、自分から喧嘩を売ってどうするのよ」
『俺の勝手だ』
「お嬢!」
『ん?』
「すみませんでした!」
「アイツ等‥お嬢を気味が悪いだの、消えろだの‥挙げ句の果てには‥‥その‥襲うなどと‥」
草「最低!」
こんな俺の為に‥そう思うときつくは叱れない。
『お前等が気にする事じゃない』
乱「アンタッ‥‥隊長」
日「‥‥」
『(女ってバレたのはやっぱりマズかったな‥)
そんなの日常だろ?今更気にするだけ無駄だ。それよりも仕事をしてくれ』
「「「はっ!!」」」
慌ただしく駆け出した隊士達を見送り、冬獅郎へと視線を移す。
『止めに入る事ないだろう』
日「俺の勝手だ」
同じ言葉で返された。
俺の味方をすれば冬獅郎への信頼性も損なうだろうにな。
意地っ張りで頑固で‥けれど、真っ直ぐで優しくて温かい。
それが‥いつも私を救ってくれる。
『そういうトコ、気に入ってる(ボソ』
日「///!」
『やちる、行くぞ』
草「はぁい!」
隊舎に入りお茶を用意する。
ぼんやりと湯が沸くのを見ながら広い背を思い出す。私を包む大きな存在はいつも優しく触れては抱き締めてくれる。
痛み、悼み続ける心を包みながら愛を注いでは離さない。
嬉しい筈なのに苦しいのは‥私が普通ではないからだろう。
お茶を淹れてやちるが待つ縁側へ。既にお菓子を食べてるやちるに笑みを浮かべていると隊士に呼び止められ渡された一枚の紙。
それに目を通し、懐にしまう。
草「どうかしたの?」
『なんでもない。食べ散らかすなよ』
草「うんvV」
隣に座り茶を啜る。
今日は曇り空の為か涼しく感じ過ごしやすい。
草「##NAME3##変わったよねェ」
『?』
草「女の子らしくなった!」
その言葉に少なからず戸惑う。
草「##NAME3##が嬉しいとやちるも嬉しいよ」
『ありがとな、やちる』
草「えへへ」
それから、色んな世間話をして笑い合って‥仕事が入った事を伝えた。
草「危ないの?」
『どうかな。でも、大丈夫だよ。俺はそんなに弱くない』
草「うん‥」
ぽんっ、
草「##NAME3##?」
『いつも心配してくれてありがとな』
草「ひっつんには言わないの?」
『俺の仕事だ。アイツは関係ない‥それに、他隊の事だしな』
草「そっか」
『必ず帰るよ。俺の居場所は此処だから』
草「うん!」
――そう、十一番隊が俺の帰るべき居場所なんだ。
―――――――――‥
その夜。月明かりが照らす宵闇の中、一人静かに隊舎を出た。霊圧を消して‥。
『(バレたら怒られるかな)』
渡された一枚の書類はいつもの事だが、冬獅郎にバレたら絶対付いて来る。だから‥こんな時間に出て来たんだけど。
暫くすると門の前に人影が見えた。
『お前―‥』
立っていたのは彼女だった。
『何だ?こんな時間に‥』
「隊長から聞いたわ。あの日以来のアナタが行動全て」
『‥それがなんだよ』
「私は我慢ならない!あの人を殺しておいてのうのうと死神でいるなんて!」
『‥‥』
「しかも、日番谷隊長と付き合ってる‥‥私からあの人を奪ったアナタが幸せになるなんて赦さない!」
痛いところを突かれた。
何度も自分に問いかけては答えが出なかったが‥やはり、俺は幸せを望むべきじゃないのかもしれない。彼女が俺に向ける感情にそう思った。
『なら、どうしたら気が済むんだ?
