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その背中に空を仰ぐ


鳥の囀りが聞こえる。多分遠くの木々の中に、何かを伝えようとしているのか返事をする別の声も、耳に届いた。

苦しさはない。
後頭部に感じるのは程良く柔らかな枕。身体を預けたベッドは清潔なシーツが規則正しく包まれていて、ひどく安心した。
閉じていた瞼でも、確信した気持ちで感じ取る。
まだ僅かに重く感じる瞼を恐る恐る開き、眩しく滲む陽の光に息をじわりと吐く。

「……ぃ…生き、て…る…?」

蚊の鳴くような掠れた声しか出なかった。
けれど、間違いなく自分の声。今度は布団の中から試しにもぞもぞと腕を動かし、見える位置まで手を出してみる。
動かせた、と感慨深くぼんやりそれを見つめながら、ぎこちなく動かしていると─────。

「…ぁ…!気がつかれましたか?!よかった!」

見知らぬ女性が、慌てた声でこちらの顔を覗き込んでくる。

「…?」
「今、セイン様を呼んできます!」
「セ、イン…、あぁ、ここ、…そうか…、」

帰ってきてしまった、と顔の前で動きを確認していた手で目元を覆う。
かけられた言葉の余韻と、嬉々としながらばたばたと遠ざかる足音とをいささか絶望に似た気分で受け止めて、深く深く息を吐いた。

そして、程なくやってきたその人物の柔らかな微笑みから顔を逸らした自分に、むしろ面白がる様にそれは口を開いた。

「なんとか回復した様で安心しました。心配したんですよ?」

白々しさを具現化したそれがベッド脇の椅子に腰を下ろした。

「ずいぶん久しぶりですね。あなたと別れてから、もう3年ですか。月日が経つのは本当に早いものです。」
「…、がぇ、んん…っ、家に…帰、ります。」

上手く発せない声が煩わしい。けれどめげずに喉を温める様に手を当てて言い返す。
もうここは私の居場所ではない。1人で生きていくんだと出て行った身なのだから甘えるわけにはいかない。
未だに重い身体を無理やりにベッドから引き剥がす。
どうにか上半身を腕で支えて僅かに起き上がらせたその額を、とん、と指で押されて墜落した。

「っ、く…っ、」
「まだ寝ててくださいね。あなたには特別に、私ではない者が治癒しますから、彼が到着するまで大人しく待っててください。」
「?っ、必要、ありません…、私は、自分で…、」
「今のあなたの枯渇したスキルでは、自然治癒すら儘ならないでしょう?それに…」

言い淀むというよりは、何かを察知した様にふと顔を上げたセインが少し苦い表情で微笑む。

「あぁ、来ましたね。」
「?」

部屋に面した廊下の奥から、二つの足音。
1人は案内役で事務的なリズム。その後ろから付いて歩くのはやや体格の良さそうな人物か。
ややあって顔を覗かせたそれらが、ドアの前で分かれて片方だけ部屋へと足を踏み入れた。

「すまない、遅くなった。」
「待っていましたよ。彼女もついさっき目を覚ましたところなので、ちょうどよかったですが。」
「ありがとう教官。」

セインと気さくに話すその人は野良着のような格好で、安心感と何やら苦虫を噛んだようなセインの対応する表情とは違って、呆れるほどに朴訥としていた。
自分の近くへ来るその姿に、私はなぜかぼんやりと見つめてしまう。
そして、その人はそんな私に、突然両方の膝を床について頭を叩きつけるように下げた。

「っえ…?は…?」
「ッすまなかった…!!本当に、このとおり!許して欲しい!!」
「わ、」

建物ごと軋むほどの音と振動を起こしたその人の土下座に驚き、私は危うくベッドから転げ落ちるかと思った。
ばくばくとうるさく鳴った気がした胸を咄嗟に押さえる。
そんな引き攣った私を察したのか、土下座の人物の肩をセインが苦笑いで軽く叩く。

「気持ちは分かりますが、少し落ち着いてください。彼女が驚いていますよ?」
「っ、は、そ、そうか」
「??」

ばつが悪そうにしょげるその人がセインを見上げている。そしてその視線を顔ごとこちらに向けて、跪いたまま瞑目した。

「君をそんなふうにしたのは俺のせいだ。すまない…!」
「??」

さっきから、一体なんだというのか話がさっぱり見えてこない。
説明を求めて、不本意ながらセインを見やる。
そんな思いの外冷たい表情になった私を、セインがくすぐったそうに微笑み返した。
本当に不本意だ。



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