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記録開始
━━━━━━━━━━━━━━━
「おい、おまえ、」
「どうしたダフネ?それと俺の名前はゼルクだ。」
「きらきらしたものを見つけたんだ。」
そう言って彼女は拳を開き、掌に仕舞われていたきらめくものを俺の前にあらわにした。ハートの意匠が施された銀色の枠の中に、彼女の瞳と同じ、深い紫色の丸い石が固定されている。
一瞬意味を持たない置物かと考えたが枠の上部には紐を通すことが出来そうな輪がある。もしやこれは…
「ペンダントトップだろうか?」
「ペン…なんて?」
「人間の中には綺麗に研磨や細工を施した石の飾りを首から下げる個体もいるらしい。この飾りをペンダントと言うようだ。これはその主役となる部分だ。」
ダフネはペンダントトップと思われるそれを胸にかざした。石の中に内包された結晶が炎のように揺らぎ、燃えるように輝いている。長い年月をかけて育った石の中でも特に美しいものは宝石と呼ばれてこのように加工される。永遠だったはずのものが削り出されて、刹那的な身体を飾るための物になるのは一種のアイロニーすら感じる。
「こんなの付けても邪魔なだけじゃないか。なんでわざわざ人間はこういったものを付けたがるんだ?」
「あくまで人間に限った話だが…異性へのアピールと、同性への牽制に使うらしい。」
「本当に?」
「少なくとも調べた限りではそうだ。このような飾りにかける値段を張り合って楽しむこともあるらしい。」
「…。」
ダフネはしばらく石を眺めたまま沈黙していた。時折優しく撫でたり、金具をつまんで持ち上げてみたり。ただ手持無沙汰になっているだけなのか、あるいは熟考しているのか表情からは読み取れない。
こちらから話を振ってみるのが良いかもしれないと判断し、俺はこのペンダントトップらしきものについて詳しく聞いてみることにした。
「ちなみにそれは何処で見つけたんだ?」
「私の部屋。ドレッサーだったか…鏡の付いた机に置かれてた。」
「あの小動物が置いていったのか?」
「さぁ?どっちみち私の部屋に置かれていたなら私が使っても問題ないわだろ。…しかし使うにしてもこのままでは手を離すと落ちてしまうな。」
「細めの鎖か紐が必要だ。それといっしょに置いてなかったか?」
「心当たりが全くない。」
いっしょに置かれていなかったということはこれはペンダントトップではなくただのオブジェなのかもしれない。大きさからしてダフネが首から下げたらちょうどよさそうだったのだが…。いっぽうダフネはペンダントトップもどきを念力で浮かせたり高速回転させたり、もはやおもちゃとしていじくり回していた。先ほどまでの慈しむような優しい触れ方はどこへやら。もう飽きたのだろうか。
「そういえば…細い鎖なら見たかもしれない。」
「ダフネの部屋で、か?」
「この机の引き出し。」
ダフネが指さしたのはこの部屋…書斎の机だった。
木材で作られた重厚な机には正面に2つ横並びの浅い引き出し、右横に3つ縦並びの引き出しが付いている。
「栞がないか探してた時に鎖のついた時計を見つけたんだ。手前の引き出しのどちらかに入っていた。」
そう言ってダフネが手前左側の引き出しの取っ手を思い切り引いた。直後、ガコンとなにかが引っかかるような鈍い音がした。引き出しに何かが食い込んだ時、普通なら力任せに開けるような真似はしない。というか出来ないだろう。だが不幸にも今引き出しと対峙している彼女は「普通」の枠におとなしく収まってくれるような存在ではない。
彼女の目に鈍く紫色の光がともる。彼女が念力を使用するときの分かりやすい合図だ。まずい。
「引っ張るなダフネ…っ」
俺が声をかけるのがあと1秒早ければ。
金属製のなにかと木材が砕けた音、そして破片か部品か分からないものがあちこちに当たる音がする。想定外の力で引っ張られていた引き出しは、食い込んでいた物が破壊されるや否や勢いよく引き出される。それはダフネの手を離れ、わずかな間宙を舞う。最初で最後、重力から解放された引き出しは数秒後、勢い余って後ろへ倒れこんだダフネの頭上を飛び越え、壁に激突した。そして引き出しの奥に引っかかっていたと思われる懐中時計はあちこちに部品をまき散らし、壊れた文字盤を恨めしげに天井へ晒していた。