言葉だけなら何とでも言える。
お前は俺をどうしたいんだ?』
「‥死になさいよ。死んで詫びなさいよ!」
『自分から死ぬつもりはない』
「ッ!?」
『死ねと言うなら、お前が殺せばいい。それが出来なきゃお前が言ってる事全て、アイツの為じゃなく自分の為だろう』
「ッ‥」
『結局、お前は自分の手を汚したくないだけだ』
俯いたままの彼女の横を通り過ぎ、門をくぐる。我ながら酷い物言いをしたと思う。けれど‥俺は自ら死を選ぶ事だけは出来ない。
それでも彼女が俺の死を望むなら、その時は――‥。
『やっぱり、冬獅郎は怒るだろうな‥』
でも、これは俺の問題だ。例えどんな結果になろうと邪魔はさせない。
否―‥結局、俺がそう望んでいるんだろうな。
優しさに触れる度に、愛される度に、罪悪感が心を抉る。板挟みになる心は身動き出来ず、どうしたらいいか分からない。
正直に言えば‥‥――しんどい。
『俺は‥どうしたらいいんだろうな』
彼女の気が済まなければ先へは進めないだろう。だからこそ彼女にも選択してもらわなければならない。
彼女が納得する答えを――。
『此処か‥』
足を踏み入れない森の中。情報によれば先日任務へ出ていた隊が取り逃がした虚が逃げ込んだらしい。それで俺に回って来た。面倒な話だ。
森の中へと進む。暗闇の中に差し込む月明かり。静かな森にただ一人歩く。
孤独、不安、恐怖といった暗い感情が心を蝕む様に広がっていく。同時に歌を口ずさんでいた‥無意識に。
『(冬獅郎‥)』
君が居る‥それだけで私は幸せでした。
もっと、君と笑い合えたら‥
何度も考えては泣きそうになるの。
――幸福でありたい。
小さな願いさえも私は叶えられないだろう。
それでも、君は居てくれた。
私という化け物を理解したい、愛してる。
そんな奇跡のような一時を過ごすコトが出来た。
今、この瞬間に紡ぐ歌は君への愛を乗せて歌おう。
月夜に想いを馳せて――。
□■□■□
日「ん‥‥朝か‥」
ぼんやりする頭で昨日のコトを思い出す。
あやめに対する隊士達の反感は増すばかりだ。しかも、女だと分かってからは卑しい考えまで抱き始めるとは‥。外を歩かせるのが心配になっちまう。
それでも‥あやめは気にすることなく平然としてる。
“気にする必要はない”
あの言葉は突き放したワケじゃなく、自分の問題を背負わせたくないからだ。
その優しさがいつかあやめ自身を壊すんじゃないか、死に走らせるんじゃないか‥不安になる。
この頃あやめは苛立ちを感じては霊圧を乱し、食事も睡眠も取らずに仕事に費やしていた。
その理由が八番隊隊士にあると京楽から聞いた時、あやめを一人にしたくなくて部屋を訪ねた。機嫌の悪さに加えて体調も悪いクセに書類に向かう姿は何かを振り払うかの様で、その証拠に怒鳴りつけられて閉め出されたし‥。
神崎 あやめという隊士を知れば知るほど優しい奴だと感じた。
――だからこそ、手を離したくないんだ。
―――――――――‥
日「仕事‥?」
草「うん。でもね、朝来たら居なかったんだよ」
日「(アイツ‥)」
支度を済ませてあやめの部屋に来てみれば姿がなく、草鹿に聞けば仕事に行ったらしい。
アイツの事だ。俺に気づかれない夜中にでも出て行ったんだろう。
一人で行って欲しくないのに‥頼って欲しいのに‥いつだってあやめは一人で行っちまう。俺の気持ちを知っていながら‥。
隊舎に戻り、隊主室へ。椅子に腰掛け一息吐く。松本がいない事はこの際どうだっていい。俺の頭の中はあやめのコトでいっぱいだからな。
『“愛されていたい”』
そう泣きながら切実に願うあやめの涙はあの日のまま‥綺麗で、苦しげだった。消える事なく。消す事も出来ないままの罪にあやめの心は痛み続けるばかり。
隊長という立場でも部下の死は経験している。助けられなかった後悔は消える事はない。それでも前を向かなきゃならないが‥‥あやめは、優しい奴だから‥誰よりも自分自身を赦せないでいる。
人じゃない、道具だと周りが囁く度にあやめはどれだけ傷つき悩んだのだろうか‥。
だからこそ―‥。
日「(愛してる)」
お前が何であろうと関係ない。
お前が笑うだけで、鼓動が高鳴る。
お前と触れ合うだけで、愛おしくなる。
傍に居るだけで落ち着くんだ。
‥――嗚呼、
日「あやめ」
君の歌声が聴きたい――‥。
―――――――――‥
日「もう昼か‥」
手を休め一息。
今日の分の書類を片付け時計を見れば12時を廻っていた。
隊主室を出てあやめの部屋へ行く。居ないのは分かっているんだが‥‥待っていたい。此処があやめの居場所で、帰るべき家だから。
スッ、
まだ暑い筈の昼間だというのに主不在の部屋はなんだかひんやりした。まるで、あやめを失ったみたいに‥。
どさっ、
寝転がりながら天井を見上げて霊圧を探る。
日「まだか‥あやめ」
感じられない事が不安を掻き立てていく。
『“戦って死にたがっているから”』
寂しげに笑って言ったアイツに俺は何をしてやれるか、考えてはみたものの答えはない。
それでも、
『“冬獅郎がいるなら生きてるのも、悪くない”』
そう笑ってくれたから‥その笑顔を守りたいんだ。好きだから。愛しているから‥。
日「早く‥帰って来い」
こんなにも待ち焦がれている。寂しいなんて思ったのは久しぶりだな―‥。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして。
嫌な予感を抱いたまま‥それは起きた。夕陽が沈んだ時間にあやめの霊圧を感じて慌てて十一番隊舎を出る。
隊舎前は隊士達が集まり、その中には松本達もいた。
視線の先には―‥
日「あやめ‥!」
ボロボロで傷だらけのあやめがやっとの思いで歩いていた。誰も寄せ付けず、誰も頼らず。重い体を引きずりながら隊舎へと歩く姿に駆け寄る。
日「あやめ!」
『‥居たのか』
日「何で連絡しなかった!こんなになるまで‥ッ!」
大切だと言っておきながら、俺は結局何もしてやれない。
日「早く四番隊にッ」
『‥――邪魔だ』
ドンッ、
日「!」
『‥ごめんなさい』
日「(あやめ‥?)」
突き飛ばされた瞬間に見えた表情はあの時と同じ。寂しげな自嘲の笑み。何かを、決意した様な‥。
「お嬢ーー!!」
隊士達の叫び声。崩れる体。血に濡れた隊士の姿。
――何が起きた?
