アヤカシバナシシーズン1「隠世へようこそ」

重い体を引き摺りながら、ようやく誰もいない家に着き、部屋の壁に凭れ掛かる。
ああ、今日もだ。
今日も散々馬鹿にされ、甚振られた。
どうして事故で親を亡くした孤児というだけでこんなにも肩身が狭い思いをしなくてはならないんだろう。
もういっそ、私も両親のいる場所へ向かってしまおうかな、と考えてみる。
優しく、私に惜しみのない愛情を注いでくれた父と母は、私が自らの命をぞんざいにしたと知ったらどんな顔をするだろうか。
怒られる?でも仕方がないでしょう。私はこの世界が大嫌いなんだから。
死ぬのがだめというのなら、ここではないどこかへ行きたい。
そういえば昔、不思議な物が好きだったお父さんが妖怪が住む世界の事を教えてくれて、私も目を輝かせながら聞いていたっけ。
まぁ、そんなの過去の話だけど。
「……死にたいなぁ」
心から思っていたことが口に出た。
その瞬間。
「人間。今死にたいと言いましたね?」
私ではない誰かの声が響き渡った。
反射的に顔を上げると、そこには黒いローブのようなものに身を包んだ女性が立っていた。顔はフードで隠れていてよく見えない。
誰?なんでここに?この人は誰?パニックに陥っている私を諭すかのように話す。
「…ご安心ください。あなたをどうこうしようとは考えてません。ただこちらの質問に答えてほしいだけです」
「……だ、誰ですか!?あなたは誰なんですか!?」
私は感情的に声を上げた。すると彼女はまた口を開く。
「私の質問に答えてくれたら話しますから、ね?」
そう返され、思わず黙ってしまう。でも、不思議と悪い心地はしなかった。
「…それで、その質問って…何ですか……?」
「そう身構えなくても平気ですよ、はいかいいえで答えられる簡単な質問です」
そう言い終わった刹那、彼女は一拍置いて質問を投げかけた。

「あなたは妖怪を信じますか?」

「は…はい!」
「信じてるのですね、嬉しい限りです」
「あの……どうしてこの質問を…?」
「私達の存在意義に関わりますからね」
「…存在意義…?………!!ま、まさか………」
瞬間、ようやく理解した。彼女がなぜこんな質問をしてきたのかという事も、そして彼女が何者なのかというのも……。
「ふふ、ようやく気がついたみたいですね、そう…私は……」
彼女は言葉を言い終える前に黒いローブを脱ぎ捨て、明るい声色で言い放った。

