PHASE-01 勝利の女神
ディアッカが帰投の軌道に入りながら、ぽつりと。
「……俺ら要った?」
「黙れ! たまたまだ!!」
たまたまで二機同時に落とせる人間がいたら、そいつはもう天才ではなく怪物だ。イザークも分かっていたが、認めたくなかった。
ニコルが通信を開く。
「#シファ#さん、怪我は!?」
心配するニコルに、#シファ#は静かに首を横に振った。ニコルはホッと一息ついていた。
一方アスランは、イージスで並走しながらネレイを見つめていた。——あの戦い方。素人の動きじゃない。どこかで訓練を受けた? いや、それにしては癖がない。我流だ。
母艦が近づく。ハッチの向こうでクルーゼが待っている。
「なあイザーク。あれ十三歳だぜ」
「……フン、何も聞こえん」
二人の言葉に、#シファ#は首を振った。
「ボク一人じゃない。アスランがいなければ、撃つ者がいなかった。みんなで仕留めた。ボクは指示を出して、やることをしただけ」
正論で全員を一蹴。だがそれにしても実力は確かだ。本当に賢かった。謙遜ではなかった。——本気でそう思っている声色だった。自分の功績を誇る気がないのではなく、戦果の構造を正確に理解している。
ディアッカは参ったように頭を掻いた。*
「……十三歳に戦術論で説教されてる俺ら」
「されてない!!」
ニコルはそんなやりとりを遠目に見ながら、小さく微笑んだ。——この人は強いだけじゃない、と。
アスランも着艦しながら、その言葉を反芻していた。「やることをしただけ」と言った——あの状況で的確に敵機を拘束し、撃破の隙を作ることが「やること」だと即座に判断できる人間を、アスランは他に一人しか知らなかった。──キラ・ヤマト。ストライクに乗って戦ったあの友人と同じ匂いがする。
「見事だったな、少年」
クルーゼは格納庫で待っていた。仮面がゆっくりと#シファ#を見下ろす。
「使えなければ好きにして構わない——そう言ったな?」
アスラン達四人が息を呑んだ。#シファ#は微動だにしなかった。
「覚悟の上です」
それでも無表情で、その瞳にはやはり揺らぎがなかった。桜色の瞳が揺らいだところを、今日一日だけでも見たことがない。
一拍の間。——そして、低い笑い声が仮面の裏から漏れた。
「冗談だ。——お前は使える。捨てる理由がない」
四人同時に肩の力が抜けた。ディアッカに至っては壁にもたれかかった。力が抜けすぎである。
「正式にクルーゼ隊への配属を許可する。階級は……そうだな、少尉扱いでいい」
「じゅ、十三歳で少尉だと!?」
「おいおい……俺より下手すりゃ先に出世するぞ、これ」
クルーゼは構わず踵を返す。
「アスラン、面倒を見てやれ。お前が拾った子だ」
「 ……了解、しました」
足音が遠ざかる。——クルーゼは最後まで振り返らなかったが、「光栄です」と敬礼した少年の姿を仮面越しの目は確かに焼き付けていた。
ニコルが駆け寄った。心配そうなのと、安心そうなのと、矛盾した気持ちが混ざりあっていた。
「#シファ#さん——じゃなくて、#シファ#少尉。足、見せてください。戦闘で……いえ、それよりも前に怪我していたでしょう?」
戦闘の興奮が引いた途端、現実が戻る。——左足。硝子の破片でも踏んだのか、血が滲んでいた。#シファ#が乗っていた救命ポッドは大きく破損していた。その破片だとしたら、随分前から。
#シファ#はぱちくりと瞬きした。やっと。まさか少尉になるなんて、思いもしなかったから。左足の血なんて気にしていない。*
「大丈夫。……後、その。#シファ#がいい。ニコル、#シファ#って呼んで」
その言葉にきょとんとしていたのも束の間、すぐにしゃがんで足元を覗き込んだ。
「……シファ、ですね。わかりました」
*ニコルは血の滲んだ包帯を丁寧に剥がしていく。その下には硝子の欠片が残っていた。かなり深く刺さっている。*
「うげ、結構刺さってんじゃん……」
「チッ……怪我人の癖に先走るからだ、馬鹿が」
アスランとニコルも立ち止まる。声をかけようとして、やめた。今ここで問い詰めれば、せっかく開きかけた蓋が閉じてしまう。後ろを歩いていたディアッカでさえも茶化さなかった。珍しいことに。随分と前を歩いていたイザークも足だけ止めて、振り返らない。けれど耳はこちらに向いていた。
「……いい。無理に拾わなくていい」
アスランが選んだ言葉は「思い出せ」ではなかった。無意識に選んでいたその言葉がいつか大きな鍵になるとは、きっと彼はまだ知らないだろう。
「そのうち、わかる。きっと」
「……うん」
#シファ#は頷いた。静かに、こくりと。無理に思い出そうとはしなかった。ただ、懐かしい気がした──それだけ。
「行こう。……足、止めてごめん」
ぎゅっと繋ぐ手に力を込めた。13歳にしても、少年にしてはか弱かった。
五人はまた歩き始めた。#シファ#とアスランとニコルの手は繋いだまま。誰も離さなかったし、誰も離せとは言わなかった。ディアッカもそれを見守るように後ろを歩き、イザークもまた先を歩きながら四人の足音を聞いていた──。
「……俺ら要った?」