何であやめが倒れてんだ?
頭の中が真っ白になる。
『ハァ‥ッ‥』
――あやめが、刺された。
日「あやめ?!」
血が腹部から滴り落ち、血溜まりを作る。必死に体を起こそうとするあやめの肩を抱き支えた。荒い息遣いに鉄の匂い、青ざめていく血色に不安が広がる。
それでもあやめは意識を繋いで見上げて言う。
『満足、か‥』
日「何を‥!」
何の事だと思い一つの考えが浮かぶ。まさかと見上げれば、目の前に佇む女の表情は複雑に入り混じった感情を表してた。
憎しみも悲しみも恐怖も感じながら見下ろしていたんだ。
「ぁ‥ッ‥‥!そうね‥アナタが死ねば満足だわ!」
その言葉で確信した。あの日死んだ隊士の恋人だと。
『そぅ‥ッ』
日「あやめ!」
このままじゃマズいっていうのにあやめは拒むばかり。
ほおっておけば死んじまうのにッ‥!
「彼を殺したアナタを私は赦さないッ!」
涙を流し、憎しみをぶつける女。それに賛同するように誰もがあやめを嫌悪する。それを向けられた本人は綺麗な笑みを浮かべながら言う。
『ああ‥構わない』
日「ッ!」
「!」
『ッ‥俺は、人殺しだから‥アンタの幸せを奪ったから‥‥赦さなくて、いい』
「ッ‥」
日「あやめ!」
ぐらりと傾く体は体温の低い。早く四番隊に運ばないと‥‥失っちまう。離さないと誓った手を‥すり抜けて、逝っちまう。
日「‥京楽、浮竹」
その場に駆けつけた京楽と浮竹の指示で女は捕らえられた。
京「すまないね。こうなる前に止めるべきだった」
『‥引き金を、引かせたのは‥俺だ』
日「あやめ」
『彼女に、は‥権利がある。‥俺は、化け物だからッ‥‥罪には、ならない』
それがあやめの願いだと分かった。普通ならどんな理由にせよ、それなりの処罰を受けなきゃならない。だが、自分は化け物だから‥復讐されても罪にはならないなんて‥。
浮「それは違うよ。君は、俺達と同じだ」
『‥おな、じ?わたしは‥人殺しなのに‥』
京・浮「「‥‥」」
日「それでもいい‥」
乱「隊長‥」
日「“今より窮屈な生活かもしれない。それでも、俺は‥お前を離さない”」
『!』
このまま死なせてやるのがあやめの為なのかもしれない。苦しみ続ける生は何よりも辛いだろう。
けれど、俺は‥離さないと誓ったから‥愛してやると誓ったから‥だから、苦しみも痛みも全部受け止めてやる。
――お前の笑った顔が好きだから。
『っ‥(微笑)』
きっと、俺はあやめを離せない。好きだから、愛してるから離せないんだ。
日「後は頼む」
浮「ああ」
四番隊へと急ぐ。
あやめは腕の中で意識を失っていた。四番隊に着き、卯ノ花からかなり危険な状態だと告げられる。
日「逝くなよ」
俺に出来るのは祈るだけ、なんだよな‥。――ごめんな、あやめ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから二週間が経つがあやめは目を覚ましてはいない。俺は毎日時間が空けば病室に通っていた。
乱「隊長って奥手だと思ってましたけど、違ったんですね」
日「何だ、いきなり」
乱「だってェ~。“お前を離さない”なんて、隊長が言うとは思いもしなかったんですもんvV」
日「//!」
乱「あら?無意識だったんですか?真っ赤になっちゃってvV」
日「松本ッ!!」
乱「きゃあ~vV」
日「‥ったく」
仕事もしないで人をからかいやがって。あやめにも言われたが‥奥手って、どこで判断してんだか分かんねーぞ。
大体、あの時は‥あやめが死んじまうんじゃないかって焦ってたし‥人殺しなのに、その言葉に胸を締め付けられて‥。ちゃんと、はっきり伝えねーとって思ったら初めて小雪を拾った日のあやめの言葉を思い出したんだ。気がついたら言葉にしてて‥あやめが笑ってくれた。
あの時、アイツは何を思っていたんだろうな‥。
日「さっさと終わらせねーと」
サボったまま帰らない副官の書類を無視して自分の分へと筆を走らせた。
―――――――――‥
病室へと足を運ぶ頃には陽が沈み、空に月が昇っていた。
蒸し暑かった夜も大分涼しくなったな、なんて思いながら四番隊に着き病室の扉を開くと―‥。
『‥よぉ、遅かったな』
日「!」
月明かりが病室内を優しく照らし、窓辺に立つあやめは微笑んでいた。
目を覚ました喜びと安堵、そして驚きで俺はただ見つめたまま立ち尽くす。
『どうした?』
日「いつ、起きたんだ‥」
『昼頃だったかな』
日「何で知らせなかった」
『此処に来るのは卯ノ花隊長と十一番隊だけだからな。冬獅郎には知らせなくていいって俺が言ったからだろう。お前から来るだろうからな。ちょっと遅いけど』
からかう様に話すあやめに歩み寄り、手を握る。温もりのある手を引き寄せて抱き締めた。
日「‥すまない」
『何が?』
日「あのまま‥逝かせてやれなくて」
『‥』
返答がない事が不安になる。
俺の選択は結局、あやめの為なんかじゃなく自分の為だから‥。
失いたくないから、もっと一緒にいたいから‥ただ、それだけなんだ。
――嗚呼、忘れかけていた
「人殺しのクセにッ!」
――ぬるま湯に浸かりすぎたんだ
「化け物がのうのうと生きてるなんて赦さない!」
――私は‥何をしているんだ‥?
