📂file9
記録開始
━━━━━━━━━━━━━━━
「ダフネ、居るか?」
「ずっといる。今日はどうした。」
「今日は久しぶりに過ごしやすい天気だそうだ。なんでも先日雨が降ったとかで、」
「何度も言っているはずだ。私は外には出ない。」
今日も彼女は読み飽きることのないであろう本を読み、俺はそんな彼女を外の世界へ誘う。その誘いをダフネは変わらぬ口調で断る。これが俺たちの日常だった。それからダフネがなにか別のことを提案するか予期せぬ事がおきるまで、なにもない時間を過ごす。
からっぽで、意味のない、この時間が好きだった。書斎にあるすべてのものに沈黙がゆるやかに積もってゆく。
「なぁ、私はずっとおまえに聞きたいことがあったんだ。」
「…何だ?俺が答えられることならなんでも聞いてくれ。」
「おまえにしか答えられないことだ。ずばり、なぜ私をここから出そうとする?」
「それは…外の世界には夢があるから…」
「真剣に聞いているんだ。別に私はずっとここにいても構わない。おまえがここからひとりで出て行こうともその後を追うことはない。どうしておまえは、“一緒に出る”事に固執する?」
いつか聞かれることになるだろうとは思っていた。だが俺は、その質問に対する無難な答えを考えていなかった。
「それは…ふたりの方が心強いからだ。」
「また無難な答えを出そうとしてる。」
すべてダフネには見透かされていた。それでも答えを出し渋る俺に、ダフネはあきれたように深いため息をついた。
「直接伝えなければ分からない。おまえが何を望んでいるのか。」
「ダフネ…」
「揺さぶってみせてくれ。おまえの本当の言葉で。」
…これが最後のチャンスなのだと直感で理解していた。ここで無難な言葉を吐いて乗り切ることもできる。ダフネはおおよそ俺に失望するにしろ、今の退廃的で幸福な生活を続けさせてくれるだろう。だったらいっそここから出なくとも良いのではないか。いままで彼女を外の世界へ連れ出そうとしてきたが彼女がここがいいと言うなら俺も、それでいいかもしれない。
すべてなんでもなかった。
そう言ってしまえば追及なんてされない。本当の気持ちをぶつけて拒絶されるくらいなら、逃げてしまえばいい。
「それが俺の、本当の…」
逃げてしまいたかった。本当はそうするつもりだった。でも同じくらい、自分を偽ることが苦しかった。
