アヤカシバナシ第一章「隠世へようこそ」

小鳥のさえずり。暖かい日差し。襖の向こうからパタパタと聞こえる足音。
楓「んんー……朝……?」
ぼんやりと目を擦りながらベッドから身を起こす。時計の針は7時を指していた。
楓「私…本当に妖怪の住む世界に来ちゃったんだ…よね?」
部屋の襖に手をかけながら″もしかして昨日のことは夢だったんじゃないか″という不安を頭によぎらせる……が、そんな不安は襖を開けた瞬間消え去った。
いろは「あっ!楓ちゃん!おはよー!」
アルフ「…楓、おはよう、よく眠れたか?」
昨日と変わらない2人が見えた。それだけでもう昨日の事は夢ではないという十分な証拠になった。
楓「……おはようございます!」
私の隠世に来て初めての朝は、最高の気分で幕を開けた。

ここに座ってて、といろはに言われるがままにテーブルに着くと、朝ごはんが用意された。
白米。紅鮭。ほうれん草のおひたし。卵焼き。そして油揚げが入ったお味噌汁。
楓「わぁ…美味しそう…」
こんなにちゃんとした朝ごはんは親が生きてた頃以来だなぁ、とまた懐かしい気持ちになった。
いろは「じゃ、食べよっか!」
いただきます、と呟き、朝ごはんに手を着ける。
楓「………美味しい!」
いろは「ほんとっ!?よかったー、今日の朝ごはん私が作ったんだよ」
楓「いろはが作ったの!?」
いろは「うん!お兄ちゃんと日替わりで料理当番してるからね」
楓「そうなんだ……やっぱりいろはは和食が得意なの?」
いろは「そうだなぁ、一応どっちも作れるけど…やっぱり妖狐だからね、和食の方がサガにあってるんだよ」
楓「…って事は、アルフさんは洋食が得意って事ですか?」
アルフ「まぁ、そうだな」
つまり和食と洋食が日替わりで出てくるって考えるとバランスが良いなぁ、と感心する。私もいつか2人にお料理を作って食べてもらいたいな。
和やかに談笑し、朝ごはんを食べ終えたところで、今日はどうするかを考えていると、いろはが口を開いた。
いろは「楓ちゃん、今日は医療所に行こうよ、何かあった時の為に道だけでも覚えておいた方が良いし、あと珀さんには早めに挨拶しておいた方が良いかもしれないしね」
楓「医療所…」
隠世にも病院のような所があるんだな、と安心した。確かに万が一怪我をした時に頼れる場所は知っておいた方がいい。
楓「じゃあ今日はそこに行こうかな…そういえばその珀さんってどういう人なんですか?」
いろは「一言で言っちゃえば…物凄くいい人」
アルフ「治療の腕も勿論良いが…何より知識量が凄いな。隠世で怨霊に一番詳しい人は間違いなく珀さんだ」
楓「凄い人なんですね…珀さんは何の妖怪なんですか?」
いろは「それがねぇ……何回聞いても教えてくれないんだよね」
楓「そ、そうなんだ……」
誰でも秘密の一つや二つはあるだろうし、深く聞くのはやめておこう。と思いながら私は出かける準備を始めた。

準備を終えて家を出て、こっちからが近道、といろはに手を引かれ商店街とは反対方向にある1本道を抜けると、そこにはきれいな花畑が辺り一面に広がっていた。
楓「わぁ………!綺麗……!!!」
まるで想像上の天国のような光景だった。現世にこんな場所は間違いなく存在しないだろう。
いろは「ここをくぐったら広場に着くよ」
奥にある木で出来たトンネルを指差していろはが言う。
そのトンネルは手前にある花畑も相まって、なんとも神秘的というか、幻想的というか、とにかく子供心をくすぐるようなファンタジックな光景だった。映画で言うとアレだ。不思議な生き物と引っ越してきた姉妹の交流を描いたあの映画。4歳の女の子が不思議なふわふわした白い生き物と水色の生き物をどんぐり片手に追いかけるあのシーンに出てくるトンネルだ。
