📂file5
さて、身も心も涼しくなれることをしようと言ったはいいが何をするかまではよく考えていなかった。人間は夏になるといろいろなことをする。目隠しをつけた状態で大きくて丸い果物を割ったり、冷たいものを食べたり……花火を見たり。だがここは十分な広さもなければ物もなかった。いや冷たい食べ物ならあの小動物がひょっこり持ってくるかもしれんが正直もうあいつから提供されるものは口に入れたくなかった。道具などなくとも涼しくなれる方法…少しの間考えてひとつ思い浮かんだものがあった。
「では怪談でも話そうか。」
人間達が涼を求めて怪談を聞いたり語り合ったりすることがあるというのは知っていた。一夜で百もの怪談を語ることもあるらしい。
「それで本当に涼しくなるのか?」
「背筋が凍るとも言うし多分おそらく涼しくなる。涼しくなった気にはなれる。」
ダフネはあからさまに落胆していた。それでも話してくれと言わんばかりにこちらに向かって手をあおっていたので、俺はひとつ怪談を話すことにした。
「毎年夏になると人間の子供には恐ろしい試練が課されるそうだ。その試練は難易度もさることながら量も半端ではないらしい。」
「地獄だな。」
「そして不思議なことにその試練には、当事者に対して試練の存在に関する記憶や認識を一時的に霞ませる力があるという。これにより難解かつ大量の試練はその期限が切れるぎりぎりまで息をひそめ、突如として襲いかかる。」
「ふむふむ。」
「そしてその試練と共に夏を超えた子供達は、戦友たちと再会する。そこで子供達は互いの奮闘をたたえ合う。だがそのさなか、違和感に気がつく子供がいる。そして震える声でこう聞くのだ。そんな課題あったのか、と…」
「…悲惨だな」
「そう、これがこの試練の真髄。戦いの終わりは断罪の時でもある。この試練の名は…」
「「夏休みの宿題。」」
ぴったりと声がそろった。だからといって何もないんだが。
「背筋が冷える話をと思ったのだが…どうだった?」
「ある意味背筋というか肝も冷えるような話だった。」
ダフネがこっそり「怪談ではないけど」とつぶやいた気がした。その時だった。足下に冷気が這うような感じがしたのは。俺もダフネも気づいていた。
「聞いたことがある…怪談を話していると本当に怪奇現象が起こることがある、と…。」
「おまえの話、怪談認定されたのか。」
思わずそっちかと突っ込みたくなったがぐっと呑み込んだ。こうしている間にも冷気は部屋を包むほど蔓延していた。俺は本当に怪異の類いを呼び寄せてしまったのだろうか。だとしたらその怪異はよほど夏休みの宿題を恨んでいるに違いない。俺はどうにもならないと分かっていてもダフネの背中を守るように身構えた。
「なぁ、私思ったんだが…」
「どうした、ダフネ?」
「これ空調が復旧したんじゃないか?」
思わずはっとした。そうだった。先ほどまで空調が故障していたのだった。その証拠にあの小動物が再び顔を出してきた。
「おまたせ~空調直ったよ。あれ?ゼルクくん何でそんな身構えてるの?」
「まさかおまえ本気で怪異の仕業と思って…」
「や…やかましい!立ち姿の癖が出ただけだ!!」
頬が赤くならない身体でよかったとはじめて思った。小動物はひとしきり笑うと「じゃ、また来るからね」だのと抜かして消えていった。二度と来るなと言いそうになったが態度を改めると宣言したばかりだったのでぐっとこらえた。そんな俺を、ダフネはさっきと違う眼差しでみつめていた。
「おまえ、私とはじめて会ったときに比べて変わったな。」
「そうだろうか?」
「うん。なんだかちゃんと、生きてるって感じがする。」
生きているって感じがする。それがいい意味か悪い意味か定かでないが、あまりにもダフネが優しい目をしているから、おそらく好意的な変化なんだろう。
「顔は変わらないのにすごく感情豊かだな。」
「そうか?」
「見てて飽きない。」
