📂file1
今、俺達が住んでいるのは古い洋館らしい。
此処で彼女と共に突然目を覚ました日から奇妙な同居生活がはじまった。
自分たちの住処がどんな建物なのかを憶測でしか語れない点については許してほしい。俺もダフネも目が覚めたらここに居た。それに俺たちは一度も住処の外に出ていないのだ。
というのも此処には必要なものはすべてそろっている。加えて俺達ふたりは生存のための食事を一切必要としなかった。故に物資補給のための外出も不要だったのだ。食事が不要である点については此処に来る前からそうだったのか、この空間が特殊なのか…どちらが原因でこんなことが起きているかは分からない。彼女も俺もここに来る前のことは何も知らない。故にとりあえず今は与えられている状況を甘受しよう、という方針で生活している。
そして今まで外に出ることがなかったもう一つの理由は…ダフネが此処から出ることを拒んでいるからである。何か理由があるのかと問うてみたが彼女は決してそれを話さなかった。
今のところ何も不都合がないとはいえ、住処の周りの様子は知っておいたほうがいいだろう。この住処の窓はすべて擦りガラスがはめ込まれているせいで外の様子を知ることはかなわない。あまり強引なことをするのは良くないと知ってはいるが、俺はなんとかして彼女を外に出そうと奮闘しているわけだ。
「…ダフネ、ここにいて出来ることは確かに
多い。だが外の世界にも楽しいことは
たくさんあると思うぞ。」
「…例えば?」
「雨上がりの水溜まりを飛び越えたり」
「ほう。」
「梢を渡る風を感じたり、あるいはその風を
受けながら自らの足でどこまでも駆けて
行けたり…」
「爽やかだな。」
「もしくは台風の日にあえて外に出て
川の様子を見に行ったり」
「穏やかじゃないな。」
ダフネの視線が再び本の文字を追う。
一定の周期でふわりふわりと動く彼女の尻尾が俺の鼻先を掠める。ほんのり薬品のような香りがした。
俺も彼女も外の世界に対して無知だった。
洋館にある磨りガラスの大窓は、白い光を外から運んでくる役目しか任されていないらしい。ただ整然と外界とここを隔てていた。見えない外の世界に俺は好奇心を抱いたが、彼女は恐怖を抱いた。
此処で目を覚ましたばかりのころ、俺は狂ったように外の世界がどういうものかを調べていた。増幅する好奇心を、知識欲を消化することで抑えようと必死だった。幸い洋館には、外界の情報が詰まった不思議な板があった。2枚の板がくっついたような見た目をしていて、特定のボタンを押せば外の世界の情報を見ることができる代物だ。その不思議な板から俺は、外の世界には人とよばれる二足歩行の生き物と、人に飼われたり戦わされたりする生き物が暮らしていることを知った。なにより、外の世界には美しい景色であふれていることも。
だが、その板がもたらす情報の中にはダフネにとって不要であったり好ましくなかったりするものもあった。そしてもっと悪いことに、俺はそれらの情報を選別して話すことがどうもできないのだ。
「…外の世界には夢がある。」
結局今日もありがちな台詞を伝えることしか出来なかった。当然ダフネは本から目線を離さず、文字を追い続けている。だがいつか、いつか彼女を連れ出してみせる。そして『あの景色』を二人で見に行くのだ。
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記録終了
此処で彼女と共に突然目を覚ました日から奇妙な同居生活がはじまった。
自分たちの住処がどんな建物なのかを憶測でしか語れない点については許してほしい。俺もダフネも目が覚めたらここに居た。それに俺たちは一度も住処の外に出ていないのだ。
というのも此処には必要なものはすべてそろっている。加えて俺達ふたりは生存のための食事を一切必要としなかった。故に物資補給のための外出も不要だったのだ。食事が不要である点については此処に来る前からそうだったのか、この空間が特殊なのか…どちらが原因でこんなことが起きているかは分からない。彼女も俺もここに来る前のことは何も知らない。故にとりあえず今は与えられている状況を甘受しよう、という方針で生活している。
そして今まで外に出ることがなかったもう一つの理由は…ダフネが此処から出ることを拒んでいるからである。何か理由があるのかと問うてみたが彼女は決してそれを話さなかった。
今のところ何も不都合がないとはいえ、住処の周りの様子は知っておいたほうがいいだろう。この住処の窓はすべて擦りガラスがはめ込まれているせいで外の様子を知ることはかなわない。あまり強引なことをするのは良くないと知ってはいるが、俺はなんとかして彼女を外に出そうと奮闘しているわけだ。
「…ダフネ、ここにいて出来ることは確かに
多い。だが外の世界にも楽しいことは
たくさんあると思うぞ。」
「…例えば?」
「雨上がりの水溜まりを飛び越えたり」
「ほう。」
「梢を渡る風を感じたり、あるいはその風を
受けながら自らの足でどこまでも駆けて
行けたり…」
「爽やかだな。」
「もしくは台風の日にあえて外に出て
川の様子を見に行ったり」
「穏やかじゃないな。」
ダフネの視線が再び本の文字を追う。
一定の周期でふわりふわりと動く彼女の尻尾が俺の鼻先を掠める。ほんのり薬品のような香りがした。
俺も彼女も外の世界に対して無知だった。
洋館にある磨りガラスの大窓は、白い光を外から運んでくる役目しか任されていないらしい。ただ整然と外界とここを隔てていた。見えない外の世界に俺は好奇心を抱いたが、彼女は恐怖を抱いた。
此処で目を覚ましたばかりのころ、俺は狂ったように外の世界がどういうものかを調べていた。増幅する好奇心を、知識欲を消化することで抑えようと必死だった。幸い洋館には、外界の情報が詰まった不思議な板があった。2枚の板がくっついたような見た目をしていて、特定のボタンを押せば外の世界の情報を見ることができる代物だ。その不思議な板から俺は、外の世界には人とよばれる二足歩行の生き物と、人に飼われたり戦わされたりする生き物が暮らしていることを知った。なにより、外の世界には美しい景色であふれていることも。
だが、その板がもたらす情報の中にはダフネにとって不要であったり好ましくなかったりするものもあった。そしてもっと悪いことに、俺はそれらの情報を選別して話すことがどうもできないのだ。
「…外の世界には夢がある。」
結局今日もありがちな台詞を伝えることしか出来なかった。当然ダフネは本から目線を離さず、文字を追い続けている。だがいつか、いつか彼女を連れ出してみせる。そして『あの景色』を二人で見に行くのだ。
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記録終了
