📂file6
記録開始
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「ダフネ、今日も今日とて絶好のお出かけ日和で…」
書斎に入るとそこは相変わらず本を読んでいるダフネがいた。ただ、いつもと違うその姿が俺の言葉を詰まらせた。
「その格好は…?」
「ん、おまえ、来てたのか。」
戸惑う俺を他所にダフネはあっけらかんとしている。彼女は何かの儀式に着るような、不思議な造形の衣装を纏っていた。大ぶりな袖のように見える部分は横が大きく開いている。彼女はそこから手を出し、本を抱えている。衣装の中央部には布を閉じる様に編み上げが入っており、胸元にはペンダントだったものが輝いている。ご背中側には尻尾を通すための穴まで用意され、そこからリボンを結びつけた長い尻尾が顔を出していた。
認めるのは悔しいがその衣装はダフネによく似合っていた。神秘的で整然としていて、それでいて仄かな少女らしさ。まさに俺から見た彼女の印象をそのまま形にしたようだった。
あまりの愛らしさと神秘性に彼女の前で膝を突きそうになるのをぐっと耐える。この様な衣装が見つかった事は喜ばしい事だが…今俺たちのいる場所で見知らぬ物品が増えると言う事は「奴」に干渉されたことを意味する。
初めて俺達の前に現れた時に自らを小道具係と名乗った桃色の小動物が、今もどこかで笑っているような気がしてならないのだ。あの底の知れない蒼い瞳を僅かに歪めることすらせずに。
波が攫いきれなかった藻屑のように俺の心にへばり付いた疑念と嫌悪、そして恐れ。その全てをダフネにだけは気取られぬように言葉を紡ぐ。
「それはそうとして…そんな衣装どこにあったんだ?」
「私の部屋に置かれていた。」
「やはりあの小動物が置いていったのか…?」
「それはないと思う。すあまちゃんは何か置いていったら絶対報告しないと気が済まない子だから。」
彼女の口から聞き慣れない言葉が飛び出てきたものだから面食らってしまった。俺の聴覚期間がイカれていないのであれば彼女は確かに「すあま」という単語を口にした。
「すあま…ちゃん?」
「おまえが小動物って呼んでる子。本当の名前を教えてくれないから取り敢えずこう呼んでる。」
「…。」
「すあまちゃん」はダフネがあの小動物に付けた愛称らしい。俺に対してはまだおまえ呼ばわりのくせにずいぶんあの小動物とは親しげじゃないか。
自分の中の鬱屈とした感情が爛れた頭を起こすのを感じ、俺は空気を入れ替える様に話題を振り直すことにした。同時に固く心に決めた。彼女がアレをどんな愛称で呼ぼうが俺は小動物呼びを崩さないことを。
「…とにかく、その服はペンダントと同じくダフネの部屋に置かれていたんだな?」
「そう。着方は間違ってるかもしれないけど。」
そう言うとダフネはその場でくるりと一回転して見せた。着方が間違っている様には見えない。というか仮に間違えて居たとしてもこんなに可愛いのだ。誰が違和感に気がつくと言うのだろう。その姿に少し見蕩れているとダフネが思い出したように口を開いた。
「そういえばおまえ用の衣装も置いてあったぞ。」
「え…俺の衣装もか?」
「隣に置かれていたから持ってきた。」
ダフネが書斎の机の上に畳まれた白い布を指さす。それは袖部分が削がれたコートのような衣装だった。ダフネの衣装と同じくらい裾が長い。そして胸元の留め具にはダフネのペンダントに嵌められているものとよく似た石が鈍く光を放っていた。
「ゼルクも着てみたらどう?似合うと思うぞ。」
「俺たちは普通は服なんて着ない。」
「別にいいだろ。タルトもサントノーレも着てたし。」
「…今回だけだぞ。」
ダフネに諭され、いや、そう言われなくても興味はあったのだが…俺はその衣装を着てみることにした。
慎重に片腕づつ通してゆく。腕を通すための穴が広めに作られていて想定より簡単に着る事が出来た。
「どう…だろうか…?」
「ん、かっこいい。それに…お揃いみたいだ。」
お揃い。その言葉に確かなあたたかさを感じる。ふと彼女の尻尾を見ると、ふわふわ揺れていた。喜んでくれているのだろうか。俺とお揃いの衣装を着ることを。
俺は少しだけ特別な気持ちで、今自分が着ている物を観察する。さらりとした布、おおぶりなシルエット。襟の形。不思議と見慣れたデザインだ。
ふと、思う。
服という物を知っているものの見た事は無いはずの俺がおぼえた既視感よりも重篤な違和感。なぜ、俺はこれを迷いなく着ることができた?なぜ、胸元のものを留め具だと理解できた?
