花は咲く
「ダイ、もう一つ寄りたい場所があるんだけど、いい?」
ダイスケサマの桜がある山を降りたところで、ユヅが遠慮がちに口を開いた。
「もちろん。どこ?」
俺は、二つ返事でオーケーした。
ダイスケサマの前で、ユヅは俺のもの宣言をして、とても気分がいい。
「会えるかどうか、分からないけど…」
そう言いながらユヅが向かったのは、先ほどユヅがダイスケサマの屋敷があったと指さした場所に建つマンションの一室だった。
「ここ…」
「田村」という表札がかかっている玄関の呼び鈴を、ユヅはそっと押した。
「はぁい。…あら、どちらさま?」
若い女性が出て来て、俺たちを見てびっくりした顔をする。
ユヅも驚いた様子だった。
「あ、あの…、こちらのおじいさんに、以前、お世話になって…。近くに来たので、その…お元気かなって……」
「あぁ……」
若い女性は、申し訳なさそうに、彼は一昨年亡くなったと言った。
「このマンションも今月いっぱいで引き払うことにしていて…。」
女性は、ユヅが会いたかった老人の孫だそうだ。
ちょうど荷物の片付けに来ていたらしかった。
「あの、よろしければ、お焼香されます? まだ仏壇あるんで…。散らかってますけど。」
見るからにがっかりした様子のユヅに、女性はそう声をかけた。
普通、会ったばかりの見知らぬ人を家には上げないと思うんだけど…。
ユヅの美しさは、誰も彼もを魅了する。
ユヅがうかがうように俺を見るのに、うなずき返しながら、俺たちは室内に入った。
そうだ、日本では靴を脱ぐんだよね。
ユヅが仏壇の前で正座し、線香を立てて手を合わせる。
見様見真似でユヅに倣いながら、俺はこのおじいさんとユヅはどういう関係なんだろう、と不思議に思った。
「ようやく奥様に会えたんですね。よかった…」
ユヅは、仏壇のおじいさんの遺影をじっと見つめて、小さくそう囁いた。
「ダイと離れてた間、ここに来て桜を見ていたんだ。」
マンションを出てから、ユヅがぽつんと言った。
「あのおじいさんが声をかけてくれて…。たぶん、少し、認知症があったと思うんだけど。」
しばらく一緒に住んでいたと聞いて、俺は唖然とした。
「…素直になりなさいって。…そう、言ってくれたんだ……」
そう言って微笑んだユヅは、消えてしまいそうに儚かった。
「ユヅ…、俺、やっぱりユヅを苦しめてたのか?」
2人の未来のためだって、あえて考えないようにしていたけれど。
ユヅと同じヴァンパイアになりたいという俺の望みが、ユヅにどれだけの葛藤を生んだのか。
「そんなことないよ。」
ユヅは、にっこりした。
「僕が…、ただ…、どうしたらいいのか分からなくて。望んじゃいけないことだと思っていたから……」
「ユヅ……」
思わず抱きしめると、ユヅは逆らわずに俺の胸に顔を埋めた。
「これからは、一人で桜を見たりするなよ。俺がずっと、そばにいるんだから。」
「…うん。」
ユヅは、顔を上げてにっこりした。
ユヅがダイスケサマに囚われてしまうのは仕方がない。
何てったって、初恋の人だし。
もうこの世にいない相手とは、どうがんばったって競えない。
だけど、これから先、ユヅのそばにいるのはこの俺なんだ。
「…僕ね、今なら分かる気がするんだ。来世で逢おうって言った大輔さまの気持ち。」
俺の嫉妬混じりの決意を知ってか知らずか、ユヅは遠くを見る目をした。
「待ってる間は、終わりが見えなくて…、辛かったけど。それでも時間は巡り続けるんだなって。」
「………」
「こうやって、ダイに逢えたし。…今はこんなふうに一緒にいられる。」
「……ユヅ。」
俺は、そっとユヅの頬にキスをした。
「…今日見た桜が散っても、次の春にはまた咲くよ。その次の春も。ずっと、一緒に見よう。」
「…うん。」
ユヅは、またにっこりした。
花が綻ぶように美しい笑みだった。
「僕の春は、もう永遠なんだ。」
嬉しそうにそう言うと、ユヅは、お返しとばかりに俺の頬にキスをした。
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう
終わり
※歌詞は、岩井俊二さん作詞の「花は咲く」よりお借りしました。
