花束を君に 後編
久しぶりの日本は、しとしとと小雨が降っていた。
こんな雨を、ずっと昔に見たことがある。
僕は、マオとショーマの結婚式の前日のことを思い出していた。
あれから、どれくらいの月日が流れたんだろう。
「……ショーマの涙みたいだな。」
傍のダイが小さく呟く。
ダイは、僕とは違うことを思ったみたいだった。
「……ダイ。」
僕は、思わずダイの肩を抱いていた。
何て声をかけていいのか、分からない。
ダイは黙ったまま、僕の方を見て、かすかに微笑んだ。
ヴァンパイアになった以上、避けては通れないもの。
ダイはいつも落ち着いて見えたけれど、平気なはずはなかった。
空港に着いたその足で訪ねたショーマの家は、穏やかな静けさに包まれていた。
「…やぁ。変わらないな。」
深い皺の刻まれたショーマの顔は、否応なく過ぎていった時間の長さを僕らに突きつける。
「…マオに、挨拶してもいい?」
ダイの問いかけに、ショーマは静かにうなずいた。
マオは、たくさんの花に囲まれて横たわっていた。
僕は、用意してきた花束をマオの枕元に置いた。
色とりどりの花を集めた丸いブーケ。
どの時代のマオにも、やっぱり明るくて鮮やかな花が似合う。
「…眠っているみたいだろ?」
「…………」
ショーマの問いかけには答えず、ダイはそっと指先でマオの頬に触れた。
「……苦しまずに、逝ったのか?」
「あぁ。」
部屋じゅうに、ショーマの哀しみが充満している。
「……また、逢えるよ。」
ダイは、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「俺たちは何度も逢えたんだ。必ず、また逢える。」
「……そうだね。」
僕は、ダイの隣に座って、マオに手を合わせた。
もう、ここにはいないマオ。
だけど、マオが幸せだったことに疑いはない。
病が分かったときも、余命が告げられたときも、マオは凛として潔かった。
「……俺さ。」
ショーマは、少し俯き、窪んだ目を瞬かせた。
「犬でもいいから、またマオの側に生まれ変わりたい。」
「大丈夫だよ。」
ダイは、にっこり微笑んだ。
「俺が、ショーマも必ず見つけるから。」
「……っっ。」
肩を震わせるショーマを、ダイは優しく抱きしめた。
「またね、マオ。」
僕は、そっと左手の薬指のリングに触れる。
マオがくれた永遠。
どんなに時が流れても、僕はあの日の魂が震えるような喜びを忘れることはないだろう。
———幸せに。
———幸せに。
大輔さまの声に、マオの声が重なる。
もしかしたら、御台さまの声なのかもしれない。
そう、どんなに時が流れても。
想いはきっと、永遠なんだ。
普段からメイクしない君が薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で
忘れぬ約束した
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
真実にはならないから
今日は贈ろう 涙色の花束を君に
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
君を讃えるには足りないから
今日は贈ろう 涙色の花束を君に
終わり
※歌詞は宇多田ヒカルの「花束を君に」よりお借りしました。
こんな雨を、ずっと昔に見たことがある。
僕は、マオとショーマの結婚式の前日のことを思い出していた。
あれから、どれくらいの月日が流れたんだろう。
「……ショーマの涙みたいだな。」
傍のダイが小さく呟く。
ダイは、僕とは違うことを思ったみたいだった。
「……ダイ。」
僕は、思わずダイの肩を抱いていた。
何て声をかけていいのか、分からない。
ダイは黙ったまま、僕の方を見て、かすかに微笑んだ。
ヴァンパイアになった以上、避けては通れないもの。
ダイはいつも落ち着いて見えたけれど、平気なはずはなかった。
空港に着いたその足で訪ねたショーマの家は、穏やかな静けさに包まれていた。
「…やぁ。変わらないな。」
深い皺の刻まれたショーマの顔は、否応なく過ぎていった時間の長さを僕らに突きつける。
「…マオに、挨拶してもいい?」
ダイの問いかけに、ショーマは静かにうなずいた。
マオは、たくさんの花に囲まれて横たわっていた。
僕は、用意してきた花束をマオの枕元に置いた。
色とりどりの花を集めた丸いブーケ。
どの時代のマオにも、やっぱり明るくて鮮やかな花が似合う。
「…眠っているみたいだろ?」
「…………」
ショーマの問いかけには答えず、ダイはそっと指先でマオの頬に触れた。
「……苦しまずに、逝ったのか?」
「あぁ。」
部屋じゅうに、ショーマの哀しみが充満している。
「……また、逢えるよ。」
ダイは、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「俺たちは何度も逢えたんだ。必ず、また逢える。」
「……そうだね。」
僕は、ダイの隣に座って、マオに手を合わせた。
もう、ここにはいないマオ。
だけど、マオが幸せだったことに疑いはない。
病が分かったときも、余命が告げられたときも、マオは凛として潔かった。
「……俺さ。」
ショーマは、少し俯き、窪んだ目を瞬かせた。
「犬でもいいから、またマオの側に生まれ変わりたい。」
「大丈夫だよ。」
ダイは、にっこり微笑んだ。
「俺が、ショーマも必ず見つけるから。」
「……っっ。」
肩を震わせるショーマを、ダイは優しく抱きしめた。
「またね、マオ。」
僕は、そっと左手の薬指のリングに触れる。
マオがくれた永遠。
どんなに時が流れても、僕はあの日の魂が震えるような喜びを忘れることはないだろう。
———幸せに。
———幸せに。
大輔さまの声に、マオの声が重なる。
もしかしたら、御台さまの声なのかもしれない。
そう、どんなに時が流れても。
想いはきっと、永遠なんだ。
普段からメイクしない君が薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で
忘れぬ約束した
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
真実にはならないから
今日は贈ろう 涙色の花束を君に
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
君を讃えるには足りないから
今日は贈ろう 涙色の花束を君に
終わり
※歌詞は宇多田ヒカルの「花束を君に」よりお借りしました。