もしかしてもしかすると不思議な生き物が…?隠世だからありえるかも…と年甲斐もなく心を躍らせていると突然隣から焦ったような叫び声が聞こえた。
いろは「あーっ!!!珀さんに渡す薬草忘れてきた!!」
アルフ「何やってんだよ……早く取ってこい、飛んだらすぐ戻れるだろ」
いろは「お兄ちゃんも一緒に来て!」
アルフ「なんでだよ」
いろは「私薬草と雑草の見分けつかないもん!どうするの持ってきたもの全部雑草だったら!!」
アルフ「……それは困るな…仕方ない……楓、ここまで来て悪いが一緒に戻ってくれるか、一人だと危険だ」
アルフさんが申し訳なさそうに私に言う。でも私は正直言うと、もう少しお花を眺めていたかった。
楓「…いえ、ここで待ってます、少しの時間ですし大丈夫ですよ、それにみた事ないお花がたくさん咲いてて、ちょっと眺めてたいので…なんてわがままですかね」
アルフさんは少し考えるような仕草を見せ、その後軽く頷いた。
アルフ「……分かった。それならそこで待っていてくれ。ただあまり動くなよ。迷われると困るからな」
楓「はい、ありがとうございます」
いろは「ごめんね楓ちゃん、すぐ戻るからねー!」
いろははそう言うと、昨日のように妖術を纏わせながらアルフさんと一緒に家に向かって飛んでいった。私は風に乗ってふわふわと飛んでいく花びらを見ながらふと呟く。
楓「飛べるのって便利そうだよねぇ……いいなー…」
私は人間だから妖力がない。空も飛べないし妖術も使えない。そんな私なのにあの二人はとても優しくしてくれている。あの日、死にたいという感情のままに自分の手で死んでいたら、私はきっとこうして笑う事は出来なかっただろう。そう考えると隠世に連れてきてくれたいろは、家族同然に親切にしてくれるアルフさん、人間だからと言って差別はしないで平等に接してくれる妖怪達には本当に感謝しかない。
楓「(現世は嫌なことばっかりだったけど……最後の最後で恵まれたなぁ私…)」
とちょっぴり感傷に浸っていると、何か感じたことのない気配を感じた。

ふと顔を上げると、少し遠いところで黒いモヤのような物がじっとこっちを見ていた。

楓「!?(な、何あれ…絶対妖怪じゃない…!)」
それは明らかに私の方に視線を向けていて、何やら禍々しい紫のオーラを放っていた。
楓「(まさか……これが怨霊…?)」
逃げなきゃ、と頭では分かっているものの、金縛りに遭ったかのように体が動かない。
それはうめき声のような音を発しながら、黒い火のような物を飛ばしてきた。運良く私には当たらなかったが、その火が当たった花は、ドロドロに溶けて消滅してしまった。
楓「…!!!」
もしアレに当たったら私も……考えるだけで恐ろしい。
そんな私の恐怖は露知らず、黒い火が私に向かって飛んできた。相変わらず足は動かない。
一緒に戻ったらよかった。と後悔しても遅い。黒い火はもう目の前だ。
楓「誰か…助けて………」
絞り出すように震えた声で助けを呼んだ。

その瞬間、黒い火とは全く違う、赤く煌びやかな光が目の前で弾けた。その眩しさに思わず目を閉じる。目を開けると、怨霊が私から遠ざかっていた…いや、吹っ飛ばされていたと言った方が正しいかもしれない。そしてすぐにいろはが駆け寄ってきた。
いろは「楓ちゃん!!大丈夫!?」
楓「いろは……?」
いろは「1人にしたのがいけなかったね…あとは任せて!」
いろはは赤い光…火を怨霊に向け飛ばす。どうやらあの火は狐火らしい。
怨霊は何度も黒い火を放つが、その度にいろはは余裕そうに避けている。一方いろはの狐火は、怨霊に全て当たっていた。
いろは「溶かすタイプの霊術かぁ、これ以上お花溶かしても何にもならないよ?」
怨霊がいろはの後ろに回り込み、またあの火を放とうとする。