「機械生命体にとってはこの光景って残酷描写になるのか?」
「どうだか…。というかダフネ、話を逸らすんじゃない。ひとりで力任せに解決しようとするな…頼むから…」
いくつかの部品とともにひしゃげた時計を回収する。その時計に鎖はついていなかった。おそらく鎖部分は別にあるのだろう。
続いてもうひとつの引き出しを、先ほどの反省もふまえてそっと開けた。引き出しの中には少し古めかしい印象を受けるようなものがいろいろ入っていた。インク瓶やなにかの羽根と思われるようなもの、錆びたハサミや虫眼鏡などが乱雑に詰め込まれていた。恐らく以前ここに住んでいた何者かは片付けが得意な方ではなかったのだろう。そして奥にはペンダントに適した細い鎖と、かなり長めの白いリボンが2本。これは使えそうだ。
「なるほど…これを通せば…」
「ひとりで付けられるか?」
「……ん、できた。」
ダフネの胸元に紫苑色の花が咲く。あくまで比喩だが、本当にそんな気がした。
「よく似合っているぞダフネ。」
「そう?」
表情はいつも通りだが尻尾がふわふわ揺れている。
「魔法でも使えそうな気分だ。」
「そうなのか?」
「そう。違う私になって戦えそうな…」
ダフネはペンダントトップをつまみ上げ、磨りガラスの向こうから差す白い光に透かす。そしておもむろに口を開いた。
「思うに、人間も同じなんじゃないか?」
「と、いうと?」
「人間の中にも、いつもと違う自分になりたいと願って、このような飾りを身につけていた者が、少なからずいるんじゃないか。今の…私みたいに。」
頭を覆っていた殻を割られるような気分だった。俺は例の機械からいろんな情報を拾った。だがアレが教えてくれる世界が全てではないのだとしたら?
構われたい蹴落としたい守られたい。そんな利害関係のために群れては仲間であるはずの者にさえ牽制することをやめられない。挙げ句、一個体の死が持つ意味が軽視されはじめている。俺が知った人の姿はあまりにも愚かで救いようがなかった。だが案外そうでもないのだとしたら。
ダフネはまったくと言っていいほど外の世界を知らない。美しく、そして優しい物語だけが、彼女にとって世界を知る窓になる。俺は心の隅で彼女の無知さにどこか安心し、愛着のようなものを抱いていた。しかしそんな俺もまた無知なのかもしれない。
「ダフネ、お前は…。」
まだ人のことを信じているのか?そう聞こうとした。が、当のダフネは既に自分の発言からもペンダントからも興味をなくしたようで、デスクに入っていた2本の白いリボンを彼女の尻尾と片耳に結びつけていた。
「私が使うには少々長いな。」
「そ…そうか。」
「半分に切って左右の耳に付けてもいいかもしれない。」
そう言ってダフネは立ち上がろうとした。が、自分の尻尾に結んだリボンのことを想定していなかったらしい。リボンの端を足で踏みつけたダフネはそのまま盛大にずっこけた。
「ダフネ!!」
「1日のうち2度も派手に転ぶなんて…。」
「大丈夫かダフネ、立てるか?」
「立てる。おい、これ誰にも言うなよ。」
「心得た。墓場まで持って行くと約束しよう。」
俺は彼女に手を差し出す。俺の手では構造上どうしても彼女の手を自分から握ることが出来ないのが口惜しい。
「手、借りるぞ。」そう言ってダフネが俺の腕を握る。
そのときだった。
ペンダントにはめ込まれた紫色の石が、その中で揺れていた淡い光が、業火のごとく溢れ出す。光は風に舞い上がる花弁のように、あるいは魚の尾びれのように暴れ、やがてヴェールとなりダフネの身体を包み込んだ。
「ダフネ!!」
突如として押し寄せた光の洪水のせいでダフネの姿は見えない。そんな中でも彼女に手を握られている感覚だけは確かだった。
淡い紫色に燃えていた光が、緋色を帯びながら徐々に弱まってゆく。そしてリボンで作った繭から吐き出されるように、「それ」は姿を現した。
緋色の残光があのペンダントに残らず吸い込まれ、紫苑色だった石の中に赤い傷跡のような模様を残すまで、俺はずっと彼女の手を握っていた。そのはずだったのに。
「お前は…誰だ?」
彼女よりひとまわり小さい「それ」はあきれたように肩をすくめると、彼女と同じ倦怠を孕んだ声で言った。
「誰って…ダフネに決まってるだろ。見て分からないのか。」
