📂file11

「これは外側の世界にあるキミの身体だよ。ここでキミは覚めることのない夢を見続けている。」
「…っ、」
「なんのために?っていうのがキミの疑問だったよね。単刀直入に言うと、ボクらの計画のためさ。」

視点が引き、俺が収容されている部屋の全容が写される。室内にまともな照明と呼べる物はほとんどなく、俺の入っている培養ポットと、その横の不透明な縦長の培養槽だけが白く光っていた。

「研究室…」
「そう。研究室だよ。キミが産まれ、育てられた場所。キミを眠らせる前に記憶の鈍化を施したけど、そろそろいろんな事を思い出したんじゃないかな?」
「…」
「無理に話さなくていいんだ。ここで行われているあらゆる実験は、キミたち被験体に多大な身体的・精神的苦痛をあたえているのはボクがよく知ってるよ。生まれながらにして戦いの運命を課されてきたんだよね。」

研究室内部には20名ほどの人間がせわしなく行き交っていた。時折俺のポットに近づいて、ファイルに何かを書き込んだり、縦長の培養槽の前で何かを話す人間たちもいた。

「キミは誰かを傷つけるには優しすぎた。この場所で生きてゆくことは苦痛だった。そしてそんな苦痛の中でキミが天使としてあがめていた子が居たね。」

縦長の培養槽にひとりの人間が近寄り、いくつかのボタンを操作する。

失ったと割り切ったはずのものを再び提示された時、感情には大きな揺らぎが生じる。そう、俺はもうその姿を見ることは金輪際叶わないと思っていた。それを受け入れ、永劫の闇のなかに沈んでいこうとさえ思ったのに。
培養槽のガラスの曇りが取り払われる。
戦うために生まれたなんてことが信じられなくなるほど、ガラスの中の彼女は神秘的な光を纏い、やわらかく瞼を閉じていた。

「ダフネ…、」


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外の世界の俺は落ちこぼれだった。敵を殲滅することに躊躇し、血を見るたびに吐き気が止まらなかった。当然ながら同族からも管理する人間からも荷物扱いされ、死亡の危険がある投薬実験なんかはいつも俺が担当することになっていた。
ある日俺を見かねた研究員の一人が、俺にバディを組むようにと、戦闘成績がずばぬけて優秀な被験体を紹介してきた。そうして出会ったのがダフネだった。
ダフネは別個体より小さめの体ながらも戦績はだれにも引けをとらなかった。勿論、討伐対象に慈悲を掛けることもなかった。
はじめて顔を合わせた時は戦闘前の待機時間だったはずだ。そこでダフネは挨拶すらせず「おまえが弾の軌道に割り込んでもそのまま気にせず撃つけど構わないよな。」とだけまくし立てるように言われたのも覚えている。

そして初めての共同任務。彼女が素晴らしい戦果をあげる一方、俺は対象をひとりも仕留められなかった。

「なんでおまえは敵を倒さないんだ?」

周辺すべての生体反応が消えたあと、ダフネは俺にそう尋ねた。そこで俺は、対象を殺害することに罪悪感を抱いていることを伝えたのだ。
笑い飛ばされるか、最悪彼女の手によって処分されるかも知れないとさえ思っていたのに感情を吐露した。それだけ俺は限界を迎えていた。なんせ退路も活路も絶たれている身。どんな反応をされようが構わなかった。
だが予想に反して彼女は俺の言葉を反芻し、熟考し、そして静かに答えを差し出したのだ。

「わからない。その…罪悪感?っていうのが。なんで頼まれたものを殺してるだけなのに殺す相手に申し訳ないなんて思うんだ?」
「あ…それは…その…お前とて攻撃されたら痛いだろう?」

虚を突かれて言葉がどもる。返事をくれるとは思っていなかった。それも対話をする意図のある返事を。こうして彼女が聞き返すのは純粋な知的好奇心からだろうか。それとも力なき者の言い訳を聞きたくなったのだろうか。などと考えていると次はもっと早く返答が来た。

「しらない。相手の攻撃、当たったことないから。それにあいつら、一時的に動かなくなるだけだろ。」

さっきまで敵が跋扈していた戦場に風が渡る音がする。そう。あれは敵だった。だが彼女が手を下すまでは生き物だった。しかし彼女はそれを含め何も知らないのだ。
俺は少し躊躇いつつも、俺の決意を鈍らせる根源を知って欲しくて、次の言葉を口にした。

「生き物は動かなくなったらもうそれっきりだ。」
「…」

ダフネは「刹那的だな」と呟くと、ほんの少しだけ思うことがあったのか目を伏せた。

「だったらおまえもそうなのか」
「…俺だけじゃない。みんなそうだ。」
「でも、倒さなければ倒さないで私たちは機能停止させられるだろ。
それはおまえも例外では無い。なのに対象に情けをかけるのか?」
「情けをかけているのではない。俺は…臆病なだけだ。あんな、ぐちゃぐちゃな光景、もう見たくない。せめて相手が人形ならいいのに。」

うずくまって頭を垂れる。自分でも情けないのは分かっていた。
嗚呼、この日、この瞬間、ダフネが俺を突き放してくれていたなら、どれほどよかったか。

「…じゃあ、おまじないでもかけてやるか。」

俺の頭上から声が降ってくる。甘く、苦く、倦怠をはらんだ声。次に柔らかい指が俺の頭に触れた。

「これからおまえの前で誰かがぐちゃぐちゃになって血を流しても、すべて壊れたおもちゃが赤い絵の具をまき散らしているだけに見えるだろう。」

周りに視線を向けると、たしかにさっきまでそこに転がっていた死体たちはただの木偶人形となっていた。俺は困惑しながらダフネに視線を向ける。ダフネの姿に変化はない。

「これで私が遠慮無くばっさばっさやってもおまえは大丈夫だろ。あとたくさん居る敵のうちひとりくらいはおまえの手柄にしてやっても良い。」
「…どうしてそこまでしてくれるんだ。」
「だってそのままだとおまえ、任務のたびにぴいぴい騒ぎそうだし。おまえが居なくなったらまた同族とペアを組むことになるから…」
「嫌いなのか?同部門に居る奴が…」
「勝手に私の目の前に出てきて勝手に攻撃に巻き込まれるから嫌いだ。その反面おまえはいつも後ろでつつましくしてるから戦いやすかった。」
「それだけか」
「別の答えを期待してるのか?」

そのとき此方を見つめたダフネの瞳に俺は引力のようなものを感じた。蠱惑的。どこかで聞いたそんな言葉がよく似合う。彼女が本当は何を思って俺をかばうような真似をしはじめたか分からない。だがたとえ俺になにかしら不利益が生じたとしても、それでいいかも知れないと思うくらいには、俺は既にこの時彼女に心酔していた。

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