楓「いろは!後ろ!」
いろは「このくらい大丈夫!ね、お兄ちゃん」
いろはがそう言い終わると銃声が響き、怨霊が動きを止め苦しみだした。
振り返ると、拳銃のような物を構えたアルフさんが立っていた。
撃たれた怨霊はさっきまでの動きは無く、明らかに弱っていた。もはや消えかかってるように感じる。
楓「アルフさん…!」
アルフ「楓、無事か」
楓「は、はい……」
いろは「流石お兄ちゃん!また1発で致命傷だね、もう死んでるけど」
アルフ「このくらい普通だろ。それよりもう充分弱ったようだ。手早く済ませてくれ。あまり騒ぎにはしたくないしな」
いろは「よーし!やるぞー!変幻!妖力解放!」
あの日、私がいろはと出会った時に見た『妖怪だという証拠』の金色の狐耳と尻尾を生やしたいろはは、真っ白な紙に赤い文字が刻まれたお札を怨霊に向かって飛ばし、怨霊に向かって叫ぶ。
いろは「人に怨みを持つものよ、黄泉の国へと還りなさい!」
そして怨霊は眩い光に包まれ、みるみるうちに消えていった。
楓「……凄い…」
怨霊討伐がどんなものなのかを目の当たりにし、改めて妖狐の…妖怪の凄さを実感する。
いろは「いぇーい!討伐完了!」
やっぱり妖怪の戦いは派手なんだなぁ、と感嘆していると、アルフさんがいろはに言う。
アルフ「いろは……わざわざ妖力解放する必要なかったんじゃないか?あの程度ただ札貼るだけで充分だろ」
いろは「あ、バレた」
楓「え?」
アルフ「あんな最上級の浄化術使わなくていいだろ、お前の妖力だって無限じゃないんだぞ」
楓「さ、最上級の…?」
いろは「えー?ちょっと休めばすぐ回復するし別にいいじゃん」
アルフ「そういう事じゃなくてだな……」
楓「あ、あのー……さっきのお祓いって…いつもああやってるんじゃ…?」
アルフ「…………あれは危険度A+相当の危険な怨霊に使う為の、特別な浄化術だ」
いろは「あの怨霊は危険度Eだからあんなに壮大にやらなくてもお札さえ貼っちゃえば秒で討伐できたんだけどね、楓ちゃんの事びっくりさせたくてつい張り切っちゃったよ」
楓「そ…そうなんだ……」
さっき見た怨霊討伐はどうやら特別なものだったらしい。でもそんな浄化術をポンと出せてしまうなんてやっぱり妖狐は凄いんだなぁ。
…というかさっきの物を溶かしてしまう怨霊が危険度Eだなんて信じられない。つまり他の怨霊にはもっと恐ろしい術を持った者もいるかもしれないという事。怖すぎる。隠世ではなるべく1人にならないようにしよう、と誓った。
アルフ「…後で隊長に怨霊出現を報告しておくか、一度その場所に出るとしばらく他の怨霊も出てきやすくなるんだ。」
いろは「怨霊が出る場所は基本的に一般妖怪は立ち入り禁止になっちゃうからね。このせいで今から行く広場もちょっと前までは立ち入り禁止だったんだよ、今はもう平気だけど」
怨霊が出たせいで妖怪達の憩いの場にも影響が出てしまうのか。
楓「あ、あの…ごめんなさい…」
いろは「え?」
アルフ「どうして謝るんだ」
楓「だって…その…怨霊って元は人間だから…」
怨霊は言ってしまえば私達人間の成れの果て。その″果て″が別の誰かの居場所や命を奪ったりしていると考えると、謝らずにはいられなかった。
いろは「何言ってんの、それとこれとは別でしょ?」
アルフ「楓、お前が気に病む必要はないぞ」
楓「で、でも……」
いろは「…楓ちゃん、人間はみんな死んだら怨霊になるわけじゃないんだよ?」
楓「…確か現世に怨みを持って死んだ人、がなるんだよね…?」
いろは「そう、でもその死んだ人間は8割がそのまま成仏して、残りの2割が怨霊になるの。」
楓「そうなんだ……」
いろは「それに怨霊にはあんまり感情がないらしいよ、ただ怨みだけはしっかり残ってるから人に近い存在を見ると攻撃してくるの、だから妖怪もやられるんだよ」