偶然の再会で投げつけられる恨み言。嫌悪と憎悪の入り混じる瞳。どんなに日常の些細な事で癒されたとしても、消えることはない‥。
そう自分に言い聞かせ、俺は以前の様に外を歩くのを止めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自室に籠もり続けて一週間が経つが俺はひたすら筆を走らせていた。
?「##NAME3##‥」
『何だ、やちる』
振り返る事なく問い掛ける。
草「ご飯食べよう!」
『俺はいらない』
草「でも‥」
『食欲ないんだ。俺は気にしないで食べてきな』
草「ぅん」
心配してくれるやちるに素っ気ない対応をしては心が痛んだ。それでも、俺は拒否し続けるしかなかった。
――頭の中で鳴り止まない声。
『ッ!』
ドンッ!!
今に始まった事じゃないのに、何だってこんなに苛立つんだ。
?「あやめ、入るぞ」
『‥冬獅郎』
日「霊圧、乱れてるぞ」
『それでわざわざ来たのか』
日「心配するのも俺の特権だ」
そう言って笑う冬獅郎‥いつもなら嬉しい筈のそれも苛立ちにしかならない。
『ほっといてくれ』
日「嫌だ」
『俺の問題だ』
日「それでも、俺は傍にいる」
『ッ‥鬱陶しいんだよ!』
ダンッ!!
“人殺し”
“化け物”
“許さない”
『煩いッ!!』
日「あやめッ!?」
『出てけッ!!』
日「!?」
スパンッ、
『‥‥クソッ』
――八つ当たりだ。
分かってる、何でこんなに不安定なのか。ちょうど今頃だったんだ“あの日”が―‥。
忘れたかったワケじゃない。ただ、幸せ過ぎたんだ‥何もかもが‥。
冬獅郎が居てくれる、愛してくれる‥その優しさに包まれる事で赦された気がしていたんだ。
でも、そんな簡単な事じゃないって知ってた筈なのに‥‥俺は、向き合う事すら手離そうとしてたんだな。
『最悪だ‥』
―――――――――‥
翌日も冬獅郎は部屋に来た。
何するワケでもなく、ただ傍に居るだけ。追い出すのも面倒で放置してる。それでも、傍に居れば嫌でも気になってしまう‥。
『いつまで居る気だ』
日「今日は非番だ。ずっと居る」
――呆れた。
さっきから小雪を撫でてるだけで数時間が経つのに飽きもせず居座るのかよ‥。
日「傍に居たいたけだ。気にするな」
『ほっといてくれよ』
日「それは出来ねー」
『‥‥』
日「京楽から聞いた。
あの日、あの場にいた女がお前をまだ恨んでることも。
此処最近、お前の様子がおかしい理由も」
だから‥傍に居るのか?
その優しさが今は痛いんだよ。キツく筆を握り締めていれば、そっと手を重ねられた。同時に感じる温もり。こんなにも愛してくれる人がいるのに、俺は――‥。
日「一人じゃない。俺が傍に居るから」
『‥アイツの、恋人だったんだ。死んだ男は』
日「‥‥」
『生きていたら‥こうして、彼女を抱き締めていたんだろうね』
冬獅郎がくれた時間。
それは、とても温かくて‥優しくて‥幸せでした。
『私が幸せになるなんて出来ない。
だから―‥』
日「出来ない相談だ」
『冬獅郎』
日「お前の気持ちも優しさも分かってる。だけど、今お前を一人にしたら‥消えちまいそうだ」
――どうしたらいい?
