📂file9


「外の世界ではさわやかな風が吹くという。」
「そうだな。おまえが以前話していたとおり。」
「それに綺麗な場所もたくさんあるだろう。カメラとやらが手に入ったら写真に収めるのも良いかもしれないな。」
「…」
「それはもう映えるの映えないのと…ダフネ?」

返事が聞こえない。さきほどまで俺の片手から伝わっていたぬくもりが、嘘のようにきえた。

「ダフネ、」

じり、という音がして、廊下の照明がひとつずつ、俺を追いかけるように消えていく。照明だけではない。廊下にはめこまれた磨りガラスが、ひとつ、またひとつと砕けてゆく。そして廊下の照明がすべて消えたと同時に、最後のガラスが割れた。その向こうには、なにもない暗闇に巨大なサーチライトが浮かんでいた。

_ ボクはキミたちの望む物をそれとなく提供する。いわゆる小道具担当だね。

その言葉の意味を俺はやっと悟った。これは演劇だ。誰かが用意した悪趣味な脚本。だれがこれを用意したか分からない。だがここが本来どういう場所であるかはなんとなく理解していた。なぜ、よりにもよって侵入者がダークライとクレセリアだったのか。なぜ、いきなり屋敷が姿を変えるのか、なぜ、はじめて茶碗蒸しを口にしたときすぐに熱さと味を感じなかったのか、なぜ俺たちが突然ここに来たのか。これらすべてを解決できる答えはひとつだった。

俺は力なく硬く冷たい床に倒れ込んだ。俺の身体の周りから、ニゲラの青い花が咲きこぼれる。それは間もなく廊下を埋め尽くし、青い青い花の海に俺は沈んでゆく。

これは夢だ。俺の見ている夢。
さめることのできない、
てんしのいない、
いや
てんしの「いなかった」、
つめたくなってしまったゆめ。

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