楓「……」
いろは「あ、そうそう、本当にたまーーにだけど、現世で死んでから隠世で妖怪に生まれ変わる人間もいるんだって!」
楓「えっ!?」
隠世で妖怪に生まれ変われれば、実質第二の人生を歩めるという事になる。私も隠世で第二の人生を過ごしてるけどそれはそれとしてちょっと羨ましく感じ、私って結構強欲だったんだなぁと内省した。
いろは「でも妖怪に転生するのはほんとにすっっっごく稀らしいよ」
楓「そんなに珍しいんだ……いろは達は元々人間だったりしないの?」
いろは「…あははは!まさかー!転生した人達はみんな前世の記憶持ってるものなんだよ!私達にはそんなものないもん!ね、お兄ちゃん!」
アルフ「!…………そうだな」
楓「(…あれ?)」
ほんの一瞬、アルフさんがいろはを見て悲しそうな顔をしたような気がした。
いろは「私達は違うけど鞍馬は前世人間だったからさ、次会った時にでも話聞いてみれば?」
楓「うん、そうすr………えぇぇぇぇっ!?」
珍しいと散々前置きされたのに該当者はすぐ見つかった。なんなら昨日挨拶した。
楓「く、鞍馬くんが、元々人間だったの!?」
いろは「うん、なんかそうみたいでさ、私も初めて聞いた時はびっくりしたよ」
アルフ「…そういえば、前世の記憶もしっかり残ってるみたいだったな」
いろは「えっ!?私前世教えてもらってないんだけど!なんでお兄ちゃんだけー!?親友だからって事!?ずるーい!私にも教えてー!」
アルフ「ダメだ。誰にも言うなと言われてるし、そもそもあまり良いものではなかったからな。」
いろは「ますます気になる……」
私も気になるけど、もしかしたらあまり良くない人生だったかもしれないし、会っても聞くのはやめておこうかな。
いろは「……あ、楓ちゃん、もうお花はいいの?」
楓「うん、ありがとう、あんな事があったけど癒されたよ」
いろは「それならよかった!さ、行こっか!」

木のトンネルを抜け、広場の方面に出た。住宅街からは大人の話し声がうっすら聞こえてきて、広場からは子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。
そうして進んでいくと、『隠世診療所』と書かれた小さな建物があった。
いろは「ここが医療所だよ。ここに行けば大抵の怪我や病気はすぐ治るからね。」
たいていの怪我や病気はすぐ治る。一体どんな妖術を使うんだろう、と不思議に思いながら私達は医療所の扉を開けた。
いろは「珀さーん!こんにちはー!!」
アルフ「お邪魔します」
楓「こ、こんにちは……」
?「あら、いらっしゃい。どうしたの?怪我ではなさそうだけど…」
緑を基調とした服に身を包んだ穏やかそうな女性がいた。
いろは「珀さん、今日は薬草と……あと紹介したい人を連れてきたんだけど……」
楓「…あ、えっと……は、初めまして…」
珀「……2人から話は聞いてると思うけど…私が珀よ、怪我をしたらすぐここに来てね、行くのが難しかったら呼んでくれても構わないわ、はい、電話番号教えておくわね」
そう言って珀さんは電話番号が書かれた名刺をくれた。名刺からは何故かほんのり石鹸の匂いがして、ふとお母さんを思い出した。
珀「そういえば…もしかしてあなたが人間?」
楓「は、はい……」
珀「うふふ、『500年ぶりに人間が来た』って噂になってるわよ」
楓「ええっ!?」
珀「特に″あの子達″なんか人間見てみたいってはしゃぎ回ってたわよ、一回会いに行ったらどうかしら」
楓「あの子達…?」
いろは「ああ、あの3人なら広場にいるんじゃないかな、せっかくだしちょっと顔見せに行きなよ」
楓「そうだね、知り合いも増やしておかないと」

