📂file7

ヒトという生き物がする稀有な行動の中に「懺悔」というものがある。四方を閉ざされた狭い部屋に入り、壁越しにいる誰かに向け、自分の罪を打ち明けるのだ。 今俺がしているのはまさにそれだった。

「…好き、という言葉で括られる感情ではないかも知れない。」

言葉にすることでより強烈なコントラストをもって自らの汚らしさが浮かび上がる。正直な話、目の前の奴に話を聞いてもらっているというより、麻酔を使わず自分の胸に自分でメスを入れるような感覚だった。

「俺は確かにダフネに心を奪われた。だからここにいる。でも…一般的な恋愛というものが対等なものだとすれば、俺の場合は違った。俺は、その…はじめてダフネを見たとき、あれが天使なんだと確信してしまった。」

目の前にいる少年の氷色をした瞳に、俺の姿はどう映るのだろう。

「俺ははじめは彼女に純粋な恋をしたと思っていた。だが違った。どうしても俺は…彼女に対する祈りが棄てられない。あまりにもまぶしくて、あまくて、きれいで。好きなんて言う方がおこがましいと思えて。いや、そんなぬるいものではない。俺は…」

これ以上切り開いてしまえばきっともう後戻りはできない。自分の最も暗い場所へ薄い刃を滑り込ませるように、深く、ただ深く潜ってゆく。自分の内側に。

「あの瞬間俺の幸福の定義が覆った。彼女の瞳に文字通り全てを奪われた。魂も、意思も、自分の命の終わりすら、彼女の手に握らせた。弄んでほしい。すべて、思うままにしてほしい。飼われたい。そう。そうだ。隣に立つことなんて叶わない。願うこともしない。だからせめていいように使われたい。その瞬間だけでいい。俺を見て、何かを頼んで、気まぐれに抱き寄せて、囁いて、いらなくなったら殺して、」

なにひとつ嘘偽りのない、真っ青に汚れた本音が、裂かれた胸の隙間から抉り出される。これは、ひどいな。
サントノーレの表情が曇る。それを見て俺は忘れてくれと言いかけた。
だが俺のつぶやきは彼の声によって阻まれた。

「ゼルクくんは…自分が嫌いなのかも…。」
「自分が…」
「だから“天使”のダフネちゃんに対して、自分を卑下してる…のかなって。」

自分が嫌いなのかもしれない、なんて考えもしなかった。自分の身体から自我を切り離すことが出来ない以上、自分の事なんて嫌いになってもどうしようもないはずだ。そんな不合理的なことを考えるだなんて、いままでなかった。

「でも、その…好きって言うなんておこがましいとか、思わないで、ほしいなって。たぶんダフネちゃんも、ゼルクくんがいてくれてよかったっておもってること、いっぱいあるだろうから。」

俺はもはや何も言えなかった。奴の言うことは全うで優しかった。だが俺は、たとえ自分を卑下しているのだとしても天使の前で頭を垂れるのは当然である気がした。俺はずっと彼女からの言葉に飢えている。俺を救ってくれるのは彼女だけ、これは答えではない。これは前提だ。彼女が俺を救ってくれるから、そう信じたから、だから俺は…。
その時、いきなりダフネの部屋の反対側の扉が開いた。たしかあそこにはそもそもドアすらなかった気がするが…、その扉から三日月頭とその後ろにダフネが出てきた。

「ダフネ…!!よかった…」

俺はダフネに駆け寄り、ヒトの真似をするようにダフネを抱きしめようとした。だがそれはあっけなく躱されてしまった。よろめく俺を見た三日月頭が今までにないくらい面白いものを見つけたと言わんばかりの表情をしているのが分かる。強烈に嫌な予感がし、なにを言われようが動じない準備をしたが、遅かった。

「んん~?!ねえねえゼルクきゅーん?今ダフネちゃんにハグしようとしたぁ~!?」
「ち、違うっ!!」

誘いに乗ってもらえなかったさみしさと墓穴を掘り返して死体をさらに磔刑にするような三日月頭の追及。憤りたくなったが口喧嘩ではこいつに勝てないことは火を見るよりも明らかだ。

「タルト、ハグとはなんだ?」
「ダフネ…!聞かんでいいそんな事…っ!!」
「んー、知りたくなったらゼルクきゅんに実践してもらいな~?きっとすっごぉ~く激しいのをしてくれるからぁ」

この三日月頭…と憤りたくなる。だいたいそんなもったいぶったら変な意味に聞こえるだろうが。
その後、ひとしきりマシンガントークで暴れたタルトとサントノーレは数十分後にようやく屋敷から出て行ってくれた。ただ帰るときに「そんな遠くないうちに顔出してあげるから♡」というなんともまぁ死ぬほどありがたいお言葉を賜ってしまったが故近日中の再会は覚悟しておいたほうが良いだろう。
そしてダフネの扉につけてしまった傷に関して、彼女は何も聞かないでいてくれた。ただ部屋に入るとき「なかなかファンキーな見た目になったな」とつぶやいていた。

ダフネが部屋に入るのを見送った俺は改めて書斎に来ていた。久しぶりになんでも教えてくれる板ではなく本から知識を得てみるかと思ったのだ。俺は一冊の本を手に取った。本にはしおりが挟んである。最後に読んだのはもうかなり前だが内容はなんとなく覚えている。俺はしおりのはさまれたページを開いた。そして、俺は愕然とした。

そのページはおろか他のページも、記憶していた内容とはちがう話が書かれていた。表紙は間違いなくしおりを挟んだ本のものだ。なにかの拍子にぐちゃぐちゃになったのだと最初は思った。だがじっと見つめていると文字はその形を変え、まったく新しい物語を紡いでいた。

「どうなっているんだ…」

俺の視界のすみに、いつぞや使った調理本が置いてあるのがわかった。俺はそれを手に取ると、あるはずのページを探した。
あの日ダフネはたしかにこの本をもってきて、プリンのレシピが載っているページを俺に見せた。そして確実に彼女はこれを見ながら調理した。が、出来上がったのは茶碗蒸しだった。
俺も彼女も、見るページを間違えたのだと思っていた。だが、ダフネは何もまちがえちゃいなかった。
その調理本にはもう、プリンのレシピも茶碗蒸しのレシピも載っちゃいなかった。それらのレシピがあった場所ではちょうど、ホットケーキのレシピがミルクセーキのレシピに変化していた。

勝手に書き換わる本、あるはずのない厨房、以前までなかった扉。
いままで気のせいだとおもってきたもの全ては確かに変化していたのだ。俺の知らない場所で、確実に。俺はこれを彼女に伝えるべきだろうか。膝をついた俺をテーブルランプが怪しく照らしていた。


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