ダイスケサマの桜がある山を降りたところで、ユヅが遠慮がちに口を開いた。
「もちろん。どこ?」
俺は、二つ返事でオーケーした。
ダイスケサマの前で、ユヅは俺のもの宣言をして、とても気分がいい。
「会えるかどうか、分からないけど…」
そう言いながらユヅが向かったのは、先ほどユヅがダイスケサマの屋敷があったと指さした場所に建つマンションの一室だった。
「ここ…」
「田村」という表札がかかっている玄関の呼び鈴を、ユヅはそっと押した。
「はぁい。…あら、どちらさま?」
若い女性が出て来て、俺たちを見てびっくりした顔をする。
ユヅも驚いた様子だった。
「あ、あの…、こちらのおじいさんに、以前、お世話になって…。近くに来たので、その…お元気かなって……」
「あぁ……」
若い女性は、申し訳なさそうに、彼は一昨年亡くなったと言った。
「このマンションも今月いっぱいで引き払うことにしていて…。」
女性は、ユヅが会いたかった老人の孫だそうだ。
ちょうど荷物の片付けに来ていたらしかった。
「あの、よろしければ、お焼香されます? まだ仏壇あるんで…。散らかってますけど。」
見るからにがっかりした様子のユヅに、女性はそう声をかけた。
普通、会ったばかりの見知らぬ人を家には上げないと思うんだけど…。
ユヅの美しさは、誰も彼もを魅了する。
ユヅがうかがうように俺を見るのに、うなずき返しながら、俺たちは室内に入った。
そうだ、日本では靴を脱ぐんだよね。
ユヅが仏壇の前で正座し、線香を立てて手を合わせる。
見様見真似でユヅに倣いながら、俺はこのおじいさんとユヅはどういう関係なんだろう、と不思議に思った。
「ようやく奥様に会えたんですね。よかった…」
ユヅは、仏壇のおじいさんの遺影をじっと見つめて、小さくそう囁いた。
「ダイと離れてた間、ここに来て桜を見ていたんだ。」
マンションを出てから、ユヅがぽつんと言った。
「あのおじいさんが声をかけてくれて…。たぶん、少し、認知症があったと思うんだけど。」
しばらく一緒に住んでいたと聞いて、俺は唖然とした。
「…素直になりなさいって。…そう、言ってくれたんだ……」
そう言って微笑んだユヅは、消えてしまいそうに儚かった。
「ユヅ…、俺、やっぱりユヅを苦しめてたのか?」
2人の未来のためだって、あえて考えないようにしていたけれど。
ユヅと同じヴァンパイアになりたいという俺の望みが、ユヅにどれだけの葛藤を生んだのか。
「そんなことないよ。」
ユヅは、にっこりした。
「僕が…、ただ…、どうしたらいいのか分からなくて。望んじゃいけないことだと思っていたから……」
「ユヅ……」
思わず抱きしめると、ユヅは逆らわずに俺の胸に顔を埋めた。
「これからは、一人で桜を見たりするなよ。俺がずっと、そばにいるんだから。」
「…うん。」
ユヅは、顔を上げてにっこりした。
ユヅがダイスケサマに囚われてしまうのは仕方がない。
何てったって、初恋の人だし。
もうこの世にいない相手とは、どうがんばったって競えない。
だけど、これから先、ユヅのそばにいるのはこの俺なんだ。
「…僕ね、今なら分かる気がするんだ。来世で逢おうって言った大輔さまの気持ち。」
俺の嫉妬混じりの決意を知ってか知らずか、ユヅは遠くを見る目をした。
「待ってる間は、終わりが見えなくて…、辛かったけど。それでも時間は巡り続けるんだなって。」
「………」
「こうやって、ダイに逢えたし。…今はこんなふうに一緒にいられる。」
「……ユヅ。」
俺は、そっとユヅの頬にキスをした。
「…今日見た桜が散っても、次の春にはまた咲くよ。その次の春も。ずっと、一緒に見よう。」
「…うん。」
ユヅは、またにっこりした。
花が綻ぶように美しい笑みだった。
「僕の春は、もう永遠なんだ。」
嬉しそうにそう言うと、ユヅは、お返しとばかりに俺の頬にキスをした。
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう
終わり
※歌詞は、岩井俊二さん作詞の「花は咲く」よりお借りしました。
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