「こわーい妖怪なのでしたー!」

「……………え?」
思わず驚嘆の声が出る。それもそのはず、私がイメージしていた冷静でミステリアスな女性はどこにもおらず、今私の目の前には煌びやかな黒髪を靡かせ、赤い着物に身を包んだ明るそうな少女が立っていたからだ。見たところおそらく私と同じくらいの年齢だろう。
その予想外の外見に唖然としていると、彼女……というより少女はその顔に不敵な笑みを浮かべながら私を見つめた。
「びっくりしてるねぇー!どう?怖かった?」
「…びっくりというか……あ、あなた本当に妖怪なんですか!?」
夜だというのについ大声を出してしまう。まぁ、人いないから関係ないけど。
「うん、妖怪だよ!」
「じ、じゃあ……証拠…見せてください…」
「いいよー!……変幻、妖力解放!」
まるで何かの漫画に出てきそうな言葉を発した瞬間煙が立ち込める。少し咳き込みながら煙を払うと、そこには金色の狐耳と尻尾を生やした女性が立っていた。黒髪の上から金色の耳と尻尾が生えていて、作り物かと一瞬疑ったが、耳がぴょこぴょこと動くのを見て、そんな考えもすぐに消えた。
「きっ、狐!?」
「…どう?どこからどう見ても妖怪でしょう?」
「……あれ?この声って……」
その声はとても聞き覚えがあった。理由は簡単だ。この声は、さっき私にあの質問をした女性の声だったのだから。
「同じ人…だったんですか……?」
「ええ、もしかして気づいてなかった?」
「声違うし…顔も見えなかったので……」
「まぁ、こういう形で人を騙せたのは妖狐として嬉しいわね」
妖狐…昔お父さんと一緒に妖狐が出てくる本を読んだっけ。
「…ふぅ、これで信じてもらえたかな?」
「は、はい」
いつの間にか、狐耳と尻尾は消えていた。
改めて見ると凄く綺麗な子だと思った。整った顔立ちもそうだが、何よりその目だ。私なんかとは比べものにならないほど美しく澄んでいる。……でもなぜ私の前に現れたんだろう? 私が不思議そうな顔をしていたせいだろうか、彼女は察してくれたらしく
「私、人間が悲しそうな顔してるとどうしても気になっちゃうんだよねぇ…死にたいなんて言ってたら尚更だよ」
と言った。……そういう事だったのか。
「それで……なんで死にたいって思ったの?よければでいいから、理由を教えてくれない?」
「は、はい……あの…私……」
それから私は、大好きだった両親を交通事故で失った事、親戚に邪険に扱われ、結局今は一人暮らしをしている事、学校では親がいないという理由でいじめられている事などを、辿々しく声に出した。
「…そっか、だから死にたいって言ったんだね」
「私……もう嫌なんです……こんな人生……」
「……」
「誰かのために生きても意味ないなら……今死んだ方が楽だって思うし……それに私が死んで悲しんでくれる人なんて誰もいないですし……」
私がそう言った直後、彼女は真剣な眼差しで話す。
「ねえ、そんなに嫌だったら……こっちに来る?」
「………え…?」
こっちとは何?と問うより先に教えてくれた。
「妖怪の住む世界。みんなすっごく優しいし、向こうの妖怪達は人間の事が大好きだから君も過ごしやすいと思うんだ。」
「……妖怪の…住む世界……?」
それは、昔父が言っていた事と同じだった。
〜〜〜〜〜〜
「おとうさん!またようかいのせかいのおはなしして!」
「はは、楓は本当にそれが好きだなぁ」
「だって、ようかいはみーんなにんげんがだいすきでとってもやさしいんでしょ?わたしね、もしようかいにあったら、おともだちになりたいの!いつかあえるかなぁ?」
「楓が妖怪はいるって信じ続けてたら、いつか会えると思うぞ?」
「ほんと?」
〜〜〜〜〜〜
「…お父さん………」
ふと昔を思い出して、涙が込み上げる。
「ど、どうしたの!?」
「あっ、ごめんなさい……お父さんのこと思い出して……」
すると彼女は、私にそっと手を差し出してくれた。私はその手を握って、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて彼女を見つめた。
「……私…その世界に行きたいです!」
「…いいの?人間はこっちに戻ってこれなくなっちゃうよ?」
「それでもいいです!絶対に後悔なんてしないから!」
私の決意を聞いて、彼女は優しく微笑んだ。
その瞬間、光る門が現れた。
「……分かったよ、じゃあ、行こっか」
「あっ、待ってください、持っていきたいものが…」
二度と戻って来られないなら、と私は家族写真がたくさん入ったアルバムと、向こうで繋がるか分からない携帯電話と、そこそこのお金が入った財布をカバンにしまい、再び門へ顔を向けた。
「あの、ところで……」
「ん?どうしたの?」
「…名前……知りたいです。あなたの名前を……」
「…そういえば、まだ言ってなかったね、私はいろは、君の名前は?」
「……楓…鈴原楓です」
「…いい名前だね!そうだ、もう敬語使うのやめなよ、友達なんだからさ」
「とっ……!?」
″友達″そんな事を他人から言われたのなんて何ヶ月ぶりだろう。少し前の私ならこの言葉を信じていなかった。でも、いろはの言葉は何故かとても信用できた。
「じゃあ……これからよろしくね、いろは」
「うんっ!よろしくね!楓ちゃん!」

……こうして私は人間の世界を去った。
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