📂file12
あの館のドアを開けた時に消えたはずの彼女は今、たしかに俺の前にいて、会話をしている。
倦怠をはらんだ、ほんのり甘苦い声。俺の大好きな声が、脳に、神経に、血管にかけめぐる。
「いつから全てを知っていた?」
「さあ。私とて全て把握していたわけでは無かったし。」
「どうしてまたここまで来てくれたんだ?目覚められない可能性だってあったのに。」
ダフネの瞳が一瞬、だが確かに、その中の光がゆれた。その目の輝きの理由を問う前にダフネは顔を背ける。
「何もかも理由がいるのか。私がここに来たいと思ったからそうした。それだけのことだ。」
「…ずっとお前がこの夢に囚われなければならなくなったのは、俺の所為なんだぞ。俺がお前に余計なことを吹き込んで、お前に…戦う意味を考えさせてしまったから…」
「選択したのは私だ。それにここで起きたことすべて、面白い経験だったよ。」
「だが…俺が、お前に甘えて理解を請うてしまったから…」
「じゃあおまえは私があのまま兵器として生きることを良しとしたのか?言ってるだろ。選んだのは私だと。それにおまえが創り出した夢の世界の構造物、私は結構気に入っていたんだ。今居る花畑もそう。一連の計画に巻き込まれなければ見ることは叶わなかった。」
「だが全て忘れてしまう。消えてしまう。」
「そうだな。」
「そもそも、夢の中での思考や経験なんて…俺たちが繋がれていた装置が作ったまやかしだとしてもおかしくない。夢と現実は違うんだ。意味なんて、」
彼女はそっと俺の顔に手を当てて俺の言葉を止めた。その手があまりにもやさしくて、痛みさえ覚える。
「自分の思考が何処にあろうとも、すべて作り物なんだとしても、そんなのほんのちいさな問題だ。だって今こうやって私たちは会話してる。それがすべてだろ。存在しているかしていないかなんて些細なことだ。」
「だがここは夢の中だ。ダフネ。」
「現実で会話しないと意味なんてない、と?」
「目が覚めたら忘れてしまう。そんなの俺は耐えられない。だったら俺は…」
「…じゃあ、おまじないでもかけてやるか。」
懐かしい響きに俺はおもわずはっとした。
あの日、彼女がかけてくれたおまじない。来たるべき絶望に、冷たく醜い現実に対峙するためのちいさなお守り。
ダフネは片耳に結んでいた長いリボンを外すと、俺の腕にそっと巻き付けていく。
「ダフネ、」
「目覚めたらまず、ここの人間を全員しばき倒してこようと思う。」
「…」
「それでその後は…ほら、おまえが言っていたとおり、一緒に花火でも見に行くか。」
「…どうして」
「なぁ、ゼルク。」
名前を呼ばれる。不安げで、でも力のこもったその声に返事をする前に、額にやわらかいものが当たる。これがくちづけであることを理解するまで、時間はかからなかった。
一瞬かもしれない。永遠にも思えた。
「私はおまえの天使ではない。ただの元バディだ。奇跡なんて起こせないし、おまえを救うことも出来ない。でも、ここから起きられるように目覚ましを鳴らして、目覚めたとき側に居てやることは出来る。」
俺の腕にリボンが固く結ばれる。ダフネの尻尾に付いているものとおそろいのリボンが。
外に希望があるか分からない。
いま抱えている希望も、暖かな記憶たちも、無くなってしまうだろう。
それこそ奇跡でも起きない限りは。それでも、今の俺には目覚める理由があった。
倦怠をはらんだ、ほんのり甘苦い声。俺の大好きな声が、脳に、神経に、血管にかけめぐる。
「いつから全てを知っていた?」
「さあ。私とて全て把握していたわけでは無かったし。」
「どうしてまたここまで来てくれたんだ?目覚められない可能性だってあったのに。」
ダフネの瞳が一瞬、だが確かに、その中の光がゆれた。その目の輝きの理由を問う前にダフネは顔を背ける。
「何もかも理由がいるのか。私がここに来たいと思ったからそうした。それだけのことだ。」
「…ずっとお前がこの夢に囚われなければならなくなったのは、俺の所為なんだぞ。俺がお前に余計なことを吹き込んで、お前に…戦う意味を考えさせてしまったから…」
「選択したのは私だ。それにここで起きたことすべて、面白い経験だったよ。」
「だが…俺が、お前に甘えて理解を請うてしまったから…」
「じゃあおまえは私があのまま兵器として生きることを良しとしたのか?言ってるだろ。選んだのは私だと。それにおまえが創り出した夢の世界の構造物、私は結構気に入っていたんだ。今居る花畑もそう。一連の計画に巻き込まれなければ見ることは叶わなかった。」
「だが全て忘れてしまう。消えてしまう。」
「そうだな。」
「そもそも、夢の中での思考や経験なんて…俺たちが繋がれていた装置が作ったまやかしだとしてもおかしくない。夢と現実は違うんだ。意味なんて、」
彼女はそっと俺の顔に手を当てて俺の言葉を止めた。その手があまりにもやさしくて、痛みさえ覚える。
「自分の思考が何処にあろうとも、すべて作り物なんだとしても、そんなのほんのちいさな問題だ。だって今こうやって私たちは会話してる。それがすべてだろ。存在しているかしていないかなんて些細なことだ。」
「だがここは夢の中だ。ダフネ。」
「現実で会話しないと意味なんてない、と?」
「目が覚めたら忘れてしまう。そんなの俺は耐えられない。だったら俺は…」
「…じゃあ、おまじないでもかけてやるか。」
懐かしい響きに俺はおもわずはっとした。
あの日、彼女がかけてくれたおまじない。来たるべき絶望に、冷たく醜い現実に対峙するためのちいさなお守り。
ダフネは片耳に結んでいた長いリボンを外すと、俺の腕にそっと巻き付けていく。
「ダフネ、」
「目覚めたらまず、ここの人間を全員しばき倒してこようと思う。」
「…」
「それでその後は…ほら、おまえが言っていたとおり、一緒に花火でも見に行くか。」
「…どうして」
「なぁ、ゼルク。」
名前を呼ばれる。不安げで、でも力のこもったその声に返事をする前に、額にやわらかいものが当たる。これがくちづけであることを理解するまで、時間はかからなかった。
一瞬かもしれない。永遠にも思えた。
「私はおまえの天使ではない。ただの元バディだ。奇跡なんて起こせないし、おまえを救うことも出来ない。でも、ここから起きられるように目覚ましを鳴らして、目覚めたとき側に居てやることは出来る。」
俺の腕にリボンが固く結ばれる。ダフネの尻尾に付いているものとおそろいのリボンが。
外に希望があるか分からない。
いま抱えている希望も、暖かな記憶たちも、無くなってしまうだろう。
それこそ奇跡でも起きない限りは。それでも、今の俺には目覚める理由があった。