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「おい、おまえ、」
「どうしたダフネ?それと俺の名前はゼルクだ。」
「きらきらしたものを見つけたんだ。」
そう言って彼女は拳を開き、掌に仕舞われていたきらめくものを俺の前にあらわにした。ハートの意匠が施された銀色の枠の中に、彼女の瞳と同じ、深い紫色の丸い石が固定されている。
一瞬意味を持たない置物かと考えたが枠の上部には紐を通すことが出来そうな輪がある。もしやこれは…
「ペンダントトップだろうか?」
「ペン…なんて?」
「人間の中には綺麗に研磨や細工を施した石の飾りを首から下げる個体もいるらしい。この飾りをペンダントと言うようだ。これはその主役となる部分だ。」
ダフネはペンダントトップと思われるそれを胸にかざした。石の中に内包された結晶が炎のように揺らぎ、燃えるように輝いている。長い年月をかけて育った石の中でも特に美しいものは宝石と呼ばれてこのように加工される。永遠だったはずのものが削り出されて、刹那的な身体を飾るための物になるのは一種のアイロニーすら感じる。
「こんなの付けても邪魔なだけじゃないか。なんでわざわざ人間はこういったものを付けたがるんだ?」
「あくまで人間に限った話だが…異性へのアピールと、同性への牽制に使うらしい。」
「本当に?」
「少なくとも調べた限りではそうだ。このような飾りにかける値段を張り合って楽しむこともあるらしい。」
「…。」
ダフネはしばらく石を眺めたまま沈黙していた。時折優しく撫でたり、金具をつまんで持ち上げてみたり。ただ手持無沙汰になっているだけなのか、あるいは熟考しているのか表情からは読み取れない。
こちらから話を振ってみるのが良いかもしれないと判断し、俺はこのペンダントトップらしきものについて詳しく聞いてみることにした。
「ちなみにそれは何処で見つけたんだ?」
「私の部屋。ドレッサーだったか…鏡の付いた机に置かれてた。」
「あの小動物が置いていったのか?」
「さぁ?どっちみち私の部屋に置かれていたなら私が使っても問題ないわだろ。…しかし使うにしてもこのままでは手を離すと落ちてしまうな。」
「細めの鎖か紐が必要だ。それといっしょに置いてなかったか?」
「心当たりが全くない。」
いっしょに置かれていなかったということはこれはペンダントトップではなくただのオブジェなのかもしれない。大きさからしてダフネが首から下げたらちょうどよさそうだったのだが…。いっぽうダフネはペンダントトップもどきを念力で浮かせたり高速回転させたり、もはやおもちゃとしていじくり回していた。先ほどまでの慈しむような優しい触れ方はどこへやら。もう飽きたのだろうか。
「そういえば…細い鎖なら見たかもしれない。」
「ダフネの部屋で、か?」
「この机の引き出し。」
ダフネが指さしたのはこの部屋…書斎の机だった。
木材で作られた重厚な机には正面に2つ横並びの浅い引き出し、右横に3つ縦並びの引き出しが付いている。
「栞がないか探してた時に鎖のついた時計を見つけたんだ。手前の引き出しのどちらかに入っていた。」
そう言ってダフネが手前左側の引き出しの取っ手を思い切り引いた。直後、ガコンとなにかが引っかかるような鈍い音がした。引き出しに何かが食い込んだ時、普通なら力任せに開けるような真似はしない。というか出来ないだろう。だが不幸にも今引き出しと対峙している彼女は「普通」の枠におとなしく収まってくれるような存在ではない。
彼女の目に鈍く紫色の光がともる。彼女が念力を使用するときの分かりやすい合図だ。まずい。
「引っ張るなダフネ…っ」
俺が声をかけるのがあと1秒早ければ。
金属製のなにかと木材が砕けた音、そして破片か部品か分からないものがあちこちに当たる音がする。想定外の力で引っ張られていた引き出しは、食い込んでいた物が破壊されるや否や勢いよく引き出される。それはダフネの手を離れ、わずかな間宙を舞う。最初で最後、重力から解放された引き出しは数秒後、勢い余って後ろへ倒れこんだダフネの頭上を飛び越え、壁に激突した。そして引き出しの奥に引っかかっていたと思われる懐中時計はあちこちに部品をまき散らし、壊れた文字盤を恨めしげに天井へ晒していた。
