花束を君に 後編

日本に着くと、しとしとと小雨が降っていた。

「明日は晴れるといいなぁ。」

ダイが空を見上げて呟く。

どんよりと曇った空の気配は、秋の訪れを告げていた。

「大丈夫だよ。だって、相手はマオだもの。」

僕は、冗談じゃなくそう返した。

僕たちは、春から延期されたショーマとマオの結婚式のために、来日していた。

全世界を巻き込んだウィルス禍は、日本ではいち早く落ち着きを見せ、街の景色はすっかり元通りである。

「ユヅ、ホテルに着いたらゆっくりしてて。俺はちょっと、マオに呼び出されてるんだ。」

「…うん。」

僕は精一杯自然に見えるようにうなずいた。

ダイとマオは、この春一緒にスイスに旅行してから、わりと頻繁に連絡を取り合っている。

ダイは僕に隠そうとはしなくて、むしろきちんと言わないといけないと思っているみたいだった。

「…ユヅ、ヘンなこと……」

「かっ、考えてないよ!」

僕は慌ててダイの言葉を遮った。 

またあのお仕置きが再開されたら、たまらない。

ダイは、くすっと笑って僕を抱き寄せた。

「あ、あの……」

人目を気にする僕に苦笑しながら、ダイが耳元でささやく。

「答えて。…俺が一番愛してるのは誰?」

「…………僕。」

もう少しで唇が触れ合うほど近づけられたダイの顔から、慌てて距離を取りながら、小さな声で答えると、ダイはよくできましたというように、僕の頭を撫でた。

「俺のスーツ、ハンガーにかけといてね。」

ホテルに着くなり、屈託なく言い置いて、ご機嫌で出かけて行く。

……ショーマも一緒なのかな。

結婚式の前日に、出かけなくちゃいけない用事って、何なんだろう?

ダイの考えだけ読み取れない僕は、疑問に思いながらもダイの帰りを待つしかなかった。



トランクから、僕とダイのスーツを取り出すと、丁寧にしわを伸ばしてハンガーに吊るした。

ダイのスーツは光沢のある濃い黒で、襟の部分だけ違う素材になっている。

ダイは出会った時からとてもお洒落で、カラーやラペルの形にもこだわってオーダーしていた。

僕はといえば、見苦しくなければいいと思っているくらいなんだけど、既製だとウエストや肩のサイズが合わないので、一応オーダーメイドで作っている。

手持ちの無難な紺色のスーツでよかったんだけれど、ダイが新調しようと言い張って(ジェーニャも調子に乗って言い募って)、言われるがままにダイと一緒にオーダーした。

といっても、ほとんど決めたのはダイとジェーニャで、僕は意見すら聞かれなかった。

……これ、ちょっと派手なんじゃないかなぁ。

明るいシルバーグレーの自分のスーツを眺めて、僕はもう何度目かになる懸念を思った。

しかも、締めるのはビジネス用のタイじゃなくて、ボウタイだ。

『フォーマルだから大丈夫!』って、ジェーニャは力強くいっていたけれど。

……七五三みたいになったら、どうしよう。

今更言ってもどうしようもないことだけど。

僕は小さなため息を吐いた。



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