「…ダフネ」
「なんだ、改まって…。」
普段より物腰が柔らかそうだったダフネの声から熱が失われてゆく。俺の様子から何かを感じ取ったのだろう。彼女は俺を真っ直ぐ見つめ、次の言葉を待っている。
「白衣みたいだ。」
今度は咳をするよりも自然に言葉が転げ落ちた。
「白衣」
「そう、白衣だ。」
「誰が着ていた?」
あまりにも軽く零れるものだから、誰が話した言葉なのかすら曖昧になってゆく。今自分が何を言っているのかさえ。
視界にプリズム状のノイズが走る。酷い吐き気と頭痛。頭を揺らされ続けているみたいだ。やがて自分の内臓を覆うモノがただれていく。自分の外側と内側の境界までもが危うくなる。どうにかして散らばった言葉を集めようと藻掻く。しかし言葉はぼろぼろと俺の脳髄から剥がれ落ちる。
「言葉がこぼれて掴めない」
「仕方が無いので俺は落ち着いて天井に足をつけて」
仕方が無いので落ち着いて天井に足をつけて
「天井に」
今自分が泣いているのか笑っているのか分からない。どうだろう。腕の筋繊維をいっぽんずつちぎって行けばわかるのだろうか。そうしてちぎっていって俺が俺でなくなるまで
「俺はダフネの声を探す」
「ダフネ」
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「ダフネ、今日も今日とて絶好のお出かけ日和で…」
書斎に入るとそこは相変わらず本を読んでいるダフネがいた。ただ、いつもと違うその姿が俺の言葉を詰まらせた。
「その格好は…?」
「ん、おまえ、来てたのか。」
戸惑う俺を他所にダフネはあっけらかんとしている。彼女は何かの儀式に着るような、不思議な造形の衣装を纏っていた。大ぶりな袖のように見える部分は横が大きく開いている。彼女はそこから手を出し、本を抱えている。衣装の中央部には布を閉じる様に編み上げが入っており、胸元にはペンダントだったものが輝いている。ご背中側には尻尾を通すための穴まで用意され、そこからリボンを結びつけた長い尻尾が顔を出していた。
認めるのは悔しいがその衣装はダフネによく似合っていた。神秘的で整然としていて、それでいて仄かな少女らしさ。まさに俺から見た彼女の印象をそのまま形にしたようだった。
あまりの愛らしさと神秘性に彼女の前で膝を突きそうになるのをぐっと耐える。この様な衣装が見つかった事は喜ばしい事だが…今俺たちのいる場所で見知らぬ物品が増えると言う事は「奴」に干渉されたことを意味する。
初めて俺達の前に現れた時に自らを小道具係と名乗った桃色の小動物が、今もどこかで笑っているような気がしてならないのだ。あの底の知れない蒼い瞳を僅かに歪めることすらせずに。
波が攫いきれなかった藻屑のように俺の心にへばり付いた疑念と嫌悪、そして恐れ。その全てをダフネにだけは気取られぬように言葉を紡ぐ。
「それはそうとして…そんな衣装どこにあったんだ?」
「私の部屋に置かれていた。」
「やはりあの小動物が置いていったのか…?」
「それはないと思う。すあまちゃんは何か置いていったら絶対報告しないと気が済まない子だから。」
彼女の口から聞き慣れない言葉が飛び出てきたものだから面食らってしまった。俺の聴覚期間がイカれていないのであれば彼女は確かに「すあま」という単語を口にした。
「すあま…ちゃん?」
「おまえが小動物って呼んでる子。本当の名前を教えてくれないから取り敢えずこう呼んでる。」
「…。」
「すあまちゃん」はダフネがあの小動物に付けた愛称らしい。俺に対してはまだおまえ呼ばわりのくせにずいぶんあの小動物とは親しげじゃないか。
