📂file4
「よくあることなのか?これって…」
「あくまで予想だけどね。限られた子にしか起こらないけど再現性がある現象だし元の状態に戻ることもできる。」
「どうすればいいんだ?」
こうして三日月頭がダフネに頼られているのを見ている間、ずっと俺は失敗を望んでいた。同時にそんな自分の汚らしさと幼稚さをひどく嫌悪していた。
…何も出来ない事に気が付かれた。
…気が付かれてしまったから手を離されてしまった。
脳髄とは不便なもので、忘れたい記憶ほど掴んで離さない。今日気付いてしまった無力感を忘れる日はきっと来ないだろう。
「簡単なことよ。変身する時はその石を身につけて変身したいって思えばいい。解除するときは逆のことをすればいいってわけ。」
「なるほどわかった。」
「そんじゃあ空想してみせて。」
「よしきた。」
「いつもの自分を。」
直後、ダフネの身体が光に包まれる。そしてその光が散るころには、いつものダフネが立っていた。柔らかい長い尻尾に紫色の瞳。俺のよく知ってるダフネ。
「戻ったぞ。」
「…わ、よ、よかったねっ、ダフネちゃん…っ」
真っ先にダフネに声を掛けたのはサントノーレだった。俺は…彼女にかける言葉がまだ見つからなかった。
「これで眠るときも眩しくない。」
「あっ、うんっ、そ、そうだねっ」
もとの姿に戻れなくなりそうだったというのに彼女は相変わらずふんわりした応答だ。…ひとまず元の彼女に戻ってくれたことに対して俺は僅かに安堵していた。だがそれが油断を生んだ。
「んまぁ何はともあれ戻ってよかったじゃん?」
「ん。そうだ、タルト。助言ありがとう。助かった。」
「や~んかわいい~!そう言ってくれると嬉し……」
タルトの言葉が遮られる。理由は明確だ。俺が割って入ったから。あの三日月頭がダフネに触れるのが耐えられなかった。視線のはじに見た窓ガラスにはいつのまにかひびが生じていた。
「なによ~ちょっと抱きつこうとしただけじゃんかぁ。」
俺は黙ってダフネの前に立ち塞がり続ける。酷い言葉達が呑み込まれたまま腹の中で腐っていく。 気持ち悪い。気持ち悪い。
「あんた…」
「…タルト、もうやめよ?ね?」
「あーはいはい。」
三日月頭は不貞腐れた様子で踵を返す。最初から最後までこの侵入者どもには頭を悩まされてばかりだった。そもそも奴らは何のためにここに入ってきたのか、どうやって入り込んだのか、そういった肝心なことを何ひとつとして聞き出せていない。正直もう顔も見たく無かったが奴らの不可解な点は看過するにはあまりに多い。
「次ここに来るときがあったら玄関から挨拶して入ってきてくれ。俺の心臓に悪い。」
「分かった分かった。それじゃサントノーレ、あとでさっそく熱いセッk…」
「黙れ帰れやっぱり両方とも二度と来るな。」
奴らが廊下の向こうに消えたのを見送った。俺はやっとあのノイズから解放された。だがあの苦みに満ちた感情だけは、頭から離れてくれそうになかった。身体を椅子に拘束された状態で、焦がしすぎたカラメルを口に流し込まれているような気分だ。
「大丈夫か?」
俺のすぐ横でダフネの声がする。
甘い。
ダフネの存在はやはり、ケーキにまぶされた上質な砂糖のようにきらきらして、あまくて、きれいで。ほんの少しひんやりしていて…
「ゼルク?」
問いかけに答える代わりに俺は彼女に倒れ込むように身体を寄せた。この前彼女が近づいてきた時の緊張に似た甘やかな感覚を再認識する。その感覚は俺の不足した部分を埋めて隠してくれる。同時にダフネの甘美さを余すことなく感じられる。
相変わらずダフネは表情ひとつ変えず、身体を預ける俺を見ている。一体ダフネは今何を考えているのだろう。…もっと近くに寄れば分かるだろうか。
彼女の腰あたりに手を添え、白く細い身体をこちらに寄せる。縋るように、あるいは懺悔するように。
この屋敷にいきなり放り込まれたあの日からずっと、彼女と一緒に外に出るのだと決めていた。彼女が外に出たくなるまでずっと待とうと思った。
ただ必要とされたい。彼女が俺を必要としてくれるなら、他に何もいらない。その気持ちが大きくなる一方で身の丈に合わない願いを抱くようになった。隣に立ちたいという不躾な願いを。
今日の失敗はその願いが先走ったことによるものだった。彼女の隣に立つなんて、俺と彼女しか此処に居ないから出来ることだと気がついてしまった。他者が介入したら彼女の隣は呆気なく奪われてしまう。ならば…。
「もう平気だ。取り乱してしまい申し訳なかった。」
顔を上げ、ダフネを腕の中から解放する。
そうだ。いつまでも彼女に間を取り持ってもらう訳にはいかない。
もう迷わない。相棒のような存在になれないのは最初から分かりきっている。ならばせめて、不遜にも彼女の隣に立とうとする他者をこの手で振り払ってみせよう。
全てはいつかふたりで未知へと踏み出していくために。そしてあの光景を彼女と見るために。
彼女の目には相変わらず感情が灯らない。澄み切った宝石のような瞳は俺を責めることも慰めることもせず、時折義務的に瞬きをするだけだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
