花束を君に 前編

「やっぱり、延期だって。」

メールをチェックしていたダイが、パソコンを閉じながらため息を吐く仕草をした。

「…仕方ないね。かわいそうだけど……」

親しくしているオオカミ人間のカップルの顔を思い浮かべる。

この春、僕たちは彼らの結婚式に招待されていた。

世界中に感染が広がっている新型ウィルスは、今のところ接触を避ける以外に有効な対策はない。

「俺たちは関係ないんだけどなぁ…。ショーマ達も平気なんじゃない?」

「でも、招待客には普通の人たちも混じってるでしょ。」

「まぁね……」

ダイは、もう一度ため息を吐いて見せた。

「飛行機キャンセルしなきゃな。」

ショーマとマオは、マオたっての希望で、スイスの教会で挙式をする予定だった。

前世でダイの妻だったマオ(最近知ったことだけど、2人の間には子どももいた)が別の相手と結婚することを、ダイがどう思っているのか、正直なところはよく分からない。

……延期になって、ほっとしてたり、するのかな。

とても聞けないけれど。

「ユヅ?」

気がつくと、ダイがそばに来て、僕の顔を覗き込んでいた。

「何考えてる?」

「…何もないよ。」

少し心配そうなダイに、慌てて微笑む。

ダイは、僕の前でマオの話をするとき、とても気を遣う。

僕が以前、ダイの気持ちを疑うようなことを言ってしまったせいだ。

「変なこと考えたら、またお仕置きするぞ?」

「……っっ。」

ダイにされたいやらしいお仕置きを思い出して、冷たいはずの身体に火が灯るような心地がする。

「……っ、誘うなよ、ユヅ…」

「…さ、誘ってなん、か……」

最後まで言い終える前に、ソファに押し倒されてしまった。

「…んっ…、ダイ……っ」

結局のところ、僕にはダイに抗う術はない。

いつだって、ダイの望みが僕の望みだから。

きつく抱きしめられて、キスされると、それだけで幸せで。

当たり前のように僕のそばにいることを望んでくれたダイ。

ダイのくれた永遠は、僕にとって今でも信じられないような奇跡の連続だ。



ダイの手が僕のシャツをまくり上げたとき、遠慮がちなノックの音がした。

「…あのぅ、ごめんなさい。ちょっといいかしら?」

ジェーニャの声だった。

僕とダイは顔を見合わせる。

未来を予知するジェーニャは、よっぽどのことがない限り、こんなふうに僕らに割って入ることなんてない。

「どうしたんだ。何かあったのか?」

風の速さでドアに向かうダイに、僕も慌てて服を整えて起き上がった。

「…ごめんなさいね、終わるまで待ってたら、間に合わなさそうで……」

ジェーニャはひどくバツが悪そうだった。

一緒に来たハビがにやにやしているのとは正反対だ。

僕は、ハビを軽く睨みながらジェーニャの思考を読んで、目を見張った。

「……えっ?!」

「なに、どうしたんだ、ユヅ。」

一人話の見えていないダイが、ますます心配そうな顔をする。

「マオが……」

「マオ? マオがどうしたんだっ?!」

僕が口を開きかけたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。

「あら、来ちゃった。さすが、早いわね。」

ジェーニャが両手をホールドアップする。



ダイは、玄関先に一人佇むマオを見て、言葉を失っていた。


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