大切な人を奪っておいて自分は愛されようとしてる。不公平だと分かっているからこそ、冬獅郎から離れようとしてるのに‥‥切なげにされてしまったら揺らいでしまう。愛されたいのに、愛されてはいけない。板挟みの気持ちに目眩を感じた。
其れからも、冬獅郎は部屋に居座り続けて夜が更けていた。
『戻らないの』
日「お前が眠るまで居る」
その言葉で心配されているのは明白で、困ってしまう。私は‥‥化け物のままで、いられなくなるじゃない。
触れたい――‥そう思ってそっと彼へと手を伸ばした瞬間、脳裏をよぎる彼女の言葉に手を止めた。
『(情けないな‥)』
伸ばした手を引き戻そうとした時、ギュッと指を絡めて握られた。
『離せよ‥』
日「嫌だ」
嗚呼、君が居る‥其れだけで私は弱くなる。それなのに振り解く事も出来ないなんて‥。
『お前が居ると、俺は弱くなる‥』
日「強い奴なんてそうは居ない」
『俺は、強くなりたい‥』
日「お前の優しさが強さだ」
『それでも‥俺は‥』
ギュッ、
日「周りの言葉なんか気にすんなよ」
『冬獅郎‥』
日「誰が何と言おうが、お前はお前だ。赦されなくても俺はお前だけを愛してる」
『!』
真っ直ぐで曇りのない翡翠は輝きを増した。
正直だな、ホントに‥。でも‥何度救われただろう。この温もりも、安心と愛と優しさを与えてくれる。
赦されなくていいんだ。例え、全てを敵に回しても‥冬獅郎が居るならそれだけでいい。
そう分かってはいても罪悪感が支配していく‥。奪ってしまったのだ‥彼女から‥これから積み重ねていく筈だった幸せな時間を‥‥。
日「あやめ」
もし、冬獅郎がいきなりいなくなって‥一人残されたら、私は生きるのを諦めてしまう。
『私、は‥人として生きられない者なのかもしれない‥。
魔笛は道具として在るべきなのかもしれない。けど‥‥私‥』
板挟みの感情にいつしか涙が溢れては零れていく。そんな私を冬獅郎はキツく抱き締めてくれた。
――なんて、落ち着く場所なんだろう
『貴方に、愛されていたい‥。
永遠なんて望まないから‥刹那の夢で構わないから‥‥』
日「刹那の夢でなんか終わらせねーよ」
『冬獅郎‥‥ぁ‥』
顎を掴まれ視線を結べば、真剣な眼差しが映る。
日「夢でなんか終わらせたくない。お前が俺を求める限り‥それが、永遠でも‥俺は‥‥」
幼い外見の何処にそんな色香を隠しているのだろうか―‥。交わる視線は逸らすことを許さない。吐息が掛かる僅かな距離に胸の鼓動は早さを増し、呼吸が上手く出来ない。
日「あやめを愛し続ける」
『ん‥//』
重なる唇。嬉しさと愛しさが不安定だった心に沁みる。
なんて‥幸せなんだろう――。
私という者を知った上で理解し、受け入れて‥‥愛してくれる。
冬獅郎は私を強いと言ったけど、ホントは冬獅郎の方が強いんだ。こんな私を愛そうと言ってくれる広い心を持っているんだから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
草「お菓子いっぱいだね!」
『帰ってお茶にしような』
草「うん!」
溜まった書類をやちると配り終えた帰りがけに浮竹隊長に会って沢山のお菓子を貰ったんだが‥‥何処にコレだけのお菓子があったんだ?
なんて考えていると、
草「何だろう?」
『面倒だな‥』
隊舎前の人だかり。しかも、言い争いだ。何が原因なのかも分かるだけに溜め息しか出ない。
聞きつけた冬獅郎と目が合った。
日「何やってやがる!」
響く声に辺りは静まり返った。そして俺も自隊の隊士に言う。
『隊舎の前で騒ぐな。邪魔だ』
「すみません、お嬢」
頭を下げる隊士とは反対に睨み付けてくる奴が口を開いた。それも、嫌みをつらつらと。
反論しようとした隊士達を制して黙って聞く。
蔑み、嘲笑いながら‥‥それは、降り積もる雪の様に‥突き刺さるのではなく積もっていくだけ‥‥。
『言いたいコトはそれだけか?