記録終了
「あくまで予想だけどね。限られた子にしか起こらないけど再現性がある現象だし元の状態に戻ることもできる。」
「どうすればいいんだ?」
こうして三日月頭がダフネに頼られているのを見ている間、ずっと俺は失敗を望んでいた。同時にそんな自分の汚らしさと幼稚さをひどく嫌悪していた。
…何も出来ない事に気が付かれた。
…気が付かれてしまったから手を離されてしまった。
脳髄とは不便なもので、忘れたい記憶ほど掴んで離さない。今日気付いてしまった無力感を忘れる日はきっと来ないだろう。
「簡単なことよ。変身する時はその石を身につけて変身したいって思えばいい。解除するときは逆のことをすればいいってわけ。」
「なるほどわかった。」
「そんじゃあ空想してみせて。」
「よしきた。」
「いつもの自分を。」
直後、ダフネの身体が光に包まれる。そしてその光が散るころには、いつものダフネが立っていた。柔らかい長い尻尾に紫色の瞳。俺のよく知ってるダフネ。
「戻ったぞ。」
「…わ、よ、よかったねっ、ダフネちゃん…っ」
真っ先にダフネに声を掛けたのはサントノーレだった。俺は…彼女にかける言葉がまだ見つからなかった。
「これで眠るときも眩しくない。」
「あっ、うんっ、そ、そうだねっ」
もとの姿に戻れなくなりそうだったというのに彼女は相変わらずふんわりした応答だ。…ひとまず元の彼女に戻ってくれたことに対して俺は僅かに安堵していた。だがそれが油断を生んだ。
「んまぁ何はともあれ戻ってよかったじゃん?」
「ん。そうだ、タルト。助言ありがとう。助かった。」
「や~んかわいい~!そう言ってくれると嬉し……」
タルトの言葉が遮られる。理由は明確だ。俺が割って入ったから。あの三日月頭がダフネに触れるのが耐えられなかった。視線のはじに見た窓ガラスにはいつのまにかひびが生じていた。
「なによ~ちょっと抱きつこうとしただけじゃんかぁ。」
俺は黙ってダフネの前に立ち塞がり続ける。酷い言葉達が呑み込まれたまま腹の中で腐っていく。 気持ち悪い。気持ち悪い。
「あんた…」
「…タルト、もうやめよ?ね?」
「あーはいはい。」
三日月頭は不貞腐れた様子で踵を返す。最初から最後までこの侵入者どもには頭を悩まされてばかりだった。そもそも奴らは何のためにここに入ってきたのか、どうやって入り込んだのか、そういった肝心なことを何ひとつとして聞き出せていない。正直もう顔も見たく無かったが奴らの不可解な点は看過するにはあまりに多い。
「次ここに来るときがあったら玄関から挨拶して入ってきてくれ。俺の心臓に悪い。」
「分かった分かった。それじゃサントノーレ、あとでさっそく熱いセッk…」
「黙れ帰れやっぱり両方とも二度と来るな。」
奴らが廊下の向こうに消えたのを見送った。俺はやっとあのノイズから解放された。だがあの苦みに満ちた感情だけは、頭から離れてくれそうになかった。身体を椅子に拘束された状態で、焦がしすぎたカラメルを口に流し込まれているような気分だ。
「大丈夫か?」
俺のすぐ横でダフネの声がする。
甘い。
ダフネの存在はやはり、ケーキにまぶされた上質な砂糖のようにきらきらして、あまくて、きれいで。ほんの少しひんやりしていて…
「ゼルク?」
問いかけに答える代わりに俺は彼女に倒れ込むように身体を寄せた。この前彼女が近づいてきた時の緊張に似た甘やかな感覚を再認識する。その感覚は俺の不足した部分を埋めて隠してくれる。同時にダフネの甘美さを余すことなく感じられる。
相変わらずダフネは表情ひとつ変えず、身体を預ける俺を見ている。一体ダフネは今何を考えているのだろう。…もっと近くに寄れば分かるだろうか。
彼女の腰あたりに手を添え、白く細い身体をこちらに寄せる。縋るように、あるいは懺悔するように。
この屋敷にいきなり放り込まれたあの日からずっと、彼女と一緒に外に出るのだと決めていた。彼女が外に出たくなるまでずっと待とうと思った。
ただ必要とされたい。彼女が俺を必要としてくれるなら、他に何もいらない。その気持ちが大きくなる一方で身の丈に合わない願いを抱くようになった。隣に立ちたいという不躾な願いを。
今日の失敗はその願いが先走ったことによるものだった。彼女の隣に立つなんて、俺と彼女しか此処に居ないから出来ることだと気がついてしまった。他者が介入したら彼女の隣は呆気なく奪われてしまう。ならば…。
「もう平気だ。取り乱してしまい申し訳なかった。」
顔を上げ、ダフネを腕の中から解放する。
そうだ。いつまでも彼女に間を取り持ってもらう訳にはいかない。
もう迷わない。相棒のような存在になれないのは最初から分かりきっている。ならばせめて、不遜にも彼女の隣に立とうとする他者をこの手で振り払ってみせよう。
全てはいつかふたりで未知へと踏み出していくために。そしてあの光景を彼女と見るために。
彼女の目には相変わらず感情が灯らない。澄み切った宝石のような瞳は俺を責めることも慰めることもせず、時折義務的に瞬きをするだけだった。
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記録終了