たしかに、最近は自分の意思がより強固になってきている気がする。それに付随して、いままでなんてことなかった事にも心を乱されるようになった。それでも、変わっていく俺をダフネが見ていてくれるなら、いろんな気持ちを知っていくことも悪くないかもしれないと思った。
━━━━━━━━━━━━━━━
記録終了
「では怪談でも話そうか。」
人間達が涼を求めて怪談を聞いたり語り合ったりすることがあるというのは知っていた。一夜で百もの怪談を語ることもあるらしい。
「それで本当に涼しくなるのか?」
「背筋が凍るとも言うし多分おそらく涼しくなる。涼しくなった気にはなれる。」
ダフネはあからさまに落胆していた。それでも話してくれと言わんばかりにこちらに向かって手をあおっていたので、俺はひとつ怪談を話すことにした。
「毎年夏になると人間の子供には恐ろしい試練が課されるそうだ。その試練は難易度もさることながら量も半端ではないらしい。」
「地獄だな。」
「そして不思議なことにその試練には、当事者に対して試練の存在に関する記憶や認識を一時的に霞ませる力があるという。これにより難解かつ大量の試練はその期限が切れるぎりぎりまで息をひそめ、突如として襲いかかる。」
「ふむふむ。」
「そしてその試練と共に夏を超えた子供達は、戦友たちと再会する。そこで子供達は互いの奮闘をたたえ合う。だがそのさなか、違和感に気がつく子供がいる。そして震える声でこう聞くのだ。そんな課題あったのか、と…」
「…悲惨だな」
「そう、これがこの試練の真髄。戦いの終わりは断罪の時でもある。この試練の名は…」
「「夏休みの宿題。」」
ぴったりと声がそろった。だからといって何もないんだが。
「背筋が冷える話をと思ったのだが…どうだった?」
「ある意味背筋というか肝も冷えるような話だった。」
ダフネがこっそり「怪談ではないけど」とつぶやいた気がした。その時だった。足下に冷気が這うような感じがしたのは。俺もダフネも気づいていた。
「聞いたことがある…怪談を話していると本当に怪奇現象が起こることがある、と…。」
「おまえの話、怪談認定されたのか。」
思わずそっちかと突っ込みたくなったがぐっと呑み込んだ。こうしている間にも冷気は部屋を包むほど蔓延していた。俺は本当に怪異の類いを呼び寄せてしまったのだろうか。だとしたらその怪異はよほど夏休みの宿題を恨んでいるに違いない。俺はどうにもならないと分かっていてもダフネの背中を守るように身構えた。
「なぁ、私思ったんだが…」
「どうした、ダフネ?」
「これ空調が復旧したんじゃないか?」
思わずはっとした。そうだった。先ほどまで空調が故障していたのだった。その証拠にあの小動物が再び顔を出してきた。
「おまたせ~空調直ったよ。あれ?ゼルクくん何でそんな身構えてるの?」
「まさかおまえ本気で怪異の仕業と思って…」
「や…やかましい!立ち姿の癖が出ただけだ!!」
頬が赤くならない身体でよかったとはじめて思った。小動物はひとしきり笑うと「じゃ、また来るからね」だのと抜かして消えていった。二度と来るなと言いそうになったが態度を改めると宣言したばかりだったのでぐっとこらえた。そんな俺を、ダフネはさっきと違う眼差しでみつめていた。
「おまえ、私とはじめて会ったときに比べて変わったな。」
「そうだろうか?」
「うん。なんだかちゃんと、生きてるって感じがする。」
生きているって感じがする。それがいい意味か悪い意味か定かでないが、あまりにもダフネが優しい目をしているから、おそらく好意的な変化なんだろう。
「顔は変わらないのにすごく感情豊かだな。」
「そうか?」
「見てて飽きない。」
たしかに、最近は自分の意思がより強固になってきている気がする。それに付随して、いままでなんてことなかった事にも心を乱されるようになった。それでも、変わっていく俺をダフネが見ていてくれるなら、いろんな気持ちを知っていくことも悪くないかもしれないと思った。
━━━━━━━━━━━━━━━
記録終了