自分の中の鬱屈とした感情が爛れた頭を起こすのを感じ、俺は空気を入れ替える様に話題を振り直すことにした。同時に固く心に決めた。彼女がアレをどんな愛称で呼ぼうが俺は小動物呼びを崩さないことを。
「…とにかく、その服はペンダントと同じくダフネの部屋に置かれていたんだな?」
「そう。着方は間違ってるかもしれないけど。」
そう言うとダフネはその場でくるりと一回転して見せた。着方が間違っている様には見えない。というか仮に間違えて居たとしてもこんなに可愛いのだ。誰が違和感に気がつくと言うのだろう。その姿に少し見蕩れているとダフネが思い出したように口を開いた。
「そういえばおまえ用の衣装も置いてあったぞ。」
「え…俺の衣装もか?」
「隣に置かれていたから持ってきた。」
ダフネが書斎の机の上に畳まれた白い布を指さす。それは袖部分が削がれたコートのような衣装だった。ダフネの衣装と同じくらい裾が長い。そして胸元の留め具にはダフネのペンダントに嵌められているものとよく似た石が鈍く光を放っていた。
「ゼルクも着てみたらどう?似合うと思うぞ。」
「俺たちは普通は服なんて着ない。」
「別にいいだろ。タルトもサントノーレも着てたし。」
「…今回だけだぞ。」
ダフネに諭され、いや、そう言われなくても興味はあったのだが…俺はその衣装を着てみることにした。
慎重に片腕づつ通してゆく。腕を通すための穴が広めに作られていて想定より簡単に着る事が出来た。
「どう…だろうか…?」
「ん、かっこいい。それに…お揃いみたいだ。」
お揃い。その言葉に確かなあたたかさを感じる。ふと彼女の尻尾を見ると、ふわふわ揺れていた。喜んでくれているのだろうか。俺とお揃いの衣装を着ることを。
俺は少しだけ特別な気持ちで、今自分が着ている物を観察する。さらりとした布、おおぶりなシルエット。襟の形。不思議と見慣れたデザインだ。
ふと、思う。
服という物を知っているものの見た事は無いはずの俺がおぼえた既視感よりも重篤な違和感。なぜ、俺はこれを迷いなく着ることができた?なぜ、胸元のものを留め具だと理解できた?
「…ダフネ」
「なんだ、改まって…。」
普段より物腰が柔らかそうだったダフネの声から熱が失われてゆく。俺の様子から何かを感じ取ったのだろう。彼女は俺を真っ直ぐ見つめ、次の言葉を待っている。
「白衣みたいだ。」
今度は咳をするよりも自然に言葉が転げ落ちた。
「白衣」
「そう、白衣だ。」
「誰が着ていた?」
あまりにも軽く零れるものだから、誰が話した言葉なのかすら曖昧になってゆく。今自分が何を言っているのかさえ。
視界にプリズム状のノイズが走る。酷い吐き気と頭痛。頭を揺らされ続けているみたいだ。やがて自分の内臓を覆うモノがただれていく。自分の外側と内側の境界までもが危うくなる。どうにかして散らばった言葉を集めようと藻掻く。しかし言葉はぼろぼろと俺の脳髄から剥がれ落ちる。
「言葉がこぼれて掴めない」
「仕方が無いので俺は落ち着いて天井に足をつけて」
仕方が無いので落ち着いて天井に足をつけて
「天井に」
今自分が泣いているのか笑っているのか分からない。どうだろう。腕の筋繊維をいっぽんずつちぎって行けばわかるのだろうか。そうしてちぎっていって俺が俺でなくなるまで
「俺はダフネの声を探す」
「ダフネ」
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