「機械生命体にとってはこの光景って残酷描写になるのか?」
「どうだか…。というかダフネ、話を逸らすんじゃない。ひとりで力任せに解決しようとするな…頼むから…」
いくつかの部品とともにひしゃげた時計を回収する。その時計に鎖はついていなかった。おそらく鎖部分は別にあるのだろう。
続いてもうひとつの引き出しを、先ほどの反省もふまえてそっと開けた。引き出しの中には少し古めかしい印象を受けるようなものがいろいろ入っていた。インク瓶やなにかの羽根と思われるようなもの、錆びたハサミや虫眼鏡などが乱雑に詰め込まれていた。恐らく以前ここに住んでいた何者かは片付けが得意な方ではなかったのだろう。そして奥にはペンダントに適した細い鎖と、かなり長めの白いリボンが2本。これは使えそうだ。
「なるほど…これを通せば…」
「ひとりで付けられるか?」
「……ん、できた。」
ダフネの胸元に紫苑色の花が咲く。あくまで比喩だが、本当にそんな気がした。
「よく似合っているぞダフネ。」
「そう?」
表情はいつも通りだが尻尾がふわふわ揺れている。
「魔法でも使えそうな気分だ。」
「そうなのか?」
「そう。違う私になって戦えそうな…」
ダフネはペンダントトップをつまみ上げ、磨りガラスの向こうから差す白い光に透かす。そしておもむろに口を開いた。
「思うに、人間も同じなんじゃないか?」
「と、いうと?」
「人間の中にも、いつもと違う自分になりたいと願って、このような飾りを身につけていた者が、少なからずいるんじゃないか。今の…私みたいに。」
頭を覆っていた殻を割られるような気分だった。俺は例の機械からいろんな情報を拾った。だがアレが教えてくれる世界が全てではないのだとしたら?
構われたい蹴落としたい守られたい。そんな利害関係のために群れては仲間であるはずの者にさえ牽制することをやめられない。挙げ句、一個体の死が持つ意味が軽視されはじめている。俺が知った人の姿はあまりにも愚かで救いようがなかった。だが案外そうでもないのだとしたら。
ダフネはまったくと言っていいほど外の世界を知らない。美しく、そして優しい物語だけが、彼女にとって世界を知る窓になる。俺は心の隅で彼女の無知さにどこか安心し、愛着のようなものを抱いていた。しかしそんな俺もまた無知なのかもしれない。
「ダフネ、お前は…。」
まだ人のことを信じているのか?そう聞こうとした。が、当のダフネは既に自分の発言からもペンダントからも興味をなくしたようで、デスクに入っていた2本の白いリボンを彼女の尻尾と片耳に結びつけていた。
「私が使うには少々長いな。」
「そ…そうか。」
「半分に切って左右の耳に付けてもいいかもしれない。」
そう言ってダフネは立ち上がろうとした。が、自分の尻尾に結んだリボンのことを想定していなかったらしい。リボンの端を足で踏みつけたダフネはそのまま盛大にずっこけた。
「ダフネ!!」
「1日のうち2度も派手に転ぶなんて…。」
「大丈夫かダフネ、立てるか?」
「立てる。おい、これ誰にも言うなよ。」
「心得た。墓場まで持って行くと約束しよう。」
俺は彼女に手を差し出す。俺の手では構造上どうしても彼女の手を自分から握ることが出来ないのが口惜しい。
「手、借りるぞ。」そう言ってダフネが俺の腕を握る。
そのときだった。
ペンダントにはめ込まれた紫色の石が、その中で揺れていた淡い光が、業火のごとく溢れ出す。光は風に舞い上がる花弁のように、あるいは魚の尾びれのように暴れ、やがてヴェールとなりダフネの身体を包み込んだ。
「ダフネ!!」
突如として押し寄せた光の洪水のせいでダフネの姿は見えない。そんな中でも彼女に手を握られている感覚だけは確かだった。
淡い紫色に燃えていた光が、緋色を帯びながら徐々に弱まってゆく。そしてリボンで作った繭から吐き出されるように、「それ」は姿を現した。
緋色の残光があのペンダントに残らず吸い込まれ、紫苑色だった石の中に赤い傷跡のような模様を残すまで、俺はずっと彼女の手を握っていた。そのはずだったのに。
「お前は…誰だ?」
彼女よりひとまわり小さい「それ」はあきれたように肩をすくめると、彼女と同じ倦怠を孕んだ声で言った。
「誰って…ダフネに決まってるだろ。見て分からないのか。」
