📂file11
空が化膿を起こしたようにただれ、どろどろした赤黒い液体が落ちてくる。
「もう終わりみたいだね。」
「…クソが。」
「ボクはじゃあそろそろ起きようかな。じゃあねゼルク。」
少しでも報いることが出来たなら良かったのに。奴は今でも新しい身体で悠々と空中浮遊している。一見すればつぶらに見える青い瞳は、明確に俺を見下げていた。
俺はここで死ぬ。
あらゆる絶望を観測されながら。
赤黒い液体は俺の足の半分までの高さが隠れるくらい地面を満たしている。いずれこの液体は空間全てを満たすだろう。そのとき苦しむくらいなら、さっさと溺れてしまうのがいいと思った。
その時だった。
「あれ?」
奴の間の抜けた声にふと顔を上げる。
飛び去ろうとする小動物の身体を、何かが握りしめている。それはサントノーレが俺を拘束するのに使った、真っ黒な影の手だった。なぜこれが今ここにある?サントノーレもタルトも、俺が偽物たちに飲み込まれた時に退避したはずだ。
「…ない。」
「お前…」
信じられなかった。だって俺は、こいつらを明確に拒絶した。拒絶してしまった。それでも今、俺の隣には黒いあいつの姿があった。
「ぜったい…逃がさない、から…!」
サントノーレは影の手を動かし、小動物の身体を思い切り叩きつけた。
さすがに小動物もこれは想定外だったらしい。
「…はっ…、みんなそろって共倒れでもしにきたのかい?」
「残念なんだけどそうなのよぉ~。タルトちゃんもサントノーレもドリ~ミィ☆えんじぇるだから困ってる子をほっとけないのぉ」
光の鱗粉を振りまきながらどこからともなく現れたタルトは、自己紹介の時と同じくらい痛々しいロールプレイを披露し、ばっちりウインクまで決めて見せた。
「そうか。でもひどいなぁ、キミたち。いっしょにお茶会した仲じゃないか。」
「天使ってやつはきまぐれで悪魔的なんだよ。特に茶会の作法を知らない奴にはね。」
俺たちの足元に円形の力場が現れる。小動物の顔が若干青ざめたように見えた。多分それは気のせいではないんだろう。奴の中では、夢を観測するふたりと、お茶会を通してある程度親睦を築いたつもりだったんだろうから。
「乙るのはアンタだけよ。次の茶会ではお菓子かお茶をちゃ~んと持ってくる事ね!」
直後、力場が桃色に染まる。奴が視界の隅で手を振りほどこうとするのが一瞬見えたあと、視界が閃光に包まれた。
「どうして俺を…」
「さぁ、なんでかなータルトちゃんわかんないなー」
テレポートで転移した先は元いた青い花畑だった。落ち着いた黒い空野下で何故か淡く光を放つ青いニゲラの花が風に揺れている。俺が不完全に呼び出してしまった物たちの姿はもう何処にもなかった。
「素直になれば…いいのに…ふふっ、」
「ちょっとサントノーレ!別にあたしいっつも素直ですし!?」
こいつらが館に来て、騒がしく話をしていくたびに、あの時の俺は心のボーダーラインを土足で超えられている気がしていた。だが今ようやく俺は穏やかな気持ちで、ふたりの会話が聞けるようになっていた。
「…あ、そうだ。ゼルク。ここからなら多分ぎりぎり夢から目覚められると思う。」
「そう…なのか?」
「うん。あとはあんたが決意するだけ。覚悟が決まればわかりやすい形で出口が現れるはずだけど…まだ迷ってるわね。」
「…」
「まあそりゃそっか。みんな…忘れちゃうもの。」
「タルト…」
「あーあたしはいいの。慣れてるし。そうじゃなくてあんたとダフネちゃんの話。」
心の奥にあったひとつの濁りすら見透かされてしまう。何も言えないで居るとふとサントノーレが言葉をこぼした。
「タルト、ねえ…もしかして…」
「あーうん。やめとけって言ってたのに、やっぱりちゃんとお別れ、言いたいんだろうね。」
「待て。何の話をしている?」
「へへ。何でも。あたしらが席外したら、ゆっくり振り向いてみな。それじゃ、次の夢まで良い子にしてなよ。あんたらが忘れてもあたしらは覚えててあげるから。」
次の瞬間、
強い風が吹き、花びらが舞い上がる。思わず俺は顔の前に手を出し、風が止むまで前を見ることは出来なかった。風が止む頃には、ふたりの姿は消えていた。代わりに、俺のすぐ後ろで、なにかの気配がした。
「見事な花畑だな。現実にもこんな場所、そんなにないだろ。」
そう。あんなことがあった後なのに、こんな他愛もない話から始めるようなやつだった。彼女は。すべてを知っていて、それでも俺に最後まで夢を見させてくれた。
姿を見なくても間違えるはずなかった。
「ダフネ、」
「当たり前のことをさぞ大事そうに言うんだな、おまえは。」
その言葉に安心して、ずっと怖かったはずなのにと思って、そして少し先の事を考えて心がちぎれそうで、でももう一度その姿を見られた事が嬉しくて、俺は彼女の存在を確かめるように抱きしめた。
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!:::【重大インシデント発生】::: !
・ファイルを跨いで記録を続行します。
・協力個体に関してはロストしたものと見なします。
・万が一対象の意識の覚醒が見られた場合即座に対象を終了させます。
