📂file11

記憶の鈍化。そう奴は説明していた。俺はそのせいで一番大切な記憶も思い出せないようにされていたのだ。だが、それでも確かに俺の魂は希望に打ち震えていた。
外に出れば本当のダフネに会える。
目覚めてもまた変わらぬ地獄が待っているかも知れない。だが俺にはダフネがいる。

「外に出ねば。ダフネに会って…それで、」
「立ち直ったとこ悪いけどそれは不可能だよ。」
「な…」
「言ったでしょ。キミの絶望がどこまで大きくなるのか見たいって。」

奴がぱちっ、と指を鳴らすと俺の脳裏に浮かぶ光景が切り替わった。拘束具のついた手術台にダフネが横たわっている。頭部からは俺に繋がれていたものとよく似た管が伸びている。その管は何かの機械とモニターに繋がっている。

「あれは…」

モニターには、ダフネがはじめてここでペンダントを見つけた時の様子が流れていた。彼女目線の映像だが、会話からその時のものであると分かる。

「これはボクが力を貸した計画のひとつめだよ。」
「何だと…」
「さて、キミとダフネはバディを組んでいたらしいね。キミはその時からダフネを女の子だど思ってたってことも知ってるよ。でも当時の彼女はまだ完全な形の性別を持ってなかったんだ。」

モニターの中のダフネはペンダントトップをくるくる回している。

「身体は確かに作れたんだけど、機能を解放するにはダフネ自身がどちらになるか選ばなきゃいけなかったんだ。」

俺たちがペンダントをかけるための鎖を探している場面が映る。

「だからキミには本当に感謝してるんだよ。」

モニターの中のダフネは鎖だけでなく白いリボンを自分で選び取った。そして耳と尻尾に不慣れな手つきで結びつけはじめた。

「ありがとう。ダフネを…女の子にしてくれて。」

その言葉に尋常でない吐き気を覚え、俺は地に伏せた。
やめろ。何だ、こいつは、俺に何を見せようとしているんだ。研究員のひとりがダフネの首筋に何かを注射した。

「…苗床」
「さすが。よく知ってるね。でもさすがにダフネに何回も子供を産ませるのは身体的負担が大きいからね。彼女の卵細胞を取り出してそれで…」

俺は目の前の小動物に斬りかかった。小動物の身体がまっぷたつに割れて、地面に落ちた。直後、俺の横にあらたな個体の小動物が補完される。

「もう、無駄に残機を減らさないでよ。」
「黙れ失せろ消えろ死ね…!!!この…腐れ外道が…!!!」

俺の脳内にはまだ映像が流れ続けている。注射器ふたつが長い管で繋がれたような形の器具が見える。研究員の手がダフネの下腹部に伸びる。

「やめろ…やめろ…!!!なんで…」
「ああ、いまちょうど夢の世界でダフネがキミにしがみついてたくらいの時かな。おかしいなー麻酔はかけてたはずなのに。でもなんとなく自分の身になにが起きてるか分かってたんだね。」
「ふざけるな…、貴様…」
「んもー、ボクはあくまで協力してただけだってば。夢の世界、つまり精神面からアプローチしてダフネに完全な性別を獲得させて苗床にするなんて考えたのは人間達の方だよ。その鍵としてキミを選んだのも人間だ。現にここまでのプロセスは成功した。キミがダフネを女の子として扱ってくれてなきゃ、あの子もこんなに早く成熟してくれることはなかっただろう。本当にありがとう。まだ培養の成功には至ってないけどこれからいろいろ改良していくんだって。」
「…」
「あ。ここからは見せられないよ。採取過程は既存のものを利用してるからともかく、培養手順は企業秘密らしいからね」
「…」
「あーキミにはちょっと刺激が強かったかな。でも大丈夫!どうせ今までのことは目が覚めたら全部忘れるんだから。」
「…っ!!」
「まぁ機械に繋がれている以上キミは自発的に目覚めることはほぼないだろうけど。さて、ここにはもう何もないし何も生み出せない。外に出ても希望なんてないし今までのキミたちのいじらしくありふれた日常は全部なかったことになる。」
「…は、」
「キミがここが夢であると気づかずダフネと日常を送りつづけることも出来た。でもキミはダフネを連れ出すことを選んだね。ダフネは当然、居場所を勝手に侵略されたタルトとサントノーレも、キミの気持ちを汲んで茶番につきあってくれたのにね。キミはそういった子の気持ちを全部無碍にしたんだ。でもこういう風にキミが動いてくれて、ボクと研究者はおおいに助かったんだよ。手を下さなくても、現実を見せるだけでキミは勝手に破滅してくれるから。」
「……」
「そして計画のふたつめがこれに関係してるよ。当初は心というものを夢の中に、ひとつの空間として顕現させられるかっていう実験だったけど、思いの外上手くいっちゃってさ。急遽変えたんだよね。幸福から絶望にたたき落されたとき精神世界はどう動くんだろうってのを確かめようって。」
「…実験。」
「うーん。これは実験じゃないよ。ダフネの計画のおまけみたいなもの。最高のお膳立てをしてキミの絶望を観察できた。特にダフネが消えたときのキミを見てみんなゲラゲラ笑ってたよ。」
「…!」
「この一連の計画は、ヴェールをめくりあげてキミを現実に直面させるって意味と…一定の周期ごとにダフネから新たな胚を生み出すためのプロジェクトってことでこう名付けられた。プロトコル・ターンオーバーってね。」

今までの記憶が走馬燈のように流れていく。視線が、声が、幻想を壊しては俺に突き刺さる。
いつだったか、純粋な気持ちと言葉がきっとだれかを動かすのだと信じ ていた。
いつだったか、知らないだけで良心とかやさしさとかを忘れていない奴も居るかも知れないと期待した。
ダフネ、お前が本を読んで確かに夢見たようないい人間なんてあらわれなかった。いや、正確にはそんなものいなかった。

「キミはボクを最後まで小道具係だと思ってたんだったね。でもそれは間違いだ。これを一連の茶番劇とするのであれば…ボクは監督みたいなものだよ。ああそうだ。キミの前で自己紹介するの、今の今まで忘れてたや。」

あの畜生は俺の頭上に輪をかくように飛び回っていたが、急に俺の左目の側に近寄ると、俺の反応を試すように、囁く。

「ボクの名前はラウラス。種族はミュウ。一応ボクは、ダフネの母親にあたる存在だよ。」
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