広場へ行くと、子供3人が遊んでいるのが見えた。
いろは「あっ!いたいた!おーい!与一!!」
いろはが声をかけた先にいたのは、青髪の片目が隠れた男の子だった。その男の子…与一くんはいろはを見るや否や笑顔で駆け寄ってきた。
??「あっ!いろは姉ちゃん!アルフ兄ちゃん!…ん?その人誰?」
青髪の子は不思議そうに私を見つめた。
楓「あっ…あのね、私は楓だよ。ここで暮らす事になった人間なの」
怖がらせないようにと、なるべくにこやかに接した。
与一「えっ!?人間!?凄えー!マジでいたんだ!!」
人間という言葉を聞いた途端、与一くんは目を輝かせた。
与一「那由多ー!紅ー!人間だ!!人間が来たぞー!!」
青髪の子が後ろを向き叫ぶと、離れたところで遊んでいた白い帽子を被った緑髪の男の子と、椿が描かれた振袖を着た両目が前髪で隠れてる赤髪の女の子が駆け寄ってきた。
那由多「人間って本当にいたんだ…お話の中だけだと思ってた」
紅「わぁ……見た事ないお洋服着てる…!」
あっという間に3人に囲まれてしまった。現世でも隠世でも、子供は好奇心旺盛なのは変わらないんだなぁ。
アルフ「ほら、取り囲んでないで名前教えてやれ。種族もな」
『はーい!』
与一「んじゃあオレからな!オレ与一!種族は一つ目小僧!」
那由多「…初めまして、那由多です。種族は河童です」
紅「あ、あの…紅です…種族は唐傘だよ……」
楓「よろしくね、みんな」
やっぱり子供は可愛いなぁ。
いろは「楓ちゃん、いい機会だし、ちょっと遊んでくれば?」
楓「えっ!?で、でも…」
与一「楓姉ちゃん遊んでくれるの!?」
楓「いいの?私お邪魔じゃないかな」
那由多「そんな事ないよ、遊ぶのは何人いても楽しいから!」
紅「ねぇねぇ、現世の遊び教えて!」
楓「分かった分かった、ほら、こっちで遊ぼ」
そうこうして色んな遊びを教えてる間に、すっかり日が沈んでしまった。遊んでるうちに3人にはすっかり懐かれ、特に紅ちゃんは私を『お姉ちゃん』と呼んで妹のように懐いてくれている。そういえば、私には生まれる前に事故で死んだ妹がいたけど、もし生まれて来てたらこんな感じだったのかな、と少し考えたりもした。
いろは「楓ちゃん、すっかり懐かれちゃったね、疲れてない?」
楓「大丈夫、子供は元気が1番だよ」
いろはから聞いた話だと、与一くん、那由多くん、紅ちゃん。この3人は家が近所みたいで3歳の頃から一緒に遊んでるらしい。あまりにも一緒にいすぎて大人達からはまとめて『小妖怪トリオ』と呼ばれるくらいには仲良しなようだ。
楓「そういえばアルフさんは?」
さっきまでいたはずのアルフさんが見当たらない。もしかしてまた怨霊討伐の依頼かな。
いろは「お兄ちゃんなら天文台だよ。今日は流星群が見れるかもしれないからちょっと早めに場所取りするってさ」
天文台…隠世にも星はあるんだ。星を見るのは好きだから安心した。星座は現世と違うのかな?…とそれはそれとして。
楓「アルフさんも星を見るのが好きなんですか?」
いろは「うん、天文台2日に1回は行ってるよ。ねぇ、せっかくだし一緒に星観に行かない?隠世で星見るの初めてでしょ、分からなかったらお兄ちゃんに聞けばいいから」
隠世で初めて見る星が流星群なんてロマンチックだなぁ。とちょっと期待しながら頷いた。
いろは「よしっ!それじゃあ行こうか!」

天文台に着き、アルフさんと合流した。
いろは「あっいた!お兄ちゃーん!」
楓「アルフさん!」
アルフ「…来たか、そろそろ時間だぞ、今のうちに普通の星空眺めておけ」
空を見上げると、数えきれないほどの星がきらきらと輝いていた。
楓「わぁ〜〜〜…!!すごい……!!!」
いろは「おおー!こんなにたくさん星が見えるの久しぶりだなぁ」
