📂file10

ふとまわりを見ると既に三日月頭も黒い奴も居なくなって、まとわりついていた影も消えていた。代わりに俺の周りの水たまりから這い出してきたものが立ち上がり、形を作り始めていた。
それはおぞましい色をしていたが、間違えようのないシルエットだった。
とがった角耳、三本の指、ながいしっぽ。作り上げられたものは、ダフネの姿を真似ていた。

そう。

そうだ。なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。
ここは夢の世界。だったら本当になんでも出来るはずだ。ダフネが俺の夢から生まれたなら、居なくなったって新たに生み出せば良い。そして目の前のこれらは彼女の原材料だ。そうにちがいない。俺はそっと足を前に踏み出す。そして俺はその中の一体に、愛しさをこめてその名を口にした。

「ダフネ。」

俺の言葉を聞くやいなや、水たまりから出たシルエットが一斉に俺の方へと向きを変える。それは本当に機械的な動きで、俺はわき上がった恐怖を抑えきれずその場に座り込んでしまった。題名を付けられた作品たちの歓喜。だがこんなの序の口だと、直後に知ることになる。

[お呼びですか。]
[どうしたの?ぼくに何か用?]
[ご主人様、どうなさいましたか?]
[今俺を呼んだか?]
[あははっ、どうしたのぉ?]
[貴様か、我を呼んだのは]
[ふふっ、可愛いわね、あなた]

触れられたくなかったちいさなちいさな天使をもぎとられ、蹂躙される。違う。俺が明け渡してしまったのだ。ただ俺はこう望んだんだ。彼女にもう一度会って、それで…

それで?
日常の続きを再演したかった?もういちど名前を呼んでくれさえすればそれで良かった?
やめろ。ダフネの姿を借りて、ダフネではないなにかが、ダフネと同じ声で、ダフネが絶対にいわないことを、なんで、なんで、なんで。

「違う。」

俺の天使は、

「貴様らは…ダフネなんかじゃない、そんな事言うわけない。そんな動きしない。そんな、なぁ、誰なんだ、」

偽物達はゆっくりとこちらに近づいてくる。真っ白な歯を見せて笑う。ワラう。わらう。
誰なんだ、と聞かれても奴らは動じない。それどころかその質問を待っていたようにさえ見える。

[あたしはダフネだよ。忘れちゃったの?]

ありえないほど甘ったるい声を合図に、冒涜の洪水が堰を切って溢れ出す。それは俺が作り上げてしまった偶像。俺がつくりあげた地獄。ここは俺の都合の良い夢なんかじゃない。ここは懺悔室だ。天使を閉じ込め、飛び立った天使を再構築しようとした俺の。

[ダフネです。あなたがよく知っているとおりの。]
[名前すら忘れてしもうたか!ならば再度教えてしんぜよう!]
[俺の名前はダフネ]
[ダフネ、と、そう呼んで頂けますか。]
[ダフネっていいます~仲良くしましょう?]
[ぼくはダフネだよ。きみがそうあることを望んだから。]
[ここに居る子はみんなダフネだ。当然、あんたの思うとおりに動く]
[あなたのやりたい事、なーんでもしてあげるよ]
[お疲れでしょう。是非わたくしめに労わせて下さい。]

こんなのダフネじゃない。俺の天使はそんな声で俺にすがりついたりしない。そう。こんな時、いつも億劫そうに返事を返すんだ。それでも何かと俺に付き添ってくれて、
…自業自得にも程があった。ダフネはダフネ。たったひとりしかいないのに。代わりを作る事なんて出来ないのに。これは罰だ。天使を冒涜した罰。受け止めなければならない。でもどうすればいい?分からない。うずくまっても声が近づいてくる。あらゆる感覚器官から拾われる信号がすべて恐ろしい。
たくさんの偽物たちが俺に覆い被さる。

[どうしてそんなこと、]
[なまえをよんで]
[ゼルクくん、]
[ゆるさない]
[うまれたいみを]
[ねぇ]
[ねぇ]
[ねぇ]
[ねぇ]
[ねぇ]

[きみの欲望に生まれさせられたぼくらはどこへいくの]
[どこへいけばいいの]
[このまま死ねばいいの]

糾弾の声に身も心も押しつぶされる。でももういいか。どうせここに居ても意味は無い。目覚める方法も正直わからないし目覚めたとしても彼女がいないなら、そんな世界、意味が無い。
もうずっとまっくらでもいいか。そう思った途端、俺の意識は失われた。

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