‥だったら失せろ』
「っ!?」
『グダグダと面倒くせェ。
所詮は腰抜けだろう。文句があるなら俺に言えばいい、自分より格下相手にしか強がれないクセに噛み付いてくんな』
「貴様っ!!」
日「やめろ!!」
「ッ!」
日「これ以上は許さねーぞ」
間に入った冬獅郎の威圧感に押し黙る隊士。
それから、他の隊長も聞きつけその場を収めた。
乱「まったく、自分から喧嘩を売ってどうするのよ」
『俺の勝手だ』
「お嬢!」
『ん?』
「すみませんでした!」
「アイツ等‥お嬢を気味が悪いだの、消えろだの‥挙げ句の果てには‥‥その‥襲うなどと‥」
草「最低!」
こんな俺の為に‥そう思うときつくは叱れない。
『お前等が気にする事じゃない』
乱「アンタッ‥‥隊長」
日「‥‥」
『(女ってバレたのはやっぱりマズかったな‥)
そんなの日常だろ?今更気にするだけ無駄だ。それよりも仕事をしてくれ』
「「「はっ!!」」」
慌ただしく駆け出した隊士達を見送り、冬獅郎へと視線を移す。
『止めに入る事ないだろう』
日「俺の勝手だ」
同じ言葉で返された。
俺の味方をすれば冬獅郎への信頼性も損なうだろうにな。
意地っ張りで頑固で‥けれど、真っ直ぐで優しくて温かい。
それが‥いつも私を救ってくれる。
『そういうトコ、気に入ってる(ボソ』
日「///!」
『やちる、行くぞ』
草「はぁい!」
隊舎に入りお茶を用意する。
ぼんやりと湯が沸くのを見ながら広い背を思い出す。私を包む大きな存在はいつも優しく触れては抱き締めてくれる。
痛み、悼み続ける心を包みながら愛を注いでは離さない。
嬉しい筈なのに苦しいのは‥私が普通ではないからだろう。
お茶を淹れてやちるが待つ縁側へ。既にお菓子を食べてるやちるに笑みを浮かべていると隊士に呼び止められ渡された一枚の紙。
それに目を通し、懐にしまう。
草「どうかしたの?」
『なんでもない。食べ散らかすなよ』
草「うんvV」
隣に座り茶を啜る。
今日は曇り空の為か涼しく感じ過ごしやすい。
草「##NAME3##変わったよねェ」
『?』
草「女の子らしくなった!」
その言葉に少なからず戸惑う。
草「##NAME3##が嬉しいとやちるも嬉しいよ」
『ありがとな、やちる』
草「えへへ」
それから、色んな世間話をして笑い合って‥仕事が入った事を伝えた。
草「危ないの?」
『どうかな。でも、大丈夫だよ。俺はそんなに弱くない』
草「うん‥」
ぽんっ、
草「##NAME3##?」
『いつも心配してくれてありがとな』
草「ひっつんには言わないの?」
『俺の仕事だ。アイツは関係ない‥それに、他隊の事だしな』
草「そっか」
『必ず帰るよ。俺の居場所は此処だから』
草「うん!」
――そう、十一番隊が俺の帰るべき居場所なんだ。
―――――――――‥
その夜。月明かりが照らす宵闇の中、一人静かに隊舎を出た。霊圧を消して‥。
『(バレたら怒られるかな)』
渡された一枚の書類はいつもの事だが、冬獅郎にバレたら絶対付いて来る。だから‥こんな時間に出て来たんだけど。
暫くすると門の前に人影が見えた。
『お前―‥』
立っていたのは彼女だった。
『何だ?こんな時間に‥』
「隊長から聞いたわ。あの日以来のアナタが行動全て」
『‥それがなんだよ』
「私は我慢ならない!あの人を殺しておいてのうのうと死神でいるなんて!」
『‥‥』
「しかも、日番谷隊長と付き合ってる‥‥私からあの人を奪ったアナタが幸せになるなんて赦さない!」
痛いところを突かれた。
何度も自分に問いかけては答えが出なかったが‥やはり、俺は幸せを望むべきじゃないのかもしれない。彼女が俺に向ける感情にそう思った。
『なら、どうしたら気が済むんだ?
言葉だけなら何とでも言える。
お前は俺をどうしたいんだ?』
「‥死になさいよ。死んで詫びなさいよ!」
『自分から死ぬつもりはない』
「ッ!?」
『死ねと言うなら、お前が殺せばいい。それが出来なきゃお前が言ってる事全て、アイツの為じゃなく自分の為だろう』
「ッ‥」
『結局、お前は自分の手を汚したくないだけだ』
俯いたままの彼女の横を通り過ぎ、門をくぐる。我ながら酷い物言いをしたと思う。けれど‥俺は自ら死を選ぶ事だけは出来ない。
それでも彼女が俺の死を望むなら、その時は――‥。
『やっぱり、冬獅郎は怒るだろうな‥』
でも、これは俺の問題だ。例えどんな結果になろうと邪魔はさせない。
否―‥結局、俺がそう望んでいるんだろうな。
優しさに触れる度に、愛される度に、罪悪感が心を抉る。板挟みになる心は身動き出来ず、どうしたらいいか分からない。
正直に言えば‥‥――しんどい。
『俺は‥どうしたらいいんだろうな』
彼女の気が済まなければ先へは進めないだろう。だからこそ彼女にも選択してもらわなければならない。
彼女が納得する答えを――。
『此処か‥』
足を踏み入れない森の中。情報によれば先日任務へ出ていた隊が取り逃がした虚が逃げ込んだらしい。それで俺に回って来た。面倒な話だ。
