恋になるまで、側にいて。【Main Story】
『っ……、なん、で、』
ちゅ、と、
効果音にすると子供っぽい、小さい音が部屋に響く。
唇からお互いの体温が抜けて、残されたのは睫毛の触れそうな距離。
動揺を隠しきれない声が、離れた途端に漏れる。
吐息すらも聞こえてしまう先で、帝統はそんな私のことを笑った。
「…はっ、好きならキスするって、言ったろ。」
『で、でも私っ…、』
「有言実行、っつーの。
自分の言葉に嘘吐ける程俺、器用じゃねえからな。」
帝統の親指が、私の目尻をかする。
残っていた涙たちは雫になる前に、帝統の指先で溶けて消えた。
『私………帝統のこと…、
利用した、』
帝統の思いが分からない。
私は震える声で、確認するように繰り返した。
利用して、離れようとしたのに、
帝統はまだ、私を想ってくれると言うのだろうか。
「……お前、俺にも利用されてたことは、最後まで気付かねーのな。」
『え…?』
これまでの出来事をハイスピードで思い出していく。
帝統が私を……、
私、帝統に利用されてなんて、無いよ。
そう言おうとして、飲み込んだ。
帝統が浅く息を吸う。
私は静かに、言葉の続きを待つことにした。
「確かにお前は俺のこと、利用したかもしれねぇ。
けど俺も、お前に利用されてることを利用して、今日までずっと、隣に居続けたんだ。
正直半分、お前がそーやって俺のことで悩んで、ずっと振り回されてれば良いと思ってた。」
「ガキみてぇで悪いな」と笑う帝統。
ぶんぶん勢いよく、頭を左右に振った。
帝統が子供なら、私はもっと子供だ。
『ずっと、
嘘ばっか、吐いてたのに、』
「生憎、嘘吐きには慣れ過ぎてんだ。」
『………。
そっか、
そうだったね。』
帝統の言葉を聞いて、心がくすぐられるような気持ちになった。
ふふ、と短い笑いが溢れて、
同時に最後の雫が、右目から流れた。
帝統、それは利用してるって言わないと思うよ。
だって私は、帝統が離れていかないことに、安心してたんだから。
側にいてくれて、嬉しかったんだから。
心の中に渦巻いていた黒いモヤが、消えていく。
帝統を傷付けた、その事実は変わらないけれど。
勝手に勘違いして、先走った気持ちが落ち着いた。
向かい合わずに今日まで逃げてきたのに、
帝統の気持ちは最初から一つだったこと。
帝統が私を、許してくれたこと。
帝統が私の言葉を、ちゃんと聞いてくれること。
帝統の声を、ちゃんと聞けること。
だから、
私、伝えたいことがある。
伝えなきゃいけないことが、あるの。
常に、私より大人でいてくれる帝統。
勝手に終わらせようとしていた私の先を読んで、
言い訳みたいな私の言葉を取り上げて、
本心でぶつかってくるから私も、今ここで、成長しなきゃいけない。
言葉が力を持つ世界になった。
私はマイクを持つ帝統みたいに、強くないけど。
数多くある言葉の中で選ぶとすれば、
帝統に今伝えたい気持ちは、一つしかない。
深呼吸を何度か繰り返す。
涙も、嗚咽も、私の声を邪魔してくれる物はもう、何もない。
真っ白な世界から、大切な文字を数文字だけ取り出すように、言った。
『……帝統、本当に、大好き。』