「黙れ! たまたまだ!!」
たまたまで二機同時に落とせる人間がいたら、そいつはもう天才ではなく怪物だ。イザークも分かっていたが、認めたくなかった。
ニコルが通信を開く。
「#シファ#さん、怪我は!?」
心配するニコルに、#シファ#は静かに首を横に振った。ニコルはホッと一息ついていた。
一方アスランは、イージスで並走しながらネレイを見つめていた。——あの戦い方。素人の動きじゃない。どこかで訓練を受けた? いや、それにしては癖がない。我流だ。
母艦が近づく。ハッチの向こうでクルーゼが待っている。
「なあイザーク。あれ十三歳だぜ」
「……フン、何も聞こえん」
二人の言葉に、#シファ#は首を振った。
「ボク一人じゃない。アスランがいなければ、撃つ者がいなかった。みんなで仕留めた。ボクは指示を出して、やることをしただけ」
正論で全員を一蹴。だがそれにしても実力は確かだ。本当に賢かった。謙遜ではなかった。——本気でそう思っている声色だった。自分の功績を誇る気がないのではなく、戦果の構造を正確に理解している。
ディアッカは参ったように頭を掻いた。*
「……十三歳に戦術論で説教されてる俺ら」
「されてない!!」
ニコルはそんなやりとりを遠目に見ながら、小さく微笑んだ。——この人は強いだけじゃない、と。
アスランも着艦しながら、その言葉を反芻していた。「やることをしただけ」と言った——あの状況で的確に敵機を拘束し、撃破の隙を作ることが「やること」だと即座に判断できる人間を、アスランは他に一人しか知らなかった。──キラ・ヤマト。ストライクに乗って戦ったあの友人と同じ匂いがする。
「見事だったな、少年」
クルーゼは格納庫で待っていた。仮面がゆっくりと#シファ#を見下ろす。
「使えなければ好きにして構わない——そう言ったな?」
アスラン達四人が息を呑んだ。#シファ#は微動だにしなかった。
「覚悟の上です」
それでも無表情で、その瞳にはやはり揺らぎがなかった。桜色の瞳が揺らいだところを、今日一日だけでも見たことがない。
一拍の間。——そして、低い笑い声が仮面の裏から漏れた。
「冗談だ。——お前は使える。捨てる理由がない」
四人同時に肩の力が抜けた。ディアッカに至っては壁にもたれかかった。力が抜けすぎである。
「正式にクルーゼ隊への配属を許可する。階級は……そうだな、少尉扱いでいい」
「じゅ、十三歳で少尉だと!?」
「おいおい……俺より下手すりゃ先に出世するぞ、これ」
クルーゼは構わず踵を返す。
「アスラン、面倒を見てやれ。お前が拾った子だ」
「 ……了解、しました」
足音が遠ざかる。——クルーゼは最後まで振り返らなかったが、「光栄です」と敬礼した少年の姿を仮面越しの目は確かに焼き付けていた。
ニコルが駆け寄った。心配そうなのと、安心そうなのと、矛盾した気持ちが混ざりあっていた。
「#シファ#さん——じゃなくて、#シファ#少尉。足、見せてください。戦闘で……いえ、それよりも前に怪我していたでしょう?」
戦闘の興奮が引いた途端、現実が戻る。——左足。硝子の破片でも踏んだのか、血が滲んでいた。#シファ#が乗っていた救命ポッドは大きく破損していた。その破片だとしたら、随分前から。
#シファ#はぱちくりと瞬きした。やっと。まさか少尉になるなんて、思いもしなかったから。左足の血なんて気にしていない。*
「大丈夫。……後、その。#シファ#がいい。ニコル、#シファ#って呼んで」
その言葉にきょとんとしていたのも束の間、すぐにしゃがんで足元を覗き込んだ。
「……シファ、ですね。わかりました」
*ニコルは血の滲んだ包帯を丁寧に剥がしていく。その下には硝子の欠片が残っていた。かなり深く刺さっている。*
「うげ、結構刺さってんじゃん……」
「チッ……怪我人の癖に先走るからだ、馬鹿が」
アスランとニコルも立ち止まる。声をかけようとして、やめた。今ここで問い詰めれば、せっかく開きかけた蓋が閉じてしまう。後ろを歩いていたディアッカでさえも茶化さなかった。珍しいことに。随分と前を歩いていたイザークも足だけ止めて、振り返らない。けれど耳はこちらに向いていた。
「……いい。無理に拾わなくていい」
アスランが選んだ言葉は「思い出せ」ではなかった。無意識に選んでいたその言葉がいつか大きな鍵になるとは、きっと彼はまだ知らないだろう。
「そのうち、わかる。きっと」
「……うん」
#シファ#は頷いた。静かに、こくりと。無理に思い出そうとはしなかった。ただ、懐かしい気がした──それだけ。
「行こう。……足、止めてごめん」
ぎゅっと繋ぐ手に力を込めた。13歳にしても、少年にしてはか弱かった。
五人はまた歩き始めた。#シファ#とアスランとニコルの手は繋いだまま。誰も離さなかったし、誰も離せとは言わなかった。ディアッカもそれを見守るように後ろを歩き、イザークもまた先を歩きながら四人の足音を聞いていた──。
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