森の中へと進む。暗闇の中に差し込む月明かり。静かな森にただ一人歩く。
孤独、不安、恐怖といった暗い感情が心を蝕む様に広がっていく。同時に歌を口ずさんでいた‥無意識に。
『(冬獅郎‥)』
君が居る‥それだけで私は幸せでした。
もっと、君と笑い合えたら‥
何度も考えては泣きそうになるの。
――幸福でありたい。
小さな願いさえも私は叶えられないだろう。
それでも、君は居てくれた。
私という化け物を理解したい、愛してる。
そんな奇跡のような一時を過ごすコトが出来た。
今、この瞬間に紡ぐ歌は君への愛を乗せて歌おう。
月夜に想いを馳せて――。
□■□■□
日「ん‥‥朝か‥」
ぼんやりする頭で昨日のコトを思い出す。
あやめに対する隊士達の反感は増すばかりだ。しかも、女だと分かってからは卑しい考えまで抱き始めるとは‥。外を歩かせるのが心配になっちまう。
それでも‥あやめは気にすることなく平然としてる。
“気にする必要はない”
あの言葉は突き放したワケじゃなく、自分の問題を背負わせたくないからだ。
その優しさがいつかあやめ自身を壊すんじゃないか、死に走らせるんじゃないか‥不安になる。
この頃あやめは苛立ちを感じては霊圧を乱し、食事も睡眠も取らずに仕事に費やしていた。
その理由が八番隊隊士にあると京楽から聞いた時、あやめを一人にしたくなくて部屋を訪ねた。機嫌の悪さに加えて体調も悪いクセに書類に向かう姿は何かを振り払うかの様で、その証拠に怒鳴りつけられて閉め出されたし‥。
神崎 あやめという隊士を知れば知るほど優しい奴だと感じた。
――だからこそ、手を離したくないんだ。
―――――――――‥
日「仕事‥?」
草「うん。でもね、朝来たら居なかったんだよ」
日「(アイツ‥)」
支度を済ませてあやめの部屋に来てみれば姿がなく、草鹿に聞けば仕事に行ったらしい。
アイツの事だ。俺に気づかれない夜中にでも出て行ったんだろう。
一人で行って欲しくないのに‥頼って欲しいのに‥いつだってあやめは一人で行っちまう。俺の気持ちを知っていながら‥。
隊舎に戻り、隊主室へ。椅子に腰掛け一息吐く。松本がいない事はこの際どうだっていい。俺の頭の中はあやめのコトでいっぱいだからな。
『“愛されていたい”』
そう泣きながら切実に願うあやめの涙はあの日のまま‥綺麗で、苦しげだった。消える事なく。消す事も出来ないままの罪にあやめの心は痛み続けるばかり。
隊長という立場でも部下の死は経験している。助けられなかった後悔は消える事はない。それでも前を向かなきゃならないが‥‥あやめは、優しい奴だから‥誰よりも自分自身を赦せないでいる。
人じゃない、道具だと周りが囁く度にあやめはどれだけ傷つき悩んだのだろうか‥。
だからこそ―‥。
日「(愛してる)」
お前が何であろうと関係ない。
お前が笑うだけで、鼓動が高鳴る。
お前と触れ合うだけで、愛おしくなる。
傍に居るだけで落ち着くんだ。
‥――嗚呼、
日「あやめ」
君の歌声が聴きたい――‥。
―――――――――‥
日「もう昼か‥」
手を休め一息。
今日の分の書類を片付け時計を見れば12時を廻っていた。
隊主室を出てあやめの部屋へ行く。居ないのは分かっているんだが‥‥待っていたい。此処があやめの居場所で、帰るべき家だから。
スッ、
まだ暑い筈の昼間だというのに主不在の部屋はなんだかひんやりした。まるで、あやめを失ったみたいに‥。
どさっ、
寝転がりながら天井を見上げて霊圧を探る。
日「まだか‥あやめ」
感じられない事が不安を掻き立てていく。
『“戦って死にたがっているから”』
寂しげに笑って言ったアイツに俺は何をしてやれるか、考えてはみたものの答えはない。
それでも、
『“冬獅郎がいるなら生きてるのも、悪くない”』
そう笑ってくれたから‥その笑顔を守りたいんだ。好きだから。愛しているから‥。
日「早く‥帰って来い」
こんなにも待ち焦がれている。寂しいなんて思ったのは久しぶりだな―‥。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして。
嫌な予感を抱いたまま‥それは起きた。夕陽が沈んだ時間にあやめの霊圧を感じて慌てて十一番隊舎を出る。
隊舎前は隊士達が集まり、その中には松本達もいた。
視線の先には―‥
日「あやめ‥!」
ボロボロで傷だらけのあやめがやっとの思いで歩いていた。誰も寄せ付けず、誰も頼らず。重い体を引きずりながら隊舎へと歩く姿に駆け寄る。
日「あやめ!」
『‥居たのか』
日「何で連絡しなかった!こんなになるまで‥ッ!」
大切だと言っておきながら、俺は結局何もしてやれない。
日「早く四番隊にッ」
『‥――邪魔だ』
ドンッ、
日「!」
『‥ごめんなさい』
日「(あやめ‥?)」
突き飛ばされた瞬間に見えた表情はあの時と同じ。寂しげな自嘲の笑み。何かを、決意した様な‥。
「お嬢ーー!!」
隊士達の叫び声。崩れる体。血に濡れた隊士の姿。
――何が起きた?
何であやめが倒れてんだ?
