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さて。どうやらプリン作りは仕上がりに特段こだわらなければ、お菓子作りの中でも比較的簡単な部類に入るらしかった。レシピが簡潔に纏められていることもあり、指示出しに手こずることもなさそうだ。

「ボウルに卵を割り入れ、なるべく泡立てないよう底の方を切るように混ぜる。こうすることで蒸したあと気泡が入ることを防げるらしい。」
「気泡が入るとよくないのか?」
「口当たりが悪くなる、と書かれている。」
「なるほど…」

彼女の混ぜ方はお世辞にも上手いとは言えず、切るように混ぜるというより潰すように卵を混ぜている。指示だけを飛ばしている身だがさすがに不安になりダフネに質問した。

「切るように混ぜるとはどういうことなのか知っているのか?」
「さぁな。」
「知らないのか…!?」
「残念ながらな。だが少し分かってきた。」

そう言ってダフネは泡立て器を動かす速度を上げる。ようやく黄身と白身が混ざり合ってきた。…残すと良くないと書かれていた気泡に関して目をつぶればおおよそ順調である。

「おまえこそ何か知らないか?あの板みたいな…パソコンとやらは教えてくれないのか?」

不慣れな手つきで卵を混ぜながら彼女は俺に問いかけた。

「残念だがダフネ…あれは抽出される情報を選べない。」
「そうでもないと思うがな。百科事典みたいなものだろ、あれ。普段はどうやってあれで外の世界の情報を拾ってるんだ?」
「勝手に表示されるものを見ている。だいたい最近にあった出来事が真っ先に出てくることは分かっているのだが…。」
「下の面にたくさんボタンがついてるだろ。」
「どれがどの文字と対応したボタンなのか皆目見当が付かない。それに過半数のボタンが破損している。」
「なるほど。つまり分かるのは外の世界の近況。それが最近に起きたことだと明確に分かるあたり、現在の日付までどこぞに表示されるんだろうな。」
「ああ。画面の端に小さく表示される。外の世界だと今はちょうど年の暮れらしいぞ。」
「…そう。」
「あと数日もすれば新しい年の到来を知らせる鐘の音がなるらしい。そしたら外へ出て神社へ初詣とやらに」
「行かない。」
「やはりか…。」
「信じるものも受け入れてくれるものも、私には無いわけだし。」

それは独り言と言うにはあまりにも冷ややかだったし、何かしらの返事を求められているような気もしていた。はじめて彼女を覆う殻の一部が剥がれたのかもしれなかった。
歩み寄ってくれたというより、単に古くなって役目をこなせなくなった殻が生え変わる時に偶然柔い皮膚が見えたようなものだという方が適切だろう。そうして落ちる殻を受け止めるのが正しかったかもしれない。だが…。
自由落下した彼女の呟きが沈黙に潰されて消える。俺は結局拾わないことを選んだ。

「腕が疲れてきた。次の工程に移ろう。」

その声には相変わらず倦怠だけが滲んでいたし、彼女のあめだまのような紫の瞳がゆらぐことも無かった。
…正しかったのだろう。きっと。俺の臆病さのおかげで彼女を不用意に傷つけずに済んだ。だがあの言葉の真意を彼女の口から聞けるのはきっと未来永劫あの瞬間だけだったという奇妙な確信もあった。
同じことだ。どちらが良かったかなんて知りえない。詮索して答えを得ても俺は多分同じように選ばなかった選択のことを考えるんだろう。
今は彼女の促すままに料理を続ければいい。彼女が何事もなく俺に声をかけてくれる方の答えを選べたのだから。

「分かった。では次の手順を読み上げるぞ。」

俺はさっきまで見ていた手順から視線を下に移動させ、書かれていることをそのまま読み上げた。

「その卵液と1:3の比率になるよう白だしを入れて混ぜ、ざるでこしたら」
「は?」
「あらかじめキノコや野菜などの具材をいれておいた茶碗にそっと注いで」
「キノコ…?野菜…?」
「強火で3分→弱火で約10分加熱すれば…」
「待てゼルク、どこを読んでる?」
「どこって…ページを捲ってもいないのだからそのままプリンのレシピを読んでいるが…」
「見せてみろ。」

俺から本を受け取ったダフネは3秒もかからずページに目を通すと俺の方に本のページが見えるように向けた。そのページの見出しにはよく目立つ太字でこう書かれていた。

「[茶碗蒸し]…?」
「何かの拍子でページが変わったのか。」
「まるで茶番劇」
「…。」
「すまん。」

凍てつくような視線による言論統制を食らいつつ、俺はまたも起きた勘違いのような不思議な出来事に辟易していた。今度という今度は断言できる。俺はページを捲ったりしていない。前の手順の文章を確認しそのまま下に書かれていることを読んだ。くどいようだが事実である。

「…ダフネ」
「別に気にしなくていい。それより見ろ。テーブルに置かれてる材料まで変わってる。」

彼女の言う通り、テーブルの上には先ほどまで無かった食材が追加されている。キノコや野菜など、茶碗蒸しとやらに入れる物だ。逆に砂糖など、プリンに使うはずだった材料は全て片付けられていた。

「どうなっている…」
「さぁな。まぁ食材まで新しく用意されてるってことは…あの小さい生き物の気が変わったんじゃないか?プリンより茶碗蒸しを作ってほしいとか。」
「干渉はしないのではなかったのか…あの小動物め。」
「まぁこうなった以上仕方ないな。作るぞ。茶碗蒸し。」
「ダフネがそれでいいなら構わないのだが…。」

とりあえず俺たちは当初の予定を変更し、茶碗蒸しとやらを作ることにした。
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