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蒼の吸血鬼

「うわあ……ひどいや……」

 いつものほほんとしている、鬼の子供クロイワが、流石に言葉を失っている。

 そこに横たわっているのは、累々と折り重なる「死」である。
 まだ昼を超えない暖かい光の中に、曝されているのは、相変らず奇妙に変形した、人間の白骨死体だ。
 駅のロータリー近く、ささやかな商店街へと続く道路には、無数の死骸。
 この近辺で働いていた人間、たまたま車で通りかかった人間、制服からして、恐らく学生。
 誰もがたまたまここに居合わせ、たまたま死んでいる。
 元の姿なぞ、恐らく親が見てもわからない、異様に変形した白骨死体となって。
 ゆうゆうと地面に広がる、汚らしい汚液は、乾いてはいるが、異様な臭気を立ち上らせたまま。

「この辺りに、病を撒き散らした吸血鬼がおる……おった、はずよ。例の電車は、ここが始発で、そしてご覧の有様なのじゃからのお」

 優雅な十二単をひきずり、化粧で鮮やかに彩られたかんばせを半ば扇で隠しながら、片輪車のツバキが口にする。
 静かに、だが油断なく、凄惨なその街角に視線を走らせる。
 自衛隊によって封鎖されているはずの、ここに入り込んだのは、彼女の時空を超える車に、全員を詰め込んできたからだ。

「ここに、何があるのか、よ。取り立てて、いわくつきの何かがあるとか、有力な人外が住んでいるだとか、聞かんわな。その吸血鬼奴、何を目指したのか?」

 不気味な夜の風のような声音で、夜行さんのヨルノがつぶやく。
 ごく平凡な街、である。
 あまたある、都心のベッドタウンの一つというべきか。
 暮していくには過不足なく、しかし、大したものがある訳でもない。
 珍しいものは都心に出るか、通販を使うかといった、「どこにでもある街」だ。
 その平和な街は、今や巨大な「墓場」だ。
 ヨルノの狩衣を風が揺らす。

「妖気が特に濃い場所を、地道に探すしかないな。時間もあまりかけられぬが」

 きりりとした口調で、真紅の天狗、アマネが言いきる。
 ツバキとは違った様式の扇でゆっくり顔をあおぎつつ、何かを探る視線。

「ここに吸血鬼が降り立って、病を撒き散らしたのには間違いない。だが、何の目的で、そして、具体的にこの街のどこで、だ。狙った何かなり、誰かなりがいたのかも知れん」

 クロイワが、体を傾けて、アマネを覗き込むように。

「きゅうけつきの人、誰かを殺そうとしたの?」

 問われ、アマネは考え込む。

「まだわからん。あくまで予想だ。この近辺に住んでいる特定の人間を殺害する目的だったら、この振る舞いも筋が通るというだけでな」

 腕組みするアマネの後を、ヨルノが引き継ぐ。

「もし、誰ぞや人間様を確実に殺そうと言うのなら、大した覚悟よ。どう考えても、関係なく巻き添えで死んでいる人間の方が多いというもの。もし、それだけの犠牲を出してでもというのなら、一体何があったのやらと思わずにはいられんがな……」

「人外、それも吸血鬼の恨みを買う人間というのも、想像がしづらいのお。他の種族の人外以上に、日本吸血鬼と普通の人間の力の差など、大きいじゃろうて。普通に考えて、人間様ごときを、日本吸血鬼が歯牙にかけるとも思えぬわいな」

 単なる事実を確認する口調で、ツバキが断言する。
 ちらちらと視線をさまよわせ、西北の方向を見やる。
 いつもならうららかと表現したくなるような日差しに輝く街並み。
 特に、スレートグレーの外壁のタワーマンションがまぶしい。

「……あの、塔な。気になるわいな」

「……やはりそう思うか? どうも向こうから妖気が流れてくる。本星かも知れん」

 アマネが形の良い眉根を寄せる。

「あそこに、きゅうけつき?」

 クロイワは納得いかなそうだ。
 あまり、妖気を読むのは得意ではない。

「まだ呑気に居座っておるかどうかはともかくとして、あの辺りから不穏な空気が漂ってくるのは確かよ。……確かめずにはおられぬ。もし、『いらっしゃる』なら、その場でケリを付けられるやも知れぬ」

 幸い、ご覧の通りに、このあたり一帯の人間様は全滅、周囲の被害は気にする必要がないわ、と、半ば嘲るように、ヨルノが促す。

「……行くか」

 アマネは翼を広げる。
 ツバキが、妖しく燃える牛車を呼び出し、地面に降り立たせる。


 ◇ ◆ ◇

「はっ!!」

 アマネの華麗な扇の一撃。
 飛び出した衝撃波が、そのマンションの、固く閉ざされた玄関扉を粉々に砕いていた。

 アマネが無言で促すと、ヨルノ、ツバキ、クロイワが彼女に続いてマンションのエントランスに侵入する。

 まだ新しい、小綺麗なタワーマンションだ。
 スレートグレーの防音防熱壁と、青みを含んだ強化ガラスの組み合わせがいかにも上流階級の住処と言った雰囲気である。

「あった。これだ」

 小鳥の巣箱のように並べられているポストに、アマネは近づく。
 取り出したスマホの端末と、目の前のポストの表示を見比べる。

「602号室。ここで間違いない。Hコンサルタント……」

 四人の人外の目が、ロゴマークと組み合わされた、そのコンサルティング事務所の名前にくぎ付けになった。
 一見、何の変哲もないコンサルティング企業だ。
 このマンションの企業スペースはそこそこ広く取られているので、そう粗末な企業でもないはずだが、彼らが注目しているのはそのことではない。

「……これが、コンサルの皮をかぶって、人外と人間の橋渡しをすると謳っている……?」

 ツバキが目を細める。

「胡散臭いのお……」

「胡散臭いからこそ、よ。ここしかないわい」

 自分のスマホ端末も確認し、ヨルノが不吉な声音で嗤う。
 その画面には、人外が多くアクセスする裏サイトが表示され、そしてそこに、まさにこのコンサルティング会社の名称。

「人間と人外の橋渡し、といえば聞こえがいいがの。サイトで確認する限り、かなり強引なこともやっとるようじゃて。人外の恨みを買うといったら、ここしかあるまいよ」

「……六階だな。行こう」

 アマネは迷うことなくエレベーターホールへ向かう。
 残りの三人が、一瞬だけ顔を見合せ、慌てて後を追った。
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