頭の中が真っ白になる。
『ハァ‥ッ‥』
――あやめが、刺された。
日「あやめ?!」
血が腹部から滴り落ち、血溜まりを作る。必死に体を起こそうとするあやめの肩を抱き支えた。荒い息遣いに鉄の匂い、青ざめていく血色に不安が広がる。
それでもあやめは意識を繋いで見上げて言う。
『満足、か‥』
日「何を‥!」
何の事だと思い一つの考えが浮かぶ。まさかと見上げれば、目の前に佇む女の表情は複雑に入り混じった感情を表してた。
憎しみも悲しみも恐怖も感じながら見下ろしていたんだ。
「ぁ‥ッ‥‥!そうね‥アナタが死ねば満足だわ!」
その言葉で確信した。あの日死んだ隊士の恋人だと。
『そぅ‥ッ』
日「あやめ!」
このままじゃマズいっていうのにあやめは拒むばかり。
ほおっておけば死んじまうのにッ‥!
「彼を殺したアナタを私は赦さないッ!」
涙を流し、憎しみをぶつける女。それに賛同するように誰もがあやめを嫌悪する。それを向けられた本人は綺麗な笑みを浮かべながら言う。
『ああ‥構わない』
日「ッ!」
「!」
『ッ‥俺は、人殺しだから‥アンタの幸せを奪ったから‥‥赦さなくて、いい』
「ッ‥」
日「あやめ!」
ぐらりと傾く体は体温の低い。早く四番隊に運ばないと‥‥失っちまう。離さないと誓った手を‥すり抜けて、逝っちまう。
日「‥京楽、浮竹」
その場に駆けつけた京楽と浮竹の指示で女は捕らえられた。
京「すまないね。こうなる前に止めるべきだった」
『‥引き金を、引かせたのは‥俺だ』
日「あやめ」
『彼女に、は‥権利がある。‥俺は、化け物だからッ‥‥罪には、ならない』
それがあやめの願いだと分かった。普通ならどんな理由にせよ、それなりの処罰を受けなきゃならない。だが、自分は化け物だから‥復讐されても罪にはならないなんて‥。
浮「それは違うよ。君は、俺達と同じだ」
『‥おな、じ?わたしは‥人殺しなのに‥』
京・浮「「‥‥」」
日「それでもいい‥」
乱「隊長‥」
日「“今より窮屈な生活かもしれない。それでも、俺は‥お前を離さない”」
『!』
このまま死なせてやるのがあやめの為なのかもしれない。苦しみ続ける生は何よりも辛いだろう。
けれど、俺は‥離さないと誓ったから‥愛してやると誓ったから‥だから、苦しみも痛みも全部受け止めてやる。
――お前の笑った顔が好きだから。
『っ‥(微笑)』
きっと、俺はあやめを離せない。好きだから、愛してるから離せないんだ。
日「後は頼む」
浮「ああ」
四番隊へと急ぐ。
あやめは腕の中で意識を失っていた。四番隊に着き、卯ノ花からかなり危険な状態だと告げられる。
日「逝くなよ」
俺に出来るのは祈るだけ、なんだよな‥。――ごめんな、あやめ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから二週間が経つがあやめは目を覚ましてはいない。俺は毎日時間が空けば病室に通っていた。
乱「隊長って奥手だと思ってましたけど、違ったんですね」
日「何だ、いきなり」
乱「だってェ~。“お前を離さない”なんて、隊長が言うとは思いもしなかったんですもんvV」
日「//!」
乱「あら?無意識だったんですか?真っ赤になっちゃってvV」
日「松本ッ!!」
乱「きゃあ~vV」
日「‥ったく」
仕事もしないで人をからかいやがって。あやめにも言われたが‥奥手って、どこで判断してんだか分かんねーぞ。
大体、あの時は‥あやめが死んじまうんじゃないかって焦ってたし‥人殺しなのに、その言葉に胸を締め付けられて‥。ちゃんと、はっきり伝えねーとって思ったら初めて小雪を拾った日のあやめの言葉を思い出したんだ。気がついたら言葉にしてて‥あやめが笑ってくれた。
あの時、アイツは何を思っていたんだろうな‥。
日「さっさと終わらせねーと」
サボったまま帰らない副官の書類を無視して自分の分へと筆を走らせた。
―――――――――‥
病室へと足を運ぶ頃には陽が沈み、空に月が昇っていた。
蒸し暑かった夜も大分涼しくなったな、なんて思いながら四番隊に着き病室の扉を開くと―‥。
『‥よぉ、遅かったな』
日「!」
月明かりが病室内を優しく照らし、窓辺に立つあやめは微笑んでいた。
目を覚ました喜びと安堵、そして驚きで俺はただ見つめたまま立ち尽くす。
『どうした?』
日「いつ、起きたんだ‥」
『昼頃だったかな』
日「何で知らせなかった」
『此処に来るのは卯ノ花隊長と十一番隊だけだからな。冬獅郎には知らせなくていいって俺が言ったからだろう。お前から来るだろうからな。ちょっと遅いけど』
からかう様に話すあやめに歩み寄り、手を握る。温もりのある手を引き寄せて抱き締めた。
日「‥すまない」
『何が?』
日「あのまま‥逝かせてやれなくて」
『‥』
返答がない事が不安になる。
俺の選択は結局、あやめの為なんかじゃなく自分の為だから‥。
失いたくないから、もっと一緒にいたいから‥ただ、それだけなんだ。