周りを見ると、私達以外にもちらほら妖怪達がいた。聞くにこの天文台付近は、今までで一度も怨霊が出た事がないらしい。そういう意味でも、安心して行けるスポットなのだそうだ。
アルフ「今日はよく晴れたからな。きっと流星群も見れるだろう」
いろは「楽しみだなー!何お願いしよっかな」
流れ星に願い事をするという文化は、どうやら隠世にもあるらしい。私は何をお願いしようかな…よし、無難に『隠世で楽しく過ごせますように』にしよう。
そう考えていると、点が線になるように、たくさんの星がざぁっと流れていった。
その光景は絶景という言葉すら追いつかない程の衝撃だった。
いろは「わぁー!流れ星がいっぱい!」
楓「凄い……こんなの現世でも見た事ないよ…!」
アルフ「……」
楓「アルフさん…?」
ふと隣を見ると、アルフさんは言葉を発さずにただ流星群を眺めながら嬉しそうに微笑んでいた。その本当に星を見るのが好きなんだな、と思わせるような表情があまりにも美しくて、思わず見惚れてしまう。アルフさんの顔はあまり近くで見た事がないからこうやって真横に並ぶのはなんだか新鮮だ。よく考えると妹のいろはがあんなに綺麗な子なんだから、兄のアルフさんも綺麗なのは当たり前の事だよね。
いろは「楓ちゃん?」
楓「わっ!?な、何!?」
いろは「いや、なんか星空以外のもの見てた気がしてたからさ、どうしたのかなって」
楓「な、なな、なんでもないよ!?」
思わず声が裏返る。ただ綺麗だから眺めてただけなのにいざ指摘されそうになるとなんだか恥ずかしくなってしまい、誤魔化すように願い事をする。
楓「(隠世でこれからも楽しく過ごせますように…!)」

流星群が終わり、みんなが帰路に向かっていく。
いろは「さーむーいー!先帰ってるねー!」
いろははそう言うと飛んでいってしまった。確かに今は5月だけど、なぜだか11月並みに肌寒い。私はせっかくだから、とアルフさんと一緒に歩いて帰ることにした。
楓「寒いのとか暑いのとかって、妖術でどうにかなるんですか?」
アルフ「体温調節は妖術でもどうにもならないらしい。俺もやった事はないから本当かは分からんが。」
妖術も万能ではないんだなぁ、と少し残念な気持ちになった。
そういえば、アルフさんが『人間が死後妖怪に転生する』話になった時、一瞬悲しそうな顔でいろはを見たのはどうしてだったんだろう。
まさか、元は人間だったんじゃないか。今はいろはもいないし、聞いてみてもいいかな。
楓「あの、言いたくなかったら言わなくていいんですけど……アルフさんって……」
アルフ「ん?」
楓「元は……っ…!」
聞こうとした瞬間、頭に鋭い痛みが走り、思わず目を閉じると見知らぬ黒セーラー服の女の子が脳裏に浮かんだ。顔は見えなかったが、その黒髪はいろはにそっくりだった。
女の子は微笑みながら人差し指を口に当て『聞いちゃダメ』と呟くと、ふっと消えてしまった。女の子が消えたと同時に、頭痛も治まった。
アルフ「どうした?大丈夫か」
アルフさんが心配そうに声をかけてくれた。聞いてはいけないだろう事を聞こうとした私に。なんて優しい人なんだろう。
楓「……いえ、あの…だ、大丈夫です、ありがとうございます」
アルフ「それで、何を言おうとしたんだ?」
楓「………ごめんなさい、なんでもないです」
アルフ「…そうか」
聞くのはやめる事にした。誰でも秘密の一つや二つはある。深くは聞かない。そうしよう。
アルフ「…帰るぞ、楓、もう少ししたら更に冷えるらしい」
楓「は、はい!」
迂闊にあれこれ聞くのは控えよう、と決心しながら、私は家に向かって足を進めた。
【5話へ続く】
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